第四章
4―1
金曜日の夜23時、俺は一ヶ月ぶりに桂木公園にやってきた。
こんな非常識な時間に呼び出してくるのは一人しかいない。梔子品子だ。
「こんばんは。お久しぶりです、先生」
ダークスーツ姿の品子は前と同じように暗闇から音もなく現れた。
「呼び出されるのは仕方がないにしても、もう少しマシな時間にしてもらえないかな」
「あいにく一般人とは異なるライフサイクルを送っておりますので」
「まあ、そうなんだろうな。……で、要件は?」
「そんなに急がなくてもいいじゃないですか。まずは日頃の感謝を伝えさせてください。いつもうちの千夏がお世話になってます。ここだけの話、先生にはこちらの期待以上の働きをしてもらってます。まさか同世代で同業の友達まであてがってもらえるとは思っていませんでした」
「それはどうも」
狙ってやったわけではなく、たまたまではあるのだけど。
「……で、次の仕事は?」
「あら? ずいぶんと察しがいいんですね、先生」
「まあね。おかげさまで悪い方向に考えるようになったんだよ」
「話が早くて助かります。それではご希望通り次の依頼です。千夏にせっかく友達を作ってもらったわけですから、この状態をもっと活かしたいと思っています。つきましては、千夏たちに何か一致団結できるイベントを用意してもらえませんか? 仲間と協力して目的を成し遂げるという体験をさせてもらいたいんです」
俺はやれやれ、と村上春樹の登場人物みたいにため息をつきたくなった。
「……何かって、ずいぶんと抽象的だな。具体的に指示してくるのがクライアントじゃないのか?」
「それだけ先生を信頼しているということですよ。方法はお任せします。そして今回はお願いではなく、れっきとした依頼です。成功報酬は用意しておりますし、必要経費がありましたらなんなりとお申し付けください」
成功報酬というのは金だろうか。それとも俺を解放してくれるということか。
いや、あまり自分に都合良く考えない方がいい。しょせん相手は裏社会の人間なのだから。
「わかった。何をどうすればいいかはわからないけど、やってみる」
「ありがとうございます。期待していますね、先生」
話が終わると梔子品子は音もなく闇に紛れていった。
4―2
月曜日、俺は放課後にパソコン部に向かった。
品子からの依頼について土日を使って考えたものの、具体的なアイデアがまるで思いつかなかったからだ。
本人たちを観察すれば何らかのヒントが得られるかもしれない。
部室を覗き込むと、三人の部員たちは黙々とフォースバウンスをやっていた。
喧嘩っぱやい聡明のことを一番心配していたが、他の二人と衝突することもなく、静かにゲームに徹している。
カチカチ、カチャカチャと、操作の音だけが響いている。
みんな上手くやっているじゃないか。
これはこれで理想的な部活風景だ。
とはいえ、品子が求めているのはたぶんこういうクールなものではない。
もっと体育会系の運動部のようなノリを望んでいるはずだ。
それこそ王道スポーツ漫画にありがちな友情・努力・勝利とか。
俺はいったん部室を離れ、廊下を歩きながら考えた。
そもそも体育会系って何だ?
高校の時に帰宅部だった俺にとっては意外と難しい問題だった。
窓の外から掛け声が聞こえてきた。
グラウンドに目を向けると野球部が試合をしているところだった。
投げて、打って、走っている。
そういえば夏の大会が近い。3年生にとっては最後の夏だし、他の部活もインターハイを目指しているはずだ。
……そうか、大会か!
俺は足早に職員室に戻った。
自分の席のノートパソコンを開き、インターネットに接続する。
「お、田島先生。放課後なのにかなりやる気ですね?」
隣の常滑先生が俺のパソコンを覗き込んできた。同期だからというのもあるだろうが、この人はプライバシーという概念が多少欠如している。
「あれ? フォースバウンスのサイトじゃないですか。なあんだ。仕事をやってるフリしてサボりですか。いや、責めてなんかいませんよ。どこかでガス抜きしないと仕事なんてやってらんないですからね」
「いえ、これは顧問をやってる部活のためのものです」
「ああ、パソコン部の? そういえば七傑を2人も受け入れてましたよね。最近、田島先生のがんばりは凄いですよね」
「今まであまり顧問の仕事とは向き合ってこなかったので、少し力を入れていこうと思いまして」
「生徒のためにがんばってますね。教師の鑑じゃないですか」
「全然そういうのじゃないですよ」
実際、そういうのではない。殺し屋の組織に依頼されているからだ。
話をしているうちに探していた情報が出てきた。条件に合いそうなものをしぼり込み、これだと思ったページをプリントアウトする。
俺は再びパソコン部へ向かった。
中に入ると3人にゲームを中断させて俺は言った。
「部員が最低限の3人を満たしたことで、パソコン部は正式な部活として存続することが認められた。これからは活動内容を定期的に報告してもらうことになる。差し当たり今月の目標を決めてもらいたいんだ」
「センセーが急に顧問みたいなことを言い出したのよ」
「実際に顧問なんだって! というか、これまで廃部寸前だったから事務的なことは保留にしてもらっていたんだ」
「毎日フォースバウンスで鍛錬している、じゃダメなのか?」
聡明が面倒臭そうに訊ねてきた。早くフォースバウンスを再開させたいようだ。
「別にダメってわけじゃない。パソコン部っていう名称も活動内容によっては今後ゲーム部に変えるかもしれない。ただ、学校から公認された部活動である以上、何を目標にするかあらかじめ決めてから活動しろってことだ」
「とはいえやっぱり急するぎのよ。そう簡単に思いつかないのよ」
曲がりなりにも部長である鳳はあっさりと匙を投げた。彼女は頭は良いが、自分が関心が持てないことには頭を使いたがらない。
もっともそれも折り込み済みだ。
「そう言われると思って、今月の目標はこっちで考えておいた。おまえたちにはこの大会に出てもらう」
俺はプリントアウトした紙を3人に配った。
「高校生限定、第5回オンラインゲーミング杯」
千夏がプリントの文字を読み上げた。
それはeスポーツ大会のポスターだった。オンラインなので全国どこからでも参加することができる。種目はもちろん今最も熱いフォースバウンスだ。
「この大会にチームで出場し、上位を目指してもらう」
「上位というのは具体的にはどれくらいですか?」
千夏からの質問に、俺は少し考えた。
品子の依頼を達成するためにはあまり簡単すぎてはいけない。
ほどよく困難を経験しつつも、一致団結して目標をギリギリで達成できるくらいの難易度が望ましい。
「そうだな。とりあえずはベスト3には残ってもらう。……さもないと」
「さもないと?」
俺は教師としていつか一度は言ってみたいと思っていたセリフを言った。
「パソコン部は廃部だ」
4―3
大会は一ヶ月後に開催されることになっていた。
ただし本戦に出るにはその前の予選リーグを突破しなければならない。
大会にエントリーしてから三日後、俺はパソコン部に様子を見に行った。
正直、ベスト3というのはかなりの無茶ぶりだと自分でも思っている。
部員3人のキャリアは鳳が半年、千夏が一ヶ月、聡明が一週間だ。普通なら予選通過だって怪しいところだ。
しかし、だからこそ3人とも躍起になって練習に励んでいるに違いない。
部室は期待通り熱気を帯びていた。
が、俺が思い描いていたのとはかなり様子が違った。
「どけ。邪魔だ。その武器はオレがもらう!」
「あ! 横取りはご法度なのよ。チーム戦なんだからちゃんと足並みをそろえるのよ」
「切り込み隊長のオレが一番いい装備を持つのは当たり前だろ」
「切り込みじゃなくて考えなしに突っ込んでるだけなのよ。そんなんだから田島センセーに手玉に取られたりするのよ」
「おい、鳳。オレに喧嘩を売ってるのか? この庭のソウメイに?」
「ソウメイって言いながら全然聡明じゃないのよ」
「ああん? 今、なんつった? もじゃ髪」
鳳と聡明がいがみ合っている一方で、千夏は我関せずとばかりにゲーム内でバードウォッチングをしていた。スナイパーライフルのスコープを使って鳥を眺めている。
「メジロでしょうか。目が丸いですね」
チームワーク以前にまるで歩調が合っていない。
俺は仲裁に入ろうかどうか迷ったものの、しばらく放っておくことにした。
こういう衝突を経てチームというものは成長していくのだ。たぶん。というか、してほしい。
俺はその場はいったん引き上げ、二日置いてから様子を見に来た。
今度は以前のように静かな部室に戻っていた。
上手くいったかと思って中を覗き見ると、3人はお互いに背を向けてフォースバウンスをしていた。
モニタをよく見ると一緒にプレイしていない。
聡明と千夏はそれぞれソロ・モードだったし、鳳に至ってはネットサーフィンをしていた。
流石にこれは俺も口を挟まずにはいられなかった。部室に入って問いただす。
「おまえら何してんだ。大会でベスト3に入らなかったら廃部って言わなかったか?」
「とは言うけどさ、タジセン」
聡明が口をとがらせて言った。
「オレはやる気がないわけじゃないぜ。むしろ誰よりもあるんだ。やるからにはどんなことであれ一位を狙うってのがオレの信条だからな」
「それなら3人でプレイしろよ。大会はトリオでエントリーしているんだからな」
「それがダメなんだ。やればやるほどチームワークが崩壊していくんだ。特にオレともじゃ髪との相性が最悪なんだ。まさに犬猿の仲ってやつだぜ。あ、もちろんもじゃ髪が猿な」
「人のせいにしないのよ、負け犬!」
鳳が振り返って眉を吊り上げて加わってきた。
当初は聡明と千夏の仲を心配していたのだが、蓋を開けたら聡明と鳳が衝突している。
思えば聡明がカチコミしてきたのはルーキーランキングの順位がきっかけだったわけだし、管理人の鳳の方と因縁があったのかもしれない。
一通り鳳と舌戦を繰り広げた後、聡明は俺に向き直って言った。
「ほら、な。てなわけでさ、いっそ1人ずつ戦うソロにエントリーを変更してくれよ、タジセン。そっちの方が無用な衝突も起きないし、良い成績だって残せると思うんだ」
「賛成なのよ!」
鳳が手を上げて話に入ってきた。
「フォースバウンスでは反りが合わなかったけど、今、初めて意見が一致したのよ。そんなわけでセンセー。わたしからもソロへの変更をお願いするのよ」
「二人がそう言っているので、ぼくもそれでお願いします」
取ってつけたように千夏も追従してきた。
「ふむ」
俺は腕を組んで少しだけ考えた。
確かにアクの強い七傑同士でチームを組ませたのは流石に無茶だったかもしれない。
依頼を遂行しようとするあまり、考えが至らなかったところはある。
とはいえ今からソロに変えるわけにはいかなかった。
ソロで好成績を残しても、品子の要望に応えたことにはならないからだ。
「目標はコロコロ変えるものじゃない。だからエントリーの変更はしない。チームで戦ってこその部活動だ」
俺は3人の意見を突っぱねた。
とはいえ予選まであまり時間はなかった。
言うまでもなく予選が通過できなければベスト3どころではない。
焚きつけるために廃部を持ち出しはしたが、本当に廃部になったら俺も困る。
どうにかテコ入れをしようと思っていたが、同僚の常滑先生がインフルエンザで欠勤し、急遽穴埋めの仕事に追われた。
結局ろくに目もかけられないまま、あっという間に予選当日になった。
その日は日曜日だった。部室のパソコンからオンライン参加する予定だったが、休日なので生徒用の昇降口は封鎖されている。
開始時間の30分前に教職員の玄関口に集合させた。
士気が高いとは言えなかったので遅刻も覚悟していたが、誰一人として遅れてはこなかった。
「パソコン部がつぶれて元の木阿弥になるのは困るのよ」
「気づいたんだ。オレが1人で敵を全部倒せば優勝だってな」
「与えられた任務は必ず達成します」
相変わらず足並みがそろっているとは言えなかったが、3人ともやる気はしっかりあるようだった。
曲がりなりにもポテンシャルを秘めた生徒たちだ。やる時はやってくれるだろう。
電子パス付きの学生証を入館ゲートでタッチさせ、校舎の中に入る。
部室に来るとそれぞれ速やかにフォースバウンスの準備に取りかかった。
俺は3人に向けてルールのおさらいを行った。
「予選は全部で3試合。チーム順位と敵を倒した数の総合で競われる。戦略も何もないだろうから、最初から全力で行くんだ」
ちなみにトリオは3人1チーム×33チームの合計99人で競われる。要するに96人は敵だ。
「わかったのよ」
「言われるまでもないぜ」
「了解です」
開始時間がやって来た。
指定されたルームに入り、マッチングが完了する。
1試合目はあまり良くなかった。千夏のみが平常通りで、他の2人の動きは普段よりも明らかに鈍かった。結果は33チーム中の6位。お世辞にも良い出だしとは言えなかった。
2試合目は多少肩の力が抜けたのか、動きが伸びやかだった。特に聡明の活躍が目立った。33チーム中4位。
そして3試合目。全員が持てる力を発揮できたように見えた。鳳は経験の長さを活かして堅実なプレイをしていたし、聡明は瞬発力のある動きで敵を何人もねじ伏せた。千夏のスナイパーライフルの腕前には磨きがかかり、まるで本物のスナイパーのようだった。
それでも33チーム中3位止まりだったのは、チームとしての連携が取れていなかったからだろう。単に3人が近くで戦っているだけだった。
本戦に駒を進められるのは成績が上位3分の1だ。エントリー総数がわからないので何とも言えないが、予選を突破できるかどうかはボーダーライン上といったところか。
結果は運営が集計を行い、30分後にSNSで発表された。
登録していたチーム名【七ツ森高校パソコン部】はどこにもなかった。予選敗退だ。
「……………………」
3人は誰も口を聞かなかった。
「……ちょっと大会のレベルが高かったな」
流石にその場で廃部を言い渡すのは忍びなかった。
別の大会で再チャレンジをさせることも考えたが、安易な救済措置は嫌がられそうだと思い、すぐに言うわけにはいかなかった。
帰り際、3人がつぶやくのが聞こえた。
「……もっとちゃんと練習しておくべきだったのよ」
「……くそ。自分が情けねえ」
「……失敗、しました」
4ー4
そのメールに気づいたのは大会から三日後の昼休みのことだった。
「田島先生、何か気が抜けてないですか?」
インフルエンザから復帰してきた常滑先生に声をかけられた。
「あ、いえ、大丈夫です」
我に返ってノートパソコンでメールチェックを行う。
ゲーミング杯の運営からメールが届いていた。
イベント後にも登録したサイトから広告メールが届くことはよくあることだ。
すぐに削除しようかと思ったが、念のために開封してみた。
本戦出場を辞退したチームがいたため、繰り上がりで予選を通過したという内容だった。
もしも本戦出場を希望するのなら翌日までに連絡をしてほしいとのことだった。
俺はその日の放課後、3人にそれを伝えた。
「本当はレベルを少し下げた大会に変更することも健闘していたんだけど、どうする?」
「野暮な提案すんなよ、タジセン。やるに決まってるだろ、なあ?」
「珍しくまたまた意見が合ったみたいなのよ」
「今度こそ任務を遂行します」
一度敗退したことが結果的に3人に火をつけたみたいだった。
俺はすぐにでも運営にメールを返したかったが、その前に3人に訊ねた。
「本戦までは2週間しかない。前のようなやり方では予選と変わらない結果になるだろう。いや、試合のレベルが上がる分、もっと酷いことになるはずだ。何か対策はしなくてもいいのか?」
「死ぬ気で練習するぜ」
「しっかり連携をとっていくのよ」
「そんなことは他のチームもやってることじゃないのか?」
「………………」
「………………」
聡明と鳳は一緒に黙り込んだ。
別に意地悪で言っているわけではない。
勝つためには勢いだけではなく、頭も使っていかないといけないのだ。
しばらくしてから千夏が口を開いた。
「先生にフォースバウンスを教わりたいです。ぼくに指導してください」
曲がりなりにも俺は教師だ。
生徒から教わりたいと言われたら断れない。
例え担当の教科でなかったとしてもだ。
「その手があったか。タジセン、オレにも頼む!」
「わたしにもよろしくお願いします」
聡明が頭を下げ、鳳が丁寧な口調で言った。
全員の本気が伝わってきた。
「わかった。ただし相当の詰め込みになるからな」
すぐさま運営にメールを返し、その日のうちからフォースバウンスの指導を開始した。
俺はまず3人にフォースバウンス内での役割を与えた。
行動力と反射神経に優れた聡明にはピストルやショットガンを用いた近接戦。
情報処理に長けた鳳はチームの司令塔。
千夏にはスナイパーとして遠距離からの偵察と狙撃。
役割に特化させることにでチームとして能力を引き出させるようにした。
「にしてもよ、本物のスナイパーライフルを触ったことのない人間が、本物のスナイパーを指導するのって客観的にはおかしいよな?」
ある時、千夏を指導していると聡明からそんなツッコミをされた。
内心では俺も「確かに」と思ったのだけど、即座に反論してみせた。
「プロのスポーツ選手がスポーツゲームのプロゲーマーになれるか?」
「いや、なれないな」
「ミステリー小説の作者は連続殺人鬼か?」
「そんなわけねえな」
「俺が教えるのはゲームで相手を倒す方法だ。ゲームと現実を混同するな」
「なんかタジセンの名言が来たぜ」
幸い仕事も落ち着いてきた時期だったため、俺はほぼ毎日指導に徹することができた。
4―5
本戦二日前の金曜日、部活終了の時間になった。
「大会に向けた俺の指導は今日で終わりだ。明日は本番に向けて各自しっかり休息するように」
俺がそう宣言すると、3人から不平の声が上がった。
「はあ? ギリギリまで練習した方がいいんじゃねえのか?」
「改善すべき問題点はまだまだいっぱいあるのよ!」
「直前まで訓練を重ねたいので明日も部室を使わせてください」
「おまえら、ちょっと落ち着け」
俺は両手を広げて3人をなだめた。
「練習熱心なのは良いことだ。だけど休息も重要だ。この2週間、おまえらはよくやった。が、一度に詰め込みすぎだ。心身ともにリラックスさせなきゃ本番で十分なパフォーマンスを引き出せなくなる。だから明日は完全にオフだ」
3人は頭が良いので、俺の言いたいことはすぐに理解したはずだ。
が、それでもずっと目標に向けて走り続けてきたせいか、なかなかブレーキをかけるのが難しいようだった。
「センセー。言いたいことはごもっともなのよ。だけど、部活に来なくても家でフォースバウンスをしちゃうと思うのよ」
「ぼくもたぶん鳳先輩の家に行ってやってしまうと思います」
「オレは家ではアニキのパソコンを借りて時々やってるんだけど、見つかると殺されかけるんだ。下手すると明後日参加できない体にされてるかもしれねえ。部活でやらせてもらった方が安全なんだぜ」
「どういう家庭環境だ」
思わず突っ込んだものの、武闘派の殺し屋庭だから当然なのかもしれない。いや、そうか?
どうしたものかと悩んでいると、鳳が思いついたように「そうだよ!」と言った。
「休みにするならいっそ決起集会をしてくれればいいのよ」
「決起集会?」
「そうよ。センセーの奢りでわたしたちに大盤振る舞いをしてくれるといいのよ。休息も取れるし家でフォースバウンスをやることもないし、何よりやる気が出るのよ。良いこと尽くしなのよ」
「要するにたかりじゃないか」
生徒の中には一定数、教師に何かを奢らせようとするタイプの人間がいる。
もちろん普段なら取り合わないところだが、品子から必要経費は出ると言われていたことが頭をよぎった。
躊躇したところをすかさず聡明につけ込まれた。
「だったらファミレスに行こうぜ。オレ、ちょうどドリンクバーの割引クーポンを持ってるんだ」
「ドリンクバー?」
千夏が素早く顔を上げた。
「それってもしかして先生が前に言っていたサブスクリプションのことですか?」
「飲み放題とは言ったが、その言葉はあまり飲食に対しては使わないんだけどな」
「そうなんですか? わたしは未だにどういうものがわかっていません。なのでこれを機に体験してみたいです」
「え? 千夏っちゃん、ドリンクバーを利用したことがないのよ?」
「マジかよ。クチナシ・ファミリーってのは浮世離れしてやがるな」
あっという間に全員が決起集会に興味を持ってしまった。
「俺は明日も仕事があるんだよ」
大人としてまともなことを言ったはずなのに、3人にそろって白い目で見られた。
もはや事を丸く収めるためには俺が折れるしかなかった。
「……明日の16時過ぎくらいからならいいぞ」
4―6
俺が駅前のファミレスに到着すると、入り口には3人の姿があった。
鳳は高校指定のジャージ、聡明は私服、千夏は初めて出会った時と同じマウンテンパーカー姿だった。ちなみに相変わらずギターケースを背負っている。今日くらい置いてきてもいいものを。
「タジセン、10分遅刻だぜ」
「俺は最初から16時過ぎくらいって言ってただろ」
「センセーが学生みたいな言い訳しないのよ」
旗色が悪いので俺はさっさと店の中に入った。
メニューは1人につきメインメニュー1品と、人数分のドリンクバーのみ。それ以外の注文は各自の自己負担とさせた。
一番早くメニューを決めたのは聡明だった。
「オレ、カニクリームコロッケ&エビフライ&げんこつハンバーグ」
案の定、一番金額の高いセットメニューだった。
「ずるいのよ。わたしもそれにするのよ」
「もじゃ髪。おまえ、ちゃんと食い切れるんだろうな?」
「自分より得する人がいるかと思うと許せないのよ」
「そんな理由で選んでるんじゃねえ!」
二人がいがみあっている間、千夏は穴が空きそうなほどメニューを凝視していた。
鳳がそれに気づいて顔を寄せた。
「もしかして決めきれないのよ? だったらわたしたちと同じにするのよ」
千夏は黙って頷いた。
俺はプッシュボタンを押して注文をまとめてオーダーした。
ちなみに俺はしそおろしハンバーグ。飽きのこない定番メニューだ。
「ドリンクバーのグラスはあちらにございますのでご自由にお使いください」
店員が説明をして立ち去ると、聡明が我先にと立ち上がった。
「やっぱファミレスはドリンクバーがないと始まらないからな」
鳳が後に続いて席を立つ。
俺は念のためテーブルに残るため、千夏に声をかけた。
「ほら、一緒に行ってこい。ドリンクバーを初体験するんだろ?」
「……は、はい」
千夏は少し不安げな表情をしながら立ち上がった。
「そういえば千夏っちゃんって本当にドリンクバー初めてなのよ?」
「はい。お恥ずかしながら。なので使い方を教えていただけると幸いです」
「それなら手取り足取り教えてあげるのよ」
俺はテーブルからドリンクバーコーナーに向かった3人を眺めていた。
予想通り千夏はグラスを手に取ったものの機械の前で右往左往していた。
ただでさえ自分の意思で何かを選ぶことが苦手な性格なのだ。
にも関わらず、聡明が千夏の前でコーラとメロンスカッシュを混ぜる合せ技を披露した。
千夏はおっかなびっくりそれを真似ようとしたが、横から鳳に止められていた。
最初は単体で選ぶように言われたのか、コーラだけを注いで戻ってきた。
「初ミッションはどうだった?」
「品目を数えたところ50種類近くありました。組み合わせも可能ということは概算で50×50で2500種類のドリンクが精製できる計算になります。膨大な選択肢に圧倒されました」
「理論上はそうかもしれないが、嫌いで選ばないものだってあるだろ? そういうのは最初から考えなきゃいいんだよ」
「ですがぼくに好き嫌いはありませんので……」
千夏と話していたらグラスを持った聡明がテーブルに戻ってきて言った。
「梔子。おまえは肝心なことを見落としているぜ。組み合わせは二種類までだと誰が言った?」
「……え?」
「オレのグラスを見てみろ」
聡明が誇示するように置いたグラスにはさっき入れたコーラとメロンスカッシュに加え、アップルティーのティーパックが浸されていた。
「……三種類?」
千夏はすっかり混乱してしまい返事もままならないようだった。
「フッ。クチナシ・ファミリーも大したことねえな。オレの勝ちだ」
「何を競っているんだ?」
その後も騒がしい決起集会は続いた。
十代の馬鹿騒ぎに付き合うのは疲れたが、これはこれで悪くはない気分だった。
4―7
第三回ゲーミング杯の本戦当日になった。
予選と同じく開催は日曜日だったので、前と同じく学校に集まった。
「ちゃんとそろったみたいだな」
3人はそれぞれいつもの席に座り、フォースバウンスの準備に取りかかった。
本戦は注目度が高く、ネットでも中継されることになっていた。
リアルタイムで見られない人向けに後日、見逃し配信も予定しているという。
ルールは予選と同様に3試合を行うことになっていた。
あらかたセッティングが終わったところで、聡明が拳を突き出して俺に言った。
「見ていてくれよ、タジセン。2週間前のヘボいオレたちじゃねえんだぜ」
「ああ。期待してる。切り込み隊長」
俺は聡明の拳に自分の拳を突き合わせた。
「センセー」
今度は鳳が話しかけてきた。
「ベスト3以上で廃部免除だったけど、もしも1位を取ったらどうなるのよ?」
確かに優勝とベスト3が同じ扱いでは味気ない。
モチベーションを上げるためにも多少箔をつけた方がいいかもしれない。
千夏が素早く話題に入り込んできた。
「ファミレスで打ち上げをしてください」
「はあ?」
思わず素で変な声が出た。
「……昨日、決起集会したばかりじゃないか。まさか記憶が飛んでるのか?」
「違います。楽しかったのでまた行きたいと思っただけです。それに」
「それに?」
「ドリンクバーの他に、サラダバーというのもあるらしいですね」
「………………」
俺が閉口していると他の2人も話に加わってきた。
「いいじゃねえか。打ち上げも昨日と同じファミレスで。ナンバー1ってのはそれだけの見返りがねえとな」
「千夏っちゃんは食事を選ぶ楽しみに目覚めたのよ」
「……おまえら、よくもまあ同じ店で連続で行きたがるよな」
「人のお金で食べるとなったら話は別なのよ」
「そういや一度でいいからファミレスのメニューを全部注文するやつをやってみたかったんだ」
試合直前だというのに3人は昨日の続きみたいに浮かれ始めた。
流石にこのままだとマズイと思い、俺は声を大にして言った。
「優勝したらまた連れていってやるから今は集中しろ!」
普通の高校生なら一度盛り上がってしまうと切り替えが難しかったりする。
しかし3人は流石に裏社会の人間なだけのことはあり、一瞬で真剣な表情になった。
「さてと、本気を見せつけてやるぜ」
「やってやるのよ」
「既に待機中です。いつでも行けます」
声のトーンも数秒前とはもはや別人だ。
俺は後ろに下がって全員のモニタが見える位置に立った。
加えてスマホでリアルタイム中継も見れるようにしておいた。
これで試合を俯瞰して把握することができるはずだ。
マッチング完了まで5、4、3、2、1…
1試合目がスタートし、空から99人のプレイヤーが一斉に降下した。
生き残るためにはまず人の少ない場所に向かって装備を整えるのがセオリーだ。
着地地点は司令塔の鳳が選択した。
人の来ない方向を瞬時に見分け、行き先をマーキングして千夏と聡明を導く。
3人は島の北側エリアに降り立った。
民家からアイテムを拾い集め、お互いに得意な武器を交換する。
近距離戦が得意な聡明はショットガンとアサルトライフル。千夏はスナイパーライフル。鳳はアサルトライフルとサブウェポンを持った。
しっかり準備を整えたところで島全体にアラートが響き渡った。
フォースバウンスは時間経過とともに行動できる範囲が狭まっていく。
あいにく3人がいたエリアはペナルティゾーンに認定された。
3人は安全地帯に向かって南下を開始した。
その先で一度目の戦闘が起きた。
最初に敵を発見したのは千夏だった。
「2時方向に敵影です」
「何人なのよ?」
「3人。1チームだけです」
「それならこっちから仕掛けるのよ!」
鳳の指示を受けて千夏はすぐに動いた。
スナイパーライフルを撃って1人目をヘッドショットでダウンさせる。
聡明はダッシュで距離を詰める中、鳳がグレネードを空高く放り投げた。
敵2人の注意が爆風が起きた方向に向かう。
背後から聡明が飛び出し、あっという間に2人をショットガンで倒した。
練習の時よりも動きが抜群にキレている。
何より予選の時は全然だったチームワークがしっかりと取れている。
滑り出しとしては悪くない。
俺がそう思った途端、さっきの音を聞きつけて別の敵チームがやってきた。
「もじゃ髪。どうする?」
「流れを止めたくないからここも戦うのよ!」
「了解です!」
戦いは新たな戦いを生む。
敵を倒す端から別のチームが寄ってくる連戦になった。
にも関わらず3人は果敢に戦った。
ピンチになればなるほど動きが洗練されていった。
これはもしかして上位を狙えるのではないか?
俺がそう思った矢先のことだった。
全体の残り人数が15人を切ったところで2チームからの挟撃を受けた。
初めに聡明がやられ、千夏、鳳の順で撃破されてしまった。
「ああー、くそっ! まさかオレが最初にやられるとは。悪ぃ!」
聡明は自ら謝罪したが、俺からすれば誰のせいでもない。
順位こそ5位だったが、個々の動きもいいし、チームワークも悪くはなかった。
既に試合は最終局面だったので、すぐに決着がついて2試合目に移った。
3人の戦い方は基本的に変わりはなかった。
変化したのは他のチームで、全体的に守りを重視する動きが多くなった。
そのおかげか1試合目よりも乱戦に巻き込まれることが少なくなり、3位になった。
インターバルが挟まれ、2試合の合計点が中継動画で発表された。
1位 階段坂三姉妹
2位 レッド・ジェネシス
3位 ユウキくんファミリー
4位 七ツ森高校パソコン部
5位 呪†卍
6位 GGGG
7位 カンパリ・カンパニー
8位以下は総合点に開きがあって既に優勝圏外だった。
要するに次の3試合目でこれらのチームよりも上位を取れれば優勝になる。
「おい、作戦会議するぜ!」
聡明が威勢よく手を上げて2人を集めた。
彼が中心になって何かを提案している。
「これで異論はないか?」
「それでいいのよ。乗ってやるのよ」
「その作戦、了解しました」
2人がそれぞれの席に戻ると3試合目のカウントダウンが始まった。
5、4、3、2、1、0!
すべてはこの一試合で決まる。
99人がダイブする中、チームを先導したのは鳳ではなく千夏だった。
「いました! 4時方向です。ついてきてください!」
千夏のあとを追って聡明と鳳が他のプレイヤーの間をすり抜けていく。
「オレにも見えたぜ!」
「わたしも補足したのよ!」
俺は中継動画の画面を見て3人の意図を理解した。
千夏が向かっていたのは総合順位で1位の【階段坂三姉妹】チームだった。
三姉妹はいずれもゴスロリファッションのスキンをまとっていたため見分けがつきやすい。
とはいえ一斉に降下をした中からいち早く見つけ出すのは至難の業だ。
「優勝候補を初めに倒すつもりか!?」
速攻はリスクが大きい。失敗したらほぼ最下位になるから、ベスト3も絶望的になる。
にも関わらず3人の動きに迷いはなかった。
両チームは島の西側の町に降り立つや否や激突した。
「優勝以外は狙ってねえんだ!」
いち早くピストルを拾った聡明は階段坂三姉妹に飛びかかった。
普段は敵と一定の距離を保つ鳳と千夏もここぞとばかりに聡明に続く。
防御を捨てて攻撃に全振りした作戦だ。
一方、階段坂三姉妹は逃げるか戦うか一瞬の躊躇があった。
実力に大きな違いはなかったが、明暗を分けたのは判断の早さだった。
3人ともあと一発でダウンしかねない状態で階段坂三姉妹を全滅させた。
鳳がライフポーションを雑に聡明に投げつける。
「別勢力がやって来る前に速やかに回復するのよ」
「なんで命令口調なんだ、もじゃ髪。誰のおかげで勝てたと思ってんだ?」
「誰か一人じゃないのよ。わたしも、千夏も、あんたも含めて全員のおかげなのよ」
「……お、おう。わかってんじゃねえかよ」
「敵影です!」
回復中もしっかり周囲を警戒していた千夏が丘の上をマーキングした。
3人はとっさに建物の裏に固まって身をひそめる。
丘の上から7位の【カンパリ・カンパニー】チームが執拗に様子を伺ってきていた。
回復は不十分で、武器もまだ満足に整えていない。
こういう時、先制攻撃をしようと焦って飛び出してしまうことがよくある。
危ない時ほど大胆な行動を取ってしまいがちなのだ。
しかし3人は敵が去るまで大人しくしていた。
やがてペナルティエリア指定のアラートが鳴り、カンパリ・カンパニーは移動していった。
3人は急いでアイテムを集めて装備を整えた。
隠れている時間が長かったため、ペナルティゾーンが迫ってきた。
幸い町外れのガレージで軽トラを発見したため、3人で乗り込んで移動することになった。
鳳が運転席でハンドルを握り、助手席に聡明、荷台に千夏が乗った。
途中、同じように車で安全地帯に向かう3位の【ユウキくんファミリー】と遭遇した。
千夏はスナイパーライフルでユウキくんファミリーの運転席を狙った。
が、千夏といえどもオフロードをバウンドしながら走る軽トラから当てるのは難しかったようだ。二発中二発ともに弾が空を切る。
千夏はアサルトライフルに持ち替え、聡明と一緒にタイヤに向けて発砲した。
まず足を止めなければいけない。が、弾を消費する割には当たらない。
向こうからも弾は飛んできたが、お互いに被弾は少なかった。
「移動しながらだと命中精度が下がるぜ。いっそ降りて戦うか?」
「ペナルティゾーンは近づいてきてるし、向こうはそのまま走り続けるだろうから意味はないのよ」
「かといって放置しておきたくもねえよな」
「鳳先輩。ここはわたしが決めます。サポートをお願いします」
千夏はそう言うと荷台から一人だけ飛び降りた。
ペナルティゾーンが迫っている時は一刻も早く安全地帯に向かうのが鉄則だ。
だから千夏の行動は一見、悪手に見えた。
案の定、千夏はあっという間にペナルティゾーンに呑み込まれた。
時間経過とともにスリップダメージを食らう。
それでも千夏は焦りを見せなかった。
見通しの効く丘の上に来ると、千夏は腰を落としてスナイパーライフルのスコープを覗き込んだ。
安全地帯に向けて走っていくユウキくんファミリーの車を視界に捉える。
千夏はスナイパーライフルを撃った。
ユウキくんファミリーの運転手に正確無比なヘッドショットが決まる。
ハンドルを失った車は木に激突して止まった。
両側のドアが開いてユウキくんファミリーの残りの2人が車から脱出する。
そこを狙って千夏が二発目のスナイパーライフルを撃った。
またしてもヘッドショットが決まり、ユウキくんファミリーの2人目がダウンした。
最後の1人は仲間を置いてダッシュで逃げ出そうとした。
が、最短距離で逃走しようとする敵の動きは直線的でわかりやすい。
千夏はシナリオ通りとばかりに三人目も撃ち抜いた。
ユウキくんファミリーは全滅した。
これで1位と3位を直接下したことになる。
優勝の可能性が現実味を帯びてきた。
もっとも厄介な問題が残っている。
千夏の体力はペナルティゾーンに留まりすぎたことで半分を切っていた。
ダッシュで安全地帯を目指すが、距離があって間に合いそうにない。
鳳と聡明の軽トラは既に安全地帯に到着している。
それでも千夏は淡々と走り続けた。
体力が3分の1を切る。
途中、進行方向にライフポーションが落ちていた。
千夏はそれを使って体力を3分の2まで戻す。
再び体力が減っていくが、進むとまたライフポーションがあった。
偶然ではない。先行していた鳳が後から来る千夏のために置いていったものだった。
定期的に回復できたことで千夏は無事にペナルティゾーンを脱した。
鳳と聡明と合流し、再び3人での行動を開始した。
4―8
どうやら最後の安全地帯は島の中央になりつつあるようだった。
ガソリンの切れた軽トラを捨て、3度目のアラートの後に遭遇した【カンパリ・カンパニー】を撃破した時点で残り4チームになった。
奇しくも東西南北から1チームずつが集結した。
北に【レッドジェネシス】。南は【呪†卍】。東が【GGGG】で、西が千夏たち【七ツ森高校パソコン部】だった。
いずれも優勝圏内にいるチームだった。まぐれではなく、確かな実力を備えたチームであることは疑いようもない。
4チームが陣取った場所にはそれぞれ岩場や建物、コンテナなど、身を隠す遮蔽物があった。
そこを砦のようにして、お互いに距離を保ったままでの撃ち合いになった。
ここでもスナイパーライフルに長けた千夏の活躍が目立った。
攻撃してこようと頭を出した敵を、千夏は次々に撃ち抜いていった。
しかしダウンを奪っても遮蔽物に隠れられるため、トドメを刺すまではいかなかった。
「くそっ。埒が明かねえ!」
聡明が愚痴りつつも飛び出していけないのは、三すくみならぬ四すくみになっているからだった。
前に出ると周りから撃たれるが、出ないと敵を倒しきれない。
お互いに攻めきれないまま時間だけが過ぎていった。
戦況が大きく動いたのは4度目のアラートの後だった。
安全地帯が縮小し、【GGGG】チームがペナルティゾーンに押し出されて拠点を出た。
ここぞとばかりに三方からの攻撃が集中する。
GGGGチームは圧倒的な火力の前に溶けるようにして全滅した。
フォースバウンスは実力も大事だが、運の要素も強い。
位置取りが逆ならやられていたのはこちら側だったかもしれない。
次に追い出されたのは【呪†卍】チームだった。GGGGとそっくり同じ末路をたどった。
最終的に残ったのは西側の千夏たちと、北側の【レッド・ジェネシス】だった。
この時点でベスト3内は確定している。
しかし誰一人として表情を緩めなかった。
みんな優勝しか狙っていない。
安全地帯は縮小を続け、ついに千夏たちも拠点を捨てざるをえなくなった。
一方、レッド・ジェネシスも同じタイミングでペナルティゾーンから押し出されてきた。
レッド・ジェネシスは赤で統一されたレッド・ウォーリアーバンドルの【レッド・モノアイ】【レッド・シャーク】【レッド・モスマン】でチームを組んでいた。
お互いに遮蔽物のないところで3対3の正面衝突になった。
銃弾が交差する中、最初にダウンを喫したのは鳳だった。
最終局面におけるダウンはやられたも同然だ。
復活させようものなら隙ができて共倒れになってしまう。
「ごめんなのよ。あとは任せたのよ」
「やりやがったな!」
聡明が鳳を倒したレッド・モスマンに飛びかかった。
距離を一気に詰めてショットガンを叩き込む。
レッド・モスマンもショットガンで応戦するが、近距離では技術も気迫も聡明が上だった。
撃ち負けそうになったレッド・モスマンはとっさに後退しようとしたが、腰が引けた時点で勝敗は決したようなものだ。
聡明が逃がすはずもなく、ゼロ距離からのヘッドショッドでレッド・モスマンを撃破した。
これでお互いに2対2だ。
しかし聡明は目の前の敵に集中しすぎた。
ガラ空きになっていた背中にレッド・モノアイがアサルトライフルを撃ち込んできた。
聡明の体力はあと1発でダウンを喫するまでに激減した。
「やってくれるじゃねえか!」
聡明の動きはギアが切り替わったように鋭くなった。
追撃をジャンプでかわすと、空中で体を回しながらグレネードを投擲した。
聡明を撃っていたレッド・モノアイは爆発に巻き込まれないように距離を取った。
その動きを予想していた聡明がアサルトライフルで追撃する。
一発、二発、三発。いや、四発入った。
しかしレッド・モノアイも最終局面まで残った実力者だ。
負けじとアサルトライフルを撃ち返してきた。
聡明はしゃがんで弾を避けた。
頭の上をギリギリで弾が飛んでいった。
次の弾も、そのまた次の弾も紙一重で避けた。
レッド・モノアイは焦ってショットガンに切り替えて飛びかかってきた。
「それは下策の上に悪手だぜ!」
気合一閃、聡明はレッド・モノアイを撃破した。
レッド・ジェネシスの3人中2人を聡明が倒したことになる。
このまま圧倒するかと思いきや、直後に聡明は地面に倒れ伏した。
意識外からの攻撃によるダウンだった。
弾が飛んできた方向では千夏と、レッド・ジェネシスの最後のメンバーであるレッド・シャークが戦っていた。
1対1の文字通り最終決戦だ。
千夏は聡明と遜色のない動きをしていた。
初めて俺の部屋でプレイした時とは比べるまでもなく強くなっている。
一番得意なのはスナイパーライフルだが、それ以外でもオールマイティに武器を使いこなしていた。
いや、攻撃だけではない。回避能力は明らかに聡明以上だった。
とはいえ相手のレッド・シャークも相当の手練だった。
さっき聡明を倒した弾は、本来は千夏を撃ったものだったはずだ。
千夏が紙一重でかわしたところ、後方にいた聡明に当たるように撃たれていた。
狙ってやったのだとしたら俺よりも攻撃の腕前は上かもしれない。
「先生」
攻撃と回避を繰り返しながら千夏が俺に呼びかけてきた。
「わたしに勝て、と指示してください」
「どうして?」
「そう言ってもらえれば力が出るからです」
迷っている暇はなかった。
画面の中ではいつ決着がついてもおかしくはない状況だった。
俺は言われた通りに千夏に向けて言った。
「千夏、絶対に勝て!」
「了解です」
上官から司令を受け取ったように千夏は頷いた。
千夏はバウンサーを地面に叩きつけた。
反重力を発生させるそのサブウェポンは、千夏とレッド・シャークを反対方向に弾き飛ばした。
距離を取ることに成功はしたが、先に着地したレッド・シャークに先手を許した。
アサルトライフルの弾が千夏の周りの地面をえぐっていく。
千夏はダッシュで回避しながら弾の装填を行った。
2発食らったものの、途中でレッド・シャークの弾が尽きた。
千夏は立ち止まってアサルトライフルで反撃に転じた。
弾を装填しようとしたレッド・シャークの腕に一発。
窪地に逃げ込もうとする足にもう一発。
しゃがんで避けようとする肩口にさらにもう一発。
三発中三発がヒットした。
レッド・シャークは千夏の命中精度の高さにおののいたはずだ。
千夏を真似るように自らもバウンサーを使い、反重力で距離を取ろうとした。
だが、それは千夏が誘導していた局面だったのかもしれない。
千夏はアサルトライフルからスナイパーライフルに持ち替えた。
マガジンを入れ替え、腰を落として狙いをつける。
レッド・シャークが地面に着地したところを狙い、トリガーを引く。
大口径から放たれた弾は空気を切り裂くように飛び、レッド・シャークの頭部を突き抜けた。
「やった!」
その場の誰もが勝利を確信した。
聡明と鳳は両腕を上げて万歳し、俺は思わずガッツポーズを作った。
が、レッド・シャークは倒れず、その場に踏みとどまった。
スナイパーライフルのヘッドショットは一撃必殺だったにも関わらず。
「――えっ!?」
フリーズ? バグ? 遅延?
状況を飲み込めなかったのは俺だけではなかった。
千夏も驚きのあまり動きを止めてしまった。
その瞬間、スナイパーライフルの弾が正面から飛んできた。
レッド・シャークが撃ったモーションが俺には見えなかった。
しかし現に弾は飛来し、千夏を撃ち抜いた。
千夏のスキンはゆっくりと消失し、レッド・シャークだけが残った。
画面に表示されたのは2位の文字。
部室は静寂に包まれた。
七ツ森高校パソコン部は準優勝に終わった。
4―9
「本当にいいのか、おまえら?」
大会終了後、俺は3人をファミレスに誘った。
準優勝だって立派な成績だったし、何よりも3人の素晴らしいチームワークを見せてもらった。
もちろん廃部は取り消したし、打ち上げをしない理由なんてないくらいだった。
しかし3人は断った。特に千夏が頑なに拒んだのだった。
「ぼくは優勝するつもりでした。実際、十分に可能だったはずです。なのに最後に決めきれませんでした。任務に失敗したのに祝ってもらうわけにはいきません」
「いや、最後は実力というよりは運みたいなものだったろ? 回線の状況も悪かったみたいだったし。そんなに自分を責めるなって」
どうにか説得しようとしたものの、千夏の意思は変えられなかった。
「センセー。千夏っちゃんがここまで言ってるからいいのよ」
「無理にやってもお通夜みたいになるだけだぜ」
鳳と聡明にもそう言われたので、俺は折れることにした。
「まあ、いいならいいんだけどな」
部室の閉じまりを済ませて校舎を後にする。
「それじゃあ、また明日な」
俺は正門の前で3人と別れた。
一人で歩いて帰路につく。
アパートへ向かいながら、試合のラストが何度も頭の中を巡った。
本当は考えないようにしていたのだが、決着の瞬間が俺にはあれにしか思えなかった。
不正チートプログラム。
本当はバグでも遅延でもなく、チーターだったのではないだろうか?