第八話 レストラン アフリカの最期
香津美と真理奈が始めて愛し合った夜。
そんな二人の明暗に暗い影が矢を放つ。
真夜中に杖をついて病院を抜け出した真理奈の父勝は、
誰もいないレストラン アフリカの厨房に立っていた。
厨房の中を見渡し、
厨房の汚れを指で確認すると鍋の前で立ち止まった。
鍋の蓋をを外すと、
手にしたスプーンで鍋の中のデミグラスソースをかき混ぜる。
そしてスプーンでデミグラスソースをすくうと一口舐めてみた。
勝は口からデミグラスソースを
吐き出すと怒りで体が震えた。
「味がかわってしまっている。
こんなのはアフリカの味ではない。」
大声で怒鳴ると鍋の中の
デミグラスソースを床に放り投げた。
すぐに冷蔵庫の中をチェックして
更に怒りをあらわにした。
質の悪い食材がその中には眠っていた。
冷蔵庫の中身も全部投げつけるように床にぶちまけた。
野菜や魚、肉が厨房の床いっぱいに散らばった。
その上を踏みつけて歩くと
仕舞ってある包丁を取り出してその刃の先を見た。
包丁は手入れがされていない。
刃こぼれさえしている包丁もある。
その包丁をゴミ箱の中に投げ込んだ。
ショックのあまり勝は床の上に座り込んでしまった。
「こんなありさまでは、先代に申し訳ない。」
勝はそう言うと厨房室から出て行った。
勝が厨房に戻って来た時には
手に石油の入ったポリ容器を持ってきた。
18リットル入りのポリ容器の蓋を取って
中身を厨房中にバラ撒いた。
石油を全部バラ撒くと、
ポリ容器を放り投げた。
石油は勝の体にもかかっている。
ズボンはびしゃびしゃだ。
勝はチャッカマンに火をつけると
バラ撒いた石油に火をつけた。
つけられた火の粉は火の回りが速く、
たちまち厨房の中は火の海になった。
勝は涙をながしながら
「真理奈すまん。」
そう言った。
勝がそう言うのと同時に今
度は自分の体に火がついた。
勝は火の熱さに暴れることもなく火ダルマになった。
体も髪も燃えた。
火の手はレストラン アフリカの
フロアーにも引火して店中が火の海になった。
勝は自分がいない間に店がダメになってしまったと気づいた。
責任を感じた勝は自らの死を持って
勝自身と共にレストラン アフリカを終わらせようとした。
それは艦長が沈んで行く
戦艦と共にするのとよく似ている。
勝の体は火のついたまま床に倒れた。
死
ぬ間際に勝が目にしたモノは何だったのか。
それはレストラン アフリカの壁に飾られた白黒写真。
開店当時に店の前でみんなで撮った白黒写真。
その写真は開店時に従業員みんなで
レストラン アフリカの入口の前で撮られた物だ。
そこには、店に命をかける香津美の父と勝。
そして料理の情熱に燃える佐藤の3人が
笑顔で写ってたあの頃のフォトグラフだった。
シングルベッドで二人で抱き合って眠る香津美と真理奈。
二人ともぐっすり眠っている。
不意に香津美の部屋のドアと
真理奈の携帯電話が同時に鳴った。
香津美と真理奈は慌てて飛び起きると
真理奈は携帯電話に出た。
香津美の方はドンドンと叩く
ドアに向かって返事をした。
「はい。どうしたの?」
「ねえ、大変よ!!」
「レストラン アフリカが
火事で燃えてるっていう連絡があったのよ。」
「香津美 早く起きて。
お母さん先に行ってるから。」
「なんだって、嘘でしょ、
レストラン アフリカが火事だって言うの。」
「何かの間違いでしょ。
分かった今すぐ行くよ。」
香津美は振り向いてベッドの中の真理奈を見た。
真理奈の携帯電話の内容も同じモノだった。
「真理奈大変だ、
レストラン アフリカが火事だって。」
「ええ、今連絡があったわ。急いで行きましょう。」
真理奈は香津美が裸なのに気づいて自分も裸だと思い、
急に赤くなって毛布で体を隠した。
「香津美クン見ないで、恥ずかしいわ。」
「あっ、ゴメン。」
香津美は後ろを向いた。
真理奈はベッドの中で服を着ながら言った。
「もう全部見られているのに
見ないでなんておかしいわよね。」
「だけど、やっぱり恥ずかしい。」
真理奈はブラウスの胸のボタンをつけながら言った。
「いいさ、すぐにそんな事慣れてしまうよ。」
香津美は素早く着替えると
真理奈に振り返って手を差し伸べる。
その手を掴み真理奈はベッドから起き上がる。
二人が手を繋いで玄関の外に出ると、
香津美の母が香津美のために用意したタクシーが待っていた。
二人がそのタクシーに乗り込むとタクシーは走り出した。
真理奈の手が震えているのが分かる。
香津美は真理奈の体を優しく抱き寄せた。
タクシーがレストラン アフリカに近づくにつれて
サイレンの音が大きくなる。
人だかりのやじ馬も増えてくる。
人ごみの中を縫うようにタクシーは走り抜けて行く。
香津美と真理奈がタクシーを降りて
最初に目にしたものは、
燃え上がっているレストラン アフリカの姿だった。
無残にもアフリカは燃え落ちてゆく、
次々に崩れ行くガレキが
レストラン アフリカの最期を物語っていた。
それは落城する
最期の砦を悲しい顔で見ている城主のようだった。