やって参りましたよ異世界に!第二の人生の始まりダ!
ザァッという音ともに、風がこの身を叩いた。
濃厚な緑と土の匂い。
木々が風に揺れて鳴らす音に、鳥や猿似ただけど聴いたことのない鳴き声が騒がしい。
ゆっくりとまぶたを開けると、まず眼に入ったのは庭と、それを取り囲むような塀。
塀の上には木が先が見えないほどに連なっている。
振り返ると、豪邸とは言わないほどだがに立派な屋敷の姿。
森の中に立っている、屋敷のようだ。
周りの庭は野菜のような見たことのない作物がなっているが、雑草も作物も伸びっぱなしといった風で暫く手入れがされてなさそうだ。
屋敷の方からも静けさがただよっている。
ゼウス曰く、こちらの世界への転生を何者にも気づかれたくない、そしてそれにうってつけの場所としてここを選んだようだった。
つまり、ここは人気のなく人里離れた場所ということになる。
視線を落として自分の姿を見ると、視線の高さ身体のシルエット、服装それらが変わっていた。
両手を持ち上げて、ぐーぱーと動かしてみる。
長年見慣れていた俺のものとは違っていた。
身体がとても軽く感じられる。
成長率や行動しやすさから18歳前後の男性の肉体を生成し、そこに俺の魂を入れて転生させると事前に説明を受けていた。
転生前の俺は30歳を超えていて、運動不足やストレス、栄養の偏りや許容量を超えたカフェインの摂取からかなり不健康だったと思われる。
それが未成年の健康的で成長盛りの肉体に生まれ変わったのだから、旧世代ガラクタスペックから最新ハイスペックスマホに機種変更したときの感動に似ている。
本当に、別の世界に転生したんだな。
この生まれ変わった世界で俺は強くならなければならない。
あの世界の近代兵器に取り囲まれても軽く全てねじ伏せる位には。
拳を握って、右ストレートパンチを繰り出してみる。
普通のチンピラ程度なら殴り飛ばせそうではあったが、その程度でしかない。
先は気が遠くなるほど長そうだが、やっていくしかない。
そういえば、と思い出し辺りをキョロキョロと見回す。
「セレスティ、いない?」
『いますよ。ずっと、そばに』
頭の中に直接響いてきた声に、驚きのけぞってしまう。
どこ?どこに?と再びキョロキョロしてしまう。
『英史様の思考領域の一部をお借りして思考と意識を常時共有しておりますが、お望みならば…』
眼下で微かな光とともに、銀髪の少女が姿を現した。
「この様な姿になることも可能です。姿だけの存在で、物体に干渉することはできませんが」
彼女は創造主ゼウスの使徒で、最初に俺の前に現れた使者セレスティと同一の存在。
こちらの世界に転生する条件として俺が出した、知識を提供してくれるために同行するアドバイザー役。
元居た世界の文化、理、常識の全く違うだろう世界に行くに際し、それら情報を提供してくれる存在は必要不可欠だ。
最悪いきなりルールが分からず犯罪者になりかねないし、そもそも犯罪という概念がなく搾取されるだけの側になるかもしれない。
ルールを経験則無しに理解できるならそれに越したくはない。
しかし、少女の姿は別に俺の望みの姿というわけではないことだけは言い訳しておこう。
「とりあえず、問題なく異世界に転生できたという認識でよいのかな?」
「はい、全て予定通り完了致しました。スターグランド王国の北部遠くに位置する森の中です。転生直前の調査によると、暫くの間、知性を持った者の侵入は確認できませんでした」
「スターグランド王国…王国制の国があるのか」
「はい、国王スターグランド18世を頂点とし、強力な騎士団を有する軍事王国です」
「騎士団とは…聞いてはいたけど本当に中世ヨーロッパのようなファンタシーな世界なんだな」
「文明レベルをわかりやすく例えますと中世ヨーロッパに近い、という認識は間違いありません。しかし決定的な違いは、国王スターグランド18世は国の最大戦力であるということ」
セレスティの説明では、国王スターグランド18世は、国王に座位する前の王子の時代に魔物の大量発生の際し、先陣を切って闘い1日中闘い続け385体の魔物を葬ったとのこと。
組織力だけでは対処しようがない程の、圧倒的な個の強さを持つ者。
それが元居た世界との決定的な違い。
人間が地球という星を文明的には支配してはいたが、生物的な強さではゾウ、カバ、クマ等の大型動物や獰猛な動物には勝てない。
だがそれらをいともたやすく排除する兵器で武装した集団を抑止力とし、外敵を排除し支配域を定めて占領統治していた。
それを権力と財力で手中に収めているのがあの世界の支配者だった。
「軍事王国とは、なんとも怖い響きだな…」
「こちらの世界では、説明しました通りスターグランド王国はもちろん、他の多くの国が軍事力を基礎とする軍事国家です。
ですが、どの軍事国家も実力主義の殺伐とした国ではありません。スターグランドは複数の同盟国を有し経済的な往来が盛んであり、
王国近くに複数のダンジョンを抱えており、ダンジョン探索を生業とした冒険者が多く拠点として生活し、
教育の充実、宗教の自由を認めている極めて民主的な軍事王国です」
成る程、よかった拠点にするには最適な国のようだ。
経済活動が行われているということは、裏返すと経済活動…つまり金を稼がなければくっぱぐれるということだ。
確認したところ、俺は今、無一文らしい。
早急に収入を得られる環境を整えなければ、活動不能に陥るだろう。
近場に経済の活発な民主的な国が存在する、最初にスポーンされた場所としては最良の場所をゼウスは選んでくれたようだ。
「よし、ならまずは森を超えてスターグランド王国へ行く」
最初の目的は決まった、とばかりに俺は号令のように声を上げると、俺は屋敷の庭を通り過ぎて門まで歩き出した。
「いえ、英史様おまち…あの…」
後ろでかすかに聞こえたセレスティの声、小さくて聞き取れず。
明るいうちに森を抜けたい、時間が惜しいので歩きながら話せばいいだろう。
門を開け、屋敷の敷地を出る。
屋敷の方を振り返ると、少女姿のセレスティが追いかけてかけてくる。
神様的な存在なのに、その様子はなんだか可愛い。
そういえば、この屋敷はどうしてこんな森の中にあるのだろう?
屋敷の主は何が目的でこんな場所にこんな立派な屋敷を立てたのか、そしてその主は今いずこへ?
等と思いを巡らせながら、再び森に向けて歩みを進める。セレスティは歩幅が小さいのか、あの姿に慣れてないのか苦戦しながらおいかけてくる。
逆に俺のほうは、以前より軽くなった身体に気持ちも軽くなり、跳ねるボールのように進んだ。
『英史様。お待ちください、それ以上は危険です』
置いて行かれて、追いつけないセレスティが意識に直接話しかけてきた。
『危険って何を言って…』
前方の木々が揺れて、現れたのは2匹の動物…ではない、こんな動物見たことも聞いたことがない。
一匹は全身針のように尖った毛に覆われたクマ…のような大きな生き物。
もう一匹はゾウのようで、しかし伸びた鼻はくねくねと動く蛇のようで牙を覗かせた口を開いている。
「ひっ」
短い悲鳴が自然と出て、身体が硬直する。
本能が、2体の生物を格上で危険な存在だと認識する。
「シャーッ」
蛇が威嚇してきた。
クマは駆け出していた。
そのでかい図体に似合わない速さで、遅れてゾウの方も動き出す。
『屋敷に戻って!!!』
セレスティの悲鳴に近い呼びかけに、身体の硬直の溶けた俺は踵を返して走った。
一心不乱に走って、屋敷へと駆ける。
転生し、若返って健康的な肉体になり脚力も上がっているにも関わらず、2体との距離はドンドンと縮まっていく。
ふいに後ろを振り返ると、クマが真後ろまで迫っていた。
「ガォッ」
という唸り声とともに、クマが飛びかかってきた。
凶悪な牙を乱暴に並べた口を広げ、嚙みついてくる。
殺やれた!転生直前と転生して早くも2度目の死期を感じた。
ここまでご視聴ありがとうございました!
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