二節 従者メイ・トイ
私の主演、演出、脚本により執り行われた王位継承式は帝都歌劇団のトップスターもかくやという怪演で大成功を収めたことは皆の知るとおりである。
しかしながら、その成功に酔い、調子に乗って、本来計画にはなかった演出を思い付きで加えたことは一生の苦い記憶として忘れることはできないだろう。つまるところ、彼らのように発情期のサルを彷彿とさせる雄叫びを挙げたのは失敗であった。
まさか半日も飽きることなく立ち続け、叫び続けることになると誰が想像できただろうか。
酸欠の更に先の状態で叫び続けると誰が想像できただろうか。
その心中を察してくれる方は私が手厚く取り図るので我が軍門を叩かれよ。
やりがいはあるぞ。
私は深い後悔と自責の念を抱きつつ、件の側近たちに救いを求めて目を向けたが、彼らも彼らで終わりどころを見失い、逆に私にどうにかするように死にかけの老婆のような目で縋り付いてきた。
神父はというと、それが終わる気配が見えないとなると、裏口の方からそそくさと逃げおおせていた。
――もしかしたら、私はここで一生を終えるのかもしれない。
そんなことが否応なく脳裏を過ぎったころ、ふいに教会の扉が重苦しく耳障りな音をさせて開かれた。その音は教会にいたすべてのサルに沈黙を与えるのに十分だった。教会にいる男たちは何事かと音の方へ顔を向ける。少し遅れて私もそれにならい扉の方を見た。
私が酸欠状態の頭で現状を正しく理解するよりも早く、少し間の抜けた可憐な少女の声が、静まり返った教会に響く。
「若様、クッキーが焼けました!」
肩上で揃えられた栗色の髪が揺れるのが見えた。この場にいる貴族たちの軍服よりもさらに一段と黒に近い深紅を基調にしたそのメイド服は、差し色の白がよく映えている。
幼げな顔立ちで、悩みも何もなく生きてますと言わんばかりに笑顔を振りまき、片手をぶんぶんと振り回しているその少女こそ、私の待ち焦がれた救世主にして、愛しの従者メイ・トイであった。
私は彼女の元に駆け寄り、ふくよかすぎないその胸に飛び込みたくなる衝動を押し殺しつつ、小さく息を整える。そうしている間にメイはカーペットの上をとっとことやってきて、ついには疲労困憊で立っているのがやっとな私の目の前まで来ると、満面の笑顔で
「行きましょう!」
いい終わるよりも早く、私の体は宙にふわりと浮かび上がり、目をぱちくりとする暇もなく彼女の腕の中で赤子のように抱きかかえられていた。そして次の瞬間には彼女は走り出しており、私が一つ瞬きをしたならそこはすでに教会の中ではなく、外であった。目の端で驚く顔の衛兵を正確に捉えたことに人体の不思議を感じた。
はたから見たならば、立派な不敬罪であるのだが、それはそれとして、私は悟られないように彼女の胸に大胆にも顔を埋めながら目を瞑った。気づかれないように鼻から息を吸うと、何やら焦げたにおいがした。