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一節 王位継承

 私の父である“赤土の国”の王の葬式は国を挙げてのものでそれは盛大なものだった。多くの国民は王の死に深い悲しみと喪失感を抱きつつも、その腹の奥底には姑息な人間に対する激しい怒りがぐつぐつと煮えたぎっていた。

 それもそのはずである。王の死について対内外的には姑息な人間の闇討ちにあったと王国広報室から正式に発表されたのだから。

 だが、もしも冷静であるか、考える頭が少しでもあればそんなことはありえないとすぐにわかっただろう。あの男が人間如きに殺されるはずがないのである。

――かといってフグに殺されるとも思わないだろうが。


 王の葬式は一週間続いた。


 そして、その翌日に私の王位継承式が行われた。

 それはとても慎ましやかなものだった。


 王位継承式は国に二つしかない教会の内の一つで城内にある教会で行われた。

 私と二人の側近がそのオンボロ教会の前につくと扉の前に衛兵が二人立っていた。私が彼らに労いの言葉をかけると彼らはやる気のなさそうな声で返事を返し、期待を裏切らない動作でその扉を開いた。


 私たちが聖堂に入るとそこには貴族の皆様が雁首揃えてお集まりになっていた。貴族たちは二手に分かれており皆が一様に深紅の軍服を着こんでいる。軍服の男たちは中央に敷かれた深紅のカーペットの方を向いており、互いに視線を錯綜させていた。その先に古くは純白であったはずの黄ばみ切った質素な印象の神父服を身にまとった小男が立っている。神父の横には彼の胸元まである()()()テーブルがある。テーブルの上にはクッションの上に置かれた鈍く輝く金色の王冠があった。その後ろの壁にはこの国の経済状況に見合わない華麗な装飾のなされた十字架が、聖堂にいるすべてのモノを平等に見下していた。


 私たちは悪趣味なカーペットの上を歩く。軍服の男たちは動くこともなく私を見ている。その目には疑念と憤怒の色が濃く映っていた。視線だけで人を殺せたなら私はすでに四回は死んでいた。


 数歩後方を歩く側近の一人がこの状況に耐え切れず微かに喉を鳴らすように笑った。その音は曲がりなりにも王位継承式という厳かな舞台に相応しくなく、様々な思いの入り乱れた空間には異様なほどによく響いた。


 私が後ろにいるタコ野郎にこのくそったれた儀礼が終わったら鉄拳をお見舞いしてやろうと考え付いたのと、薄汚い神父の前にたどり着いたのはほぼ同時だった。


「どうも、神父様。いい日ですね」

 私は神父に薄く笑いかける。


 一斉に、部屋中の男たちは踵を返し体ごと正面に向けた。足を肩幅に開き、両手は後ろで組んである。顔は顎を少し引き、全ての視線がやはり私に注がれる。側近の二人――タコ野郎は左の男たちの方に掃け、つるっぱげ兜は右手側に掃けた。

 そのきびきびとした動作は大層立派なものだったが、彼らの瞳の中の獣は私が思い描くよりも遥かに多く、私のことを無残になぶり殺していた。


 遠くの方で「なにがいい日だ」と投げ捨てるような声が聞こえた。


 不遜な神父は私の言葉に返答するでもなく、その言葉を咎めるでもなく、得体のしれない口上とも呪文とも取れない言葉らしきものを捲くし立てた。それが終わったと思ったら王冠をおもむろに両の手で取り上げた。彼は私が王冠を受け取るために跪くのを秋の空のような瞳で待っていた。


 しかしながら、私はきょとんとした顔をして動こうとしない。


 奇妙な沈黙が教会内に流れ始め、それはいつしか音のないざわめきへと変わった。


 私と神父は互いに――いまいましく思いつつも――目を合わせて動かない。


 後ろの方でタコのような笑うのを我慢するくぐもった声が聞こえた。


「何をしておる。さっさと膝を付かぬか」神父が痺れを切らしていった。

「神父様。何をおっしゃっているのですか?」

 私は先と同じく薄い笑いを顔に張り付ける。

「膝を付くのはあなたですよ」

「何をいって――」

「法典を読まれていないのですか? 王位継承の項目に明記されていますでしょう。――ほら、ここに!」

 私はつるりとした銀の兜で窓から差し込む光を反射させる側近から差し出された分厚い法典の該当箇所を指で突き刺して見せる。


 そこには『王冠の授与は神父が膝を付いてすること』と書かれていた。


 次いで間髪を入れずに言葉を続ける。

「あと王位は王冠を受け取ることで移行するのではなくて、祝福の祝詞が終わり次第に移行するとも記載されておりますので、貴方の態度は少しばかり――」私は勿体つけたように、それでいて貴方の身を案じているのですよと言わんばかりの風を最大限装い、神父が次の言葉を発するまでの数秒間を楽しんだ。

「そ――」

「そんなこと知らないですか? おかしいですねぇ……。ああ、そうか! 神父様、これはつい最近変わったことなのですよ。だから知らないことを恥じなくてもいいのです。貴方の地元じゃあどうか知りませんが、少なくともこの国ではそうなっているのです。――いつ変わったかですって? 知りたいですか? しりたいですよね。お教えしましょう!」


 私はそこで一つ間を取り、茫然としている男を嘲笑うように


「――一週間前ですよ」


 私は俯き気味に哀愁を誘うような声音で静かにいった。


 私が言葉を言い終えるなり、一瞬の静寂が起こった。そして次の瞬間には私とその側近たち以外のすべての者が私に向けて怒号を浴びせた。


 後で私の鉄拳を浴びることなど及び知らぬ顔のタコ野郎――オクト・P・たこ八はそれを愉快そうに見ている。先ほど法典を差し出してきた、つるりとした兜をかぶった細すぎる男――岸・ナイトはつるりとした銀の兜の上から両の手で耳元を塞ぐ素振りをして私を見やる。私はというと、なぜ皆さんがそんなにお怒りになっているのか分からないというように困惑したような素振りをして見せた。


「ご静粛に」私は毅然とした態度でいった。しかし、その声は怒号に掻き消えた。私は仕方なく、オクトに目配せをする。オクトは軽くうなずき、貴族たちに向き直ると「ご静粛にっ! 若き王の言葉にはまだ続きがある!」そのバカでかい咆哮にも似た声に貴族たちが押し黙る。


 私は教会のすべてのモノが沈黙するまで言葉を発さなかった。教会が完全に沈黙するまでに短くない時間が流れた。その間、貴族たち一人一人をそれと悟られぬように注意深く観察することを私は忘れなかった。


 教会が沈黙してから、私は言葉を紡ごうと一度口を開きかけ、閉じる。空を仰ぐように顔を上げ、その

後、視線を宙に投げやる。瞳にはうっすらと涙をたたえて、そして深く目を瞑ると、


「父の最後の望みだったんだ」


私は努めて毅然としているのだということを臆面も隠そうとはせずに、それでいて彼らにはその行為がどこまでも痛々しく、無理をしているのが分かるように悲壮感に満ちた表情で、父を亡くして間もない人間の脆弱性を言葉に上乗せして、その言葉をぽつりと、しかし確かに聖堂の全てのモノが聞こえるようにいった。


 教会がまたざわつき始める。


 しかし、私はそんなことを気にも留めないといったように言葉を繋げる。


「父はあの日、姑息な人間どもに殺される前に、私に言ったのだ! ……疲れたと……争いばかりではいけないと、変革が必要であると! そのために、手始めとして、教会と王族との間の関係を清算する必要があると!」


 私は目にためていた涙をこれでもかというようにこぼれ落とした。


 複数のモノたちが息を飲む音がした。


――もう一息だ。


「私は誰よりも父を尊敬していた! だからこそ、私は各地を奔走し一週間前にこの項目を書き換えたのだ。父の喜ぶ顔を思い描きながら……、父が私を褒めてくれると信じながら、各地を走り回った……! それなのに! それなのにっ……――」

 私はついに顔を両の手で覆い力なくくずおれた!

 私は頬を伝った涙を右手で拭うと、うつむき、

「……私が死ねばよかったんだ」 


 さて、客観的に物事を見たならば私は中々に無茶苦茶な理屈を並べているはずである。そもそも、理屈などという格好いい言葉を使うこともできないほどに穴だらけであり、感情的に自分の正当性を認めるよう、他者に主張をしているだけであることを私は認めなければならない。


 というか、逆に問いただしたい。何をどうしたら法典の一項目を書き換えることであの教会と王国の関係が清算できるのだろうか。私が膝を付きたくないだけで書き換えたこの法のどこに、変革という名の大義名分の入り込む隙間があっただろうか。私は甚だ疑問である

 

 しかしながら、彼らはそのことに疑問を呈することをしない。彼らは貴族という地位を与えられてはいるが所詮は血に飢えた獣でしかないのだ。

 

 法典を書き換えるのに議会の承認を必要とすることを“魔都“からやってきたこの神父ならば知っているだろうし、それが王のたった一言で変えていいはずがないことも彼なら知っていただろう。しかし、この随分前からいる小男はこの小国の議会が本来あるべき機能を果たしていないことも知っていた。彼が貴族連中に穴だらけの私の理屈を教え糾弾しないのは、私が先代の王の名前を出したのが大きいのだろう。

 

 この小国は端から端まであの男の奇妙奇天烈に光り輝く個性に魅せられてしまっている。これは私がどれだけ否定しても覆らない事実である。あの男の最後の願いだと、彼を看取った私が――曲がりなりにもあの男の息子である私が――主張するのだから、先代の王の輝きに強く魅せられ、忠義を誓う彼らは私の言葉に疑念を抱くことはあっても、否定することはできなかったのである。


「新しき王に祝福を!」


 一人の貴族の叫び声がふいに聖堂に響いた。それに続くように貴族の皆様が同じ言葉を何度も何度も繰り返した。


 短絡的な思考の辿り着いた先か、それとも反射的について出た言葉かはわからないが、その手のひら返しはさながら芸術の域である。これが単純に歌劇などであったならば私は思いつく限りの称賛の言葉と、耳をつんざくほどの拍手で彼らを迎えただろう。しかしこれから先、このようなものたちを付き従わせるのかと思うと頭が痛くなった。


 しかし私は「……お前たち」と感慨にふけっているような素振りを忘れずに彼らの方に目をやる。


 彼らの目には私に対する疑念や憤怒はすでに消えていた。それに代わって自分たちに近しいものであるという風に私に対する認識を改めたようですらあった。


 私は思わず下を向いた。そして立ち上がり、


「諸君! 私についてこい! 我らが父にして偉大なる王の望んだ変革を我らの手で勝ち取ろう!」


 私が握り拳を突き上げると、貴族たちが続き雄叫びを上げ始めた。


 神父はというと世界の終わりを予見された聖人のような悲壮感に溢れた表情を浮かべ、王冠に目を落としている。


 私は神父の手から王冠を奪い取り、頭に被せると彼らにのっとり雄叫びを挙げて見せた。


 ……笑いたい気持ちを押し殺しながら。



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