給油してたら僧侶が念仏唱えながら近づいてきた
ここ最近、精神面がモヤモヤして身体がだるい・・・
心なしか家の空気も悪い気がする。
そんな状態を引きずり早三日。重い身体にムチを打ちどうにか仕事を終わらせた俺は、帰り道の途中にあるセルフスタンドでぼんやりと通勤車に給油していた。
「あーだるい・・・早く満タンになんねーかな。」
ぼやきながらノズルのトリガーを引いていると、視界の端にこちらへ近づく者が映る。
目だけを動かし視線をそちらに向けると、それは法衣を着た僧侶だった。
何やら数珠を手に掛け念仏を唱えている。そして、進行方向はどう見てもこちらへ向かっている。
「あんたとんでもない事になってるよ。」
俺のすぐ近くまで来た僧侶が口を開く。
「・・・何が?」
頭が?で支配されると同時に、厄介なのに絡まれたと直感した。
「おびただしい量の色んな気が渦巻いておる。何をした?」
「ええ・・・?」
「まあ、いい。・・・とにかく今のままでは良くない。私の所に来なさい。」
そう言って僧侶は寺の名前と住所が書かれたメモを渡してきた。
「ちょっとそういう胡散臭いものに金を払いたくないんだが・・・」
いい加減疲れていた俺はぶっきらぼうに言い放つ。
「まあ、真っ当な意見だ。金はいい。私自身、対処出来るかどうかわからん。とにかく、今の状況をどうにかしたければ私の所に来なさい。」
そこまで言うと僧侶は去っていった。
・・・ここ最近の不調ってまさかそういうことか?
週末、特に予定もないので件の僧侶の寺に行ってみることにした。
車に乗り込みナビの設定をしつつ寺の大まかな位置を確認。家から大体十五分くらいか・・・
しかし、出発して五分もしない内にナビが原因不明のシャットダウン。
「マジか・・・」
だが、ある程度のルートは頭に入っている。このまま行こう。
覚悟を決め、俺はバンドルを握り直した。
「あれ?」
寺の近くまで来たかという所で俺は首を傾げた。
どうやら道を間違えてしまったようだ。
とにかく正しいルートに復帰するため、住宅地の狭い交差点を左折・・・しようとしたが、その先が工事で通行止めだったため左折を中止する。
その後、度々ルート修正を試みるが、その度に先ほどのように通行止めだったり、道路が目的地とは違う方向に伸びていたりと全く思い通りに進むことが出来ない。
「こりゃ本当に何か憑いてるな・・・」
そして、見えぬ力に抗い根気よくルート修正を試みること一時間弱。俺はついに目的地の寺へ到着した。
車を駐車場に止め、寺の敷地に入ると本堂の前であの僧侶が待っていた。
「ようやく来たか・・・さあ、中に入りなさい。」
俺が来ることをわかっていたかのような僧侶は、そう言って本堂に入ることを促す。
本堂に入ると俺は部屋の中央に座らされ、僧侶はきらびやかな内陣の前に座り念仏を唱え始めた。
木魚のリズムに合わせて念仏を聞くこと約一時間。気がつくと心のモヤモヤ感が消え、俺の身体は大分楽になっていた。
「もう大丈夫だろう。」
僧侶は念仏を唱えるのを止め、こちらに向き直る。
「大分楽になりました。」
「そうか・・・だがそんな状態になるには何らかの原因がある筈だ。それを突き止めん事にはまた同じ事になるだろう。・・・何か思い当たることはないか?」
僧侶は頷くと訝しげな眼差しでこちらを見た。
「思い当たること・・・?」
腕を組み不調に陥る前後の事を思い出す。
「・・・あれかな?」
確証はないがそれらしい事が記憶の海から引き上げられた。
「何かあったか?」
「これかどうかはわかんないんですが、先週の日曜に庭いじりをしてるとき、ツルハシを庭の隅の祠にうっかり直撃させて破壊しました。」
俺がそう話すと僧侶の動きがピタリと止まる。
「・・・それでどうした?」
「祠に謝って作業を再開しました。」
「それだな。」
僧侶がバッサリと言う。
「そういう場合はちゃんと処置しなきゃいかん。」
「はあ・・・そうですか。」
いまいちピンと来ないが一連のことを考えるとそういうことなのだろう。
「まあ、今回のことでよくわかっただろう。とにかく、早いうちに祀り直してあげなさい。」
「それってここでお願い出来ますか?」
「出来ん。」
僧侶が即答する。
「それは神社の仕事だ。どこでもいいからすぐにお願いしなさい。」
「わかりました。あの、これ少ないですが・・・」
財布から紙幣を数枚、僧侶に差し出す。
「いや、いらんよ。そのお金で新しい祠を建ててやりなさい。」
そう言って僧侶は申し出を断った。
そして、寺を出た俺はすぐに最寄りの神社へ連絡し、神事の手配をした。
その後はスムーズに神事と祠の再建が行われ、家の空気も良くなり俺自身も不調に陥ることはなくなった。
後日。改めてお礼をしようと菓子折りを持って寺を訪れた俺だったが・・・
「おい・・・なんだよこれ?」
そこは既に廃寺となっていた。
しかも、それは最近のものではなく、もう何十年も前からそうであったかのような荒れ具合であった。
「マジか・・・」
あの僧侶は一体何者だったのだろうか・・・