君はどうしてもっとスムーズに異世界転生できないの?
バグの生まれた世界…、超が付く金や権力を持つ者達が生まれた世界?
超権力者たちは異世界から来たのか?
「バグ…超権力者たちが生まれた世界なんて、それはこの世界よりもっと酷い世界なのでは…そんな世界なら強くなるどころじゃないんじゃ」
「いえ、あちらの世界ではバグはこの世界ほど活発に活動できていません。この世界がバグにとって天敵の存在しないとても良い環境だっただけで、あちらの世界では鳴りを潜めているようです」
成る程、外来種が何かのきっかけでやってきて環境があっていて、とんでもなく繁殖し元の生態系を変えるほどの脅威になるということはよく聞く話だ。
その外来種の元の活動圏では気候があわなかったり、天敵が居たりして生態系カーストの下の方だったりもする。
「あちらの世界で強くなり、こちらの世界のバグと戦える強い力…と対抗策を得ていただきたい」
「超権力者に対抗できる力が手に入ったら、帰ってこれるというのか?」
「はい、というよりも、我々の目的を達成していただきましたら、あちらの世界を出ていただきこちらの世界に戻ってくるという契約を交わしていただきます」
「成る程…、今度は力を手に入れた俺があちらの世界の厄介な侵食者…バグになってしまうということを未然に防ぎたいわけだ」
「ご明察の通り」
「どうせ俺には選択権はないんだろ?ズルいよな、このタイミングでやってきて」
向けられている銃口をちらりと一瞥して言った。
もっと平時に落ち着いて考えられるときでもよかったはずだ、もっとも死んだ後に強制的にその異世界に転移させることもできたのかもしれないが。
「拒否したら世界を終わらせるなんて脅迫までして、人でなしのやることだ」
「我々は、こちらの世界の概念でいうところの『神』や『正義』といったものではありません。あくまで、我々の目的を達成させる為に手段を講じているにすぎません。
それに、英史さんにも悪い話ではないと思うんですよ?この難局を乗り越えることと、この世界を救う機会が同時に手に入るチャンスが与えられるのです」
意識していないと思うが、この会話している相手は、自分たちが絶対的に優位な立場にあるという前提で話している。
だけど、今までの話の中で掴んだものから、導ける答えは、決してそうではないということ。
これからちょっとこの神様的存在に対して、反撃してみようと思う。
「『チャンス』ということは、『絶対』ではないということだ?」
「…ご明察の通り」
セレスティに表情はない、発する声も機械とは言わないが感情が一切こもっていない。
だが、その一瞬の間に相手の同様を感じ取ることができた。
「行った世界で目的の達成が不可能になる可能性…、困難さ。目的の未達成はすなわち、異世界への幽閉。果ては異世界での俺の死」
実はこの状況、選択肢がないと思われる状況に浮かぶ選択肢。
「あちらの世界の環境、目的達成の難易度によっては…、このまま死んでしまったほうがマシという選択肢もあるのでは?」
「………」
おお、考えてる考えてる。
俺のこの反応は想定外だったのかもしれない。
神的な存在に一矢報いた気分だ。
状況にもなれて、脳が活性化したのか次々に考えが浮かぶ。
「まさか、この状況で話がこじれるというのは想定外だったみたいだな。それは、過去に同様に行われたケースと反応が違ったからではないか?」
「同様に行われたケース…とは、つまり英史さんと同じく異世界に送り込まれた人間がいる、と」
「うん。別のチャレンジャー達は今の俺と同じように絶体絶命の状況で挑戦状を前に出され、二つ返事で受け取ってきた。そして、失敗してきた」
「その通りです」
「きっとその挑戦者達は、何かに秀でた、自分のことをいうわけじゃないが天才達ばかりだったのだろう。だが、その天才達でもことごとく失敗してきた難易度」
セレスティが沈黙する。
急にセレスティの形状が変わり、小さな男の子供というシルエットに変わる。
「流石だ光守英史君」
姿に合わせて、声も女のものから男のものに変わった。
「この限定的な状況の中で得た情報を分析し、答えを導く頭の回転の速さ。アリのような肉体の強さなのにも関わらず、バグに危険を感じさせ直接動かさせるだけのことはある。君は大したものだよ」
「ゼウスか」
「あぁ、私がゼウスだ。セレスティでは荷が重いと思ったのでね、変わった。君は凄いよ、あの優秀なセレスティが処理過多で壊れそうになっている、可哀想なことに」
「大丈夫か?そんなつもりはなかったんだけどな、セレスティに謝りたいんだが」
「ふふ、人間は不思議だな。その必要はないよ、お互い様だ。お互い、目的があって動いている。行動には代償が生じる。そうだろう?英史君、君の目的はなんだ」
「端的にいうと、協力だ。協力が欲しい」
「協力?説明がまだそこまでいってなかったのだが、勿論、あちらの世界に送り込む者達には例外なく協力は惜しんでいなかったぞ。あちらの世界で上手く立ち回れるよう人知を超えた力を望む形で与えて送り出していた」
「でも失敗していたんだろう?」
「結果的に今までは、だ。君ならきっとうまくやる」
「それは俺を買いかぶりすぎだし、自分たちの失敗の尻ぬぐいをさせる人間に対して不誠実だと思うが」
「なに…」
繰り返しになるが、相対している光り輝く生物ではない神的な何かに表情はない。
だけど、空気が一変したのがわかる。
驚き、混乱、怒り…。
「わかったんだよ、さっきのやりとりで。この世界の超権力者達…ゼウス達の言うバグは、俺やその前にあっちの世界に目的をもって送り込まれ者と同じで。あっちの世界からこの世界に送り込まれた者だって」
ゼウスを表現している光が動揺するかのように蠢いている。
セレスティと同じく予想外の入力により、フリーズを起こしたパソコンのようだ。
情報を整理し、回答を導いているのだろう。
俺は、その時を静かに待つ。
「…回答は控えさせてもらう。君たちの世界でもあるだろう黙秘権の行使というものだ」
「黙秘は、YESと同義語という者もいるが」
「都合よく解釈すると良い光守英史君。さて状況が変わった、君の存在はやはり危険なようだ、バグのみならず私たちにとっても。このままバグの力をもって排除してもらったほうが良いのかもしれない」
少し調子に乗りすぎたかもしれない。
ゼウスの言う通り、俺にとっては決して良くはない状況に代わってしまったようだ。
捻くれた性格はこの状況に至っても、自分を悪い方向に追いやっていく。それは昔から変わらない。
俺も変わらないといけない。
「バグを消すという目的が達成できなくなるぞ?」
「別のものを『また』探すさ、今度は今までのものと同じように、我々の提案を二つ返事で受け入れてくれる素直なものをね」
「そして、また失敗すると。何度も繰り返すのか?いや、何度も繰り返せるのか?」
「………」
「そうじゃないんだろう?状況は刻一刻と、バグの脅威は日に日に強くなっている。それは、この世界に住み、超権力者達を肌で感じている俺にはよくわかる。もう、世界の消去しか手がなくなる時は近づいている。そしてそれはできれば貴方たちは回避したい」
「そうだ、その通りだ」
ゼウスは観念したとばかりにいった。
恐らく、タイミングを間違っていれば時は動き出して俺は銃殺されていただろう。
ギリギリだった。
「俺は脅しているわけではないし、協力しないとは言っていない」
「ふぅむ、なら我々にどうしろと?」
「過去の異世界…転移?」
「転移というよりは転生に近い、こちらの世界の肉体はこの時が止まった状態で、精神だけあちらの世界の新たな肉体に転生させる」
俺はこんな、特殊部隊の方々にいくつも銃口を突き付けられ、死ぬ寸前の状況を味わい続けるのか…。
それももはや人道的ではないと思えるのだが…。
「じゃあ、過去の異世界転生と同じ方法では失敗する確率の方が低いと考えるのが打倒だと思う。ならば、成功率を上げるにはどうするか、それは、ルール側であるゼウス達の協力が不可欠だと思う」
「ふむ、はっきり言ってしまうと。この異世界転生という手も、本来のルールでは限りなく黒に近いグレーな手なのだ。それに加えて転生者には、あちらの世界の者が得ることのない力…特典を与えてきた」
恐らく、ゼウスもギリギリの橋を渡っているということだろう。
ゲームの運営会社の社員が、ゲームマスターという特殊アカウントで、特定の人間に特典を与えてゲームさせてる。運営会社にばれたら即解雇、ゲームに与えた影響次第ではデータ巻き戻しさせる事態だ。
「特典は、過去の転生者と同等の与えられる範囲のもので良い」
「では、他に何を必要とする?それだけでは、君が先ほど言った通り、成功率の向上には繋がらないぞ」
「目的の遂行は俺の力でする、それに直接影響を与えない範囲で、異世界のことを、ルールを、教えてくれる解説者を同行させてほしい」
「解説者…?」
「そうだな、空飛びしゃべる大図鑑でも、小動物みたいなのでも何でもいい。それに、俺の問いに回答させてくれ」
「図鑑…ルール…、つまり世の中にありふれた情報を提供するものということか。そんなもので良いのか?」
「あぁ、それでいい」
「あくまで、ありふれた情報のみの提供…。それならルールを違反しないと思うが、それが力になるとは思えないのだが」
「いいや、大きい。というか、必要不可欠と言える。それがなかったことが、過去の転生者の失敗した理由ともいえる」
「それで君があっちの世界に転生してくれるというのなら、叶えてあげよう」
「ありがとう。それで俺はゼウス達に協力する。異世界へと転生するよ」
「よし、決まりだな。なら次に授かりたい恩恵についてだが…」
俺は、話をさんざん拗れさせた結果、異世界へと転生することを決めた。
どうせ殺されるしか、お先はなかったのだからこの、神的な存在とのやりとりにちょっと寄り道しただけなのだが。
この寄り道は絶対に必要なものであったと確信している。
そうして、俺はゼウスと転生するにあたって細かな打ち合わせと必要な契約を交わす。
そして、異世界へと転生するのだった。
俺の意識だけが、身体から離れて別のところへ飛んでいく。
今も銃口を向けられている俺の身体が遠のいていく、絶対に目的を達成して帰ってきて助けてやるからな、俺。