9 召喚士は魔法使いでないⅢ
「それで?俺は何のためにアレを食わされたの?」
未だに、じんわりと後味が残っていることにうんざりしながら、理由を聞く。
「あぁやって、自身が初めて魔力を放出した際の、媒介を体内に取り入れることによって...」
と、一旦言葉を区切り、煙草に火をつける。
「すぅ...ふぅ。体に...敷いては、自身を構築してるステータス基礎に、覚えさせるのさね。そうして、自身の魔力の性質を頭でなく、体でも理解すること...魔力を扱う上で、必要不可欠なことだ」
カアさんはそう言うと、もう吸い終えた煙草を灰皿へと捨てる。俺は、食卓の椅子に腰を掛けながらその話を聞いていた。
「因みに、さっきの『裂』は6つの色性と違い、個がもつ独自の色だ。でも、他人と被ってたりすることは、良くある。おっと、忘れていた。先程見た『裂』の色は「黒」「赤」「黄」だったが、この色が放出されるのではなく、お前だけの色で出力される」
「ふーん...」
相変わらず良く分からない、どうも頭に入ってこない感じだ...少しだが違和感も感じる。
開いた手を見つめながら、排煙のため、ほんの少しだけ開けていた窓からの風が手をすり抜けて顔を掠めていくのを感じた。
「...もともと、魔力に関して大半は、学院で学ぶそうさね。少数、まぁ、俗に言う冒険者なんかは、独学でやってる事のほうが多いけどね」
「カアさんは、学院でそれとも独学?」
気になるところではある、しかし、カアさんが、行儀よく勉強なんてするようには、見えないしなぁ...と、するとやっぱり独学───。
「───どちらでも無いさね」
「何じゃそりゃ」
「.......」
俺の反応に対して、カアさんは何も言わず、あさっての方をぼーっとした目つきで見てる。
まずいことでも聞いたのかしら...。
「ところでさ」
一旦話題を切り替えようか、今は、早いとこ召喚術を覚えたいし。
「どうやって、魔力を出したりだとか、使ったりだとか、できるの?」
「ん?あぁ──」
どうやら意識は、こちらに戻ったようで
「色だ...そうさね...」
「まずは、自分の手のひらの上に、色を思い浮かべて見るさね」
色という単語を聞いて、自然と浮かび上がってきたのは、あの『灰』だ、真っ白な灰ではない、燃えカスだと言うのに、今尚、形が浮かび上がってしまう。
何をしていたものなのか、何をしてきたものなのか、燃えカスの灰には不要な考察だ。故に、通常の灰よりも濃い暗さが、まとわりついている。
いっその事切り分けてしまいたい──そんな衝動に、駆られるが...ソレよりも先に、世界に変化が起こった。
「おぉ...」
思わず感嘆する。
少し歪んだ直線。
そこから伸びるやけに角ばった曲線が。
両端から伸びており。
片方は上向きにもう片方は下に線が伸びていた。
歪なその形はなんだか、灰色の鍵のようにも見えた気がしたが。
いや、これは...対となる鍵穴など何処にもないであろう。
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少年の手のひらの上には依然としてソレは在り。
今にも尽きてしまいそうな灯りは、パチパチと存在を主張していた。
「あ...」
揺らぎ、という空虚の中にだけいられる。
しかし、世界はやがて元に戻る。
「消えた...」
少年のつぶやきとともに完全にソレは消える。
「随分と弱々しいな、まるで、病人か、老い先短い蟻ミミズみたいな魔力の型だった...」
カアは、紅い煙を吐きつつそう例えた。
誰が蟻ミミズなものかと、少年は抗議の目を向けたが...いかんせん、早くこの力を使いこなしてみたい、欲求にかられる。
そんな様子を察したカアは、少し待て、と言ったきり、久方ぶりの自室へと向かうこと、早15分。遅いので、先にトイレにでも行こうと立ち上がった時、間が悪く彼女が戻ってくる。
「.....」
「.....」
座り直す。
彼女が右手に持っていたのは、白い、茎まで白い、真っさらな花だった。
曰く、この世で最も、染めにくいものは純白だそうだ。無色透明でも、黒でもなく、純白だそうだ。
興味本位になぜかと聞けば、魔力構成がどうだの、色としての序列がどうだの、染因子がどうだのと説明をされたが、少年はソレをもっともらしく聞き流した。
「要するに、コレを自分の魔力で染められれば、一人前ってこと?」
「コレはあくまで、見習い用、レプリカさね。コレを、染められた程度じゃ、半人前にもなってないな...蟻ミミズにだって出来る、そのレベルだ。」
「なにそれ、そんなの余裕じゃん」
「そうだな。まぁ、こういうのは段階を踏んでいくものだ」
少年はカアより、花を受け取ると。
「えっと、さっきの要領で...この花に自分の色を想像したら良いの?」
そう質問する少年に、カアは、一仕事終えたとばかりに、いつもの机へと向かいイスに腰を下ろすと、背を向けたまま、何も答えず。そのまま別の事を始めようとしている。
「....なるほどね」
別に、これに深い意味はない、何かしら反応がないということは、別にコレで間違いではないということだ。
時折彼女は...いや、少年が幼少の頃から、不必要な言葉は割く性分なのだ。むしろ、今までが喋りすぎていたことに、少年は少しだけ驚いていたところもあった。
一先ず、花を持って少年は自分の部屋に移動することにした。
「さてと...」
いざやろうとすると、少し緊張してしまうもので、一旦心を落ち着かせる。
先程の感覚を思い出そうとする...色だ...自分に纏わりつくあの色、灰色、燃えカスの灰色、暗闇で朧気に見える、徐々に大きく滲んでいくソレを、自分の中から切り離そうと試みる、不快な感覚だ。
切り離した灰は、肩を伝って、そのまま右腕の血管内をじわりドロリと進んでいく...少年は、薄っすらといつの間にか閉じていた目を開け、手に持つ花を確認した。
「おぉ...なんじゃこれ」
見ると、白い茎の半分ほどまでは、あの『鍵』を幾つもまだらにデタラメに貼り付けたようになっていた。パチバチと時折火花のような物が飛び散る、少年はそのまま花を染め上げようと、集中するも...
「げ、小さくなってく」
まだらに貼り付けられていた物は徐々に小さくなっていき、そのまま消えた。
要するに、失敗したわけだが、少年の顔はそこまで暗くなく。
「よしよし、感覚は大分わかったから、次で行けるな。」
そう言いつつ、自分が、立ちっぱなしだったことに気が付き、適当に積んである分厚い本に腰掛ける。
「よいしょっと....」
少年は気を取り直し───
「......」
「その前にトイレ行って来よ」
用を足しに行った。
尻か胸かと言われれば、尻ですね。