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第三章

 

   3-1



 一週間ぶりに部室を覗いてみると、パソコン部はすっかりゲーム部屋に様変わりしていた。


 一台のパソコンごとに一脚のゲーミングチェアが用意され、それが3人分あった。


 下手したらゲームに関しては俺の部屋よりも良い環境かもしれない。


 そんなことを考えながら眺めていたら、顔を上げた鳳に気づかれてしまった。


「そこで見ているのは田島センセーなのよ? なんで入ってこないのよ。一緒にゲームをやっていくのよ」


「いや、俺はいい。ちょっと寄っただけなんだ」


「最近すっかりご無沙汰だったのよ。たまには顧問らしいことをしていくのよ。千夏からも言ってほしいのよ」


「了解です。鳳先輩。どのように言えばいいですか?」


「センセーもやってくのよ、なのよ」


 千夏は俺に向き直ると鳳の指示通りに言った。


「先生もやってくのよ、ですよ」


「………………」


 相変わらず千夏はちょっとズレている。


 とはいえ鳳と気が合うようで安心した。


「まあ、そこまで言うなら」


 俺が二人の誘いに応じて部室に入ると、ゲーミングチェアの一つに座らせられた。


「快適にフォースバウンスをプレイできるようにスペックを上げておいたのよ。ノーストレスのヌルヌルを楽しんでほしいのよ」


 パソコン部のパソコンはもともと学校の払い下げだったが、鳳が自分で改造を繰り返したことでゲーミング仕様になっているとのことだった。


「で、三人で協力プレイをするのか? それともソロか?」


「センセーの力量を見てみたいからソロをしてほしいのよ」


「わかった。ちょっと腕がなまってるかもしれないけどな」


 チートに手を出した一件以来、久しぶりにやるフォースバウンスだった。


 意外と体が覚えているようで、我ながらブランクを感じさせないプレイができた。


 いや、むしろ前よりも良い動きができている気がする。


「なんだかカクつきや遅延がなくなってるような気がする。これが高スペックパソコンの力なのか?」


「それもあるけど、最近アップデートでバグが修正されたのよ」


「マジか!」


 朗報だった。以前、俺がストレスを抱えた原因が取り除かれたということだ。


 気を良くした俺は順調にプレイを続けていった。


 気がつくとあっという間にプレイヤーが残り3人にまで絞られた。


 こういう局面では先に戦った2人が潰し合い、残りの1人が漁夫の利を奪っていく展開がよく起こる。


 しかし上り調子だった俺は率先して矢面に立ち、1人ずつ見つけて撃破した。


 誰が見ても文句のつけようのないビクトリーファイナルだった。


「センセーってメチャクチャ強かったのよ」


「とても勉強になる戦い方でした。もう一度やってみせてください」


 2人から褒められて俺はいい気分になった。


 教師は生徒を褒めることはあっても、褒められることはほとんどない。


「まあ、そんなに言うんなら」


 ついついプレイを継続させた。


 気が付いた時には1時間が経過していて、学年会議をスルーしてしまったことに後から気がついた。


 スマホを見ると教師間のグループチャットに何通もメッセージが届いていた。


「………………」


 思わず頭を抱えて机に突っ伏した。


 後で同学年の先生たちに謝って回らないといけない。


「……と、ところでパソコン部の活動はどうなんだ?」


 俺は体裁を取り繕うために鳳に訊ねた。


 他の先生に何をしていたのか訊かれた時、まさかゲームをしていただけとは言えない。もっともらしい建前が必要だった。


「何か急に教師らしいことを言い出したのよ」


「怪しいですね。仕事でやらかしたことを誤魔化そうとしている人の目をしています」


 千夏に的確に言い当てられてしまった。観察眼がすごい。


 とはいえ鳳は真面目に答えてくれた。


「ちゃんとやってるのよ。表の活動も、裏の活動も」


「なんなんだ、裏の活動ってのは?」


「最近やったのはダークウェブでのサイト開設とかなのよ」


「学校のパソコンで何をやってるんだ! 家でやれ。いや、家でもダメか」


「大丈夫なのよ。ちゃんと普通の人は利用できないようにしているのよ。せっかくだから見てみるのよ? センセーも裏社会の人間みたいなものだから問題ないのよ」


「俺は健全でまともな表社会の人間だ」


 とは言いつつも、裏社会のサイトというのは気にはなった。


「とりあえず見せてくれ。顧問として目を通しておかないといけない」


「ちょっと待つのよ」


 鳳はパソコンから専用のブラウザを立ち上げた。


 表示されたのは【裏エージェントwiki】という真っ黒いサイトだった。


「……これは?」


「読んで字の如しなのよ。裏社会の人間をデータベース化したものだよ」


 まるでゲームの攻略wikiみたいなノリで言う。


「……こんなの作ってよく消されないな」


「それはどっちの意味なのよ? データ? それとも存在?」


「どっちの意味でも」


「ところがこれ、意外と重宝されてるのよ」


 俺が疑わしげに眺めていると、横にいた千夏がモニタの一点を指さした。


「品子おばさんの情報が載っていますね」


「え? あ、本当だ」


 見ると梔子品子の顔写真とプロフィールが掲載されていた。


『クチナシ・ファミリーの交渉窓口を担当している梔子品子と申します。案件内容に応じて適切な人材を派遣します。また、履行が難しい案件も引き受けます。ご用命の際にはお気軽にご連絡ください』


「まるでマッチングサイトじゃないか」


「エージェントには得意分野があって、不向きな仕事はお互いに譲り合ったりするものなのよ。ここはそういう情報交換をするためのサイトなのよ」


「だけど普通、裏社会の人間って素性を隠すんじゃないのか? 品子の顔写真とか載っててマズいだろ」


「それは人によるのよ。ここは会員登録すると自分で編集できるようにしているから、品子さんは自分で顔写真をアップしたと思うのよ。営業職は顔を売りたいものなのよ。例えそれが裏社会だったとしてもよ」


「そういえば品子おばさんは顔を見せることが仕事の信頼につながる、ってよく言ってました」


 裏社会といえども社会に違いはない、ということか。


 しばらくそのサイトを眺めていると、ふと【ルーキーランキング】というページが目についた。


「これは?」

「ああ、それは18歳以下のエージェントなのよ。未成年は基本的に外部からの仕事は受け付けられないから、別枠のカテゴリにしてるわけなのよ」


 開いてみると30人ほどの名前が並び、トップに千夏の名前があった。


 鳳が千夏に敢えて光栄と言っていた理由がわかった。本当に裏社会では有名なのかもしれない。


 もちろん他に知っている名前はなかった。が、なぜか2位のところで目が止まった。


『ルーキーランキング2位。ソウメイ。三大組織の一つ【(バビロン)】の末子。17歳。並外れた運動神経と動体視力を持ち、対人戦にて高い活躍が期待されている。喧嘩っ早い武闘派。何事においてもナンバー1であることに執着している』


「どうかしましたか、先生?」


「……いや、なんでもない」


 自分でもどうしてそこが気になるのかよくわからなかった。



   3-2



「としあきクン! としあきクーン! とーしーあーきークーン!」


「今日もすごくカッコイイよ!」


「ああ~。待って、待って。動いているだけで尊いッ!」


 昼休みに教卓に置き忘れた教材を取りに戻ったら、窓際に並んだ女子生徒たちがグラウンドに向けて黄色い声援を送っていた。


 またか、と思っていると千夏が寄ってきた。


「ずっと騒々しいんですが、これはいったい何事なんですか?」


 興味があるというより、不可解な騒音に困っている様子だった。


「たぶん無藤聡明(むとうとしあき)だろうな」


 俺は窓辺の空いているところへ千夏を連れて行き、一緒に外を見た。


 グラウンドでは5、6人の男子生徒がサッカーコートでミニゲームをしていた。その中に一人、長髪をポンパドールにした男子がいた。


「へえ。今はサッカー部なんだな」


「今は、と言いますと?」


「彼は一つの部活には所属しないで様々な運動部を渡り歩いているらしいんだ。いわゆる助っ人だな。その類まれな運動神経の高さから、生徒の間で七傑の一人と呼ばれているらしい」


「七傑というのは鳳先輩と同じグループということですか?」


「周りがそう言ってるだけで、本人たちにつながりはないんじゃないかな」


 しばらく無藤聡明の動きを眺めた。相変わらず一人だけ動きがキレている。サッカーに詳しくなくてもパッと見で一番上手いことが見てわかった。


「確かに身体能力は非常に優れているようですね」


 千夏は冷静に分析するように言った。


 ちなみに無藤聡明が高いのは運動神経だけではない。


 切れ長の目がやや強面に見えるが、整った顔立ちのために女子からの人気も高いのだ。


 無藤聡明が鋭いシュートでゴールを決めた。


 自分の力を誇示するように人差し指を突き上げながらウイニングランをする。


 不意に無藤聡明と目が合った気がした。


 たぶんターンした際に偶然こちらを向いただけだろう。


 にも関わらずクラスの女子たちは大絶叫だった。


「わたしを見た!」


「違う。あたしを見たんだよ!」


「こっちを見たんだってば!」


 いつの時代も顔の良いスポーツマンは女子にモテる。


「まあ、女子人気も含めての七傑だな。俺にはよくわからないけど、目の保養にはなるんじゃないか?」


 俺はそう言って窓際から離れた。


 千夏はその場に留まって無藤聡明を見続けていた。


「……今、ぼくのことを見ていましたね」


 千夏が小さな声でつぶやいた。


 味の好き嫌いがないからには、顔の好き嫌いもないものと思い込んでいた。


 意外に思って俺は千夏に訊ねた。


「彼のことが気になるのか?」


「見られたからには気になりますよ」


 裏社会の人間とはいえ、千夏も年頃の女子なんだな、とこの時は思っていた。



   3-3



 その日の放課後、俺は資料室でコピーを取っていた。


 明日の朝一で配る資料なのだが、今日のうちに用意しておかないと間に合わないからだ。


 複合機から吐き出される用紙を眺めていると、ドアが開いて一人の男子生徒が入ってきた。


 昼休みに見かけた無藤聡明だった。


 資料室は基本的に教員が使うものだが、部活と委員会に限って生徒の使用も許可されている。


 ただ、雑用とかしなさそうな無藤聡明が使うようには思えなかった。


「あんたが1ーAの田島先生か?」


 おもむろに無藤聡明が話しかけてきた。


 授業を受け持ったことがないので口を聞くのは初めてだった。


「そうだね。正確には田島悟。担当は世界史だ」


「面倒だからタジセンでいいか?」


「どう呼ぶかは個人の自由じゃないか。生徒に呼び方を強要する権限は教師にはないんだ」


「パソコン部の顧問をやってんだってな?」


「そうだけど、もしかして入部希望者?」


「まさか。タジセンはオレのこと知らないのか?」


「知ってる。七傑の無藤聡明だろ?」


「だったらわかるはずだぜ。オレは勝負事にしか興味がないんだ。競わない部活なんて部活じゃない。文化部なんて存在意義がない」


 別に文化部は競わないわけではない。が、面倒なので黙っておいた。


「それならどうしてパソコン部に興味があるんだ?」


「興味なんてねえよ。ただ……」


「ただ?」


「梔子千夏には興味がある」


 俺は昼休みのことを思い出した。


 千夏が目が合ったと言っていたが、どうやら本当のことだったようだ。


 とはいえどうして無藤聡明はそんなことを俺に言ってくるのだろうか。


 まさか千夏との仲を取り持ってほしいのだろうか。


 女子から人気があるくせして本当はシャイだとか?


 内心では呆れつつも、俺も曲がりなりにも教師なので、多少話を合わせることにした。


「だったら今度、部室に見学に来てみなよ。梔子と話ができるかもしれないし、それがきっかけでパソコンにも興味が出てくるかもしれない。それに主に今はゲームを――」


「今度? いいや、今だね」


 無藤聡明は学ランの内側に手を入れて拳銃を取り出した。


「……それは?」


「全然珍しいものじゃないぜ。コルトM1911。定番だろ?」


 たぶん少し前までであれば、ずっとモデルガンだと思い込み続けていただろう。


 しかし流石に今はそこまで呑気ではいられなかった。


 千夏の名前と拳銃を出されたら、もはや疑うべきことは限られている。


「君は無藤聡明じゃないのか?」


「表の名前はな。裏の名前はソウメイ。(バビロン)のソウメイだ。梔子千夏とつるんでいるからには、聞いたことくらいあるだろう?」


 ルーキーランキングで見覚えがあったわけだ。


 聡明だからソウメイか。ネーミングがちょっと安易じゃないかとは思った。


「俺をどうしようっていうんだ?」


「タジセンには興味ねえ。パソコン部に案内しろ。そこにいるんだろう? 梔子千夏が」


「千夏を狙っているのか?」


「まあな」


「そんなことをして組織同士の争いになったりしないのか?」


「ルーキー同士の小競り合いにいちいち首なんて突っ込まねえだろ」


「じゃあ何のために千夏を?」


「ルーキーランキングが不公平だからだ」


「千夏が1位で、君が2位なんだろ?」


「それがおかしいってんだ。あんなの組織の知名度と組織票で捏造されたランキングだ。実力が反映されてねえ。あのサイトを作った奴をぶっ飛ばしたいと思ってるくらいだぜ」


 俺は鳳のことを思い浮かべたが、もちろん口にはしなかった。


「前々からオレは不満だったんだ。そしたらちょうど千夏が転校してきたっていうじゃねえか。チャンスだって思ったぜ。実力で白黒つけてやるんだよ」


 学ランを着崩している聡明の胸元からは「ナンバー1」とプリントされたTシャツが見えた。


 ルーキーランキングの情報通りだ。聡明は何事も1位を取ることに執着しているらしい。


「さあ、とっと案内しろ」


 コピーが途中のままだったが、俺は仕方がなく資料室を出た。


 後ろには拳銃をかまえた聡明がピッタリとついてきた。


 俺は廊下を進みながら考えた。


 このまま千夏と引き合わせてしまったら大変なことになる。


 どうにか途中で逃げ出して、事前に千夏に一報を入れておきたい。


 不意に聡明は俺の心を読んだみたいに警告してきた。


「変な動きはするなよ。オレはそこらの日和ったルーキーと違って躊躇しねえんだ。やると決めた時にはやっている。逃げたら撃つ」


「学校で流血沙汰はまずくないか?」


「かまわねえよ。その気になれば口封じなんていくらでもやりようがあるんだ」


「今まで人を殺めたことはあるのか?」


 聡明はチッと舌打ちをした。


「それはまだない。父親が早いって言うんだ。でもな、オレはいつでもいいと思ってるし、覚悟はもう完了してるんだ。それこそ今この瞬間でもいいんだぜ?」


「………………」


 (バビロン)のことはよくわからないが、クチナシ・ファミリーよりも過激な組織なのかもしれない。厄介な相手に目をつけられてしまったようだ。


 幸い聡明はパソコン部の場所を知らなかった。


 俺はせめてもの抵抗として、部室の窓が見える側の渡り廊下を遠回りして進んだ。


 運良く千夏か鳳がこちらに気づいてくれないかと期待したが、部室にはカーテンが引かれていた。


 そういえば何日か前に日光が眩しくてモニタが見づらいと鳳が言っていた。


 結局、何もできないまま部室の前に到着してしまった。


 俺はやむなくノックをしてドアを開けた。


 中に入ると聡明もピッタリと後ろについてきた。


 瞬間、背後で大きな音が響いた。


 てっきり聡明に撃たれたのかと思いきや、床に拳銃が転がった。


「くそっ!」


 聡明が悪態をつきながら拳銃に手を伸ばすが、それより先に千夏が拾い上げた。


 素早くセーフティーを外し、千夏が聡明の眉間に銃口を突きつける。


 電光石火のような出来事だった。


「……おまえが梔子千夏だな」


 聡明が千夏を睨みつけながら言った。


 一方、千夏は表情を微塵も変えずに答えた。


「はい」


「俺は無藤聡明。(バビロン)のソウメイだ」


「あなたの名前は聞いていません。速やかに先生から離れてください」


「オレは眼中にないってか?」


「はい。人語を解する的くらいの認識です」


「………………」


「センセー。こっち、こっちなのよ」


 二人の傍でオロオロしていたら、ゲーミングチェアの裏から鳳が手招きをしてきた。


 千夏に目を向けると彼女は黙って頷いた。大丈夫ということなのだろう。


 俺はゆっくりと聡明から離れて、鳳の隣へ避難した。


 その間、聡明は身動きを取らなかった。


 しかし表情は険しくなり、殺気がどんどん強まっていった。


「あっさり人質を失ってしまいましたが、これからどうしますか?」


 千夏が冷ややかな声で聡明に訊ねた。


「そんなの関係ねえ。タジセンは人質じゃなくてただの案内だ。オレと勝負しろ。梔子千夏!」


「何を言っているのか理解できません。銃はこちらの手にあるんですが?」


「撃つ覚悟がおまえにあるってのか?」


「ぼくはスナイパーライフルが専門ですが、どんな武器だって扱えるんですよ?」


「だったら撃ってみやがれ!」


 聡明は挑発を繰り返している。


 なんだか雲行きが怪しくなってきた。


 千夏が拳銃を奪った時点で勝敗は決したと俺は思っていた。


 しかし聡明は撃たれない限り負けを認めないつもりらしい。


 撃たなければ千夏が負ける。


 かといって本当に撃ったりしたら大事だ。


 それこそ組織間の抗争に発展したりするのではないだろうか。


「撃たないのか? だったらこっちから――」


 聡明は不敵に笑って銃に手を伸ばそうとした。


 千夏はトリガーに指をかけた。


 寸前、俺はゲーミングチェアの裏から飛び出して叫んだ。


「その勝負、ちょっと待った!」


 千夏と聡明は同時に俺へと振り返った。


「はあ? 何言ってやがるんだ、タジセン」


 聡明が俺を睨みつけてきた。


 決闘に水を注されたせいか、怒りの形相だ。


 しかしここで臆してはいけない。


 俺は視線を押し返すようにして言った。


「ここは学校で、生徒の喧嘩は教師として見過ごせない。だから勝負は俺が預かるんだ!」


「そんなのオレが納得するとでも思ってるのか!」


「思ってない。だから聡明は代わりに俺と戦うんだ」


「どういうことですか?」


 基本的に表情を変えない千夏が不可解そうな顔をして訊ねてきた。


 隣の鳳も首をかしげて言った。


「どういうことなのよ?」


 一方、聡明は激しく苛立っていた。


「笑わせるな! オレとタジセンで勝負になるわけないだろ」


「それはどうかな?」


 俺は思わせぶりに笑い、視線を一瞬だけ千夏に向けた。


「とある勝負において、俺は千夏よりも強い」


 聡明が訝しげに眉をひそめた。


「なん……だと?」


「だから俺に勝つことができれば、聡明は千夏よりも強いってことになる」


「その勝負ってのは何なんだ? 運任せのしょぼい賭け事じゃないだろうな?」


 思ったとおり聡明は食いついてきた。


「複数の重火器を使い分けて戦うんだ」


「へえ?」


「ピストル、ショットガン、スナイパーライフル、アサルトライフル。どれを選んでもいい」


「……意外と本格的じゃねえか」


 聡明が興味深そうに言った。どうやらかなり気になってきたようだ。


「梔子千夏。こいつの言ってることは本当か?」


 聡明は千夏に質問した。


 千夏は俺の意図がわかっていなかったようで、しばらく無表情のまま固まっていた。


「本当なのよ!」


 察した鳳が声を上げた。流石はIQ150だ。


 千夏は鳳に合わせるように「本当です」と答えた。


「ふうん。まあ、いい。だったら信じてやる。だが先に言っておくぞ。タジセンとの勝負でオレが勝ったらルーキーランキングのナンバー1はオレだ。そこのメガネの女も証人になるんだぜ?」


「わかったのよ」


 俺は言質を取るために聡明に訊ねた。


「そっちこそ二言はないだろうな?」


「いいって言ってんだろうが。で、その勝負ってはどこでやるんだ? 外か?」


「戦いはこの場で行うんだ」


「はあ? どこに重火器があるってんだ。ここにはパソコンしかないじゃねえか」


 俺は未だに話が見えていない聡明に向けて言った。


「勝負はパソコンに入っているフォースバウンスっていうゲームで行う」



   3―4



 結論からいうと聡明は弱かった。というかそれ以前に、彼はフォースバウンスをやったことがなかった。


 クチナシ・ファミリーといい、殺し屋の家ではあまりゲームをやらせてもらえないのかもしれない。


 勝負がゲームと聞いて聡明は鋭い目つきで睨んできた。


 ハメられたことに気づいたのだろう。


 が、ゲームパッドを渡すと文句一つ言わずに受け取った。


「どんな勝負だろうと俺は必ず勝つ。それだけのことだぜ」


 その意気や良し。流石はナンバー1に執着している男だ。


 とはいえそこは存分につけ込ませてもらう。


 フォースバウンスには様々なモードがある。今回は一対一のサドンデス・モードを選んだ。


 あらかじめ武器を所持した状態から始まるためスピーディーなバトルができる。


「練習時間はどれくらいにする?」


「そんなもんいるか! オレは才能だけで勝ってみせるぜ」


 少々イラッとしたので、俺は実力差を見せつけてやった。


 聡明がショットガンを使おうとするとショットガンで、アサルトライフルにはアサルトライフルで、スナイパーライフルにはスナイパーライフルで瞬殺した。


 ハンムラビ法典の目には目を、歯には歯を、だ(ただしやられる前にやってしまったわけだけど)。


「……く、く、くそう。オ、オレが手も足も出ないなんて。も、もう一回。もう一回だ!」


 聡明はフォースバウンスこそ弱かったが、気持ちは強くてなかなか折れなかった。


 何度負けても聡明は再戦を挑んできた。


 本当は既に決着はついているのだけれども、俺は断らずに戦いに応じた。


 気の強い聡明を相手に生半可な勝利では足りないと俺は考えていた。


 今後再び絡まれないように、どちらが上か徹底的に教え込まなければならない。


「オラァア! 死ね! ぶっ殺す!」


「対戦ゲームで暴言を吐くな!」


「死滅しろ!」


「言い換えてもダメだ!」


「くそっ! 今の絶対に当たっただろうが!」


「自分の技量の低さをゲームのせいにするな!」


 初心者を相手に戦うのは赤子の手をひねるようなものだったが、俺は手を抜かなかった。全力でひねり続けた。


 ところが徐々に聡明を倒すのに時間がかかるようになっていった。


 回数を重ねるうちに聡明の腕前は上達してきた。


 飲み込みはかなり早い。二度と同じミスはしない。戦うごとに強くなる。


 まるで負ける度に急成長する少年漫画の主人公みたいだった。


 案外、本当にゲームの才能があるのかもしれない。


 将来は殺し屋よりもプロゲーマーの方がいいんじゃないだろうか。


 いったいどれくらいバトルを繰り返しただろう。


 圧勝しているとはいえ俺も徐々に疲れが生じてきた。


 聡明の様子を伺うと一瞬だけ目が合った。


 疲労の色は俺よりも濃い。


 連敗による精神的なダメージは相当だったはずだ。


 にも関わらず聡明はニヤリと笑った。


 まだやれるぜ、と目で訴えかけてきた。


 思わず俺も笑い返した。やれるものならやってみろ。


 フォースバウンスにより俺と聡明の間には確かに何か通じ合うものがあった。


 ……と思ったのもつかの間、鳳と千夏の会話が聞こえてきた。


「いったいいつまでやるつもりなのよ。往生際の意味を知るべきよ」


「自分の弱さを認められないところが、一番の弱さですね」


 二人の顔を見ると、完全に俺たちの戦いに飽きていた。いや、むしろ呆れていた。


 俺は聡明の勝負をあきらめない姿勢はわりとカッコイイとさえ思っていた。


 しかし二人の女子の目にはみっともなくしか映っていなかったようだ。


 強さを追い求める聡明にとっては「弱い」という言葉が最強の攻撃となった。


「……う、う、うわああああああああ!」


 聡明はゲームパッドを投げ出すと、絶叫しながら部室を飛び出していった。


 鳳は立ち上がると部室をドアを閉めて言った。


「最後は意外とあっけなかったのよ」


「強がる人ほど一度ヒビが入ると脆いんです」


 女子二人は冷ややかに言った。


 危機は去ったが、個人的に聡明のことは少々不憫に思った。



   3―5



 三日後の昼休みのことだった。


 職員室で昼食を取っていると一人の男子生徒ががやってきた。


 すぐに聡明だと気づかなかったのは、長かった髪を切ってきていたからだった。


 小ざっぱりした頭を深々と下げながら彼は言った。


「タジセン! 今日から俺をゲーム部に入れてくれ。フォースバウンスで1位を目指すんだ」


「パソコン部なんだけどね。一応」


 こうしてパソコン部の部員不足は解決した。


 図らずも全員、裏社会の人間になってしまったわけだが。


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