表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/8

4.ハンナは命を狙われる(続編)


……こんなのってない。アマーリエ様が可哀そうすぎる。一人残された私は今までの自分の行動への後悔とアマーリエ様への同情で涙が止まらなかった。泣いて泣いて私はどろりと深い沼に沈んでいくように重い眠りに落ちていく。

 

 夢を見ないで眠っている間は良かった。自虐(じぎゃく)の思いにかられなくて済むから。幼い頃ならともかくエドとの最近の楽しかった思い出が全て反転してしまった。


 アマーリエ様が倒れる直前、本来ならエドとアマーリエ様と二人が出席すべき街の教会の竣工式(しゅんこうしき)も私とエドで行った。式の間、エドが壇上でしゃべるとき以外私達はこっそりと手をつなぎあっていた。時々指先でお互いの手のひらをくすぐって遊んでじゃれあって、最後神父に無理を言って神父の前で二人の愛を誓い合った。


 アマーリエ様がたった一人自分の部屋でぼんやりとソファに座り込んでいた時に、私達は身分差なんて自分達ではどうにもできないもののために愛し合う自分達が結ばれないことに憤慨(ふんがい)してほとんどあてつけにいちゃいちゃしてた。確かに楽しかったしそこに愛があったんだし私達は幸せだったんだ。


 でも私達は自分達のことしか考えられていなくてアマーリエ様の立場も事情もエドの両親の考えも何も考えてなかった。……あれ、そうかな? 本当は違うかもしれない。


 本当は……都合の悪いことは見えない聞こえない知らないで通したかっただけだ。だって愛し愛されて幸せなまどろみのなかに居たいって誰だって思うじゃない? だからそうした。


 でも私達はアマーリエ様が来ることが決まった時点で考えなきゃいけなかったんだ。私もエドも。言い方は悪いけど私達は良くも悪くも身分差にぬるかったから。エドのおじい様が商売で成功してどうやったのか分からないけど男爵に叙爵(じょしゃく)されてからそこまで歴史もなかったし平民相手の商売を続けないことには爵位と対面を維持出来るだけのお金を稼げなかったしずっと成り上がりものとして貴族社会にもなじめなかったから私達の身分差なんてあってないようなもので、多分エドもエドの両親も今でもアマーリエ様のことよりは一緒に過ごしてきたはるかに私の方が好きなんだと思う。


 アマーリエ様は生まれついての貴族でエドの一家が求めても決して手に入れられない高貴な血を持っている。自分達よりお金が無くて貧乏なくせに偉ぶって自分達を差別して(しいた)げる貴族社会の象徴だった。そしてアマーリエ様は自分達のところに()ちてきた生贄(いけにえ)で、そこまで露骨でなければ憂さ晴らしをしてもいい相手だった。


 ……ほんっと! 胸糞(むなくそ)悪いったらない!! 私は事情が分かってくるにつれて自分が、エドが、エドの家族が、周りのメイドも執事も誰もかれのことも許せなかった。


 ……それって全部アマーリエ様、個人のことじゃなくて、漠然(ばくぜん)とした貴族社会への不満を何もできない女の子にただぶつけていじめて喜んでだけじゃない? こんなのってない。アマーリエ様が希望を失っていく過程が私には辛すぎて、私は眠りに逃げた。


 もちろん弱り切った体は眠りを必要としていたし、心配してくれるエドも周りも私がちゃんと目覚めることがわかってからは安静が必要だからと納得して無理やり起こされることは減った。窓辺やサイドテーブルに私を心配したエドからの花や小さなお菓子の詰め合わせ、お友達になったメイドの子からの手作りのサッシェがたくさん並ぶ。大旦那様からも珍しい異国の花の鉢植えを頂いてしまって窓際に飾ってあった。みんなに心配させてしまったことは心苦しいけれど、この優しさをなんでアマーリエ様に与えられなかったんだろう。


 起きているとき、ベッドでぼんやり窓の外を眺めながら私は考える。

 

 このまま私もいつか後悔に押しつぶされて目が覚めなくなる日が来るんじゃないかと。それでもいいかなと思い始めて昼間眠りすぎて眠れなくてぼんやり月を見ているときだった。声がした。私をたしなめる優しい声は確かにあの日聞いた声だった。


“だめよ。このままではいけないわ”


「ア、アマーリエ様?」

 

 月の光の中ふわりと音もなく現れたのはアマーリエ様だった。肖像画と自分の心の中で見た姿そのままに長いプラチナブロンドのさらさらとした髪に瞳の色と同じ紫色のバラの飾りをつけていた。アマーリエ様はうっすらと透けていてベッドの上あたりの中空に突然現れると私のベッドわきに腰を下ろした。


「幽霊なんですか?」


 本人にそれを聞くのは微妙かもしれないけれど、死んだって聞いてるし幽霊なんだと思う。でも不思議と怖い感じがしなかった。


“それがね、私死んでいなくてただちょっと困ったことになってて”

「え? なんですかそれ?」


 それでも思いのほか柔らかい微笑みを浮かべたアマーリエ様に思わずつっこんでしまったけれど、身分差を考えなかったことに少しドキッとした。でもそんなことを怒るような人じゃないんだ。アマーリエ様と心を分け合った時があったせいかアマーリエ様はとても近いそれこそ魂を分け合う双子のような不思議な一体感があってだからこそ自分も心を病むくらいアマーリエ様のことが悲しくて辛かった。例え幻でもアマーリエ様が笑ってくれるなら私は嬉しかった。


「でも死んでいないって?」


 それが本当ならもちろん嬉しい、けど実際透けているし、魔力の無いアマーリエ様が転移なんて出来るはずがないし、死んだってわかってないだけかな?


“いいえ、本当に死んでないの”


 アマーリエ様が透ける手をベッドに投げ出された私の手に重ねて私を見つめた。半透明なのにほんの少しだけ感触がある。


 あれ? 私今口に出してた? アマーリエ様が答えたのは、言葉に出したはずの質問への答えじゃなくて私が考えた後からの疑問への答えだった。


“私、あなたの心の声も聞こえるみたい”


 二人きりなのに内緒話をするみたいに小さな声で打ち明けてきたアマーリエ様に私はなんて返していいか分からなかった。真っ白になった私の代わりにアマーリエ様が口を開いた。


“ああでも何から話したらいいのか分からないのだけど”


 そう切り出したアマーリエ様は私の記憶にあるアマーリエ様よりはずっと元気そうで普通の少女みたいでぼんやりとしていない姿を見れたことに私はじんわりと嬉しくなった。


“ハンナ、あのね、私あなたを助けたいの”

「私を助ける?」


 アマーリエ様は話し出したことは私の想像とは違っていて、でもすぐに私がアマーリエ様の心を引きずってこんな風に寝込んでいるから心配してくれたんだと気づいた。あんなに私達のことで傷つけたのになんて優しい人なんだろう。


“違うの。あなたは今、本当に危険なの”


 危険なんて無縁の田舎での生活だし、意味が分からない。私の困惑する様子を、アマーリエ様はなぜか辛そうに見つめてきて、首をふるふると振った。


“とにかく今はまずこれを身に着けてくれれば大丈夫だから”


 そう言ってアマーリエ様は自分の髪につけていた紫のバラの髪飾りを外して私の手に押し付けてきた。どういう原理なのか分からないけれど私の手に渡ったとたん、髪飾りは薄く透けているのが不透明になって本物へと変わった。ほうっと安心したようなため息をついてアマーリエ様が薄く笑う。


 ほのかな重さとまるで本当の花みたいなみずみずしい素材で布の造花でない飾りなんて私は初めて見た。しげしげと手に取って見つめていると、アマーリエ様が髪飾りを持つ私の手を両手で包み込んでこてんと自分のおでこをつけた。半分透き通っているのに不思議と感触があって伝わってくる温かさに安心して本当に生きてるのかなぁとちょっとだけ私の後悔が薄らいでいく気がした。


“これで大丈夫。絶対に身につけていてね? 置き忘れたり、誰かにあげたりしてはダメよ?”

「わ、わかりました」


 真剣なアマーリエ様の言葉に私はこくこくと頷いた。アマーリエ様はそれを見て安心したようにふわっと笑った。ちょっとためらって視線をさまよわせてから、アマーリエ様は話し出す。


“あのね、私、嬉しかったの。ごめんなさいいけない子よね”


 脈絡のないアマーリエ様の言葉の意味がよく分からない。でもちょっとだけ分かるような気もした。アマーリエ様がずっと欲しかったもの。


「何がですか?」


 この二人だけの親密な空間を壊したくなくて、でもアマーリエ様の言葉で聞きたくてそっと尋ねる。


“ハンナが私のことを泣いて憐れんでくれたこと。私のことを真剣に考えて怒ってくれたこと”


 ぽた。ぽたっと音がしてアマーリエ様の涙がベッドに落ちては消えていく。アマーリエ様はずっと誰かに愛して欲しくてたまらなかった。エドの愛はもちろん欲しかった。いくら貴族の契約結婚とは言え、夫になった男の愛を少しでも望むのは当然で、それが情熱でなくても友愛でも良かった。家族としてのおだやかな愛でもよかった。エドだけでなくて、せっかく家族になったのだからとエドの両親とも友好的な関係で居たかったし、メイドや執事たちからもせめてお互いを尊重しあえるような良好な関係で居たかった。もっと普通の、分かりあえておしゃべり出来る仲良しの友達が欲しかった。


 アマーリエ様は私みたいな平民の想像する貴族のわがままなご令嬢とは全く違って本当に普通の、生身の16歳の女の子なんだ。なのに私達が寄ってたかって追い詰めてしまった。


“あの、私、こんなことになってしまったけれどハンナに会えて良かったわ。正妻と愛人なんていういびつな関係じゃなかったらきっと私たちお友達になれたわよね?”

「あの、私でよければ喜んで、今だってお友達になれると思います」


 身分差とかちゃんとした礼儀作法とか習ってきていない私が良いんだろか? と頭をよぎらないでもなかったけれど、アマーリエ様への贖罪(しょくざい)になって、本気でアマーリエ様が私と友達になりたいなら私だって友達になりたい。今まで私はいっぱいアマーリエ様のことを傷つけてきてしまった分、アマーリエ様のことを守りたい。私はすでに私は血を分けた家族みたいにアマーリエ様に完全に心を許していた。アマーリエ様が幸せに暮らせるように私だって自分ができることを何でもしたい。


“ありがとう。でも私がまずあなたのことを守るわ”


 自分で目じりを指でぬぐいながら、アマーリエ様は体を起こしてふわっときれいな泣き笑いを浮かべた。女同士だし、年下の女の子のはずなのにアマーリエ様は生まれながらの気品みたいなのがあってなるほどやっぱり貴族なんだって顔が熱くなるのを感じた。私の心の中の言葉まで筒抜けで少し恥ずかしさと、つながっていることへの安心感が交差する。私もアマーリエ様の心が見えたら良いのになと少しだけ思ってしまった。でも、守るって何だろう? アマーリエ様の言う危険て、私には想像もつかなかった。


「あのそれってどういうことですか? 危険ってなん…」


 私の唇をそっとアマーリエ様が人差し指でふさいだ。微かに首を振ってその指先を自分の口元に持ってくる。静かにという合図の色っぽさに飲まれてに私はそのまま声が出なくなる。普通の声の大きさで聞いてはいけなかったのかな? と思ったら廊下を誰かが通る音がしてそのまま通り過ぎていった。多分夜の見回りだと思うけれど、唇に残るアマーリエ様の感触に胸が早鐘を打ってうるさい。そのまま何とか心臓が鎮まるように口をキュッと結んで耐える私をよそにアマーリエ様は廊下の様子に聞き耳を立てていた。


 完全に音が通り過ぎて静まり返ったのを確認してアマーリエ様は私に囁いた。

 

“次はあなたの命が狙われているの”


 その警告は、本当に小さなささやき声だったのに私には予想外大きく聞こえて私の心に波紋となって広がっていった。


 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 待ってました!! ありがとうございます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ