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召喚士は魔法使いでない  作者: ただの点
7/14

7 召喚士は魔法使いでないⅠ

 結局、俺とユシャは、1時間ほどだけ祭りを回った。

 夜とは思えないほど賑やかで、皆、歌や踊り、今日、覚醒した能力スキルを見せびらかす奴も居れば、能力が暴発して、丸焦げになった奴もいる。十人十色、中には変な能力もあったけど、誰しもが笑ってた。


 そうしている内に、頭の隅の方に残っていた、憂いも何処かへと消た。

 一つ、後悔していることがあるとしたら、俺とユシャ以外は、全員、正装じゃなかったって事ぐらいだろうか。いらぬ恥をかいた、と思いながらも、二人で、再び教会へ戻ることにした。

 しかし、俺が地下で見たあの幻覚は何だったんだろうか。あの時聞こえた声や、脳裏浮かんだ光景は、今思い返しても意味不明だった。

 そんなことを考えていると、後ろでユシャがぼやく。


「むぅ...私、あのままでよかったのにぃ」


「でも、俺は嫌だ。」

 正装のままがいいと、ユシャが駄々をこねるが、俺は頑として譲らない。

「大体、皆が正装じゃないって、分かった時に、俺は戻るつもりだったぜ。」


「どうしてもコレが良かったの、仕方ないでしょ」

 そういって、ぷいっと向こうを向いてしまった...ユシャは変なところで頑固になるんだよなぁ。


「そう拗ねなさんな、着替え終わっても、もう少しだけ付き合うからさ」

 本当は、そのまま帰るつもりだったが、仕方がない。むくれたユシャをそのままにして、帰っても、後で気になるだけだしな。


「........」

 そう伝えて、しばらくすると、こっちに、ゆるゆると顔を向けた。

 その表情は、今にも泣き出しそうに、眉をハの字に歪めて、申し訳ないような視線を、こちらに向けている。

 ユシャは、俺を少し見上げるようにして口を開いた。

「...本当にぃ?」


「本当、本当。それより、何泣きそうに、なってるんだよ、泣き虫め」

 そう言いながら、教会の扉を開く。


「な、泣いてないよぉ!」

 目をくしくしと擦りながら、否定しているようだが、俺の知るところではない。


「ほーら、早くしないと閉めるぞ―」


「あぁ! 待ってよぉ~」

 慌てて駆け込んでくる、ユシャを待ち、扉を閉める。

 教会の扉は少し重く、閉まり切るといつも必ず、トシン...っと音が響く。誰もいない教会で、それが、深く奥まで染み込むように、消えていくこの感触は、背筋に鳥肌が立つほど好きだ。


 「ふぅ...じゃあ、早く替えに行かないとね」

 息を整えたユシャは、いたずらっぽく笑うと、俺の手を引っ張った。ある意味、軽い仕返しなのかも知れないな。

 俺達は、そのまま更衣室へと向った。

 手を引かれながら降りた階段で、少し腰が引けたのは内緒だ。




ーーー



 更衣室に着いて、中を覗くと薄らぼんやりとだが、燭台のろうそくの火がゆらゆらと照らしていた。やっぱり、俺とユシャの服しか残っていなかった、ホウジョウのも無い。


「ま、流石に誰もいないよな」


「ホウジョウ君のも、ないね」


「ん?あぁ、そうみたいだな」

そんなやり取りしながら、服を入れていた籠の中身を取り出す。いざ着替えようと、野暮ったい正装を脱ごうとしたら、視線を感じた。

「なんだ?」


「グラ君、向こう向いててよ」

自分の着替えを胸に抱きつつ、そういった。


「え、やだよ。男同士なんだから、気にすることないだろ。あれなら、ユシャが向こう向けば?」

昔はそんなに気にしてなかった思うんだが、やはりアレか、お年頃ってやつか。


「そしたら、グラ君、絶対後ろから、何かしてくるでしょ」


「信用ないなぁ、そんなことしないぜ」


「.......」

 それでも信用出来ないのか、無言の抗議をしてくる。


「はいはい、分かりましたよ」

 いい加減俺も着替えたいので、此処はおとなしく向こうを向いておく。




──しかし!その刹那!ある考えが脳裏によぎる!




 いや待てよ。コレは、少し不平等ではないだろうか。下着を履きながら俺はそう考えた。今この瞬間にも俺のあられもないおしり姿を、ユシャが見ていないということがあろうか、いや、ない。

 人に見るなと言っておきながら、自分だけ見るのは、図々しいな...そ・れ・に・だ!ホウジョウの野郎にだけ見せて、俺に見せないとはどういう了見なんだ。なんかムカついてきたぞ。よし、ここは一つ等価交換と行こうじゃないか、俺の尻と!貴公のモノでな!!



※この間、約三秒である。



くるりと振り返ると、ユシャとぱっちり目が会った。キョトンとした表情で、棒立ちしており、両手には、花柄の刺繍がされた下着が。そして、俺はモノ確認するために、自然と視線が下がっていき。

「.....フッ」

 勝利の笑みを浮かべた。


「な...な...見ないでって言ったのにぃいい!!」

 っは!っと我に返ったユシャは、顔を真赤にさせて。

 着替えを入れていた籠で、バシバシと俺を叩く。

 「しかも...笑ったぁああ!!」

 更に勢いが──いた、いたた、いった、痛いって!


 ユシャの猛攻をなんとか耐えきり、ようやく着替えを済ませた。

 肝心のユシャはと言うと、長椅子に座り項垂れていた。


「だから、嫌だったのにぃ...」

 なるほど、原因はそれだったのか、仕方ないここは一つ慰めてやるとするか。

 俺は、尚も項垂れるユシャの隣りに座り、肩に手を置く。


「気にするな少年、重要なのは魂のあり方さ、はっはっは」


「...グラ君、ウザイ。」

 そう言い放つと、長椅子から立ち上がり、桃色の正装を抱えて一人更衣室から出て行った。

 まずったなぁ、と思いつつ俺も、ユシャ後を追う。

 更衣室から出ると、入り口のすぐ横で、待ってくれていた。

 チクリと胸の奥から湧いてきた罪悪感と、この何とも言えない、気まずさを感じつつ、無言で通路を進む。おかしいな...来る時は短く感じたのに、帰りは歩いているせいか、この雰囲気のせいか、道のりが長く感じる。


「.......」


「..........」


「..... ねぇ」


「........」


「...俺のステカ、見る?」

 そう言ってお互い、少し無言で歩いた後に、ぴとり。と、離れて歩いていたユシャが、無言で肩を寄せて歩く。頭で念じてみると、あの薄平べったい光が俺たちの前に出る。急に薄平べったいのが出てきて、ユシャは、軽くびくりとしていたが、っは、とした顔で、俺のステータスをじーっと見てたあとに、こちらを向いて。


「グラ君...私よりステータス低いねぇ〜。」

 と、ニヤニヤしながら言われた。


「う、嘘だろ!?ど、どうせあれだろ、精神の能力値だけ、高いー。とかそんなんだろ」

 そうだ、どうせさっきの仕返しで俺をからかってるに違いない。


「えぇ、違うよぉ、敏捷と筋力以外全部グラ君より高いよ?」

 ユシャは眉をしかめつつ、サラリと言った。


なん...だと...自分の耳を再度疑ったが、ユシャは確かにそう言った

「じゃあ、ユシャのステカも見せろよ、本当かどうか確かめてやるから」


「私、グラ君じゃないし、嘘つかないよぉ。あと、ステカって、他人にあんまり見せちゃダメって、係りの人も言ってたし...」


「なっ!?...それじゃあ、俺が見せ損じゃないか、さっきの事は、謝るからさぁ...」

 俺がそう言うと、またしばらく無言が続き、返答を待つ。


「本当?」


「あぁ、本当だよ。笑って...その、悪かったな」


「.....よろしい。でも、見せるのは、下の方だけだよ?」

 何とか許してもらえたようだ。


「何だよ、ケチ臭いな...まぁ、とりあえず、能力値が気になるし、それでも良いや」

 ユシャが、手のひらを開くと、少し上のあたりで、きらきらした白い光がが集まり、形を成していく。

 すると光が消え、ユシャのステカが現れる。茶髪の人が持っていたものと同じ種類のようだ。

「へぇ、そう言う仕組みで出てくるのか」


「ううん、『収納』って言う私のスキルだよ、いいでしょ?」

 ユシャが、得意げな笑みを俺に向ける。


「正直に言うと、羨ましいぜ。と言うか、そう言うスキルも──っと、脱線するところだった」

本来の目的を思い出し、ステータスを確認する。


-------------------------------------------

【能力値】            【スキル】

 筋力く12 敏捷<25 生命<10  パッシブ『土の加護』Lv1

                        △

 知力<130 器用<80 精神<120  アクティブ『収納』Lv1

 P.S<得意なものを伸ばしましょう。        ▼

-----------------------------------------------------------------------------------

-------------------------------------------------------------------------------------



 ユシャの言っていた通り。二つの値を除いた能力値は、俺よりも大幅に上回っている。しかも、勝っている二つ能力値も、そこまで差がないことに軽くショックを受けた。

 っは!?もしかすると、ユシャは選ばれし勇者的な存在なのかも知れないな、成る程、どうりでこんなぶっ飛んだステータスな訳だぜ。ユシャだけに勇者ユーシャってな...HAHAHAHA!などと考えているとユシャが口を開き、付け加える。


「係りの人の話だと、これくらいが普通って言ってたよ。私よりも──って、そんなに落ち込まないでよぉ...グラ君、ステータスは頑張ったら上げられるし、私も手伝うから。そんな所で体操座りしないで、ほら、元気だそ?」


 これが落ち込まずに居られるか!ユシャで普通って...それより下回ってる俺は何だ。ウジ虫じゃないか!

 あぁそうさ、俺はウジ虫さ。今日からこの薄暗い通路でウジウジ地べたを這うのさ体操座りでな。

 そして通りかかった、覚醒式に向かう人間にこう言うのさ、「ここを通りたければ体操座りで行くんだな!!」ってな。

 そして、開かれる"第二回 ウジ虫レース"奴らは日々、鍛え抜かれた俺のウジウジ走りになすすべも無く破れ、摩擦で焼かれた尻を抱えながら、逃げ惑う、阿鼻叫喚の地獄絵図。

 それ以来、俺は地下通路の帝王と呼ばれ今日も挑戦者を....




──あれ何の話だっけ?


本題を忘れてしまい、ふと顔を上げると目の前にはユシャの顔があった。


「グラ君、ほら行こ?」


「あぁ、いい加減戻るか」

 おもむろに立ち上がり、再び通路を進む。

 少し進むと、教会の天窓から、差し込む月明かりが、階段を薄く照らしていた。階段を上ると、先ほどよりも控えめではあるが、祭りの喧騒が聞こえる。

「少し遅くなったな」


「そうだねぇ、帰らなくて大丈夫?」

 先ほど、見せたスキル『収納』で正装をしまいながら俺に尋ねる。


「んー、まぁ、カアさんには遅くなるって言ってるし。もうちょっとなら、大丈夫大丈夫」

 教会の扉を開けながら答える。


「そっかぁ、それなら、大丈夫そうだねぇ」

 後ろに続くユシャが、扉を閉める。

 そのまま中央に戻ると、人が一箇所に集まっており、聞き覚えのある声が、辺りに響いていた。

「あ、ホウジョウ君だ」 

 演説台の上に立っている、奴の低く通る声が聞こえて来る。


 「────尚、明後日より「能力祭」の報せが街の掲示板にて掲載される。これは、情報の先出しになるが。縁あって、今年の能力祭は、ここハシットで催す事となった」

 言うや否や、聴衆は驚きの混じった歓声を上げた。中には黄色い声も...って、まじかよ、「能力祭」といえば、テンケットの年間行事の中でも、なかなかに大掛かりな奴だぞ。

 自分の力を『武』によって示す。剣とけん能力スキルと魔法がぶつかり合うデスマッチ、ソレが「能力祭」って奴だ。いや、ほんとに殺し合うわけじゃ無いんだけどな。

 余談だけど、『知』や『技』を競う祭りもあるにはある。



 ざわめく雰囲気の中、少しの間、静かに聴衆を『見』ていたホウジョウは、やがて口を開き、こう続けた。



「これは私事だが────わたくし、北条刀牙は軍より招請しょうせいを承っている。私は、コレを応諾おうだくした。よって、これより約一ヶ月後に首都テンケットへ征く...つまり、正式に軍人にるその前に、唐突ではあるがこの場を借りて、この言葉をもって、北条刀牙の別れの言葉とさせて頂く。」


 聴衆は皆死んでしまったかのように、呼吸すら止め、静まり返っていた。

 

 きっと、誰も知らなかったのだろう。ホウジョウの斜め後、閉会式に立ち会っていた現町長、若干50歳にして、ホウジョウの父親『スミス・フレッツェ』でさえも。

 彼は口を、わなわなと震わせ、小太りな腹を揺らし、ホウジョウに詰め寄りながら言った。


「ど、どういうことだ...わ、私は何も聞いていないぞ」


「.......」

 ホウジョウはソレに応え無い。


「説明するんだ...!マイケル───」


「その名で、私を呼ばないで頂きたい...父上」

 言い終わらない内に、ホウジョウは鋭く冷たい口調で言葉を遮った。呆然とする、父親を尻目にホウジョウは続けた。


「以上、第33回覚醒式を閉式する。──それでは皆さん、御達者で」

 

 えらく他人行儀な別れの言葉だった。


パチ──


パチパチ──


 誰かが、手を叩く。

 先程まで死んでいた空気がウソのようだ。

 波紋のように音は次第に増していき、ホウジョウに対して声援やまたしても黄色い声が投げられる。

 


 ...そうだった、そうだったよ。

 アイツは転生者である前に、ハシットの次期町長なんて言われてたな。

 昔、森の魔物が暴走した時も、アイツが率先して指示したおかげで被害は少なく済んだ。

 俺との会話からじゃ、想像はつかないかもしれないが、結構、人当たりは良いんだよ。基本礼儀正しいし、さっきの父親とのやり取りを見ても、揺るがない程には、人望も厚い。


 ホウジョウ・トキ、基、旧名『マイケル・フレッツェ』

 いかにもボンボンについてそうな名前だ。

 そして、アイツはこの名前が嫌いだ。激怒するほどに。

 

 アイツが、転生者として身の上を明かしたのは、五歳の時って言ってたな。

 以来、ホウジョウの名乗り、今日に至るまで、文武両道才色兼備をこうして実現している。

 

「グラ君。お祭り、もう終わりみたい」

 そういえば、閉式とか言ってたな。

 ユシャは、敢えてなのか、ホウジョウの事には何も触れずそっけなく言う。


「みたいだな、どうする?」

 徐々に散らばって行く群衆から目を離し、チラリとユシャの方を見るが、表情は普通だった。


「うーんと...今日はもう大丈夫だよ」

 はにかむように笑みを浮かべながら、こちらを見上げる。


「そっか、なんか悪いな」

 ユシャから少し目線を外しながら頭をかく。

 それなら、と、門へ向かうために中央を去ろうとした傍ら、一瞬、ホウジョウと目が合った。

 そのまま踵を返す。後ろから続く頼りない足音が聞こえる。どうやらユシャが見送ってくれるらしい。


「そういえば、気になってたんだけど、グラ君のそれって、ステカなの?」

 と、俺のネックレスを指しながら言う。


「そうらしい、何でも限定品なんだってさ」


「へぇー、かっこいいねぇ」


「いいだろ?それにしても、ニコルスさん、何でこんなもの持ってたんだか、謎な人だぜ」


「それを言うなら、ハードボイルドでしょ」


「お前、それ好きだよな」

 お互い軽く笑いあった後に、ユシャはまた口を開いた。


「....ねぇ、今度はいつ来れるの?」


「いっつもそれ聞くよな、うーん...明後日ぐらいじゃないかな。カアさんの手伝いもあるし──ユシャ?」

 ふと、足跡が聞こえなくなり振り返る。

 


「ホウジョウ君、軍人さんに...為るんだって」

 それだけ言うと俺達はまた、歩き始める。


「..........」


「寂しくなっちゃうよ...ね」

 

「俺はならない。でも、ちょっとだけさ──」


「ちょっとだけ...何ぃ?」


「ちょっとだけ──らしくねぇなって。思う」


「.......」


「なんかさ、胸に引っかかるっていうか...そんな感じの」


「モヤモヤとか、そんな感じの?」


「──さぁな、分かんねぇや」


 そんな会話を交わしているうちに、着いてしまった。衛兵の人に頼んで、小門を開けてもらう。門をくぐる間際に、ちらりとユシャの方振り返って、手だけあげる。



ーーーーーー



 乾いた扉の閉まる音が聞こえ、帰路へ着く。虫のさざめきは許容を超え、うるさく感じるほど大きく。街道を進む少年の足音は、音に埋もれて聞こえない。

 

 雲は薄く細くたなびいている。とっくに線になってしまったようだ。少年は、すでに遠い景色となった街の明かりを一度だけ眺め、足元にあった小石を蹴飛ばす。小石は奇遇にも森の手前、いつかの放った石の横につけた。自然と森の木々に目を向けるが静かなもので、コカゲたちは見当たらない。


「あいつらも夜は寝るのかな」


 虫のさざめきの中に落とした言葉は響くことはない。


 少年は再び歩き出す。ここハシット平原は、ほとんど危険な魔物はなく、こうして少年がその身一つで街を行き来できるほどである。それでも危険であることに変わりはないため、夜、街の人間は出歩くことなどしない。


 街道より外れた原っぱから、燻る草の匂いは何ともいえず、また、昼のものとは違い、しっとりとした青臭さを感じる。その感覚は少年の夜をより深める。下を向き、街道を道なりに行けば、今日の出来事を自然と思い返す。少年にとってそれは案外日常であり、存外、たいしたものではないのかもしれなかった。しかし、違う。


 少年は大人になってしまった。


 望んだわけでもなく、拒んだわけでもなく、ふと訪れたそれは、まるで最初から日常にいたかのように静かだった。

 少年は、ステータス基礎をやはり確認する。数値は変わらない、しばらくじっと見つめようが、人差し指で数字を隠そうが、事実は変わらない。ユシャの言葉が頭の中で、繰り返される。

 

 大人になる今日までは、皆、多少の優劣はあれど、似たようなものだった。唯一、北条が突出していたぐらいの、可愛いものだ。それでも、今日はっきりと優劣は付けられた。

 少年は生涯、この値で道を刻んで行かねばならない、それは明らかに、他よりも遅く遠くそして脆い、先が見えない黒、いや、くすんだ灰色だ。ふと正装のソレを思い出す。皮肉にも、少年の色は、灰色のそれが馴染んでしまうのだ。


 悲しいわけではない。憤慨しているわけでも、辟易しているわけでもない。胸の内にある何かは、何故かぽっかりと姿を見せない。

 いつの間にか、街道から不自然に枝別れした、家への小道の前にいた。足取りは重く、その小道を道なりに進んでく、歩いている途中で鈴堂が目に入った。

 何となしにそれに腰掛け、疲れているわけではないのに、ぼーっとしていた。

 このまま、ここで朝を迎えようかと考えはしたが──。



 大人になったばかりの少年に、夜風はまだ冷たかった──。



ーーーーー



 古ぼけた一軒家。

 薄ボケた窓ガラスから滲む灯りは、この夜の中では星よりも明るく見える。

「.....」

 ガタついた木のドアに手をかける。

 "カサリ"

 庭の方から、何か擦れる音がする、顔を向けた先には、ぽぽろんっと一つ佇む、例のウクレレ草が音をかすかに奏でた。すっと、いつの間にか、こわばっていた表情を緩ませる。


「...ただいま」

 掠れた声で、その音に応える。いい加減ドアを開こうと、”ぎぃぃ”っと軋む音をさせながら開く、外の乾いた空気とは違う、なんとも言えない、湿った様な、ほこりっぽいようなそれは、何処か安心するものがある。


「ただいま...」

 今度はかすれることなく、声はでた。しかし、肝心の彼女は、いつもの作業用の机辺りにはおらず、ランプの灯りだけが、つけっぱなしになっていた。


「カアさん?」

 木のドアは、手を離すとひとりでにぱたんと閉まった。

 呼びかけ、しばらく返答を待つが、やはり、帰ってくる気配はない。

 火を消し忘れて、寝てしまったのかと、自分の中で早々に結論づけ、ランプの火を消そうと、近づこうとすると、入ってすぐの、右にある台所から、匂いが漂って来ることに気づく。

 

 この香ばしく、ほのかな甘味を含み、鼻をくすぐっていく匂いの正体は、『タマリ』だろうと、少年は思った。タマリとは、『コダク』の特産品の果実であり、調理や加工次第で、甘味にもスパイスにもなり得る、万能な食べ物である。実のところ、庭先に植えて育てているのは、このタマリだけなのである。


 ハシットのでは、まず見ることがないが、故郷の味は何かと尋ねられれば、少年は迷わず、このタマリの料理だと答えるだろう。匂いに引かれた少年は、気がつくと台所を覗き込んでいた。

 そこには、彼女が居た。いつもは好き放題に伸ばしていた髪を、後ろでひとまとめにくくり、鍋をお玉でかき混ぜる度に、無意識に傾けてしまう頭に合わせ、真紅の髪が揺々としている。


「カアさん、ただいま」


 少年が声をかけると、顔を半分だけこちらに向けて応える。目元には、若干では有るが、隈ができているようだ。


「タマリと白マキデ肉のスープ」


「白マキデ...燻製にしてたのまだ余ってたっけ?」


「いや、さっき散歩してたついでに仕留めた」


「.....」

 少年は、少しばかり不安な表情を浮かべる、それは本当に白マキデなのだろうか...。

 まぁ、いくら抜けているとは言え。事、料理に関してまずかった試しが──あんまり無い。しかし、色々と懸念する少年に反して、腹の虫は先程から、鳴り止まない。外が思いの外、寒かったのもあり、鍋から立ち上り、部屋を満たす湯気は、ほってりと温かみを感じる。

「何か手伝うこと有る?」

 吸い込んだ空気をふぅ、っと息を吐き出しつつ、彼女に声をかける。


「──あぁ。もう出来てるから、器を持ってきてくれ」

 声をかけられて、再び顔を半分こちらに向ける。


「はいよー」

 この狭い台所の、後ろにある食器棚から二つ、丸くガサガサの木でできた、お椀を取り出す。器の底には、落書きみたいな字で、『カア』『グライヌ』二つ共、別々に、小さく書かれている。

 いい加減新しいものを買おうと、コレを見るたびに思う少年だが、何故か毎回、そのことを忘れてしまう。果たして無意識なのか、それとも、どこぞのコカゲの悪戯なのかは...定かではない。


「...それから、机が散らかってるから、それも片しといて」

 彼女の横に少年が器を置くと、思い出したように付け加える。

 机と行っても、いつも彼女が作業している机ではなく。同じ台所にある、こじんまりとしてはいるが、小さな花瓶が飾られ小洒落た感じの──物はなく、解体された魔物の残骸の血痕が、机の木目とのコントラストを醸し出し、何か邪悪なる儀式を行えるのではないか、というような惨状だ。


「まじかよ...カアさん、せめて外とかでやろうよ」


「ちょうどいい台が、こう...なかったさね」


 少年が眉間にしわを寄せつつ、手近な布で丁寧に拭いていく。そんなに時間が経っていないのか、案外すぐに綺麗になりそうではあった。しかし、魔物の血がついていた机で食事をするというのは、いささか気が引けてしまう...。

 そうこうしている内に、だいたい片付き、二人は古い椅子を運び、ようやく食事の準備が整う。

 少年は座ると、深い溜め息を付いた。

 

 

 先程のスープが入った器とスプーンを、彼女は二人分運んでくる。向かい側に彼女は座る。髪は後ろでまとめたままだ。付け加えるなら、エプロン姿のままではあるが、どうにも似合っていない。

 曇るから、との理由で、料理中は眼鏡を外しているらしく、内ポケットより、取り出して、掛けなおしている。


「ありがと」

 少年は、そのまま受け取ると、スプーンを使わず、まずは一口、十分に温まったスープを、喉を鳴らして飲む。タマリの程よい甘さと、ややこってりとした、肉の旨味が滲み出ているそれは、ここまでの疲れをふやかす程、少年の身体に染みた。

 大げさかもしれないが生きているうちで、ここまで何かにホッとしてしまうのは──。

 少年は初めてだと思った──。



ーーー



 さっきのスープはさっさと飲み干してしまって、今は、二杯目を味わっているところだ。スープの他に副菜などはないが、ウチでは基本一品のみ。カアさんはというと、俺の向かいに座り、こちらを見ている。エプロンは何故か付けたままだ。なんだ...食べづらいな...。


「何?」

 視線がもどかしく、つい、そうやって聞いてしまう。


「何も...見てるだけ」


「...スープ冷めるよ?」


「.....」

 問題ないとばかりに、カアさんは口を閉ざしたまま俺を見つめる。その表情は、なんというか...なんだろう、別に微笑んでるわけでは無いんだ、ただ、眠たそうなその目付きのせいで、いつもより穏やかに見える。


「これ...うまいね。」


「.....」

 カアさんは、さっきと同じように何も答えなかったけど、今度は確かに口元が微笑んでいた。

 満足したのか、ようやく俺から目線を外すと、少し冷めたであろうスープを、スプーンを使い、口で啜る。まだ暖かいみたいで、カアさんが顔を近づけると、少しだけ眼鏡が曇る。

「覚醒式、どうだった?」


「別に....まぁ、少し遅くなったけどさ」


「そうか...それで、結果はどうだった?」

 二口目のスープを啜りながら、カアさんは聞く。覚悟はしていたが、いざ聞かれると、後ろめたさ、と言う物がが滲み出してくる。せっかくのスープで温まった体が、冷めたように感じる。しかし、ここで黙っていても、どうにもならないし、覚悟を決めるか。


「最悪だった──」


「なるほど...だから、さっきから妙に落ち着きがなかったのか」


「......」


「分かりやすいさね」


「はぁ...それで一つ質問なんだけどさ」


「何...?」

 カアさんは手を止めて、こちらに耳を傾けている。


「その...召喚術ってステータスが足りないと、出来なかったりする?」

 少し間があった後に。


「いや、そうでも無いな」


「よかったぁ...ほんとコレだけが心配でさぁ」

 カアさんの言葉にとりあえず、胸を撫で下ろす。今日はぐっすり寝れそうだ。しかし、ステータスが低いのには変わりないからなぁ...どうしたもんか──。

「あ、そう言えばさ、カアさんのステカ、俺、見たことがないんだけど...どんな感じなの?」

 俺がそう質問をすると、若干呆けた顔をしていたが、やがて思い出したようで。


「──あぁ、アレか、捨てた」


「まじかよ...」

 まさかの回答に、こめかみを抑えるが、何か、複雑な事情があったのかもしれないな...。

「何で捨てたのさ、再発行とかできないの?」


「できない。それから、金のために売ったさね」

 こうもきっぱり淡々と言われると、少々うろたえてしまう。


「お金って...と言うか、再発行できないって、カアさん、自分のステータス基礎覚えてんの?」


「まぁ、大体は?」

 胸ポケットより、タバコを取り出しながら、”左手”で火を点け一服する。

「ふぅ...」

 あっけらかんとした態度はいっそ清々しく、万事問題ないようにみえる...


「大体って...それでいいの?新しく覚えたスキルとかさ、色々あるかもしれないのに」


「良いも悪いも、自分が出来る事は、自分がよく知ってるさね。それに私は、これ以上何か新しいものを、能力スキルを得ようとは思わないし、見る必要もない」

 ソコまで言うと、カアさんはタバコをもう一口吸った。


「.....」

 カアさんの口から、吐き出される薄い赤い煙を見ていると、カアさんの言葉が頭の中を反復する。なんで、そういう考えに至ったのか、カアさんの過去に、初めて興味を持った。今となっては、もう聞くことが出来ないな。

「──じゃあ、今日はもう寝るから...おやすみ。」

二人分のボウルを重ねて、軽く『水壺』で浸して流しに置きながら、俺は二階の寝室へ上がろうとした。


「あぁ、そうだ」

 カアさんの言葉に足を止める。

「おかえり」


「ただいま」

 何度目かのただいまは、ようやくカアさんの耳に届いたようだ。


--------------------------


 二階に廊下なんて大層なものは無い、上がって左は俺の部屋、右にカアさんの部屋のドアがあるだけだ、もっとも、最近はカアさんが部屋で寝ることは少ない。


「うわ、なんか湿っぽいな」

 自分の部屋に入ると、今日一日締め切っていたせいか、妙に空気が湿っぽい。一先ず、適当なところに荷物を放りつつ、ベッドの隣に付いてある窓を開ける。因みに横にスライドするやつじゃなくて、上に...あれ、っぐ...ふぅ──。この家自体、色々ガタが来てるのもあって、ご覧の通り、窓も半分しか開けられない始末だ。はぁ...近いうちに直さないとなぁ。


 座高の低い椅子に座りながら上着を脱ぐ。ついでにブーツも脱いで、窓側にちょこんと置いておく。

 この部屋に、机はなくて、代りに、誰のものかわからない本がチラホラと、重ねられてある。

 一時期興味をそそられて、中を見たことがあるが、さっぱり、何がかいてあるのか分からなかった。カアさんに聞いても”そういうものさね”としか言わないしさ。

 "ぼふん"

 あらかた服を脱ぎ終えたので、そのままベッドに倒れる。胸にかけたままのネックレスがチラリと気になったが、それよりも睡魔が先に、少年グライスを眠りへと誘った。




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