プロローグ
5分で思いついた設定。
私の父は自分で釣り上げたフグの毒で死んだ。
それが一週間前のことである。
それはいい。問題ではない。いずれこの男は私に殺される運命にあった。しかしながら、ひとつばかり見過ごせない問題がある。それはこの男こそが私の父であり、この“赤土の国”の王であったことだ。
“赤土の国”は魔界領の一つであり、魔界の全地域を記した地図――魔界全図――によると――もっともどれほど正確かは知らないが――西の端の小国にあたる。小国のさらに西方には草木も生えない荒廃した大地がひたすらに続き、盲目の人でなければしゃれこうべがそこかしこにあることが分かるだろうし、鼻が少しでも利くのならば風が死肉と血の香りを運んでくれることだろう。その陰気な道を飽きることなく進んだのなら、果てにはそれまでとは打って変わって文明的で生活感のある街にたどり着ける。俗物的にいうならば、人間の国である。
魔族と人間は私がこの世に産声を上げる前より、また父や祖父、曾祖父の代よりも遥か前から互いに争い続けていた。それが今日まで続いている。その理由を知るものは、今はもうないのかもしれない。少なくとも私は知らない。
先に紹介した陰気な道――私は死路と呼ぶが――は人間と魔族の争いの歴史そのものである。
魔界には“赤土の国”以外にも無数の国があるが、人間界と面する国々のほぼすべては山岳部にあり人間がわざわざそこに攻め入ったという記録はない。
平野部にありその東には由緒ある魔族の国々へと続く道のある“赤土の国”は気が付けば人間と魔族にとっての要所となった。
“赤土の国”は元来争いごとを好む国民性を持ち合わせている。街では度々個人同士で決闘が行われるし、兵士同士のいざこざも絶えない。この国民性の最も救いようのない点は、ほぼ全国民が反知性的であることだ。この小国の国民たちが唯一知る格言は「考えるよりも早く血を流せ」である。
私がこの国にあって頭痛の種は常にそこかしこで燻っているが、それが火種となった事件として王立図書館焼失事件がある。この事件は図書館を警備していた衛兵同士でのいざこざの結果決闘にまで発展し、何を思ったか魔術を使用し図書館を全焼させたというものだ。私はこれに強い批判をしたが、父はこの衛兵たちに三日間の自宅待機を命じた。
さて、そんな具合なものだからこの小国は農耕技術も発展していない。また川はあるが海は無いものだから漁業をしようにもできない。それこそ釣りは一個人の趣味程度のものでしかない。
そのような国がなぜ今日まで生き延びてこられたかというと、“親切で由緒ある魔族の皆々様”が、人間との戦争の支援物資として生きるのに十二分なほどの食料を定期的に運んできたためである。対外的な理由としてはこれで間違いはないだろうが、裏には今は亡き我が父に対する恐怖からくるものが大きかったのではないかと私は確信している。
現に私の手元に届いた“親切で由緒ある魔族の皆々様”からのお手紙には支援物資を縮小する旨が書かれていた。
魔王がフグの毒で死んだということをとにかく書きたかった。
それだけ。
反省はしていない。