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召喚士は魔法使いでない  作者: ただの点
13/14

召喚士は魔法使いでないⅦ

「ほら、もう着いたぞ」

 

「うん、ありがとね」


 教会に着くと、俺はユシャを降ろして立ち上がる。

 どうも最近は、濃い日々を送ってるような気がするぜ。


「ねぇ、グラ君」


「なんだ、ユシャ?」


「次は、いつ来られるの?」


「またそれか、んーと....多分だけど、能力祭が始まるまでは、来る予定はないと思うよ」


「....そっかぁ」


「一ヶ月しか無いからな、今詰めて鍛えねぇと...じゃあ、俺もそろそろ帰るぜ、今日はありがとな」


「うん、気をつけてね」


 


 俺はそのまま街を出た。草原は、強い風が吹いていて、辺り一面ざわざわと揺れていた。どこか高揚していた気分は、風に吹かれる度に、冷えて冷静になっていく。

 本当に、勝つことなど出来るのだろうか、見せつけられた差は、途方もない物に思えてならない。

 もし、このまま召喚術を習得できたとして、もし、魔力を使えるようになったとして、この不安は、見えなくなってくれるのだろうか。震えてしまう足は、武者震いに変わるのだろうか。

 先が見えない、先に見えない。

 先は見たくない、先を見たくない。

 でも、後悔はしたくない。後悔なんてまっぴらだ。


 俺の中で、そんな気持ちが変に混ざって絡まって、足を引っ張り、立ち止まってしまう。きっと、風に掻き回されたからに違いない。

 

「......クソ」


 俺は走ることにした、この風を突き破るために。

 歩いているから、ダメなんだ。だから不安に捕まってしまう。

 

 街道を駆け抜ける、風はまだ俺に纏わり付いている。

 足が前より遅くなった気がする。それもそうか、敏捷の能力値はたかだか、四十しかないんだ。コレじゃ振りほどけ無い。

 そう考えると、足が重くなっていく、体中が重くなっていく。もう、諦めてしまえばいいのに。


『──敏捷より、能力値が一つ上昇しました。』


 頭に直接、抑揚のない無色の声が響いた。

 思わず驚いて、転げそうになった。


「走れば良いんだろ! 走れば....!」

 誰に向けて怒鳴ったかなんてのは、分からなかったけど、あの重さは嘘のように消えていた。

 家に続く小道の前まで走り続け、草むらに大の字になって転がった。息は完全に上がりきっている、息をする度に、喉の奥がきーんとして痛い。

 しばらくして立ち上がった。


 風はいつの間にか、追ってこなくなっていた。


 「.........」

 革袋を担ぎ直して、俺は、小道を上っていく。



ーーーーーーーーーーーーー



 戻ってきた、家に。ウクレレ先輩に軽く挨拶をして、ドアを開ける。

 「ただいま。」

 カアさんは、羽ペンを持って、分厚い本に何かを書いていた。俺に気づくと、ペンを置いてこちらを向く。

 

「おかえり、お腹すいてる?」


「うん、空いてるけど、一先ず買ったものを収めてくる」

 食料棚に、あらかた放り込んで、取っ手を『時封じふう』の紐で縛る。こうしておけば、生物でも腐ることはない。

 料理は、カアさんが、余り物で作ってくれたものを食べた。さて、何から話そうか...。


「ほっぺた...ちょっと、腫れてる。ケンカでもした?」

 向かいに座っていたカアさんが、俺の目を見て、少し心配そうに言った。抜けてるくせに、こういうところは結構敏感だったりする。


「まぁ、似なようなもんかな...ホウジョウって居るじゃん? 転生者の。アイツに思いっきり殴られた。それで、今度の能力祭の時に、アイツと戦うことになった...ケンカ自体は、俺からふっかけたけどね。」


「それで...どうしようと思う?」


「どうって...そりゃあ、やるって言ったからやるけどさ...」


「けど、何?」

 カアさんはタバコを咥えると火を付けて、一口だけ吸った。


「能力祭まで、一ヶ月しか無いんだ...だから、俺を鍛えて欲しい」

 言った。心臓の脈打つ音が嫌にハッキリ聞こえてくる。

 カアさんは、しばらく目をつむって考えた後に、ゆっくりと頷いてくれた。


「ただし、条件が二つ...一つは、花の課題を自力で達成すること。それで、もう一つは...途中で投げ出さない事さね....ちゃんと守れる?」


 俺はもちろん頷いた。


「よっしゃ! んじゃあ、今日は疲れたし、もう寝る。お休み~」


「お休み...」


 階段を一段とばしで駆け上がり、自分の部屋に入ると、床に転がっている、純白の花があった。

 俺はソレを拾い上げて、適当な空き瓶に飾った。

 さて、明日から、また頑張ろうか。

 服を脱いでそのまま倒れ込むと、瞼が閉じると共に、眠りへと落ちた。


ーーーーーーーーー


 純白の純情を染めろ!一日目。


 ”好きだ!ジュンコさんッ!”


 ”そんな...だめよ、私には樹齢百年の夫と249本の双葉ちゃんたちが...(裏声)”


 ”それでも好きだ!君を、ぼくの色に染めたいッッ!!”


 ”そんなこと言われたら私...受粉しちゃうッッ!!(裏声)”


 

 ────さて、真面目にやるか。


 とは言っても...さっき起きてから十回ぐらい試したんだけど、全部失敗してるんだよな、ははは。

 ....しょうがない、一先ず朝飯でも食べて続きをするか。

 俺は、手に持ったジュンコさん(花)を空き瓶に戻して、一階へと降りた。


 昨日買った肉と、香辛料を使って肉とタマリのスープを作った、カアさんはまだ寝てたから、鍋に『時封』を巻いておく。

 部屋に戻ると、花を手にとって、『支配』の特訓を再開した。

 やってる内に、気が付いた事がある。一つは、魔力の通り道になってる、右腕があんまり麻痺しなくなってきた。もう一つは、左手からも、魔力を出せることに気づいた事だ。

 え? 前者はともかく、後者は当然じゃないかって? うるせぇ! やって初めて分かることもあるんだよ!

 っと、集中集中....目を閉じると、もう自然に『灰』が浮かび上がってくる。するとやはり、コレを切り離したい衝動にかられる。今までは、この感覚に従って、灰を切り離していたが、今回は我慢してみようと思う、色々試してみないとな。

 

 変化が起きた。

 暗闇の中に浮かぶ『灰』が徐々に大きくなっていく、けっして早くはなく、心身にじわりじわりと広がっていく。感覚の方も変化して、”切り離したい”という感覚から”早くこいつを投げ捨てろ!”という....あぁ、くそ、なんだ、イライラする.....っぐ...ええい!!

 我慢の限界だった。

 押さえ込んでいたものを、開放してやると、今までとは段違いの勢いで、右腕に魔力が流れていき、花の8割程が、デタラメな鍵に『支配』される。


「よっしゃ!」

 喜んだのも束の間、やはり全て染め切らないとダメなのか、色が徐々に抜けていく。

 しかし、コツは掴んだ、後は、試行回数で何とかなりそうだな。

 ん? そういえば、魔力を多く通した割には、あんまり右腕に麻痺が残る感じはないな...魔力の流れる早さとかで、麻痺の度合いが変わるのか? そこは色々試していこうと思う。


「さて...次は」

 さっきは、慣れない感覚故に戸惑ったが、次はそうは行かない、限界ギリギリまで我慢してやるぜ。

 再び目を閉じる、感覚が切り替わるまで待つ。『灰』は大きくなっていき、感覚も切り替わる。

 この怒りに似た感覚は、『灰』が広がっていけば、広がるほど大きくなる。

 おっとアブねぇ! 危うく飛び出るとこだった。無理やり拳を閉じて押し込める。

 どうだ! コレならッ....!


 視界に灰色が弾け散った。


 音が消えた。


 世界から色が消えた。


 全部がゆっくりになって、遠く視界が反転する────。


 ”グチェ”


 頭の中で、何かが剥がれ落ちるような感覚がした。

 直後、脳内に直接、火の付いた油を注いだかの様な鋭痛が、支配する。


「唖々ア亞A々吁aゝ嗚呼アアああ!!??」

 

 床をのたうち回り、頭を打ち付けて魚のように踊る。

 徐々に、世界に、色と音が戻っていく、痛みもソレに合わせて、体から絞り出されていく、比喩じゃない、文字通り、体からまるで汗のように『灰色の水』が床に水たまりをつくる。

 分かったことがある、コレはもう、二度とするべきではない、俺の生命がそう告げている。

 そんでもって、自分が使おうとしているモノの、脅威、恐ろしさを、身をもって知れた。


『──精神より、一つ能力値が上昇しました。』


 抑揚のないそれは、俺に言った。

 何も感じなかった。



 濡れてしまった床を雑巾で拭いてる、その他にも、結構物が散らかってしまったので、ついでに掃除もしようと思う。バケツを持ってきたので、それに絞って水を移す、2、3度繰り返すと大体水気はなくなった。

 とりあえず、水は外にでも捨てるか。俺は、一階へ降りて、適当に水を大地へと撒いた。何だか環境破壊をしてる気分になるな。ふと気づいたが、周りはもう暗く、雲は波の変わり時だった、もうじき丸になる。

 家に戻って、カアさんを見ると、また本に何やら書いている。俺の視線に気がついたのか、こちらを向いて、お腹でも空いたのかと聞いてきた。生憎そんな気分じゃなかったので、いらないとだけ言った。


 「お昼のやつ、美味しかったよ」


 「うん...」


 自分の部屋に戻ると、そのままベットへで仰向けになった、片付けようと思ったけど、それもめんどくさくなった。

 しばらくぼーっと、天井を眺めることにする。

 丁度、屋根の辺りに部屋があるから、窓側に近づくとちょっと天井が低くなっていく。

 むき出しの木の梁が見える。複雑に組み合わさってる、アレの一本でも外れたら、屋根が落ちてきそうだ...ん? よく見ると迷路みたいだな、よし、あそこをゴールとして、やってみるか。

 

 ──あぁやって、こう行って...あぁまた行き止まりか。


 ”トン....トン....”


 ん? 誰か、外のドアをノックしてる?....いや、こんな郊外で、しかもこんな時間に、訪ねて来るやつなんて居ないだろ。ははぁん、さてはオメー幻聴だな。

 さて、続きを──


 ”トン...トトン”


 幻聴にしては、やけに現実的な、ドアのノックの仕方に聞こえる。うーん...まぁ、一応見に行ってみるか。気になるし。

 

 下に降りると、カアさんもドアの方を不思議そうに見ていた。


「あんたも聞こえてるってことは...幻聴じゃないのさね」

 どうやら、同じことを考えていたらしい。


「俺も幻聴だと思ってた。とりあえず、開けてみようか」

 恐る恐るドアを開けるとそこには...よく知る桃色の────。


 ”バタン”


 ”ナンデシメルノ!”


「どうしよカアさん、俺なんか本格的に疲れてるみたいだ。ユシャに似た人の幻覚が見えたよ」


「お互い、今日は早めに寝るさね」


 "グラクーンアケテッテバァ!"


「......ほんとにユシャなのか?」


 "ソウダヨォ...."


「うーむ...よし、じゃあこうしようぜ、本当にユシャなら、俺の出す質問に答えられるはずだ」


 "エェ...ナニソレェ...."


「第一問、でけでん! ユシャは、何歳までおねしょをしていたでしょうか。5秒以内にお答えください」


「5...4...3...2──」


 "ロ....ロクサイ...."


「そうだったのか、初めて知ったぜ」

 俺はドアを開けて、そう言った。

 直後、ユシャの持つ革袋が、俺の顔面をクリーンヒットしたのは言うまでもない。


 

 「お久しぶりです、先生」

 ユシャはカアさんに一礼をすると、挨拶をした。

 

 「久しぶりだな、一時期、グライスから病状が悪化したと聞いていたが...その様子だと、大丈夫そうさね」


 「はい、おかげさまで」

 そうか...カアさんは随分と街に降りてないから、ユシャと会うのは8年か...9年ぶりぐらいか?

 因みに、先生って呼ばれてる理由は、薬を病気の人に作ってあげてたら、いつの間にかそう呼ばれていたそうだ。

 カアさんとユシャはその他にも、孤児院の事やら、最近森の魔物が落ち着いてきていることやら、色々話していた。

 

 「グラ君、いつまで床で伸びてるつもりなの....」


 そう、今、俺は床に伸びている。

 何故かって? さっき殴られたからだよ! 結構痛かったぞアレ。

 

 「そのまま起きるのが癪だったから、話しかけられるまで、待ってたんだよ...と言うか話しなげぇよ、おかげて木目の跡がついたぜ」

 俺はようやく起き上がりつつ、服についたホコリを払う。


「むぅ、グラ君が変な事するからでしょ!」


「はいはい、ごめんって。でもさ、まさかユシャが来るとは思わないだろ? カアさんだって、初めは幻聴の類だと思ってたし」

 俺がそう言うと、嘘でしょ、と視線を向けるが、カアさんは無言で、露骨に視線をそらした。


「そんなぁ...先生までぇ...」

 その事実に、軽く肩を落とす。


「まぁ、今度来る時は、前もって言ってくれよな」


「うん...そうする...」


「ところで...何しに来たんだ? ユシャ」


「っえ...その...能力値上げるの...一緒に手伝うって前言ったから...その、えっと....グラ君の....手助けができたら良いなって...思ってぇ...院長先生に聞いたら...いいよって....」

 ユシャは、髪の毛の端っこを、指でくるくるといじりながら、とぎれとぎれにそう言った。


「あぁ、そういえば、そんなこと言ってたな...別に良かったのに...けど、ありがとな、助かるぜ」

 理由を聞いて、納得した。

 一応、カアさんに良いかどうかの許可は、貰わないといけないが....ちらり。


「.....まぁ、構わんさね。ついでだ、ユシャの魔力も特訓しようか」

 カアさんが、珍しく、ニヤリとしながら言った。こういう時は、碌なことにならない、俺の経験上それが分かる、一体何が待ち受けているんだ...恐ろしいぜ。


「お...お手柔らかに....」

 何かを感じ取ったのか、ユシャの表情が若干引きつる。


「あ、寝るとこ、どうしよ...一ヶ月丸々居るつもりなのか?」


「迷惑じゃなければ、そうしたいけど...」


「グライスの部屋で寝ればいいさね」


「え、カアさんの部屋にベット無かったけ?」


「無い」

 あぁ、なるほど...だから下のソファでずっと寝てるのか...。


「あ、あと飯はもう食った?」


「うん、食べてきたよぉ」


「よしよし...んなら、細かい話は明日にするか、ふぁぁ~....」

 気が抜けたのか、あくびが出た。そろそろいい時間だしな。

 カアさんにおやすみと言って、ユシャと二階へ上がる。

 しかし、俺は、重要なことをすっかり忘れていた。


「うわぁ...グラ君どうしたのコレ...」


「そういや、忘れてたな...」

 ドアを開けるなり目に映ったのは、盗みに入られた直後のような、荒れた部屋だった。

 言い訳じゃあ無いが、一応経緯は話しておいた、若干呆れ顔だったのは、この際見なかったことにする。

 その後、ユシャにも手伝ってもらって、二人で部屋を片付けた。

 

 

 窓から入る月明かりが、少し眩しい。

 この部屋に灯りの類はなく、代りにこの月明かりで薄く暗く照らされている。

 少年とユシャは寝間着へ着替え、床に就こうとしていた。

 

 部屋にあるベットは、一人で使うと少し大きく、二人で使うと少し狭いと感じるくらいのものだ。

 ユシャは、ベットに腰を掛けつつ、自身の特徴とも言える、その三つ編みを解いていた。髪はざっと腰のあたりまで長く、手を伸ばして髪を持ち上げれば、はらりと指の隙間から流れ落ち、切れた蜘蛛の糸のように、柔らかく揺らめく。


「髪を下ろしてるの、俺、初めて見たな」


「そ~お? 私寝る時は、いつも髪はこんなだよぉ」


「へぇ~」

 少年の興味は尚も髪にあった、ユシャが、向こう側を向いているのを良しとして、手にとって、回したり、波打つようにうねらせたり、挙げ句の果てにはその匂いを....


「........」


「........」


 目と目が会った。


「すぅ....はぁ....」

 落ち着いて、冷静に少年は匂いを確かめる。人間というのは、五感的好奇心の塊だ、ソレに伴い、ハッキリと二つの人種に別れる。理性的であるか、理性的でないか。残念ながら、少年は後者であった。

 それを見たユシャは、月の青い光の中でも分かるほど、静かに頬を赤く染め、怒りか、それとも恥ずかしさのあまりか、ぷるぷると体を震わせながら、体を少年の方に向け、持参した枕で自身の顔を隠した。


「なんだよ、怒ってんのか? いいじゃねぇか、髪の一本や二本」


「そういう問題じゃないのぉ!!」

 枕を隔てて、聞こえる籠もった声に、少年は、困惑した。


「な、なんだよ...ちょっと気になっただけだろ...」

 その返答に、ユシャはビクッと背筋が伸び、顔を隠していた枕から半分ほど覗かせる。


「ど...どんな...香りでしたか?」


「え、別に臭くはなかったけど....まぁ、強いて言うならユシャの香り?」

 ポトリっと、枕が膝下に落ちる。

 目線が彷徨っており、時折少年と目を合わせるが、すぐ逸らす。額に汗をかいているようで、髪の毛がぺっとり額や頬に張り付く。息も少し荒く、室内の温度が少し低いせいか、白い吐息が薄っすらと見える。


「ユシャ...大丈夫か?」

 少年が、頬にピタリと手を当てると、血液が沸騰しているのではないか、と思うほどの熱を感じた。


「.......っ!?」

 ボンっと煙が出そうな程顔を赤く染め上げ、そのままユシャは横に倒れ気絶してしまった。

 いくら揺さぶっても起きず、完全に意識が飛んでいた。


「衛兵ッ―!!衛ー兵ー!!」

 コレは一大事に違いない、そう思い、カアの元へ転がり落ちるように、走った。

 

 肝心のカアはと言うと、夜食のスープを一人黙々と飲んでいた。

 「カアさん!ユシャが!ユシャが....!」

 

 「落ち着くさね....何があった」

 少年は話した、事細かに、ユシャの髪の毛の匂いを嗅いだこと、枕で顔を隠したこと、香りがどうか聞いてきたこと、息を荒げる姿にちょっとエロいなって思ってしまったこと、頬に触れるとシャボン玉が弾けるように、気絶してしまったこと。

 少年は、事情を改めて説明した上で確信した、コレは新種の病気に違いないと、ソレも加えて力説した。


 スープを飲みながら聞いていたカアは、口早に全てを説明された後、耐えきれず口に含んでいたスープを少年に、吹き出す。

 咽ながら、大笑いした後、唖然とする少年にこう言った。

「くくっ.....あんたそりゃ、男が女を誘うときの"アレ"さね」

 と言っても、ユシャが属する宗派の作法だ、と付け加えたが、少年の耳に届いてはいなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーー


 純白の純情を染めろ!2日目!


 "私達...終わりにしましょう"


 "そんな...どうしてッ!ジュンコさん!僕はこんなにあなたを愛しているのにッ!"


 "嘘よ!...あなたはただ私とシュシュしたいだけッ!"


 "そ....そんなことは...."


 "..........さようならッ!"

 

 "ジュンコサーーーーーン!!!!"



「グラ君....何してるの?」


「特訓を始める前の儀式、コレやんなきゃ始められないからな」


「えぇ...!? そ、そうなの?」


「まぁ、嘘だけどな」


「もぅ! 一瞬、信じちゃったよ!」


 朝である。

 二人共、既に朝食を済ませ、ユシャは、カアの元で魔力の習得、少年は『支配』の特訓、それが本日のメニューになっている。

 さて、気になる昨晩のことだが....苦心の末、少年は、アレは全て夢だったとユシャに吹き込むことにした。案外すんなりと事は運ばれたが、カアと目が合うと、クスリと笑われるのが、少年の唯一の不満であり杞憂だった。


「そんなことよりユシャ、カアさんが下で待ってるんだろ? 行かなくて大丈夫なのか?」


「むぅ...言われなくても降りるよぉ」


 ユシャは下へ通りていき、少年は訓練を再開した。

 しかし、その表情は固く、どこか暗い。

「行けるはずだ....落ち着け俺」

 言葉とは反対に、心臓が強張る。再び、あの何もない世界に、自分は行ってしまうのではないだろうか、そんな当たり前の不安がやはり過る。

 しかし、これを成功させなければ、先へ進むことは叶わない。額に流れる汗が輪郭を伝い、右の膝に落ちた。

 少年は目を閉じる、そして、闇の中に再び『灰』を灯す──。



 ──一方ユシャは、例によって、タマリの葉が生い茂る畑で、魔力に関する説明を受けていた。


「──とまぁ、だいたいこんな感じさね」


「な、なるほどぉ....」

 明らかに、よく分からないという表情を、隠しきれていないユシャだが、カアは構うこと無く、話を進めていく。

「さて、次はあんたの魔力の『型』を見る」

 タマリを一つもぎ取ると、ユシャの手のひらに載せる。

 コレも少年が行ったときと同じように、半分ほど握り潰させる。サラサラとしたタマリの果汁が、ユシャの手のひらを伝い、その下の陣に垂れて広がり、形を成していく。

 出来上がったそれは、薄くはあるが美しい桃色を下地に、小さく白い緩やかな波紋が、右端の方にちょこんと置いてあった。

 しばらく、カアはじっとソレを見て、ユシャの方へ目線を戻す。

「──『連鎖』波紋の色によって、連鎖の特性を持つ色性決められるんだが....白か...」

 そう言ってまた、黙り込んでしまう。

 ユシャの心臓はドキドキであった。もし、魔力の才能が無いと言われたら、どうしよう、特訓を手伝ってあげられない、そしたら、ここを追い出されて、一ヶ月間も少年と会えないのか....いや、違う違う、そういう意味ではない、単純に友達としての話だ。と、独りでに首を激しく横に振りつつ、他にも色々と思考する中、カアが再び口を開いた。


「ユシャ....あんたの能力値の中で、"100を超えている"ものが無かったか?」


「ひゃ、ひゃい!?....あ! え~っとぉ、知力と...精神です」

 急に話しかけられ、戸惑ったユシャは恐る恐るそう答えた。


「なるほどな...あんたの宗派では『白』は何者にでもなる...だったね」


「は、はい...そうです」


「つまりだ、『連鎖』の特性が5つの色性に自動的に付加される。若干効果は落ちるだろうがね」

 最後に小声で、面白い...っと呟く。


「あの先生....」


「何さね?」


「コレはどうしたら...?」

 そう言って、手のひらにある、桃色に染まったタマリ指す。


「あぁ、ソレは今からあんたが食べるさね」


「うぇ!? 食べられるんですかぁ!? ....あのぉ、実は、ちょっと美味しそうだなぁ....って思ってたので、食べます!」

 爛々と目を輝かせるユシャは、少し躊躇しながらではあったが、タマリを口元へ近づけると、房を残しそのまま"ちゅるん"と口に頬張った。

 食感。みずみずしく感じた果肉には似合わず、弾力がありもちもちとしていた、甘みがあり、噛めば噛むほどに、甘みが増していくので、ユシャは夢中になって、もちゃもちゃと口を動かしている。

「うぇへへ....あまうまぁ~」

 ついつい顔が綻び、名残惜しそうに頬を擦る。


「コレを、そんなにうまそうに食べるとは...中々愉快な子さね」

 呆れた笑みを浮かべるが、カアはどことなく楽しそうだ。


「その...甘いものは昔から好きなので...」

 自身の反応を見られて少し照れるユシャ。根っからの甘党なのである。


「そうか....さて、次の段階に進もうか──」

 何故、タマリを食べる必要があったのかを、少年の時のように説明し、早速、魔力を出力してみるように促す。


「目を閉じて、色を思い浮かべるんだ」


「は、はい...色ですね、やってみますよぉ...」

 目を閉じると、しばらく闇が続いた。

 いつまでたっても、色が現れないので不思議に思い、ユシャは闇に語りかけると、返事をするように明るい桃色が跳ね、同じ色の波紋が広がって、こだまして、闇の中に光と色が溢れ出た。

 眩しさの余り目を開けると、自身の左の手のひらに、線を少し太くしたような、白色の『輪』がふよふよと、少し不安定に浮いていた。

 そして、さらに気が付く、自身の左手から左腕、同じく右手から右腕、兼ねては全身から、薄く明るい桃色が出力されていた。その桃色は、よく見ると薄っすらとした波紋を纏っており、時折色が大きく揺らめくのは、この波紋による物なのだろう。

「んふふ...あはは♪」

 心地が良かった。全身から溢れるこの色は、己を、証明出来るという喜びを感じるのはもちろん、胸の底から、暖かさと懐かしさが湧き出てくる。

 そうだ、ほんのちょっぴりの、憧れもあることを忘れてはいけない。

 あぁ、本当に心地が良い──。



「──シャ....ユシャ、聞こえてるか?」


「っは!? すみません、今、聞こえましたぁ....」

 いつから話しかけられていたのかは分からないが、感覚に酔ってしまって、先生カアの声に意識が行かなかった。

 一先ず、心を落ち着かせ、先生の言葉に耳を傾ける。


「出しすぎだ、左手だけでいい....調節できるか?」


「あ、はい、やってみます」

 体全体に感じる波紋の揺らぎを、左手に集中させようと試みる、結果として、全体的にまばらだった波紋が、一点に集中したことにより、波紋による揺らぎは、先程よりも大きくなっている。左手には依然輪っかが浮かんでいる。


「輪っかか...あんたらしいと言えば、あんたらしいね」


「そ、そうですかぁ?」

 色の出力を止めながら、私のどのへんが、輪っかぽいのだろうかと忙しく思考を走らせる。

 ふと気がつくと、目の前に白い花があった。ついでにその後方には若干ピントのぼやけた先生の姿が見える。つまるところ、考えにふけってしまい、またもや話を聞いていなかったのだ。

 さすがの彼女も呆れ顔だ。


「ん? ようやく戻ってきたみたいさね」


「あ、その...すみません先生...ちょっと私、浮かれてるみたいで...」


「ま、そういうもんだ....ところで、この花、この純白の花を、試しに染めてみるさね」


「これってぇ、グラ君が持ってたのと、おんなじヤツですか?」

 花を手に取りつつ、質問をすると、彼女は静かに頷く。

 果たして、グラ君に出来なかったものが、私に出来るのだろうか....若干尻込みしながらも、再び目を閉じ、闇に語りかける。

 意識すると溢れ出た色が、左手から花に流れていくのを感じる。いや、これは流れるというよりは、お互いが、呼応し合っている感覚に近い。発した色の波紋を、花は反響するように、白い波紋をこちらに送ってくる、これの繰り返しが、私の中で行われて、段々と花は染まっていく。

 いつしか波紋は消え、代わりに私の背が、ちょっぴり高くなった様な気がした。

 閉じていた目を開くと、純白の花はそこになく、薄く可憐な桃色の花が、掌の上で咲いていた。


「でき...た....?」


「『支配』の速度は5秒弱か....問題ないさね」

 私には、10分ほどに感じられたが、実際には一瞬だったらしい。

 実感はあまりないが、コレが染めること、『支配』するということらしい。

 花をまじまじと観察していると、先生がまた口を開く。


「さて、『支配』は済んだ、次は『作用』させてみるか」


「『作用』....これも、燃えたりするのかなぁ...?」


「いや、『連鎖』の特徴は....いや、説明するよりやってみたほうが速いな、ユシャ、この花を私が空中で回すから、何でもいい、分かりやすい"合図"を決めて、『作用』させてみるさね」


「"合図"...ですかぁ?」


「そう、頭のなかで”動け”と念じるもよし、直接言葉にするもよし、体をつかったものでも...何でもさね、じゃあ、投げるぞ」


「えぇ!? ああ!? なぁ!!」

 不意に、空中へ投げられた花に戸惑いながら、ヤケクソ気味に、私は人差し指を上に振った。

 丁度、私の胸の辺りの高さまで落ちていた花は、"その場で右回りに回り続けていた"

 一体この花の物理的法則は、どこに行ってしまったのか...この光景に唖然とする他無かった。


「コレが、『連鎖』における『作用』さね」


「こ、これ、ずっと回るんですかぁ?」


「そうさね、あんたが止めるまで回り続ける」


「なるほど....物を回し続ける特性ですね」


「いいや、ちがう、『作用』させる直前の運動エネルギーや、位置の情報を保存し続けたり、エネルギーをそのままに、他の物にぶつけたり出来る力さね....」


「おぉ....凄そうですねぇ」


「......まぁ、使ってる内に覚えるさね....ただ、信用できる人物以外の前では、使わないほうがいい....」

 諦めた顔をしつつ、タバコに火をつける。


「うーん?....どうしてですか?」


「ふぅ....じゃないと黒焦げになって死ぬさね」


「えぇ~!? し、死んじゃうのぉ...?」

 先生カアの言葉に肩が強張り、思わずたじろいでしまう。


「大丈夫さ、ユシャ。あんた基本グライスと一緒だし、そうそう黒焦げには為らんさね」


「ま、まぁ....そうですけどぉ....」

 ちょっと嬉しかった。


「さて、ついでだ....今日はもう一つ先へ───」


「..........あの」

 先生の言葉を遮る。


「どうした?」

 

「あの、グラ君が────グラ君と一緒に次へ行きたい、です」


 その言葉を聞いた先生カアは、少し考えた後に口を開き、"あんたがいいならソレでいい"と言って、私の頭をすれ違いざまに雑に撫でた。




 ──集中しろ....集中だ....。

 大きく深呼吸をして、また目を閉じる。闇の中に強く灰を想像する。

 しばらくすると、闇の中に灯った灰が見える。

 しかし、遠い、遠いのだ、どんなに闇の中を深く潜ろうとも、あの色にたどり着ける気がしない。手を無理に伸ばし引き寄せようとはするが、空を切るばかりだ。

 次第に、色は更に遠く、小さくなっていく、決して向こうが、遠ざかっているのではない、こちらが闇に流され、消えて行くのだ。


 「.......クソが」

 部屋が暑いわけでもないのに、全身から汗が吹き出て止まらない。額の汗が、目の中に入り染みる、思わず目を擦るが、何度も擦って赤く腫れたまぶたが、余計痛むだけだった。

 失敗したのはコレで、三百四十二回目....これは決して、花を染めようとした回数じゃない。

 花は朝からずっと、時が止まったかのように、瓶に飾られたままだ。

 ──俺は、魔力を出せなくなっていた。


 ────何がイケないんだ、何がダメなんだ、何でうまく出来ないんだ、前はちゃんと....出来てたはずなのに....何が変わったんだ。

 失敗する度、あったはずの感覚が水で薄まってくみたいに、思い出せなくなってきてるんだ。

 怖い。



 いい加減、かいた汗を適当な布で拭いていると、トタトタと階段を登る足音が聞こえる。

 遠慮がちに部屋のドアが開けられたと思うと、やっぱりユシャだった。


「よ、お疲れさん」


「グラ君も、お疲れ様」

 ユシャは微笑みながらそう言ったが、背中の後ろに何かを隠しているように見えた。


「何持ってんの?」


「んふふ....じゃーん!」

 満面の笑みで、俺の前に差し出したのは、薄く明るい、ユシャによく似た色の一本の花だった。

 

「.....」


「....グラ君?」


「....すげぇな、もう、出来るように成ったんだな」

 声が少し震えてしまい、自分の心臓の鼓動が、まるで聞こえなくなった。

 

「うん、これってコツがあってねぇ、グラ君は──」

 話している途中なのに、思わず目を反らして、腰を掛けていたベットから立ち上がる。

 嫌な予感と言うか、声というか...そんなものが、心音の代わりに大きくなっていく。

 

 「........」

 突然立ち上がった俺を、ユシャは不安そうに眉をひそめて見上げる。

 その視線に耐えられそうにない。とりあえず、外の空気を吸いに行こうか...。

 俺がドアの取手に手を掛けると、ユシャが慌てたように口を開く。


「だからね! グ、グラ君に、えっと...コツを──」


「いらねぇよッ!!!」

 

 心音が大きくなった。

 

 俺はそのまま、部屋を出た、ユシャを残して。



 階段を意味も無く、ゆっくりと降りながら、頭を抱える。

 

 ちがう、チガウ....今のは...違う。そんなこと、言うつもりじゃなかった、「外の空気を吸ってくる」って伝えたかったのに....口を開いた途端、押し込めていた感情が、俺の口を、声を、勝手に使った。

 ──だまれ、嫉妬なんかじゃない!俺はそんな小さいやつじゃない!違うんだよぉ.....

 本格的に頭が痛くなって、俺は右手でこめかみを押さえながら、外へと出た。


 とっくに外は夕暮れで、吹いてる風は、生ぬるく感じた。どこに行こうと言う訳でもないので、とりあえず、地べたに座っていると、ウクレレ先輩の音色が聞こえてきたので、そちらに移動することにした。

 気を利かしてくれているのか、いつもの陽気な音楽とは違い、ゆったりとした低音の音色が響く。膝を抱え聞いている内に、気分が落ち込んでくる。

 あまりにも、落ち込んできたので、顔をあげると、夕日がまぶしかった。


 唐突だが、夕日に向って走ったことはあるだろうか? 俺はある。

 今考えれば、アレほど虚しいことも無かった様な気がする。

 どんなに走って、たとえあの草原を越えようとも、たどり着けない。

 自分では進んだように見えても、それは進んでないんだ。

 だってそうだろ、結局逃げてるだけなんだからさ。

 届かないことを知って、走り続けるんだからさ。


 「────才能ねぇのかな」

 

 ポツリと呟くと "えいっ" という抜けた声とともに、首筋の両側を挟むようにべちりと衝撃が走る。

 

 「いってぇ!?」

 思わず後ろに倒れたが、地面に頭を打ち付けることはなく、代わりにぷよぷよした感触を、後頭部に感じた。


「んふふ....」


「なんだ、ユシャか....」


 したり顔で、ユシャが俺を覗き込んでいた。

 ぷよぷよとした感触の正体は、ユシャの膝であり、太ももだった。


「ここで何してたのぉ?」


「外の空気を吸いたかったんだ....ついでに、夕日を見てた」


「そっかぁ....」


「.....」


「グラ君、今日は特訓どうだった?」


「.....どうもこうも、魔力を出せなくなっちまった」


「それって...昨日言ってた"失敗"のせい?」


「いや──」


「はぁーい、グラ君は今、正直者の仮面を付けたのでぇ、正直な気持ちしか話せません!」

 我が友ながら鋭い。

 テキトーに否定しようとしたら、言葉を遮られ、ユシャの両手が俺の両目を覆った。

 そして、デコに丁度ユシャの三つ編みがちょこんと乗っかる....くすぐったい。


「.....分かった分かった、今から俺は、聖人もドン引きな正直者だ」

 

「じゃあ、もう一回聞くね....魔力を出せなくなったのは"失敗"が怖いから?」


「.....................そう、だと思う。ずっと、頭の中にその時の感覚がチラつてるのはあった。ムキになってさ、そんなことはないって、自分に言い聞かせて、何回も繰り返してる内に、よく分からなくなった。」

 自分でも驚くぐらいに、"正直者の仮面"を着けた俺はスラスラと胸の内を語る。


「そっかぁ....よく分からなくなったていうのは、どういうことぉ?」


「.....自分の色を思い浮かべる内にさ、どんどん感覚が遠のいていくっていうか、俺のものじゃなくなっていく感じ、結構焦ったぜ....はは」


「グラ君はさ、自分の『色』のこと、どう思ってるの?」

 自傷気味笑う俺に対して、ユシャは静かに問いかける。


「どうって...例えば?」


「....好きとか嫌いとか、違うとか、見たくないとか、そんなの」


「どうだろうな.....あんまり考えたことねぇや。」


「好き?」


「.....好きではないな、少なくとも」


「じゃあ、嫌い?」


「嫌いでもない....というか、俺って感じがしないんだ、他人って感じ....つまんねぇんだよ、ぱっとしなくてさぁ...」


「でも私、グラ君の色好きだよ、"グラ君"って感じがするし」


「物好きだよなユシャも、と言うかそれ、前も言ってたよな」


「うん、だってねぇ...色は自分のえーっと、何だったかなぁ...あ!そう鏡だから。だから──」


「だから、俺が鏡に写ってる自分に向かって、"ぱっとしない" って言ってるのと同じって言いたいのか?」


「うん、それもあるけど、向こうもグラ君の事を見てる、って事を知って欲しいなぁ」


「でもさ──」


「違うよ。自分が先か色が先なのかは、関係ないよ」


「よく分かったな...俺が言おうとしてること」


「私も、昔同じこと考えたからね...」


「.......」


「だからね、グラ君。ちゃんとお話するの『自分』と....そしたらちゃんと答えてくれるから」


「それが....さっき言ってた"コツ"ってやつか」


「実はね....あそこで私が花を見せたら、グラ君が....その、よく思わないだろうなぁ、っていうのは分かってたの、でも....黙っているのは、違うって思ったから。」


「..........」


「それとね、コレは私のワガママなんだけど、グラ君とおんなじぐらいに進みたかったの....」

 俺を覆うユシャの手が、少しだけキュッと力が入るのが分かった。


「なんだよ...俺だけ格好悪いぜ」

 俺はいい加減、正直者の仮面を脱いだ。

 この力を借りずに言わないといけない言葉がある。


「ユシャ、さっきは...怒鳴って悪かったな」


「....赦します、その代わり一緒に頑張ろうね」


「当たり前だろ、早速"コツ"ってやつを試してみるか」


「ダメだよぉ、今日はちゃんと休んで明日から」


「分かってるって.....それと、やっぱりお前ちょっと太ったよな、前よりぷにょぷにょするし」

 俺は立ち上がって振り返りながら、見上げるユシャにそう言ってやった。


「むぅ...! なんでそういうこと言うのぉ!」


「くっ....どうやら、正直者の仮面を着けすぎたようだ、俺の体の中に正直者の魔力が──」

 片目を押さえ大げさなリアクションを取る。


「もぅ、そんなわけないよぉ! グラ君の嘘つきぃ!」


 分かりやすく怒ったユシャの機嫌を、元に戻すのに苦労したのは、また別の話だ。


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