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この夜が終わる前に  作者: 谷兼天慈
3/3

完結編

 彼女がいなくなってからしばらくはやはり茫然としてしまって歌にも心ここにあらずといった感じではあった。一人で部屋にいるのがたまらなく寂しくて、覚は夜の街へとふらふら出ていっては誰か人がいる場所で所在なさげに立っては人の流れを見詰めていた。だが、誰も彼を気にとめる者はいなかった。皆、クリスマスに向けてそわそわした足取りでどこかへと消えていく。寂しかった。こんなにも人が溢れているのにとても寂しくて、思わず彼は口ずさんでいた。でたらめな歌を。即興で作ったラブソングを。



放したくなかった

離れたくなかった

傍に居るのが当たり前な毎日

君の笑顔だけが僕の命だった


今君はどうしてる?

降り注ぐ雪は君の空にも降っている?


愛してた

愛されてた

僕らは運命の恋人だった

でも君はいない

どこにもいない


君に逢いたい



 声は朗々と響き渡り、最初は不審そうに一瞥して通り過ぎる人々ばかりだったが、そのうちに彼の歌声に惹かれて人々が彼の周りに集まりだした。



僕の声が届きますか

君に届いてますか

僕のこの愛が遠くの君へと届くよう

僕は今でも歌ってます


この魂の言葉を君に届けたい



 何人かの女の子が彼の歌で泣いていた。いつのまにか人だかりができ、彼が歌い終わると多くの拍手が上がり、中にはお金まで渡そうとする人まで出てきた。彼はそれを丁寧に断り、立ち去ろうとした。すると、一人の少年が彼にこう言った。赤くなった目で。

「ありがとう。何だか今の僕の心を代弁してくれたような歌でした。何だか救われました。実は、彼女と別れてしまって自暴自棄になってたんです。でも、今あなたの歌を聞いて、そうだ、僕だけじゃないんだ、きっと同じような思いをしている人がどこかにいるんだ。嘆いてばかりいたらダメなんだって思えました。別れた彼女に恥ずかしくない生き方をしたいと思えました。あなたの歌にはそう思わせるものがありました。本当にありがとうございました」

 少年はそう言って、深々と頭を下げて笑顔で去っていった。

「………」

 覚は何だかものすごく感動していた。初めて歌の持つ力を知ったような気がした。歌ってこんなに凄いんだと。だが、彼は気づいていなかった。それは彼が歌ったからだということに。歌だけではこんなドラマは生まれない。それはもう葵の言ったように、彼が歌ったからこそ生まれたものだ。彼にはそんな力があるのだ。それを彼女は彼に教えたかったのだ。

 それから、彼は街頭に立って、ギター一本で歌い続けた。とにかく今は誰かに歌を聞かせたいと思った。一人でも多くの人に自分の歌を聞かせたいと。

 そんな彼の歌を聞くために人々は集まってきた。毎晩彼は街頭で歌っていた。声の限り歌った。それでお金をもらうということは決してなかった。ただ聞いてもらいたかった。自分の魂の言葉を。ただそれだけだった。

 そして、クリスマスイヴの夜。

 その夜も彼は歌っていた。その夜は恋人同士が多く、彼の歌を聞いているのはほとんどがそういったカップルばかりのようだった。そんな中で一人、真剣な目で彼を見詰めている人物がいた。

 その後、歌い終わり、今夜はもう帰ろうとしていた彼にその人物が話しかけてきた。

「私はこういう者ですが」

 スーツ姿のその人物は名刺を覚に渡した。その名刺には現在のゲクトが所属する芸能プロダクションの名前が印刷されていたのだった。



「遠く離れても忘れない」

 ゲクトは暗い空から降ってくる雪を見詰めながらまた歌いだした。



遠く離れても忘れない

君のことは

どんなに時が経っても忘れない

君がくれた優しさを

君の笑顔を

忘れない


諦めずに僕はここまできた

それを君に伝えたい

愛してくれた僕の生きる希望となった

君の笑顔に報いる為に

僕は今でも歌ってるよ


君のために


そして愛してくれる人たちのために

歌っているよ

この夜が終わる前に

僕の思いよ届け

君のもとへ

遠い空の彼方にいる君のもとへ


愛してくれた君のもとへ



 新曲「この夜が終わる前に」が発売され、それについてのコメントをゲクトはこう語っていた。


「夢を諦めるんじゃないって言っている僕だけどね、こんな僕でも何度もオーディションに落ちては夢を諦めてしまおうと思ったものなんだ。けれど、そんな僕に絶対に諦めちゃダメだって言ってくれた人がいたんだ。その人の存在のおかげで僕は今此処にいる。その人が僕に夢を諦めないでって言ってくれたから、だから僕は此処にいるんだよ。僕の歌は人々を救うって言ってくれたんだ。夢を叶えることはとても辛いことだろうけれど、きっと諦めちゃダメなんだよ。たとえ夢が叶わなくてもね、何かきっと残るものがあると思うんだ。何が残るか、それは人それぞれだから、これだよって言えないんだけどね。でも、きっと必ず何か残る。夢を叶えるために努力するんだからね、何も残らないってことはないと思うんだ。きっと何か残るから。だから、みんなも夢に向かって頑張って欲しい。僕がついてるよ。苦しくなったら話を聞いてあげるから。だから、一緒に頑張ろう」


 きっと今夜もまた一人、彼の歌や彼の言葉で救われている人もいるだろう。そう、ここにも一人いる。彼の言葉に救われている人が、此処にも。

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