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召喚士は魔法使いでない  作者: ただの点
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召喚士は魔法使いでない Ⅷ

 三日目の朝。

 少年グライスは一人、自室に居た。

 予め、一人になりたいという趣旨はユシャに伝えてあった。

 やはり、これは自身の問題なのだ、ツケなのだ、ならば自力で清算するのが筋。

 ベッドの上で胡座をかいている少年は、大きく一つ深呼吸をすると、その目を閉じた。


 目を閉じれば、やはり闇に覆われたが、『灰』が浮かんで来ることはなかった。完全な闇ではあるが、次第に自身の手や足の感覚が生えてくるのが分かる。

 水の中のように重く、ゆったりとしており、口から息を吐き出せば、気泡が下へ向かっていく。そして、少年の体も、気泡と共に、緩緩と沈んでいく。


 ──一体どのくらい時間が経ったのかは分からないが、ふいに、頭の天辺が"底"にぶつかる。その後、逆立ちをしてバランスが崩れたように、ゆっくりと、体がうつ伏せに倒れる、それから手と足を使って四つん這いになりながら、ようやく少年は闇に立った。

 相変わらず何も見えず、少年は自分が前だと思う方向に進むことにした。一歩一歩足を進めるごとに、浅い水たまりの上を歩いているような感触が伝わってくる。

 

 歩く、歩く、暫く歩く。

 止まる、見渡す、また歩く。

 少し方向を変えて歩く、止める、元の方向に向って歩く。

 また、立ち止まる。


「居るのかー! 居ねぇのか―!」

 大声で呼びかけるも返事はなく、足元に気泡の塊が出来ただけである。


 走った、以外にも普通に走れた。

 そして、普通に疲れた。

 少しだけ安心した。


「返事ぐらいしろよ!.......なぁ!」

 返答はない。


 諦めて、少年はひたすらに歩いた、進んでいるのか、戻っているのか、それすらも分からないが、とにかく歩いた。

 半ば機械的に歩いていたが、足から伝わる感触の中に、時折、固い何かを感じることに気づき、下向くと、チラホラとだが、レンガで出来た欠片が転がっている。

「........」

 先へ進んでいくと、徐々に視界には、レンガの方が多くなっていき、ある所を堺に、一部、完全にレンガの床に変わっていた、最も、あちこちひび割れており、とてもいい状態とはいえないが....。

 レンガの道は進んでいくと、段々幅が広がっていき、人一人が横になれるほどの道幅になった。


「何か...光ってるのか?」

 遠目ではあるが、たしかに一つ、この闇の中で光を灯しているものがある。多少警戒しつつ進んでいくと、周りにはレンガの他に、何処かで見たことあるようなガラクタが鎮座している。

 確かに近づいているが、光の大きさは、大して変わらなかった。そして、しっかりとソレを認識出来る距離まで近づくと、少年は気づいた....いや、これは思い出したと言うべきだ。


「炉だ....確か、コークス炉」

 炉とは、鍛造をする際、鍛冶屋などで使われる装置だ。しかし近年、より簡易化され材料費も大幅に削減できる、魔晄炉まこうろが主流となり、急速に廃れていった。

 そんな時代遅れの炉には、白、いや、灰色の炎が確かに燃えていた.....半ば消えかけてはいるが。

 周りの床は、先程と比べ薄汚れている、きっと煤のせいだろう。

 少年が炉に近づくと、同じく煤で汚れた題名の無い本が、炉の直ぐ側に落ちていた。見ろ(読め)と言わんばかりに....。

 本を開く──。





 ──イイ世の中になったんだぜぇ? 誰でも、一定以上のモノが作れる素晴らしい時代だぜぇ。


 ──おっさん....! おっさんは、それで良いのかよ!


 ──なぁ、グライスヨォ....なんにでもな、流れってものがあるんだぜぇ?....古いもんはいつか終わっちまうのヨォ。


 ──だからって...だからって、炉の火まで消しちまうのかよぉ!! 命よりも大事だって....!消えちまったら、死んだも同然って! おっさん言ってたじゃないか!!


 ──そうだ.....死んだんだ。名工『カジテ・フリーガン』は、死んだんだ。だからヨォ....おらぁ、もうただの『カジテ』さぁ、『カジテのおっさん』さぁ。


 ──.....なんだよ、ソレ。


 ──形見だ、やるヨォ。


 ──いらねぇよ...こんなダッセェの、あと口臭いし。


 ──持っとけ、持っとけぇ.....だがな、口がクセェってのは余計だぜぇ!!


 少年はその後、形見(革袋)をもって逃げるように走り去った──。



「........」

 本の中身は、真っ白であった。真っ白ではあったが、少年は確かに今の光景を見た。

「そうだ....何で俺、忘れてたんだ....」

 忘れていたのではない、"忘れた"のだ、それが、意識的にしろ、無意識的にしろ。昔は、師のように慕った、カジテ・フーリガンの事を、そして、自身も鍛冶師に憧れを抱いていたことも。

 少年は歩いてきた道を振り返る、すれ違ったあのガラクタは、全て、自身が抱いた憧れの残骸だ。


「せめて、掃除ぐらいはしてやらねぇとな」

 少年は本を置き、何か掃除に使えそうなものが無いかと探した。以外にもソレはあっけなく見つかった。

 箒で煤を舞い上がらせないように、慎重に掃き、雑巾は闇に浸すと濡れたので、そのままソレで綺麗に床や、炉の残った煤を拭き上げた。

 別に、掃除をしたからといって、どうとなるわけでもなかったが、少年の心は少し晴れた。


「さて.....」

 ここまで来たのなら、少年の中で、やることはもう決まっていた。


 コークスとは、石炭を蒸し焼きにして作られる燃料だ、コレを着火する際は、まず木炭に火を着けてやり、その上にコークスを乗せ、下から風を送るだけでいい、コレだけで、千五百度程にまで温度は上がる。

 今ある炉は、普通のコークス炉と比べ、三倍ほど大きく、少し高い台の上に作ってあるが、仕組みは変わらない。

 

 

「意外と、体は覚えてるもんだぜ」

 鍛冶見習いは、皆、ここから始めると教わったのを思い出す。

 必要なものは、探せばやはりすぐに見つかった、準備を終え、後は火種の真下にある送風用の管に、送風機を付けて動かせば、火は再び蘇る。

 送風機のペダルを一杯まで踏み込み、風を送る。

 灰色の炎は全身に水を浴びた草木のように、歓喜した。火の粉を散らし、火柱は少年の背よりも高く、燃えた。ただ、灰色に燃え続けた。

 やがて炎は、自らの使命を思い出す。打ち、鍛えるための炎に、己を高めなければ、と。

 粛々と炎は姿を変えていき、遂げる。


「いい頃合いだな」

 何を打ち、鍛えるのか、少年の中でそれはもう決まっていた。右の掌を眼前に持ってくると、取り出したのは、あの『デタラメな鍵』だ。

 枝分かれし、歪みきった曲線、ミミズのように蛇行した直線、そして、コレは『鏡』だ、今の少年を写す『鏡』だ、だから正してやらねばならない、自身の手で。

 そうだろう、何故なら、己は己でしか変えることが出来ないのだ。

 

 意を決して、少年は炉の中に手を挿れた。

 不思議と炎の熱さは感じない、ソレよりも、包み込まれるようなそんな暖かさを感じる。

 ドロリと、指先から右手が炎に溶ける、臆することはない、サナギが中で自らを溶かすように、少年の心も、一度溶けるのだ。

 揉まれ、焼かれ、混じり、骨が、指が、皮膚が、血液でさえも、揺れる灰色と共に打ち直されていく、『鍵』は形を成していく。

 

 ──合図だ。


 火の粉を散らしながら、閉じた右手をゆっくりと、持ち上げる。

 開いた掌の上には、相変わらず、あちらこちらに枝分かれしていたが、まっすぐとした直線に打ち直された『デタラメな鍵』があった。

 それから、少年の体を炎が包むと、弾けて、闇を照らした。


 ──目を開く。


 久方ぶりの光は、少年の目に染みた。

 同じ体勢のまま過ごしたせいか、背中が痛むので、そのままベットに仰向けに倒れた。

 気がつけば掲げていた右手、炎はしっかりと少年の全てに刻み込まれている。

 見上げる『鍵』は、再び火が蘇った炉の様に。静かではあるが、したたかなる灰色の如く燃えていた。

 もはや体の一部なのだ、だからそっと、触れてやるだけでいい、後はひとりでに燃え続ける。

 それ故、もう闇の中に『灰』を灯す必要はない。



 いやぁ....それにしても疲れたぜ、まぁ、全部自業自得なんだが....。とりあえず反省会は後だ、それよりも先に、長いこと俺を苦しめてくれた野郎....彼女? どっちでもいいか、ともかくとっちめてやるぜ。

 瓶にささったまんまの花をひったくって、少しだけ強く握った。

 改めて見る花は、やっぱり白い純白だ、憎らしい。

 さて.....やるか。


 刻まれた灰色を再び右手に灯す。揺らめく色の中に、小さな鍵が幾つか気泡のように浮かんで、薄っすらと消えていく。そして、花は徐々に染まっていく。前は、隙間なくあの『デタラメな鍵』が、模様みたいに張り付いてたけど、今は大分間隔が空いて、貼り付く鍵も小さい、余裕がある感じだ。

 

 茎が半分近くまで灰色に染まった、このまま、このまま....。


 二つ、茎から二つ飛び出ている葉が、もう少しで染まる。


 ようやく花びらだ、一枚一枚、丁寧に、丁寧に────。


 あと三枚....あと二枚....あと、あと一枚、ちゃんと、ちゃんと────。


 染まった....! 染まった? 全部!? 全部!


 何度も、花を傾けたり、ひっくり返したり、上へ放り投げたり、匂いを嗅いだ。


 そして、全て染まったことを改めて証明するように、最後に一つ、大きな鍵の模様が花いっぱいに刻まれた。

 

 花を持つ手が、重くもないのに震える、気づけば、左手は握り拳を作り、何度も何度も握りしめていた。


 ぐっぐっと、俺の中で喜びの衝動が何度もつっかえるのが分かる。


 堪らず俺は、外へと走った。


「あ~....くっそぉ....嬉しいなぁ....」

 目蓋の裏が熱いから、目を閉じて、中指と親指で擦って、熱を逃してやる。

 少しだけ、自分の感情に素直に慣れた気がする。
























































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