3話
しょうせつ [小説]
娯楽を目的とした文章。基本的に何でもあり。ジャンルも様々。食べ物のように好き嫌いが分かれる。人によってはアレルギー反応を起こす事もある。
私は2つの世界で生きている。1つは現実世界。もう1つはどこまでも自由な小説の世界。
本の世界は私をどこまでも連れて行ってくれる。だからいつも通り本を読みながら登校していたら……
「危ない!」
突然、誰かが私に危険を知らせる。驚いて顔を上げると信号無視の車が迫って来た。
(えっ? どうしよう、逃げなくちゃ!)
頭では分かっているのに足がすくんで動かない。その時、誰かに背中を突き飛ばされた。
「分かった。その子を助けてくれるのなら悪魔にだって魂を売るよ」
(悪魔? 魂? なんの話?)
「俺は悪魔じゃない。死神だ」
(えっ、死神?)
さっきから後ろにいる人は何を言っているの? 誰と話しているの? どうにかして確認したいけど体が動かない……
何だか視界がぼやける。耳鳴りが頭に反響してうるさい。そのまま私の意識は途切れていった……
けつい [決意]
やるべき事を決めて意気込む事。または「明日から〇〇をする!」っと決めて先延ばしにする言い訳。
「さぁ、目的地についたよ、兄さん」
翌日、早速任務が与えられてやって来たのは、市内の総合病院だった。直人が玄関の前に立つと自動ドアが横にスライドして開いていく。
「おい、俺たちがそんな堂々と入ってもいいのか?」
死神が病院に来るなんて縁起でもない。でもバレる心配はなかった。
「あら? 勝手に開いたわ。壊れているのかしら?」
「埃に反応したんじゃない?」
扉のすぐ横にある椅子に座っていた患者が不思議そうに自動ドアを見つめる。
「なぁ、ここにいる患者は俺たちの事が見えていないのか?」
「そうだよ。人間には死神が見えないから安心して」
「マジかよ! だったら……」
頭の中で透明人間になったらやりたい事がリストアップされていく。でも冷たい視線を感じて振り向くと、直人がメガネ越しにゴミを見るような目で俺の事を睨んでいた。
「兄さん、やましい事を考えてないで早く行くよ!」
ったく、冗談が通じない奴だな……
「分かってるって、変な事はしねーよ。それで今回は何をすれば良いんだ? 魂を狩り取るのか?」
「そうだよ。ターゲットは301号室にいるらしい。兄さんは初めてだから見学していて」
「分かった。見てるだけでいいんだな?」
階段を登って301号室の前まで来ると、ドア越しに痛ましい泣き声が聞こえてきた。なんとなく……いや、凄く入りづらい。
そっと扉に手をかけて中を覗くと、予想通り両親らしき人物と白衣を身に纏った医者がベットを囲むように立っていた。
「16時30分、ご臨終です……」
白衣を着た医者がドラマでよく聞くセリフを残して部屋を去る。
「小春! お願い返事をして!」
「小春! 頼む、目を開けてくれ!」
両親らしき2人がベットの前で膝を付いて泣き崩れる。
「行くよ兄さん」
「あぁ」
直人は慣れた様子で部屋を進んでいく。俺も後ろについて歩きベットを覗くと、女の子が静かに眠るように目を閉じていた。森の中で眠る美女が脳裏をよぎる。
整った顔立ちに黒髪のロングヘアーがよく似合っている。肌はまだ血が通っているような温かみがある。でも呼吸をしていないせいか生命の温もりは感じない。そこまで観察して俺は重大な事に気づいた。
「おい待てよ……この子は……俺が助けようとした女子高生だよ!」
信号無視の車が突っ込んで来たシーンと、必死に手を伸ばして彼女を突き飛ばした感覚が蘇る。
「一度は宮田に見逃してもらったけど、やっぱりダメだったのか?」
「死は誰にでも平等にやってくる。ただ遅いか早いかの違いだよ」
「そうだけどよ……」
直人は淡々とした口調で語るが俺にはどうしても納得できない。
「よく聞いて兄さん! もし狩り取らなかったらこの子の魂は永遠に彷徨って苦しむ事になる。僕たち死神が魂を回収することで苦しみから解放されるのだよ」
直人は右手に鎌を出現させると躊躇う様子も見せずに振り下ろした。鋭い刃が魂を狩り取ろうと襲い掛かる。あと数センチで彼女に届きそうな所で俺は直人の腕を強く掴んでいた。
「どうして止めるの? 兄さん!」
直人は不満そうに文句を言うが……
「──代われ、俺がやる」
考えるよりも先に自然と口がそう言っていた。直人も何かを察したのか少し緊張した面持ちで鎌を下ろす。
「……分かったよ。本当は初任務の後に渡す予定だったんだけどね」
直人は自分の鎌をしまうと、今度は別の形の鎌を取り出した。持ち手にカマイタチと書かれたその鎌は、病室の蛍光灯に照らされて蒼白い光を放っていた。
* * *
「胸の辺りに狙いを定めて」
「分かった」
できる事ならあの時もっと遠くに突き飛ばしていたら……もっと早く気づいていたら彼女は死ななかったかもしれない……
「兄さん大丈夫? やっぱり代ろうか?」
「大丈夫だ。俺がやる」
後悔は次から次へと浮かんでくる。でも今の俺に出来るのは魂を狩り取る事。ただそれだけだ。だったらせめて苦しまないように解放してやる!
生きていた頃は毎日ぼんやりと過ごしていた。何かに真剣に打ち込んだことは一度もない。もう死んでしまったから今更何をしても無駄なのかも知れない……でも!
「手加減はダメだよ兄さん。余計に苦しめる事になる」
「あぁ、分かっている。絶対に手は抜かない!」
俺は浅く息を吐いて軌道をイメージした。どういう偶然かは知らないが今俺は死神として生きている。だったら……彼女の分まで全力で生きてやる‼︎
俺は決意を胸に前世の情けない日々を断ち切る思いで鎌を振りおろした。鋭い鎌が彼女の胸に吸い込まれるように深く沈んでいく……
たましい [魂]
人を動かす原動力。健全な肉体には健全な魂が宿る。感動すると魂が震え、気力を失うと魂が抜ける。
「宮田くんの言う通りあの兄弟は面白いな」
病棟の屋上からタナトスが悪戯っぽい笑みを浮かべながら見下ろす。その視線の先には司と直人がいた。
「じゃぁ、これはどうかな?」
タナトスはポケットから魂を取り出して投げ捨てた。魂は病棟に漂う負の感情を取り込むと背中から翼が生えて頭からツノが伸びる。
(あれ? なんか思ったよりもヤバそうな奴だったな……まぁ、いいか)
タナトスは心の中で呟くと高みの見物をするように腰を下ろした。
* * *
「これで任務は終わりなのか?」
「そうだよ。お疲れ様」
病棟から出るともうすっかり夕暮れだった。慣れない仕事は流石に疲れる。
「これが狩り取った魂だよ」
直人が透明なカゴを俺に渡す。中を覗くと青い火の玉が大人しくじっとしていた。
「後はこの魂を大死神に渡すんだよな? その後は天使が成仏させるんだっけ?」
「その通り。意外と真面目に聞いていたんだね」
「一言余計だな……俺だって全力でやるって決めたんだ!」
俺は力強くそう答えたが、どうにも信用していない顔で直人が首を傾げる。
「なぁ、もし死神が狩り取れなかった魂はどうなるんだ? 毎日どこかで人が死んでいたら取りこぼしもあるんじゃないか?」
「出来るだけそうならないようにはしているけど、取りこぼしもあるよ。その場合魂はこの世をただ彷徨い続ける。僕らはそれをノラ魂と呼んでいる」
「ノラ魂か……そいつはどんな見た目をしてるんだ?」
「基本的に火の玉だよ。今兄さんが持っている魂みたいにね。この状態なら危険じゃない。ただし……」
直人はメガネの位置を直すと、声を落として先を続ける。
「誰かに憑依したり負の感情を取り込むと凶暴になる。例えばツノや翼が生えて襲って来るんだ。まぁ、とにかく見た目がやばそうな奴がいたら気をつけて」
「ふ〜ん、なるほどね……それってあいつの事か?」
「えっ? 兄さん何を言っt」
直人が何か言おうとしたが途中で途切れる。それもそのはず。何故なら『ツノと翼が生えたやばそうな奴』が今まさに俺たちの前に降り立って来たのだから……
ご覧いただき、ありがとうございました!
明日も19時30分に投稿します♪