3 おつかいにて
古ぼけた家の玄関先に、先程の少年は居た。
「よし、と」
外出用のブーツに履き替える。忘れ物がないか、薬やらポーションやらが入った、大きめの袋を開けて確認する。
「ひぃ、ふぅ、みぃ...よし、問題ないな」
袋の口を、紐でなるだけ頑丈に縛り、肩に背負う感じで乗せる。
それじゃあ──あぁ、そうだった、っと、ドアの取っ手に、手をかけたまま後ろを振り返る。
「カアさん、それじゃあ行ってくるけど、今日は、"覚醒式"があるから、帰りは遅くなると思う。」
今尚、何かしらの作業を続けているカアさんが、心配しないように一応伝えておく。前々から言ってたんだけど...カアさん忘れっぽいからなぁ。
「──あぁ。確かもうそんな時期だったな」
声をかけると、手を止めてこちらを向いた。胸ポケットにある、紙タバコ取り出すと火を付けて一服。
吐き出された薄赤い煙は、彼女の特徴的な紅い髪の色を曇らせる。
「ふぅ....」
「ふぅ...じゃなくて、やっぱり忘れてたか」
「忘れては無いさ...ただ...」
「ただ?」
「さっきまで意識の外にあっただけだ」
そう言うと、眼鏡を外しつつ再び煙を吐く。
眼鏡を拭いてるようだが...あぁ、手で拭いちゃってるよアレ。
「何でもいいけど、あの約束まで忘れないでよ?」
「あぁ、"召喚術"の話だろう?覚えてる、覚えてる──」
しきりに、素手でレンズの部分をこすりながらそう答える。
よしよし。これに関しては、常日頃から言い続けてたからな、甲斐があったもんだ。
「ならばよし、じゃあ、行ってきます───あぁ、あとさっきから、その眼鏡を素手で拭いてないで、ちゃんとハンカチか、何かで拭いてよね」
そういって、ズボンのポケットからハンカチを取り出すと彼女に放る。
「どうやっても、ソレじゃあ、綺麗になんないからな!」
「.......なるほど。」
と、なにかしらの合点が言ったのか、そう呟きつつハンカチをキャッチ。
相変わらず抜けてるなぁ...。
そんな彼女を背にしつつ、ようやくドアを開けて家を後にする。
ーーー
さて、前置きが長くなったけど自己紹介だ。
俺の名前は『グライス』健全なナイスガイで、今年13になったばかりだ。
街外れの郊外に、母親と二人暮らしをしてる。
あぁ、母親っていうのはさっきの『カアさん』の事ね、名前はそのまま『カア』って言うらしい。変な名前だけど...。
ちなみにお母さんって普通に呼ぶと怒るんだよなぁ...理由としては簡単で、昔、名前のことで結構いじられ...じゃなくて、トラウマを背負ったらしい。うん、そういうことにしておいてくれ。
そういう理由があってカアさんって呼ぶことにしてる。
ちなみに、今、運んでるのは、カアさんが作った物で、街の道具屋なんかに卸て、生計を立ててる。結構、品質がいいみたいだけど、俺は、使ったこと無いから分かんないな。
何でも、ポーションとかが作れる調合スキルは結構希少らしくて、卸に行く道具屋には毎回、ウチで働いてみないかって、オファーを受けたりする。もっとも、毎回断ってるので、今ではそれが挨拶の代わり、みたいになってるのが現状だ。
街へは大体、徒歩で30分ぐらい。街道を挟んで東側は草原、西側は森になってる、後は、街から出る馬車ともすれ違ったりする、偶にだけどな。
道すがら、空を見上げると、雲は三角形のになろうとしていた。午後は基本あの形の雲である。
「この分なら、間に合いそうだな...」
と一人呟きながら、進んでいく。左手の森の方へ、ふと視線を向けると、比較的危険度の低いとされる、魔物がチラホラと木陰から、顔を覗かせている。俺の視線に気がついたのか、目が合うとサッと木の背後に身を隠す。
少しするとまた顔を覗かせて、それの繰り返しだ。
「今日は、やけに視線を感じるなぁ」
若干鬱陶しく思いつつも、視線を正面に戻して歩く。
アレは『コカゲ』あぁやって、森に近づいてきた人間なんかを、木の後ろに隠れつつ観察する魔物だ。色は真っ黒で、目と思うところに白い点々みたいなのが付いてる。大きさは、ひょろ長かったり、小さかったり色々あるけど、基本見てるだけで何もしてこないし、近づいても、すぐどっかに行っちまうんだよな。
噂に寄ると、森に近づく物をああやって観察して、もし、森に害を及ぼす用なら、そいつを自分たちと同じ『コカゲ』に変えるらしい...あくまで噂だけどな。実際、人がコカゲになったなんて話は聞かないしな。
ただ、何かに見られ続けるっていうのは、こう、不安になってくるっていうか...全く嫌な魔物だ。
「くらえ!」
ムカついてきたので、そのへんの石ころをコカゲの方へ投げる、まぁまぁ距離があるので、届かなかったが、コカゲ達は転がってきた石を、興味深そうに見ていた。
「......変な奴ら」
それから少しして、街の関所が見えてきたので、俺は小走りになりながら向かった。
ーーー
「ふぅ...」
若干息を整えつつ、ポケットに入ってる身分証を取り出し用意する。
あったあった、前に忘れて大変だったからなぁ...
「お、グライス君じゃないか」
「セハトさん、今日は非番じゃなかったんです?」
「それが、同僚が一人風邪で寝込んだみたいで...非番だった僕が出なきゃ行けなくてねぇ。」
「その分だと、また奥さんが機嫌を悪くしてるんじゃないです?」
そういいつつ、身分証を出す。
「あはは、勘弁してほしいよね...」
セハトさんは困ったように笑いながら、差し出した身分証を確認する。
「うん、大丈夫通っていいよ、今日は道具屋と...あと"覚醒式"だね。速いなぁ、グライス君も、もう大人になるのかぁ」
「俺からしたら、ようやくって感じですけど。あぁ、聞いてくださいよ、カアさんに出る前に伝えたら、案の定今日が覚醒式って忘れてたんですよ」
返された、身分証をしまいつつ答える。
「あはは、先生も相変わらずみたいだねぇ、本業の方は順調って?」
「これが、うんともすんとも...あっと、それじゃあ、そろそろ行きますね」
「あぁ、引き止めちゃったみたいでゴメンね、それじゃあ」
自分の使命を思い出し、セハトさんに別れを告げて中へと入る。
セハトさんは、この街の衛兵で、妊娠中の奥さんがいる新婚さんだ。
見ての通り、人が良いんで、こういう誰かの穴埋めとかをよく頼まれるらしい。その度、引き受けるもんだから、奥さんと、二人きりで過ごす時間が中々取れなかったりするらしい...がんばれ、セハトさん。俺は応援してるよ──。
ーーー
さて、ハシットの街について少し説明しとこうか、人口は3000人程度で、周りは外壁に囲まれて、さらにその周辺を森が囲んでる。
街の広さに比べて人が少ないのは、ここが辺境って事もあるんだろうなぁ...まぁ、街の中央には市なんかがあって、お昼とか夕方のちょっとした時間だと賑わってたりする。
門から入って左奥に進んでくと、街唯一の冒険者ギルドなる物がある。その反対の右側は馬車なんか駐車するスペースだな。
丁度、賑わってる時間帯らしく、市場は、結構な人で溢れていた。所々から、活気のある商人たちの客寄せの声や、食べ物臭が漂ってる。珍しく、大道芸なんかもやってるようで、時折、歓声が聞こえてくる。
賑わっているのは大いに結構な事だが、騒がしいのはあんまり好きじゃない。俺は、少し遠回りの右の裏道から行くことにした。裏道に入ると静かなもので、先程の喧騒がまるで夢のように思える、チラホラと、武具を身に着けた幾人かとすれ違い裏道を抜けると、少し広い通りに出る。先程と比べて、人の数は少ないが、それでも寂れているわけではない。
右手の本屋、占い、家具屋の三軒の店の向かいにあるのが道具屋だ。
少し立て付けの悪いドアを開けると、ベルの音とともに、モノクル眼鏡をかけた、初老の男が出迎えてくれた。
「ふむ...いつもより遅かったね、道草でもしてたのかい?」
「い、いやぁ...実は、カアさんに害虫の駆除を頼まれてて」
「ははは、なるほど、先生の手伝いだったか」
男は、気さくに笑う。
「私はてっきり、中央の出店が君を拐かしてるんじゃないかと、思ってたね」
男の名はニコルス、この街で唯一、冒険者向けの道具などを取り扱っている。
「流石に仕事を放り出したままそんなことしませんって」
ポーションやらが入った袋を、カウンターに並べていく。
数は全部で11本あり、これらは基本回復用のポーションらしい。
「ははは、失敬、失敬。」
そう言いつつ、並べられたポーションを、一つ一つ『鑑定』していく、それと同時に、モノクルのレンズは、ポウっと揺らめく薄紫の光を灯す。
男曰く、知力に関するスキルを使った場合、ソレを手助けしてくれる『魔具』だそうだ。ちなみに、ポーションの出来や効果何かは、こうして鑑定するまでは、ほとんどわからないそうだ。
しばらく眺めている内に、モノクルの光が収まり。男は、満足そうな笑みを浮かべていた。
「Aランクの物が4本と、Bランクが5本。残りの二つは、知力の能力値を、大幅に上げてくれるおまけ付きだね──いやはや、毎度のことながら恐れ入るよ」
インクに浸した羽ペンで、伝票を書きながらそう零す。
全部で300銀貨ほどになった。衛兵の一ヶ月の収入が平均180銀貨なので、結構な額だ。
「やはり、先生にはウチ専属で、働いてもらいたいものだね...どうかな?」
「相変わらず、首はひねっても、縦には振りませんよ」
銀貨の入った袋を受け取りつつ、少年は困ったように笑う。
「ははは、そうかそうか...そういえば、さっき"彼"が来たね」
「.......」
その言葉を聞いて、少年の表情が少し硬くなる。
「君が来る少し前にね。なんでも、今日の覚醒式で閉式の挨拶を、することになったそうだ」
「興味...無いっすね...というか、まだ来てたのか此処に」
「彼には、珍しいものや貴重な薬草を、今でも卸してもらってるからね。今日は珍しく二人揃って会えるかと思ったけど、いやはや残念だ」
「はぁ...俺からすれば、出くわさなくて幸運っす」
「ふうん...とは言っても、今日は覚醒式、記念すべき日だ、一生のうちで一度しか無いそんな日さ。だからね、大人になる前の子の顔を、戯れる子の顔を、見比べてみたい親心が私にはあるのさ....いや、失敬。老骨がぼやいてしまった」
「いえ、こっちこそすみません。ところで、ニコルスさんの頃から覚醒式ってあったんです?」
「まぁ、そうだね。どうしてだい?」
「いや、単純にいつからあったのかなぁ...って気になっただけっす」
「いつからか...そうだね、余り考えたことはないけど、私の曾祖父さんが子供の頃もあったことは確かだね。それだけ覚醒式には、歴史と伝統があるのさ。これは余談だけど、地域や国、宗教によって若干の違いはあるみたいだね、街だと『セル宗派』が主だ。」
セル宗派とは、この国において古来より伝わる、『スウェ教』より別れた宗派であるが、起源を正せば、セル宗派こそが元来のスウェ教の考え方であり、800年以上より前からある由緒正しいものとなっており、国民の大多数はこの宗派である。大きく分けて、宗派は3つあるのだが、此処では割愛する。
「でも、よく考えると変な感じがしますよね」
「ふむ?」
少年の言葉に意図を得られないようで、男は顎に手を添えて、若干困惑したような表情を浮かべた。
「いや、だって...皆平等に、誰も彼もがこの日を堺に大人になって、能力を覚醒して、できることが決まって、やれることを決められて、誰にでも機会があるように見えて...何ていうか...その...すみません、やっぱりなんでもないっす。」
「....考えすぎだと私は思うけどね、言い得ない不安と言うものが、君をそう思わせているのかもしれないね。まぁ、今日が終わる頃には答えが見つかるさ。一方で、先程の疑問に私から言葉を返すのなら、『世界は、そう廻り続けてきた、問題はない、廻るのさ。』」
男は、そう言いながら、すぐ後ろの戸棚から何かを取り出し、カウンターを挟んで少年に手渡す。
「...これは?」
ソレは、黒く、硬い箱で、案外軽く、眺めていると勝手に箱が開き、赤い雫の形をしたネックレスが入っていた。
「覚醒式が始まれば、おのずと分かるさ。私からのささやかな選別だよ」
「ありがとうございます」
早速取り出し、着けてみることにする。
「あれ、結構ムズいなこれ...」
若干、苦戦しながらも無事に着けることが出来た。”ほほう、中々いいんじゃないか??”と店内に置いてある鏡を前に具合を確かめる。
「馬子にも衣装、なかなか悪くないね」
「褒め言葉として受け取っておきますよ。それじゃあ、俺はこの辺で」
「あぁ、また頼むよ」
そういって、気さくに笑う男に別れを告げ、道具屋を後にする──。
男の娘は好きです