5 覚醒式~転生者許すまじ~
私の転生力は53万です
誰かを連想させるような朱い髪、獅子の鬣のように尖った髪は後ろへ流され、前髪の一筋が垂れている。つり目で、瞳は赤い絵の具がたっぷり入ったバケツに、炭を落としたような色をしている。少し厚手のコートを着ており、手には分厚い本。背は少年と同じか少し高く、何より彼を印象づけるのは、規律の正しさを主張する様な、あの眼鏡だろう。見ているだけでムカムカしてくる...とは、少年談だ。
「ホウジョウ...」
胸にたまった感情を吐き出すように、顔をしかめつつ名前を口にする。
「ふん...誰かと思えば貴様か」
低い声、威圧的、人を見下したようなあの目、初めて会った時からそうだ。
俺は、こいつと何があっても相容れない、と、虫が告げている。
それは、奴にもあるようで、俺に対してやたら高圧的な態度を取る。
「もぅ、会って早々、や~め~て」
ユシャが間に入ったことで、奴の顔が見えなくなる。自然とイライラが引いていった、っけ、ユシャに感謝するんだな、マジで殴り掛かる5秒前だぜ、まったく...
「仲が悪いのは、結構だけど、ここは教会だから、めっ!やるなら、外!」
ビシッ!と、大袈裟なリアクションを取り、子供を嗜めるような口調で、ユシャは俺達に向って言った。あちらも、毒気を抜かれたようだ。
「それじゃあ、ちょっと色々準備して来るから」
そう言って、袋を抱えたまま、関係者用のドアをくぐり奥へと消えていく。
「........」
「........」
お互い特に話すこともなく、妙な時間がおもーく進んでいく。俺達は、長椅子の端にそれぞれ座っており、出来るだけ顔は明後日の方向を向けている。
覚醒式が、もうすぐ始まるということで、教会の関係者達は雰囲気に似合わず、忙しく動いている。一人の修道女が、背の高い本棚の、何やら分厚い本を必死に取ろうとしているが、どうやっても届きそうにない。しかし、その頑張りようが微笑ましく、ぴょんぴょんとジャンプする度に揺れるお尻を...別に見ているわけではないぞ。うん、誓ってもいいぞ。
などど健全なことを考えている傍ら、ホウジョウが口を開く。
「せいぜい、ユシャ嬢に感謝する事だ。オレの炎で、貴様は消し炭になっていだろう、止めに入られなければな。」
「はっ、笑わせるぜ、お前の方こそ感謝するんだな。てめぇは、ハナクソになってたのによ、ユシャが止めに入らなければ。」
「訂正しよう、跡形もない塵だ」
得意げに、眼鏡を押し上げる。
「....蟻ミミズのフン」
負けじと、下品に返す。
「........」
「........」
「燃えないゴミだ」
「じゃあ、ダゴマの糞」
「廃棄物」
「アブラムシのシミ」
「脳足りん」
「鼻毛のクソ」
「おい」
「何だよ、鼻毛」
「いい加減やめろ、味噌っかす...!」
「お前が始めたんだろ、ホウジョウ」
「オレの記憶にはないな」
「はっ、鳥みたいな脳みそしやがって。大体お前、転生者サマ何だろ? ぶっ飛んだ能力があるなら、覚醒式出る必要ないだろ。」
「コレだから餓鬼は...」
ホウジョウは、コレでもかと、ため息をつきながら続きを話す。
「いいか、そもそも覚醒式とは、この世界に置いて、成人として認められるだけじゃなく、体を構築するステータス基礎を、矯正、安定させるのが目的だ。貴様も知っての通り、子供の時は特に不安定で、生まれながらのスキル持ちが、成人を迎える前に、むやみにスキルを使えば、最悪何かのステータスが0になるかもしれん。まぁ、転生者である、オレのステータスが0に為る、という事はまず有り得ないがな。」
さらっと、自慢してきやがった。
「故に、覚醒式を迎えるまで、基本、スキルの使用は規則によって禁じられている。例外はあるがな...理解したか?」
あざ笑うかのように、下卑た視線をこちらに向けてくる、いちいち癇に障る野郎だ。
「あぁ、おかげさまでな、暇つぶしにはなったよ」
「ふん、暇をもてあますぐらいなら、自身にとって、有益となる知識の一つでも身につけるんだな。」
そう言って、奴は懐から本を取り出し読書に没頭し始める。
「.......」
転生者。
別の世界で死んだ人間が、何かの理由を付けてこっちにやって来る。
生まれ直す、やり直す、最強を目指す、農家を目指す、技術を発展させる、世界を救う、魔物になる、上げるとキリがない。
ホウジョウの他にも、転生者は居るらしく、奴曰く、数十人単位で送られてきたそうだが、バラバラの国や地域、時間に飛ばされたらしい。
それらの一人ひとりが、規格外と呼べるステータスやスキルを持ち、難攻不落なダンジョン攻略したり、遺跡を発見したり、好き勝手に暴れてるやつや、人助けに尽力を注ぐやつも居るらしい。
まぁ、全体的な意見を言わせてもらうと、溜まったもんじゃない。伝説の武器やら防具やらはかっさらわれるし、異世界の飯が旨いせいで、他の飲食店が潰れたり、馬鹿でかい能力をぶっ放して地面を穴ぼこにするわで、結構被害が出ているらしい。
実際に見たわけでもないから、決めつけるなんてことはしないさ。もちろん悪い噂だけじゃないが、俺みたいに、転生者を信用出来ないってやつは実際、結構いる、と、俺は思ってる。
でも...異世界の飯は食ってみたいなぁ...。
隣で、本のページが擦れる音がする度に。
天窓から見える星が増えていくような気がした。
雲はすでに、丸になっている。
夜だ──。
天井や壁には意味不明な文字や壁画が。そして、頻度は多くないが、時折光が揺らぎ、物が見える最低限の光量を下回る。平衡感覚が失われ、少年はこめかみを押さえる、ひどく痛むのだ。
酷い嫌悪感を覚える、敢えて言うのなら、影と有象無象の蔓延るそこは、つまるところ、行き止まりであり、また踏み越えることの出来る境界である。