4 覚醒式~再会~
店を出て、雲を確認するために、手で若干、日光を遮りながら空を見上げる。
ある違和感に気づき、手を下げながら改めて確認する。三角の雲から、朧気ながら、夕暮れを知らせる雲に、変わろうとしているのが見て取れた。三角の次は波だ。
「つい癖でやるんだよなぁ」
ポツリとそう零して、来た道を戻り始める。
実は、此処の通り全体に、日除けの魔法が掛かってるらしくて、年がら年中薄暗い。まぁ、薬品とか扱ってるから、こっちの方が都合がいいって、ニコルスさんは言ってたな。日が入らないから、雲を確認しても眩しくならないんだが、人間、身についた癖っていうのは、中々治らないもんだねぇ、悪いことではないと思うけどさ。
中央に戻るに連れて、人通りが増えてきた。賑やかさも蘇りつつある。
あそこに戻るのか...雰囲気は好きなんだけど、人混みは慣れないんだよな。
若干うんざりしつつ、俺はさっきと同じく、裏道を辿り中央に戻ってきた。人は、減っているどころか、時間が経つに連れ増えてるみたいだ。早いとこ通り抜けるか...。
と、は言いつつも、漂ってくる香ばしいかほりと、食べ盛りな俺の空きっ腹には、当初の考えなど等に忘れさせ、野獣の如く鋭い目つきで、屋台の料理を品定めしていた。
っく...あの肉汁が滴って今にもダンシングしそうな肉!
っく...あの謎にうごめいて煙を放つ謎の肉!
っく...あのおっさんがスクワットして飛び散る汗が掛かってる横の肉!
くそ!さっきからなんだってんだ!食えそうにないのに興味を引かれてついつい見てしまう....
....誰かあのおっさんとっ捕まえろよっ!
...ふぅ、もう何でもいいや、ダンシングしそうな肉でも──ん?
ーーーーー
視界の端に、よく知る薄桃色がふわりと見えた。少し傾いた日差しのせいか、その色はどこか淡く、少年は目で色を追う。
余りにも自然な動作であった。目を奪われたのだ。
雑多の中で影に見え隠れする、人とすれ違う度、揺れ動くあの三つ編みに、意識を奪われる。
足音が、人の声が、煩わしかったそれらは、自然と朧気となり、少しだけ、赤い光は二人だけを包んでいる。少年は知らないのだ、一歩一歩と、遠のく度、追いかけてしまう刹那な心地を...。
自然と追いついてしまい、少年は足を緩め、若干頬を緩ませる。
腰までありそうな後ろ髪は左サイドに流され三つ編みにしてある、その一方で、前髪が右側だけ妙に長い、耳にかけてはいるが、基本的に右の瞳は隠れている。隠れた瞳は、ふとした動作で、ちらちらりと見え、もう片方と比べ、暗闇の奥で灯る蝋燭の火のように、ぼんやりと明るい桃色だ。
控えめな色で少しだけ大きいワンピースのような服、少し汗でもかいたのか、腰のあたりが張り付き透けている。
全体的にスラッとしているが、背は高くなく、何かの帰りの途中だったのであろう、つっかけを履いており、柔らかそうなかかとが、若干紅く染まっていて、手には何やら布袋を下げていた。
「そこの美人さん、よければ荷物をお持ちしましょうか?」
屋台の前に立つ人物に、背後から声をかける。2ヶ月ぶりぐらいか...案外何も変わらないものだと、何かに納得する。
「───えっ?...あっ!やっぱりグラ君だ!急に話しかけるから、びっくりしたよ...あと、私をそうやって呼ぶのやめてって言ったのにぃ...」
声に心当たりがあったのか、驚いたようにくるんと振り返った。
「悪かったって、ここ奢るから許してくれよ、ユシャ。」
「絶対悪いって思ってないよぉ、いつもそう呼んでくるし...」
「おじさん、それ3っつ頂戴」
「もう!無視しない──っへ?」
「食わねぇの? 今なら、もれなくこの二本目もついてくるぜ」
「.....じー」
食べ物を差し出して、誤魔化そうとする悪しき少年に、非難の目を向けるのは、幼馴染である『ユシャ』だ。
少年がまだ小さかった頃、時々、カアに連れられ買い出しをする際に、終わるまで教会の広場でよく遊んでいた。そこで孤児であったユシャと出会い、似たような境遇からか、自然と馬が合い今に至る。
もっとも、持病のせいで床に伏していたため、会うのは二ヶ月ぶりだ。
「.....させて」
「ん?」
「手が塞がってるから、食べさせてっていったの」
依然として、不機嫌そうな表情をしているが、とりあえずソレで許してもらえるらしい。
ふっ...チョロいぜ。
「ほい」
ユシャの口の前に差し出す。
"ぱくり"
"もぐもぐ"
「んっ!」
「あぁ、はいはい二口目ね」
催促するユシャにコレまた運ぶ、先ほどと変わって、表情が柔らかくなってきた。
「ほらほら、もっと笑顔で食べようぜ?」
更に運びつつ、どうにか機嫌を直してもらおうと言葉をかける。
「もぅ、グラ君のせいでしょ?」
ぷんぷんっと分かりやすく、頬を膨らませてこちらを見る。
風船みたいだな...。
「........」
ふとして湧いた好奇心を誰が責められよう。
俺は空いた片手で、ぷにゃり、と柔らかいユシャの頬袋を、グイっと押す。
「ぷしゅけ!」
「はははは!なんだよそれ。」
あまりにも突拍子もない音に、ツボを突かれ自然と笑ってしまう。
「......」
面白くなさそうにしているユシャだったが。
「....っぷ、あははははは!もう、変なことしないでよぉ、あははは」
ユシャもツボに入ったらしく口を開けて笑った。
「...ふぅ、それじゃあ教会に行こうぜ、行き先は同じだろ?」
「うん、そうだよぉ、覚醒式もあるから少し急がないとね。それにしても、久しぶり、あんなに笑ったの。」
「あぁ、ありゃ傑作だったな。思い出したら、笑えてきた、ははは」
「むぅ、でも次やったら怒るからね?」
「了解了解...そう言えば、さっきの屋台の奴は、何の肉だったんだ?」
「うーん、よくわかんなかったよ。でも、美味しかったからいいでしょ?」
「確かにうまかったけどさ...お前の鋼の精神には驚かされるぜ...どうすんだよ、ほら、爆発とかしたらさ──」
「何で爆発するの...」
「ほら、万が一っていうやつがあるだろ?ソレだよソレ」
「万が一にも二にもないよ、そんなの。大体、口の中で爆発したら、大惨事だよ」
「あぁ、ソレもそうか。じゃあ、やっぱ爆発はしないわ」
「もぅ──。」
ユシャは呆れているが、表情はどこか楽しそうである。
教会に近づくに連れ、喧騒は薄れ死んでいく。二人の足音と、背よりも少し長くなった自分の影だけが、彼らの存在を証明する。空はいよいよ夜を帯び始め、波だった雲は、丸く丸く、形を変えていく。
ーーー
教会に着くと神父や修道女の他に。
一人、先客がいた。
彼の名は、北条刀牙。
──転生者である。