第1話 その名は“プログレッサー”
2510年、木星初の独立住居区“ジュピトリア”が完成。
それから半年後に“ガルフィン”、“ベルム”の二つの住居区が世界一の産業国家になることを目指して手を組み、“ファルスト”という連合国が誕生。さらにその翌年には“ドラギウス”が完成し、それらの住居区は完成し間もなくして独立国家となった。
2514年、第三次世界大戦終結から13年後、木星にはその3つの国家が今なお存在している。
ジュピトリア共和国、ファルスト連合国、ドラギウス帝国である。この3つの国家の間では2512年に戦争が勃発し、今尚激しい戦いが繰り広げられている。
ジュピトリア共和国軍の第13機動部隊、通称“プログレッサー”。この部隊を率いる兵士の名は、ロバート・ライアン。彼は、木星国家間戦争勃発から今に至るまでかなりの手柄を挙げており、かつての大戦で活躍した竜崎亮の再来かと言われている。
2月1日のこと、プログレッサー隊はバーチャル戦闘訓練を行っていた。
これは、3Dの全方位ビジョンを用いて射撃や格闘などで敵を撃墜していくという、実戦において最も役立つ訓練である。
「よし……、そこだ!」
ロバートは、蒼色の目を光らせて画面内に映る敵を狙い撃っていった。
“訓練終了。ロバート大尉ノ撃墜数ハ28機デス”
その様子を見ていた部下の三人は感服していた。
「流石は大尉……。やはり我々とは格が違う……」
眩しく輝く銀髪の兵士の名はフランク・ブルーティクス。
プログレッサー隊の頭脳とも言うべき存在である。
彼も自他共に認めるかなりの実力者で、電子戦に強い。
「フランク、お前も将来はロバート大尉を超えられるかもしれねぇぜ?」
赤味がかった髪の兵士の名は、カイル・ロディオス。
この部隊において重要なメカニック担当である。
彼の腕前は軍のベテラン整備士が認める程だ。
「そうですかね……?」
フランクは、それを聞いて柔らかな笑みを浮かべる。
「フランク少尉なら、十分に可能性はありますよ」
金髪でボブカットの女性兵士は、ヘレン・スミスという。
彼女は戦闘だけでなく、機体や戦闘時のデータ管理も行う秘書的な役割も担っている。
「ヘレン……、ありがとう。カイル中尉も、お褒めの言葉をありがとうございます」
彼は優しい表情を見せた。
時を同じくして、ドラギウス帝国軍では共和国軍への奇襲作戦の計画が練られていた。
第7前線小隊、通称“クラッシャー”の隊長であるエルドラド・ハウザーは、部下3名と共に何か良策は無いか意見交換をする。
「今回の作戦では、我々はジャミング弾を共和国軍の前線基地周辺に撃ち、基地と部隊間での通信を断絶する事となっている。問題はその次の行動だ。少しでも行動を誤れば、作戦失敗の原因になりかねない。何としても本作戦を成功させねばな」
それに呼応するように頷く部下たち。
さらに、部下の一人であるセルバード・フランガーが何か思いついたのか手を挙げる。
「大尉、自分から作戦の提案をしてもよろしいでしょうか」
「構わん、どんな案か聞かせてくれ」
興味深そうな眼でセルバードを見つめるエルドラド。
そんな彼の期待に応えられるような案なのだろうかと、セルバードは一瞬迷ったが、すぐさま目線をエルドラドの方へと戻す。
「今回の作戦でジャミング弾を撃つのはともかく、肝心の陣形や攻撃方法は考えていなかったようですが……」
「確かにそうだったな。どうするつもりだ?」
エルドラドは、思わず自分に対しての嘲笑をした。
「今回の作戦では半月状の陣形になり、敵を見つけたら取り囲み、数が少ない場合は集中砲火で倒そうと考えております」
セルバードは自信に満ちた表情であった。
「多い場合はどうするんだ?」
二人の会話に割って出たのは、エルドラドの部下の一人であるヴィラーガ・スロッグ。
彼は頭の切れる戦略家で、力任せ気味なセルバードとは対照的な人物だ。
「えっ……それは考えていなかったな」
「これだからお前は、エルドラド大尉にマヌケと言われるんだ。戦いは三手先を読まないと後になって苦しむことになるぞ……」
「何をッ!!」
セルバードは思わず憤慨しそうになる。
「まあまあ、そう騒ぎ立てるな。じゃあ、ヴィラーガの考えとやらを聞かせてもらおうじゃあないか」
「はい……。今回の作戦で包囲した敵の数が多かった時のためにナパームミサイルを用意しようと思いまして……。
既に手配はしてありますので、ご安心を」
「なるほど。いい考えだな。しかし、ナパームミサイルが切れたらどうするんだ?」
「四方からの接近戦で片付けるまでです」
「ヴィラーガ中尉、大したものですこと……。でも、私にも考えはありますわ……」
軽くふっと微笑むのは、この部隊の紅一点である
メルダ・ジーナン。
彼女は戦いにおいて常に効率の良さを意識している。
「接近戦だけでは効率が悪いので、手榴弾やビームライフルを使っていくといいでしょう。
接近攻撃はそれでも倒せなかった時の最終手段として残しておくべきだと思いますが……」
「まぁ、それなら確実に倒せるだろうな。ひとまず、作戦は今までお前たちが出した案を全て採用することで完成した。これで実行に移せる……。では、出撃準備開始!」
「了解!」
こうして第7前線小隊は他の部隊と共に進軍へと駒を進めつつあった。
一方、ファルスト連合国軍の上層部は、敵陣営の両軍の戦いに割り込もうか契機を窺っていたが、
もうすぐ始まりつつあるこの戦いに参加するメリットは無いと察し、共和国軍と帝国軍の中にスパイを秘密裏に潜入させるという形で傍観することにした。
「ライエル長官、今回の戦闘は見るだけという形になりますが、それで良かったのでしょうか……」
長官補佐のオルテスはどこか不安を隠せずにいた。
「両軍に攻撃したところで戦争終結が早まるとは思えんからな。オルテスは攻撃すべきだと思ったのか? 無益だよ、そんな事は……」
「何故です?」
オルテスはやや不満気な顔つきである。
「今、我が軍は敵陣営に比べて戦力面に劣る。
だから無暗に本格的に攻撃でもしたら、自ら滅亡への道を選ぶようなものだ」
「そうですか……。そんなことも知らずに攻撃しようなどと言った私が馬鹿でした……」
「別にいいんだ。分かればな……」
ライエルはふっと笑って見せた。
それから数分も経たないうちに、共和国軍の領土の中で最も外側に存在する第6補給基地に帝国軍の部隊が侵攻を開始した。補給基地にいた部隊は即座に対応するが、戦いは泥沼化し、付近の前線基地にいたロバート率いる第13機動部隊も出撃を余儀なくされた。
「俺たちも出ないといけねぇのか……」
カイルは渋々メタルユニットに搭乗しようとする。
彼は出撃要請が出る直前までは回路作りに没頭しており、あと一歩という矢先に緊急事態アラームが鳴り、戦わざるを得なくなったのだ。そのため、彼はどこか不機嫌である。
「仕方ないだろ。放っておけば補給基地があっという間にやられるからな……」
真剣な表情でカイルを見るロバート。
何としても味方を守ろうという負けず嫌いな側面が、顔からもにじみ出ている。
「フランク少尉、不安そうですが……」
ヘレンはフランクの顔色を窺う。
「あぁ、今回帝国軍のターゲットになった基地はかつての仲間もいるから、余計に心配でな……」
「大丈夫ですよ。それと、早く行かないと……」
「わかった。行くとするか」
彼はヘルメットを被って機体に乗り込む。
そして、第13機動部隊の4人は大至急補給基地へと向かった。
プログレッサー隊の4人は、電気生成用エネルギータンクや格納庫が並び立つ第6補給基地へと到着し、援護射撃を行うという形で戦闘に参加。
“ロバート、来てくれたのか! 援護頼んだぞ……”
「分かりました!」
補給基地駐在部隊の隊長は、ロバートの機体が見えた瞬間、勝利を確信した。
こうして、共和国軍は有利になっていくと思われたが、突如として帝国軍の機動部隊は
敵機に目掛けてジャミング弾を発射した。
これにより、共和国軍の機動部隊は通信が出来なくなってしまう。
「ん!? 通信が出来ない……? まさかさっき奴らが撃ったのはジャミング弾か!? 仕方ない…、このままやるしかないんだな……」
味方と通信が出来なくなってしまってもロバートは必死にビームライフルを撃ち続けた。
「何ッ!? 当たっただと……!?」
帝国軍の兵士の一人はロバートの攻撃を喰らい、思わず立ち竦む。
「トドメだッ!」
さらにもう一発ロバートが光線を放ち、敵機は爆発四散した。しかし、帝国軍の猛攻は止まる気配が無い。
「落ちろ、落ちろォッ!!」
ビームソードを使ってロバートに接近してくる敵機。
「後ろからいやな気配が……。敵か!?」
「させませんよ!」
ヘレンは機銃を用いて光線を放ち、ロバートに近づいてきた敵を倒し、彼のピンチを救う。
「あの攻撃をしたのはヘレンか……」
彼が安心した矢先に、エルドラド達の猛攻が始まった。
「死ぬがよい! 撃てェッ!!」
突然の集中砲火に共和国軍の部隊は驚きを隠せずにいたが、それでも彼らは怯むことなく果敢に立ち向かった。
「我々の力を思い知るが良い! 落ちろッ!!」
「そんなッ!? ウワアァァァッ!」
真っ先に前に出た共和国軍の兵士の一人は、エルドラド達による砲撃を浴びて機体と運命を共にした。
「くッ……、だからあれほど前に出るなと言ったのに……」
駐在部隊の隊長であるベネットは、部下の死に悲しむ暇もなく攻撃を続ける。
何としても彼はエルドラドを倒そうとするが、苦戦する一方であった。しかし、そこに救いの手を差し伸べたのはプログレッサー隊の4人。
「あの肩のマーキングは、ロバートだな! 助かった……。今は通信は出来ないから、手で合図を送るか……」
ベネットはエルドラドの乗る指揮官用MU・スケイラスに向けて機体のマニピュレーターを使って指さして、その機体を攻撃するよう指示する。
「攻撃しろってことか……。カイル達にも合図を送るか……」
そして、プログレッサー隊はクラッシャー隊と交戦。
カイルはセルバードの乗る量産機・グライズと対決し、激しい撃ち合いの中で、お互いの機体はただひたすら傷つくだけ。
「しぶといな……」
思わずカイルは、眉をひそめる。
「これを……、投げる!」
セルバードは手榴弾を投げるが、カイルはそれを素早い動作で回避する。
「一発喰らわせてやるぜ!」
ビームライフルを使って光線を放つカイル。
この攻撃により、セルバードは撤退を余儀なくされる。
“エルドラド大尉、機体のコンディションが悪化したので撤収させていただきます……”
「わかった……。後は任せろ」
一方、フランクとヘレンはヴィラーガとメルダと一戦交えており、どちらが負けてもおかしくない状況に陥っていた。お互いの機体の損傷度は三割程度と、戦闘に支障が出始めるくらいの状態である。
「くッ……、どうすればいいんだ……。敵がナパームミサイルを撃ってから攻撃はビームライフルがメインになったが激しくなるばかりだ……」
フランクはヴィラーガの巧みな動きに苦悶していたが、それとは対照的にヘレンは敵の素早い動きに上手くついて行っており、近づいてきた瞬間に剣を振りかざした。
「これでも喰らいなさい!」
メルダは間一髪で死から逃れたが、機体のダメージは酷く、仕方なく撤収した。
そして、ヴィラーガの攻撃に苦戦するフランクを助けるために、ヘレンは遠方に回って敵にビームを放っていく。
「お願いします……。どうかフランク少尉が死にませんように……」
チャンスは今かと察したフランクは、ビームライフルでヴィラーガの機体に光線を直撃させ、撤収に追い込んだ。
特に激しい戦いを繰り広げていたのはロバートとエルドラドの二人であり、もはやお互い満身創痍の状態だったが、この戦いに決着を着けようと試みたのはエルドラドであった。
「これ以上やられてたまるかッ! 喰らえッ」
ロバートは自分の駆る量産機・ガントレックの機体右腕部を切断される。
「左腕しか使えないのか……。でも決して負けたりは……、負けたりはしないッ!」
利き腕ではない左腕だけでビームライフルを使って光線を放ったロバート。
その攻撃はエルドラドの機体に致命傷を与えたわけではなかったが、機体内部の回路が一部故障し、彼も撤収を余儀なくされた。
それから十数分後、帝国軍は攻撃を止めて第6補給基地から完全撤退する。何とか共和国軍の勝利に終わったものの、その代償は大きかったのだ。
特に、ロバートのガントレックはダメージが酷く、修理するのに大きな費用がかかるため、整備士のバン・ウェルドールは、今まで秘密裏に開発されていた伝家の宝刀ともいうべき存在にある機体をロバートに見せる。
「これが、お前の新しい機体だ。機体名はロードブレイダーMk-Ⅱ。この機体はロジオン長官がお前の功績を受けて俺たちに開発依頼をして造られたものだ。大事に使えよ」
それを見て、ロバートは思わず驚嘆した。
それもそのはず、かつての大戦の英雄である竜崎亮が搭乗した機体とあまりにも似ていたからだ。
「いいんですか……? 自分がこの機体に乗るだなんて……」
「当然だ。まあ、あまり手荒に扱わないようにな」
「わかりました、バンさん」
戦争が開戦して既に二年が経とうとしていた。
彼は戦争終結という名の扉を開くことができるのか。