6 覚醒式~ステータス開示~
気がつくと耳を塞がれていた。
「あんまり、その壁にあるものは見ないほうがいいわ、幻覚を見ちゃうんですって」
誰かの塞ぐ両手から、声が、糸電話のように微振動して伝わって、篭って聞こえた。
「──っえ。」
どういう事なんだ?
疑問が尽きないが、とりあえず後ろを振り返る。俺が反応したと同時に、耳を塞いでいた両手が離れる。茶髪でショートヘヤの女の人が居た、年は25,6ぐらいだろうか。
「あ、気がついたのね。キミー、イケないんだぞ、他の子より遅れてるのに、入るなり、壁に書いてある文字を、ジーッっと見始めて動かないし」
ずっと、見ていた? その言葉の意味は理解できるが、頭は理解してなかった。振り返り、壁を見直す。何語か分からない文字の羅列が、壁全部に刻まれてる。しかもそれぞれが、薄ぼんやりとした緑の光を灯していて。幻想的に見える。
天井。多分アレは魔法陣だ。天井すべてを使い、巨大な一つが描かれていた。透き通る青で、たくさんの波紋が、折り重なって出来たようなそれは、不吉の代名詞となる『雨』を思わせた...でも、キレイだな。
「どのくらい...の間ですか?」
「うーんと、1分ぐらいかな。声かけても、全然反応しないから困ったよ」
「すいません」
どうあれ、ソレが事実のようだし、一先ず、謝っておこう。
「あぁ、いいのいいの、ほら、興味を惹かれると、周りが見えなくなるって事、おねぇさんもあるから、分かるよ~、分かるよ~その気持ち」
「.......」
話を聞いている内に、ある違和感を感じ、辺りを、きょろきょろと見回す。
「どうしたの?」
「俺と一緒に来た、ゆ...じゃなくて、一緒に来た子は、もう先に済ませてるんです?」
そう、ユシャが居なかった。
少なくとも、あの通路を抜けるその直前まで、一緒に居たという記憶はあるんだ。
「もう一人?ここに来たのは、アナタだけだったわよ」
「............」
「なぁ~んちゃって♪冗談よ、じょうだん」
「...あ、あは、あはは」
その言葉を聴き、俺はかろうじて、掠れた声を出す。
そんな事はないと分かっているはずなのに。
もう二度と戻らない、そんな感じがしてまった。
分からない。何で俺は今こんなにも、寂しさを感じているんだ?
胸に穴が空いた様に感じるのは何故だ?
...いや、彼女の言うとおり、俺が幻覚を、見ていたせいなんだろうな、混乱しているのは...きっと、そうに違いない。
──少年は、そう理解することにした。
「ほんとに大丈夫?顔が真っ青よ」
「ああ、うん、大丈夫...大丈夫です」
「...さっきの話の続きだけど、此処には、一人しか入れないの。だから、一緒に来たっていう子は、多分、此処と似たような、違う部屋に飛ばされたはず。だから安心してね?」
そうだ、何を弱気になってるんだ...こんなナヨナヨ考え込むなんて俺じゃない、ユシャ笑われるな...これじゃあ。
「....ふぅ。」
とりあえず、深呼吸をシて落ち着かせる。よし、大丈夫だな。
「お、急にやる気になったねー、その顔いいよ~。じゃあ、そこの段差登って、台座の上に乗っちゃってください。」
今更気づいたが、この一本道の中頃に、円状のステージみたいなのがあった。結構広い。
そう長くない段差を登りきると、台座の上に乗るように指示された...これか。でも、コレって、台座っていうより、デカイ杯みたいだよな。
台座は地面から、ちょっと浮かんでる。台座の上に乗ると、やっぱり魔法陣? があった。例えるなら、木の年輪のように、丸い楕円のもようが書かれているだけだ。魔法陣って皆こんな感じなのか?まぁ、後で聞いてみるか。
「ここで、大丈夫ですか?」
「もっちろん、ばっちぐーだよキミ。あぁ、そうそう、君に渡すものが...って、なんだもう持ってるのね。」
俺が首にかけているネックレスを見て、彼女は服の裾から、カードのようなものを、取り出そうとしたが、そのまま仕舞まった。
「えーっと?」
「知らないで付けてたのか...うえっほん! いいでしょう説明しましょう!実はこのカード、セイタイジョウホウ? とかを読み取って、いつでもステータス基礎を、確認できる、すぐれものなのです。他の地域や国とかに行くときには、必須だから無くさないように!」
「なるほど、それでコレは?」
首のネックレスを、ちょいとつまんで持ち上げる。
「ふっふー、それはねー。"ライルバーン"の有名技師が改造&改良を重ねた、次世代式ステカ! なんと、ノーハンドで、ステータスを確認でき。さらには、自身の持つアイテムなんかの残量の表示、そして極めつけわ! 限定で十個しか世に出回ってないことです!.....です!」
何で二回言ったんだ...ステカっていうのは、ステータスカードの略称か、誰が考えたんだか。
「なんか、地味に便利ですね」
「そうでしょう!ふっふーん!じゃあ、そのまま動かないでね」
「...........」
彼女は台座から少し離れ、右の手のひらを前に出す。
ここからだと上手く聞き取れないが、何やらブツブツと呟いてるようだ...あぁ、詠唱なのかな。
すると、楕円の魔法陣が怪しげに光はじめ、俺の体は宙にスゥゥっと浮き上がる。
む...なんか足が濡れてるぞ、え、違う違うって!漏らしてないから!
よく見てみると、胸の中心から、湧き水のようにちょろちょろと出ていた、やがて、水が止まると。
”ポコン”
生まれた!?
小さな水球が体から飛び出る。それは、みるみると大きくなっていく。
そのまま少年は取り込まれる形で、水球へ沈んだ。
透明だったソレは、徐々に色に染まっていく。
脆弱な灰に。
ーーー
息はできるようだ。
光はないはずなのに、何故か中の様子がわかるな...外は見えないけど。
それになんだろうか、すごく心地良い。小さな頃、湖で泳いで、くたくたになったときのような感覚だ。
嗚呼、このまま眠り続けれたらいいのに
そんな朧気の意識の中、頭のなかに声が走る。
『生体認証を開始します。』
生体?あぁ、俺のことか。
『80...90...生体認証完了。』
『続いて、ステータス基礎の矯正並びに、素養があり、覚醒可能な能力一覧から、ランダムに覚醒させます。』
すると、左右の、腕、手、肩、足、頭、心臓が、一斉に蛇に締め付けられたが如く、軋む、不思議と痛みはなく、最後に何かが、砕けたような鈍い音だけが聞こえた。
『矯正完了。』
『能力リストを作成中...完了。』
『抽選を開始します。』
『...パッシブ『剣術』を覚醒。』
ピコーン!と言う効果音とともに、早くも、スキルが決まってしまったようだ。
『続いて、第二スキル...アクティブ『限定合成(棒,剣)』を覚醒。』
『第三スキル...アクティブ『武器改造(魔)』を覚醒。』
なるほど、なるほど...早速、どういう効果なのか確認してみるか
スキル名『剣術』Lv.1
Lv1~100 ※覚醒済み
要筋,器,20以上 要SP3ポイント
【説明】
〈Bランク以下の剣であれば、感じる重さを軽減できる。※付属効果なし(スキルレベルの上昇によって、習得可能)剣系統の、基本である最初期のスキル、どんな剣豪もここから始まりました。
P.S SSSランク基本スキル『剣帝』の現存するスキル習得者は、2人です。しかし、同じスキルなれど、効果は使用者によって、大きく変わります。〉
スキル名『限定合成(棒,剣)』消費MP1 作成時間:10秒 効果:35秒
Lv1~50 ※覚醒済み
要『剣術』か『棒術』 要10SPポイント
【説明】
〈ある程度の物質のものを、剣状または棒状にする。(ランクはD以下)※付属効果なし。P.S.限定合成は、極めれば、それこそ魔鉱石をも変化させることができます。レベルを上げると、その物資の効果をより引き出しますが、形成できる持続時間は厳しいです。現実を見ましょう。〉
スキル名『武器改造(魔)』消費MP3 作業時間1分
Lv1~10
要知,器35以上 要SP20ポイント
【説明】
〈自身の装備する武器(Dランク以下)に魔力を付加、あるいは、魔術的な仕組みを施すことや、簡単な造形の変化が可能です。しかし、改造された武器は著しく耐久度が落ちます。例えば、鉄の剣に魔力を付加させる改造を施すと、3度の衝撃を受ければ自壊します。これは、本来の意図しない、使用を可能とするため武器の情報を、無理やり上書きするために起こる、過負荷が原因です。しかし、武器を使用しない限りは、勝手に壊れるということはありません。レベルを上げると、作業時間が減り、精巧な造形を施すことも可能になります。P.S.コストパフォーマンスが最悪です。趣味、程度にしておきましょう。〉
な、なんだこれ...『剣術』スキルはさて置いて、残りの二つ、使い勝手も悪ければ、P.S.のコメントもひどい!しかもコレ、限定合成と、武器改造の併用が、事実上不可能だよな。
うーん、こう言うのも、工夫って奴で使えるスキルになるのかねぇ...出来れば、魔法系スキルが欲しかったが、文句を言っても始まらないわけだし、次行こ次。えーっと、ステータス基礎を見てみるか、そうそう、所詮スキルは飾り、偉い人には分からんのですよ。
『ステータス基礎を表示します。』
------SP:0--MP15/15----000:金貨---0300:銀貨---00000:銅貨---雲:○---
名:グライス 性:男13歳 種族:ヒト 状態:弱不安定
出身:ハシット 国:共和国テンケット 現在地:???
好物:タマリ 苦手:蟻ミミズ 総被ダメージ:-- 総与ダメージ:--
◉■▼~●彡 瞬間最高与ダメージ:--
あなたの属性は『森』です 魔物討伐数:100 素材獲得数:--
一言:ホウジョウ,ウザイ 【一番倒した魔物:蟻ミミズ】
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【能力値】 【スキル】
筋力く20 敏捷<40 生命<40 パッシブ『剣術』Lv1
△
知力<70 器用<13 精神<10 アクティブ『限定合成』Lv1
P.S<努力しましょう ▼
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光が薄平べったくなったような感じで、俺の前に表示される。
貨幣の枚数に、雲、状態、属性?おまけに、戦闘に関する記録も出来るのか。
この矢印はなんだ?先程から”アクティブ”にある上を向いた三角が白く光っている。
試しに触れてみると、能力名が他の覚醒した能力名に変わった。んーっと、スキルを確認したいときは、ここを操作すれば見れるのか。しかし...MPが低すぎだな。帰ったら、習おうと思ってた『召喚術』がコレじゃあ、使えないかも知れない......ま、まぁ、P.S.にも書いてあるじゃないか、努力すりゃいいんだよ、努力をな........。
──もう他に、なさそうだな...俺がそう思った時、目の前に別の表示が現れた。
『・・・使用不可であったスキルを覚醒させますか? はい/いいえ 』
他にもスキルがあるのか...しかし、何で使用不可なんだ?
能力持ちで生まれた場合とかは、普通に使えるって、聞いたんだけど。
少年は、手を伸ばす、薄平べったい光の表示に、吸い込まれるように『はい』の文字に触れる。
「......」
──今になって、ようやく気がついた、嗚呼、全部ここからなのか、全部、ここから始まったんだ。
薄平べったい光は、徐々に形を変え、正方形の光に変わる、とたんにそれは渦を巻くように回りだし。
──あの時『いいえ』を、選んでいたら...いや、よそう、どの道過去は、変えられないのだから。
徐々に、暗くなっていく、光が死んでいく。
少年は、止まりそうになったコマを、拾い上げる感覚で、手を伸ばした。
そして、掴んだ。
光は失われてしまったが、声だけは聞こえた。
『スキル『銀』を覚醒しました。』
ーーー
時間はまるで切り取られたかのように、少年はすでに地面へ立っていた。
眩しい。
それが、少年が最初に感じだ感覚だ。
目を細めた視界の中、ぼんやりと誰か立っているのが分かる。
「やぁやぁ、おっつかれさまー!どうだった?意外とあっさりしてるよね!」
どうやら、先程の女性のようだ。
少年が、感想を述べる前に、彼女は口走る。言いたいことは先に言われてしまった。
相手の言ったことを、繰り返して言うのは、なんとなく気が引けたので、聞こえないふりをした。
ようやく光に目が慣れ、視界が正常に戻る。
「大丈夫?気分とか、悪くなーあい?うむうむ、その顔は平気そうだね」
またも、答える前に言われてしまった。ひょっとして心が読めるのかと疑念を抱いたが、天真爛漫な彼女を見ていると、それも消えた。それとなしに、自分の格好を確認した。
白だった正装は、くすんだ灰色に変化していた。
「ん?あぁ、服が気になるの?覚醒式が終わると、さっきの水の色に染まっちゃうのよ。これは、個人個人で違ってて、同じ色は無いんだってさ」
「あの...帰り道はどっちです?」
「あっちだよ!」
彼女が指を指したのは、最初に通った通路でなく。丁度反対にある、同じく、暗い通路を指していた。
言葉の代りに、軽く会釈をして、感謝の意を示す。少年は、少しばかり急いでいる。どうにも落ち着かないのだ、たまらなく寂しい。
早足で歩いていたのが、小走りに変わる、光は見えない。少し躓きそうになる。
小走りが、走るに変わる。見えた、小さい光だ。
走る速度をさらに上げる。まだ、まだ、まだ、疾く走る。
いや、実際に、速度は変わってはいない。
ステータス基礎に記された値でしか、我々は、走ることができない。
それでも少年は、何よりも速かった。
影と光の境界線を飛び越えて、少年は外に出た。
ーーー
「あ、グラ君だ!お~い、こっちだよぉ~」
だいぶ、時間が立ったのだと思ったが、ユシャの様子を見る限りでは、どうも杞憂らしい。
少し痛む肺を労りながら、少年は息を整える。
「ねぇ、俺って、ユシャが覚醒式を終わらせて、どのくらいできた?」
「んーと?2分ぐらいかなぁ?」
「そっか...」
「どうしたの?」
「いーやなに、きっとユシャが、寂しくて泣きべそかいてるんじゃないかと、思ってたぜ」
「そりゃあないでしょう。私、もう大人だよ? だからほら、色が染まったの」
ユシャはヒラヒラと、自分の正装を少年にアピールする。
ユシャの髪の毛と同じ、薄くて淡い桃色だ。
「綺麗だな。」
嘘をついた。
言いようのないもどかしさが、背ずじを這う、用意していた言葉は、何かに絡め取られていく。
「....珍しぃ~、グラ君が、素直に褒めるなんて、いっつも、何かケチつけてくるくせにぃ...」
「たまには、そう言う日もあるんだよ。それにほら、俺も大人だしな」
「うん...確かに、グラ君って感じだよね」
「なんだよ、もうちょっと、他に言うこととか無いの?」
「ん~...あ!」
ユシャは、少し考えた後に、何か思い出したように声を上げ。
「お祭り!覚醒式の!」
「...そっちかよ、というか、夜中なのにやってるんだな」
「ふふん、ハードボイルドだよねぇ」
「なんだよそれ」
「まぁまぁ、細かいことは後で...グラ君も来るでしょ?」
ユシャの中で、俺が行くことは確定してしまったらしい。日が変わる前には、家に帰ろうか。
「もちろん、でも、あんまり遅くまでは無理だぜ」
周りをよく見てみると、ここは教会の広場だった。
今では随分と小さく感じる。
なんとなく、空を見上げると、眩しくもないのに手をかざしていた。
見えた雲の形がなんだったかは、すでに忘れてしまった。
俺とユシャは賑やかな方へ歩いていった。