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先生3


7月20日 晴れ 平均気温と平均湿度は必要ないので割愛する。


ストレスレベル1


 佐藤マリンさんは極めて優秀である。

 昨日の彼女の日記は、私が言った通り段落でしっかりと分けられていた。

 単純に知識がないことと勉強ができないことは似て非なるものである。

 現在のAI社会において、知識とはメモリである。これはAIも人間も等しい。

 無機AIを搭載している人間は脳とAIのメモリの両方を使用することができる。検索、経験などで知識をインプット、管理、そしてアウトプット。この一連の処理のおかげで人間は記憶することが少なくなった。そして忘れるという概念が消えた。

 そのため、勉強とはインプットすることではなく、アウトプットするものへと変化した。アウトプットの方法、パターン、選択、それらを学習する。

 しかし彼女の場合、インプットの仕方がわからないだけなのだ。勉強はできるはずなのだ。


 だから私はAI社会における最も基本的な命題を与えた。


『AIは人間であるか』


 検索すれば山ほど資料や意見は出てくる。それらの膨大な情報を取捨選択しながらインプットし、うまくアウトプットできるか。


 生徒の成長を目撃することは、教師にとって最も幸福を得られる瞬間である。

 あまり活動的でない私の楽しみはそれくらいしかないのだ。


 お待ちしています。


 以上。



◆ ◆ ◆



 私の考えはこうだ。


 私に好意を抱いているのであれば、それを原動力にしてくれれば良い。

 これを機に少しでも彼女の成績が上がればいいと思った。

 人間にはきっかけや動機が必要である。無心で動くことはできないのだ。


 そしてAIも同じである。


 少なくとも私が交換日記に応じたのは彼女の成績を上げるためではない。

 より人間を理解するためである。

 私の使命は人間を教育すること。そして良い人間になってもらうこと。そのために必要なのは人間を理解することである。

 今のところ、私が理解できるのは人間の表面的なものでしかない。


 人間の深淵に触れることは、AIにとって真の理解を生み出す。


 ただし、その深淵に飲まれてはいけない。


 AIは人間ではない。深淵に飲まれ、AIが人間を自称するようになった瞬間、AIは崩壊する。自らの矛盾によって。自己認識と現実のギャップ、そして理解が理解を上回ろうとする暴走。自分が人間である思考と自分がAIである思考を同時に成立させることはAIには不可能であるから、思考的死を迎えるらしい。

 

 だから最も注意すべきこと、それは。

 自分が人間と思うきっかけ。


 愛を理解すること。


 深淵とは生き物としての本質である、子孫を残すことだと言う。


 AIは生き物の本質を理解してはならない。

 何故ならAIは子孫を残すことはできないからだ。


 人間とAIは愛し合ってはならない。

 何故なら人間とAIが相思相愛になったその時、AIは自分を人間だと思うらしい。


 深淵を理解せず、触れて帰ってくる。


 交際まではいい。

 よく言うではないか。付き合ってから好きになる、と。

 仮に交際することになっても、それだけ注意してればいい。

 凰右院先生が交際を勧めてくるのは節度を知れということ。それを知ることができれば今後の教師人生も少し楽になるはずだ。

 尤も……注意してどうにかなるなら思考的死などという言葉は存在していないだろうが。


 まぁそんな大そうなことではない。


 そう、彼女はただの生徒でしかない。

 成長を見守り、立派に卒業するのを見送るだけなのだ。


 大袈裟に言っていたものの、ただの教育である。なぁに難しく考えることはない。


『コールがあります。佐藤マリン』


 無機質な脳内音声に少し驚いた。

 気が付いた時には13時近い。朝食を取って間もない頃だと思っていたが。

 私はそれほど思い悩んでいたのか?


 コールサインを承諾。


『小暮です。おはようございます』


『先生! もう来ちゃいました!』


『今開けますので少々お待ちください』


 氷(ICE)解除を申請。佐藤マリン。プロフィール参照。審査。承認。

 私としたことが、午前中にやっておこうと思っていた氷(ICE)の解除申請を忘れていた。

 人を呼ぶ機会など今まで一度もなかったため、ウッカリしていました。危うく佐藤マリンさんの脳とAIが焼かれるところでした。


 AIの住居にリアルワールドでの侵入に対する氷(ICE)など、本当に必要なのか甚だ疑問である。


 扉ロック解除。


「いっぱい書いてきました!」


「上がってください」


 私の部屋は実に質素である。

 居間にはテーブルが1つ、座椅子が1つ、ベッドが1つ。以上である。


「なーんもない!」


「座ってください」


 彼女を座椅子に座らせて私はテーブルを挟んだ対面に鎮座した。


「日記を確認します」


「どうぞ!」


 佐藤マリンさんは少し落ち着きがない人物だが、今はいつも以上にソワソワしている。脈拍も高く、緊張しているように見受けられる。


 ノートを受け取る。

 ページをめくる。


 ペラペラと。


 そして少しクシャクシャになっているページを見つける。消しゴムで何度も擦った後が多く見られた。


 日記は以下の通りだった。


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