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第六話 シェフの条件

副料理長と真理奈の間に

入って香津美は心底疲れ果てた。



真理奈の言う通り副長は香津美と

真理奈の話など聞いてもくれない。



いや、聞かないというよりも

聞く耳を持たないと言った方が正しいかもしれない。



夜の部の営業時間が始まろうとしている。



「君たちがいくらオーナーの息子さんで

シェフの娘さんだからと

言ってなんで私が君らの話を聞いて

君らの料理を食べなきゃ

ならないんだ。」



副長は高校生二人の言うことなど

聞いてもくれない。



レストランアフリカの店内では

オスカー・ピーターソンの弾く

イパネマの娘が悲しく流れている。



古い伝統の味を残そうとする若き二人と

新しい料理の世界に進んで行こうとする両者の対立が続いた。



香津美は仕方なく実力行使をした。



「一体どうしたと言うの、

何があったの?」


血相を変えて店内に入って来たのは

香津美の母れい子だった。



いくら話しても分からない副長に

命令できるのは、

もはや母のれい子だけだ。



香津美が進展しない話に

業を煮やして電話で母親を呼んだ。



「息子から話は聞きました。

佐藤さんがシェフがいなくて大変なのは分かります。」

佐藤と言うのは副料理長の名前だ。



れい子は黒いミンクのコートを着たままで

副料理長の佐藤に言った。



「佐藤さんだけどね、

真理奈ちゃんも私の家族の一員なんです。」



「このレストランアフリカはあなたの店ではありません。

私の主人、シェフの勝さん、

そして佐藤さん。

あなた方3人が作り上げてきたものです。」



「この店をよくしようと思うのは

佐藤さんもこの子たちも同じ気持ちだと思います。」



「若かったあなたがこの店に来た時も

そうだったじゃないですか。」



「料理のこと、そう仕事のことで

対立するのは悪い事ではありません。」



「ただその後を残さず、

翌日には忘れていい仕事をして欲しいと思います。」


「あなたからすれば、

まだまだ未熟な二人かも知れませんけど・・・・。」



「ただ、若い二人の

希望の芽だけは摘まないで下さい。」



「この子たちの未来はこれから伸びて行くんです。」

れい子の言葉に副料理長の佐藤は

黙ったまま下を向いて頷いていた。



「わたしたちは佐藤さんそして

従業員の方々をみんな家族の一員だと思っています。」



「若いこれからを担う

この二人の熱意も分かってあげて下さい。」



「オーナーの気持ちはよく分かりました。

私も大人げなかった。」



「料理を愛する気持ちは私にもまだあります。」



「この二人の目は若き日の

私が料理を学んでいた頃に似ています。」

佐藤は香津美と真理奈を見てニコリと笑った。



「私もフランスで学んできたと

言うへんなプライドがあった。」

「すまない。」

佐藤は二人に謝った。



「今夜仕事が終わったら、

二人の料理をご馳走になるよ。」

佐藤は笑顔で言った。



「本当ですか?」


「ああ。」

やったね。」

真理奈は香津美に言った。


「これ、二人とも副料理長の前で

何ですかその言い方は!!」

れい子は二人に怒った。



「あっ、すいません。

副料理長ありがとうございます。」

真理奈は言った。



「ありがとうございます。」

香津美も続いて言った。



「まあいいから、いいから。」

佐藤は言った。



「佐藤さんわたしこれから用があるので失礼します。

二人のことお願いします。」



「はい。かしこまりました。」

佐藤はレストラン アフリカを後にするオーナーのれい子に一礼した。



その晩、二人の作った料理を食べた副料理長を

始めとするスタッフはその味に驚いた。



副料理長の佐藤は香津美と真理奈にきいた。


「この料理を何処で?」


始めて口にする中華の味に佐藤は関心していた。



「この料理を考えたのは僕で、

作ったのはここにいるリトルシェフの真理奈です。」



「ちょっと香津美クン。

リトルシェフってなによ!!」



「リトルシェフとはそりゃいい!!」

佐藤は笑った。



「しかしこの料理、香津美君が考えたのか凄いな。

味がしっかりしていてそれでいて飽きない味だ。」



「はい。僕が昔、北京に行ったときに

食べた味を日本の魚で試してみました。」


香津美は自慢げに言った。


偉そうにしちゃってさ。はい。」



「金目鯛の上から塩コショウなどをふり紹

興酒をふりかけて

蒸気の上がった蒸篭チョンロンに入れて

8~10分蒸すのがコツです。」

真理奈も笑顔で佐藤たちスタッフに話した。



金目鯛の蒸し物は今では当たり前のようにどこでもあるが、

この当時はまだなかった。



「この料理一つは店で使ってもいいかも。」

女性スタッフが言った。



「うん。僕は両方ともイケルと思うな。」

若い男性スタッフも言った。



厨房の中でスタッフたちが話し出し賑やかになった。

手を叩き佐藤は言った。



「オイ、みんな。ちょっと聞いてくれ、

この料理のうちどっちかを店で使おうと思う。」



「どっちがいいか、

フロア・スタッフも食べて意見をきかしてくれ。」

私は、金目鯛が美味いかな。」


「わたしも金目鯛かな。」


「僕はエスニックなエビと春雨かな。」


「僕も・・・。」

という風に意見が二つに別れた。



「よし、分かった。多数決を採る。

今から言う方に気に入ったら挙手してくれ。」



「まずは、エビと春雨。」

何人かが手を上げた。



「次は、金目鯛の蒸し物。」

佐藤は見回し言った。



「大多数で金目鯛の蒸し物に決まった。」

香津美と真理奈は二人で抱き合って喜んだ。



「よし、リトルシェフ

この料理は君に任せる。良くやった。」

佐藤は真理奈の肩を叩いて言った。



やっと認められた事に

真理奈は喜びの余り涙を流した。



「真理奈泣くなよ。」

香津美はハンカチを渡し言った。



「泣いてなんかいない。」

真理奈は答える。



「最近真理奈は浪花節が入って来たからな。」

香津美がそう言うとスタッフ全員が笑った。



「ねえ、真理奈ちゃん。

料理というのは明日なき探究心が必要なんだ。」



「料理を完成させるには自分の感覚だけではダメだ。

興味と熱意をとことんまで突き詰める。」



「塩一つとってもそうだ。

料理に薄いからと言って塩を振るのには注意が必要だ。」



「塩は多すぎてもダメだし少な過ぎてもいけない。

塩味が一番難しいと言える。」



「塩を一振りする事に味はそこなってゆく。」



「だから愛情のように一握り一握り入れてゆく。

その加減が感覚なのかもしれない。」



「明日なき探究心。

それがきっとシェフになる条件かもしれない。」

佐藤は真理奈と香津美にそう言った。



「料理を作るスピードも人によって違う。メ

チャクチャ早い人もいれば凄く料理を作るのが遅い人もいる。」



「ランチなんか作るのに30分も

待たせたらサラリーマンは昼休み休憩する暇がない。」



「そういう風に待たせない所もシェフの条件に入るのかもね。」

香津美は真理奈に言った。

「よかったね。リトルシェフ。」

香津美はそう言って真理奈に握手を求めた。



「みんな香津美クンのお陰よ。」

真理奈は香津美の手を握った。

手を握った時二人の手の平に電気が流れた。



「僕は真理奈を愛している。

僕は真理奈のこの笑顔が好きだ。

いつまでも傍でそんな彼女を見ていたい。」

香津美は真理奈の手を握りながらそう思った。


わたし、やっぱり香津美クンのことが好きなんだ。

今わかった。」



真理奈が流す涙に答えてアフリカの店内に

ラブバラード“エンドレス・ラブ”が流れた。



その時、香津美の胸にも真理奈の胸にも

互いに引き合う熱いモノが流れていた。





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