狩るもの達、狩られるもの達
背後から感じる猛獣の気配、殺気。
転生直前にも死期に直面していたが…いや、正確には元の世界の俺の身体は現在進行形で死ぬ寸前なのだが。
あの感覚とは違う、弱肉強食という自然の中で遭遇した命の取り合い。
完全に油断していた。
元の世界は文明に囲まれ、比較的平和な時代を過ごしていたため戦争も経験しておらず、日常に命のやりとりがなかったことで、根拠のない安全が身に沁みついていた。
ここは違うのだ、このように皆、自分の命を繋ぐための戦いの中で生きている。
そこに、ひ弱な生き物が裸同然で無警戒に現れたら、あとは食われるのみ。
俺はリアルな命のやり取りにおいてあまりにも無関心で、無知だった。
あれだけゼウスに大立ち回りをし、無理をさせて譲歩してもらったにも関わらず大言壮語も良いところだ恥ずかしい。
巻き込んでしまったセレスティにも、顔向けできない。
ここで死んだら、それで終わりなのか、それとも元の世界で意識が戻ってすぐまた殺されるのか。
そして、死に際って時間が遅く感じるのは本当だったんだな、なかなか噛みついてこないな?
様々な思案を繰り広げながらも必死に走り続け、そのまま屋敷の門を抜けていた。
庭に入り、途中でたたずんでいたセレスティを脇に抱えるとさらに走る、目の前の屋敷に向かって。
そのまま、屋敷の玄関のドアノブに手をかけ、まわす。
ガチャリッ音がして、玄関の扉が開き俺と抱えられたセレスティは屋敷の中に入った。
勢いよく扉を閉める。
ゼェゼェと息を切らしながら、内鍵を探すと見つけ、それをかける。
こんな木製の扉が、あの猛獣たちを相手にどれだけの抑止力になるか、全くあてにならないが。
すぐに突き破られて入ってくるだろう、更に奥に逃げることにする。
ホールを抜けて、奥の部屋に入る。
そこは台所のようであった、裏庭に通じている。
周囲を警戒しながら、裏口から外に出ようとする。
「待って」
脇に抱えられたままのセレスティが口を開く。
「魔物、来てませんよ」
「…?………!」
そういえば、ドアを破られたような気配はない。
家の中は静かだ。
確かめるべく、恐る恐るホールへと戻る。
静まり返ったホールではあるが、あの扉の目の前にはあの猛獣たちが居ると思うと、心拍数は上がった。
荒れた息を押し殺しながら、全身から汗を拭きだしながら、足音を立てないようにホールを進む。
外の風の音だけが聞こえている。
猛獣たちの気配を感じられないが、獣は気配を消したりはするかもしれない。
玄関の横の、小窓からゆっくりと恐る恐る外を覗く。
「!」
なんとそこには…何も居なかった。
玄関の外、庭の中と確認するも姿はおろか、庭の道は荒れてないことから敷地内に入ってきてすらいないようだった。
クマもゾウも…どこに行ったんだ。
現在位置を確認しなければ落ち着かない、いつ死角から飛びかかってくるかわからない。
すると、2匹の姿を目視できた。
2匹の猛獣たちは、屋敷の門の、更に先辺りをうろうろしていた。
敏感に周囲に視線を配りながら獲物を探すように。
あいつらはまるで俺たちを見失っているようだった。
門や庭は見通しが良く、ここからでも森の方まで見えるほどである。
その間で俺たちを見失う要素はない。
ネズミサイズならまだしも、目の前を逃げている人間サイズの俺たちを見失っているようだ。
せわしく行ったり来たり、地面を叩いて穴を掘ってみたり、鼻を上げて匂いを嗅ぐようなしぐさをみせたり。
明らかに探している様子を見せた後、猛獣たちは元にいた森の中に戻っていった。
後を去る姿は狐に化かされたような、腑に落ちないという感情を相手が獣ながらに感じた。
「はぁーーー……」
獣たちの姿が完全に見えなくなって、ようやく緊張の糸が切れた俺は大きく息を吐いて肩を落とした。
理由はわからないが、見逃してもらえたようだ。
「そろそろ降ろしてください」
今だ抱えられていたセレスティが訴えてきた。
生きるのに精いっぱいですっかり忘れていた。
その場にゆっくりと降ろす。
「殺されたと思った」
俺は、今だ乱れた感情の中、率直な感想を漏らしてしまった。
「はい、私もです英史様」
淡々とそう口にしたセレスティ。
「でも何故か生きてる、なんであの猛獣たちは追っかけてこなかった…」
セレスティに言うでもなく、独り言を言う。
「この屋敷の敷地の周囲を囲むように結界が張られています。認識阻害により、結界内に入った英史様を魔物達は見失いました」
その説明で全て納得ができた。
あれだけ眼前にいた獲物を見逃すほどの強力な結界とやらで守られて、俺は死なずにすんだということらしい。
ステルス塗料や光学迷彩も真っ青の異世界の謎パワーだ。
屋敷の敷地内にいる間は安全ということがわかった。
扉をあけて、外に出る。
庭の間の道を進み、門の前まで歩く。
「英史様」
セレスティが釘をさすように声をかける。
「わかってる、もう外には出ないよ」
思い返せば、さっきだってセレスティは外に出ようとする俺を止めようとしていた。
結界のことも、森が危険であることもわかっていたので、俺に警告をした。
優秀なアドバイザーだ。
眼前に広がる森の中、眺めていると聞いたことのない咆哮や鳴き声がどこからともなく聞こえてくる。
「さっきの奴らって、動物と違う?」
「はい、この世界では魔物と言われています」
セレスティが説明してくれる。
魔物は、動物と違い魔素を媒介として発生する。
周囲の魔素濃度が高ければ高いほど、強力な魔物が生まれる。
魔物は死ぬ際に、自分の持つオーラという力を放出する。
放出されたオーラは、周囲に還元されるか他に生物が居るとそれに吸収される。
魔物達は、別の生き物のオーラを求めて襲う。
つまり、さっきの魔物達は俺のもつオーラを求めて襲ってきたということらしい。
オーラは、この世界に生きる生き物全ての力の源です。
より多くのオーラを持つ者がこの世界の強者になります。
オーラの存在が、この世界と元の世界の根本的な違いなのだろう。
いくら身体を鍛えようと、生物としての限界はたかがしれていた。
だけど、この世界では違う。
オーラ得れば得ただけ強くなる、一個の個体が国を脅かす強さになる。
成る程、やっと自分の置かれている状況が理解できた。
この敷地の外は、先ほどのような魔物達がうろうろしている。
結界より先に出ると、そいつらが襲い掛かってくる。
安全なのは、結界の張られた敷地の中だけ。
森を抜けてスターグランド王国に行くなんて現状、全く無理。
それを決行しようものなら、数秒で魔物の餌食になってしまう。
つまり、森の中に閉じ込められていて、安全地帯である敷地の外に出ることはできない。
森を生きて出るには、魔物達から身を守るすべを手に入れてから、とどのつまり負けない強さを手に入れなければならない。
俺は屋敷の方へ振り返った。
静かにそこに立っているセレスティの先に少し荒れた庭と、屋敷。
それが転生してきた俺の現状活動できる範囲の全て。
『近場に経済の活発な民主的な国が存在する、最初にスポーンされた場所としては最良の場所をゼウスは選んでくれたようだ』
先ほどの自分の考えに呆れてしまう。
とんでもない……とんでもないところにスポーンしてくれたものだゼウスよ。
王国へ行くなんて夢見てないで、缶詰になって修行しろということらしい。
ふと気づく、とても大事なことに。
「食料とか…あるのかな…」
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