12 召喚士は魔法使いでないⅥ
「「ホージョークン、あーそーぼ」」
俺とユシャの声が、広い庭に響く。
そう、ここは、ホウジョウの家の前。家の外。敷地外。
「「ホージョークン! あーそーぼ!」」
初めて来たが、何やら屋敷の周りが、ぐるっと鉄格子に囲まれて、ぼんやりとした光でライトアップもされていた。しかも、唯一の出入り口っぽい所は、鍵穴が無いのに開かない。呼び鈴もない。
「「ホージョークン!! あーそーぼ!!」」
だからこうして、大声で呼んでいる訳だが...近所迷惑? うるさい知るか、黙れ。そんなチンケないちゃもんに構ってる余裕はない。忙しいんだよ!
「「ホージョークン!!! あーそーぼ!!!」」
さらに声を張り上げる。
しかし、反応は無し...なんだよ、もしかして、居留守か? なんて考えて、ユシャと顔を見合わせていたが。
突如として、奴の屋敷の扉が勢い良く開かれる。そして、遠目ではあるが、人が一人こちらに向って、ツカツカと歩いてきている。
「誰か出てきたな」
「ホウジョウ君のお母さんかなぁ?」
しばらく待っていると、こちらに近付いて来るのは女性だとわかった。
俺達を一瞥すると、入り口を開けてくれた。
「開いたみたいだな」
「開けてくれたみたいだねぇ」
鉄格子にへばりついていた俺達は、一応、挨拶をすると共に、入り口へと寄っていくと...。
「あなた方ですか? 非常識に人の家の前で、大声で呼び立てていたのは」
黒髪に、黒のロングスカート、真ん中に白いラインの入った黒いパフスリーブを着ており、左肩には勇ましいさを象徴する様な鳥の羽が荘厳に飾られていた。
睨みつけるような三白眼の瞳は、ちょっと気後れするものがあり、俺達を、下から上に品定めするように見ながら、ため息混じりにそう言われた。
いわゆる、侍女さんってやつだな。
「まぁ、一応」
「私達ですけど...」
「今の”雲空”をご存じないんですか? もう丸の初時ですよ?」
非常識的な時間帯、つまりは夜なのだが、それでも済まさなきゃいけない用が俺にはある。が、確かにこちらに非があるので、そこはきちんと二人で謝った。
「「ごめんなさい」」
許してくれると良いな。
次女さんは、しばらく目をつむり、もう一つだけため息を付くと、目を開く。
「ホウジョウ様には、お通しになられるよう、申し受けておりますので、ご案内は致しますが、ご友人だと仰られるのであれば、もう少し、常識を学ぶべきだと思います」
他にも小うるさくは言われたが、一応もてなしてはくれるらしい。何というか、ホウジョウに少し似てるなと思ったのは内緒だ。怖いからな。
入り口を閉めると、こちらです。っと言って、俺達の前を立ち、庭の石畳の上を進み始めた。
半分ほど進んだ辺りから、屋敷にかけてまで、花で埋め尽くされている事に気がついた、その花は一つ一つが、暮れた赤の小さな光を灯している。
なるほど、遠目で見て、ぼんやり光ってたのはコレが正体だったのか。
「わぁ~...綺麗...!」
そう言ったのはユシャで、立ち止まり、この花畑に見とれている。まぁ、たしかに綺麗だよな。
「当然です、何せ日々欠かさず、手入れをしていますからね」
「えっ!?侍女さんが、このお花育ててるの?」
「えぇ、もちろん、それも侍女の努めですので。それに───この花...『ユウアキネ』の花は......ホウジョウ様がお好きなので...」
彼女はそう言うと、先程よりも早足で進んでいく。
なるほどなぁ...主思いの侍女さんだ、ホウジョウには勿体無いくらいだな。
「いつまで見てるんだよユシャ、先行くぞ」
「えぇ~...もうちょっと見たいよぉ~」
声をかけると、ユシャはそうぼやいて、渋っていたが、構わず先に行くことにした。
ようやく玄関にたどり着いたが、こちらを振り返った侍女さんが、ユシャがいないことに気づく
「......? お連れのもうお一方はどちらへ?」
「ん? あぁ、多分すぐ後ろから来ますよ。」
俺がそう言ったのを、知ったか知らずか、ユシャは”はぁはぁ”と髪を揺らし、息を切らしながら、ようやくここに辿り着く。汗をかいたようで、首筋を伝うそれは、艷やかに見えた。
「うぇ~~...ようやく着いたよぉ...遠すぎるよぉ~」
「確かに遠かったけど、そんな汗かくほどじゃねぇよ。体力もっとつけろよな」
パタパタと手をうちわにして仰ぐユシャを嗜める。
「よろしいですか?それではご案内します」
若干呆れ顔の侍女さんは、中へと入っていく。
中は広かった。とても、広い。無駄に広い。まず最初に玄関が広い。派手な感じではないが、種類問わず魔物や植物と思われる、剥製が置いてあった。聞くと、ホウジョウは生き物や植物全般が好きらしい。それで、見たことのない魔物やらを見つけてくると、こうして能力で剥製にして、飾るのだそうだ。玄関に会ったのはほんの一部らしく、奥の物置に大半は仕舞ってあるとのこと、初めて知ったぜ...あ、蟻ミミズの剥製だ。
物珍しさから、キョロキョロしていると、途中で侍女さんを見失いそうになった。
長い廊下を経て、ようやくホウジョウが居る、部屋の前に着く。侍女さんがドアを二回ほどノック。
すると中から、入れ、と奴の声が聞こえる。
ドアを開けると、ゆらゆらと前後に揺れてるイスに座って、読書をしているホウジョウが居た。
相変わらず分厚い本をを読んでるなぁ。
周りには、背の高い本棚がいくつもあり、一箇所を残し、全てに本が収まっていた、俗に言う書斎って奴か。
「ホウジョウ様、お客様をお連れ致しました」
侍女が一歩前に出ると、硬い声で、ホウジョウに向ってそう言った。
ホウジョウは、こちらに一瞥をくれると、本を閉じ、侍女さんを労う。
「すまんなマリア、手間を掛けさせる。」
「い、いえ、侍女たるもの、主の為に動くのは、当然の努めですので」
そう言って、ホウジョウは、笑みを浮かべると、侍女、もとい、マリアさんは、”ぽ”っと頬を赤く染めた。
ははぁん、さてはホの字だなオメー。ものすごく分かりやすい。それにしても、ホウジョウのあんな顔、初めてみたぜ、気持ちワリィ。
「そうか、ご苦労だった。後はもう下がってもらって構わない」
ホウジョウは、本を抱えて椅子から立ち上がると、マリアさんに下がるように言った。
「はい、それでは失礼致します」
ホウジョウに一礼すると、そのまま部屋から出る。すれ違いざまに小声で、ヒューヒューっと囃し立てたら、扉を締める時にすげぇ睨まれた。怖い。
「何やら、外が騒がしいと思ったら、貴様らだったとはな...まぁいいが、いつまで、そこで突っ立ているつもりだ? イスを出す、こちらに寄れ」
と、人差し指をクイクイっと曲げるので、俺達は、適当にホウジョウの方へ寄っていくと、奴が指を鳴らす。するとどこからともなく、ユシャの後ろにイスが出現した...こんなことも出来るのか。
さて、話に入ろうか...俺もイスに座りつつ...つ...つ...?
「おい、てめぇ。俺のイスが出てねぇじゃねぇか」
「なに!? 貴様、椅子に座ることが出来たのか、驚いた」
取ってつけたような、大げさなリアクションを取りながら、奴はそうほざいた。
開始早々ジャブとはやってくれるじゃねぇか...しかし今は耐えろ、俺は大人だ、落ち着いていこう。
煮えたぎる溶岩の如く湧いた感情を、深呼吸をして抑える。
「....ふぅ。今日はそういうのに、付き合ってられねぇんだよ。ホウジョウ」
「....ほう、脳天気な貴様が、今日はえらく真面目だな、珍しいこともあるものだ。まぁ、話ぐらいは聞いてやろう。」
そう言うと、ホウジョウは俺の前に立ち、両腕を組んだ。余裕そうな顔がムカつくぜ。
改めて、覚悟を決める。
「ホウジョウ・トキ、今度の能力祭で俺と戦え」
正面に見据えているホウジョウは、若干驚いたような顔をしていた。しかし、それは少しの間だけ、表情をすぐ元に戻すと、同時に鼻で笑う。
「ふん、改まって何の言うのかと思えば、下らんな。貴様、オレが軍にスカウトされている事は、知っているはずだろう? 軍人になることが決まっているのにもかかわらず、わざわざオレが、能力祭に出る理由もメリットも無い。それに、貴様とオレとでは、どちらがと、比べるまでもなく明らかだ」
ホウジョウは何か思いついたように指を立てる。
「...そうだ! 参考がてら、貴様の能力値でも、一応聞いておこうか...あぁ、いや、やはり言うな。当ててみせよう、そうだな、平均50、は流石に高すぎるか、とすると平均30...む? 図星化かぁ? はっはっは! そうかそうか! カンで言っては見たが、ここまでとはな! いやまさか...実はソレよりも低いのではないか!? 10か?...いや! よもや、一桁と言い出すんじゃないだろうなぁ!! はっはっはっは!! 貴様はオレを嗤い殺すつもりか!? だとしたら中々の策士だな! 愉快! 実に愉快だ! おっと、気をつけろよ?オレの能力値の平均は5000だ。触れただけで、貴様を殺してしまうかもしれんぞぉ? はっはっは!! こんなに嗤ったのは久しく無かった、ソレについては、礼を言っておこう。だが、やはり、申し出は、断らせて頂こうか。そういう訳だ、大人しく帰っ────」
我慢の限界は、とうに過ぎていた──。
胸ぐらを掴んでグンっと寄せた、目一杯引き込んでやる為に────。
「いいや、お前は受けるさ 『マイケル・フレッツェ』」
時間が止まった────。
自分でも驚くほどに低く、鉛のように重い声だった。
「キサマ...今、なんと言った...」
表情は一転。奴の瞳は赤く沈み、俺の胸ぐらをゆっくりと掴み込む。虎をも屠らんと気迫に満ちた、声、眼力、圧倒的存在感と雰囲気は、俺を熱く焦がす。
「何度だって言ってやるよ、でこっぱち鳥頭が!! いや、マイケル・フレッツェ!!」
「オレを! その名で呼んだな!! グライス!!!」
瞬間、俺の前から奴が消える────。
───気が付けば、俺は庭先の花畑に転がっていた。いや、正確には、庭先の花畑に横たわる本棚の上に転がっていた。
屋敷に空いた大穴を見ると同時に俺は理解する。
あの書斎からここまで、壁と壁と窓をぶち破り、本棚もろとも、ぶっ飛ばされたということに。
「何じゃそりゃ....というか花畑...台無しだな...」
体を起こし、立ち上がろうとするが、うまく力が入らない、それどころか、力を入れた箇所が、釘を打ち付けられたの如く、抉れるような痛みが溢れ落ちる。
痛みが、全身を廻る。
結局動けず、横たわった本棚の上で、体を起こすのが精一杯だった。
そういや、アイツに初めて殴られたな。
強い電気が走ったみたいに殴られた頬が痛む。
今までも、殴り合いの喧嘩をしてると思っただろう? だけど、無かったんだなコレが...でも、その御蔭なのか、やつとは今まで同じ『位置』に居れた気がする。
「生きていたか...存外、しぶといな、グライス」
屋敷に開いた大穴から、ホウジョウが姿を見せ、俺を見下ろす。
でも、今は上と下だ、ハッキリと思い知らされた...だからこそ、俺は、もう一度同じ『位置』に行く。そう考えたら、自然と口角が上がってしまう。
「何が可笑しい? 脳が蒸発でもしたか?」
「いやぁ、初めて名前を呼ばれたと思ってなぁ...ホウジョウ・トキ」
俺がそう言うと、ホウジョウは再びあの目で睨んだ。
「いいなぁ...その眼、好きだよ。前と比べて、千倍増しにな」
その目は、俺をみていた。『見』て居るんじゃなくて、『観』ていた。一人として。
風が吹き荒ぶ、散らばった本のページが独りでに捲られていく。香る花の匂いは苦い鉄の様だ。
しばらく睨み合っていたが、ホウジョウがようやく口を開く。
「ふん....貴様の蛮勇に免じ、先程の申し出、この北条刀牙が受けよう」
そう言うと、奴はまた俺の視界から、何の前触れもなく消える。
「───ただし」
いつの間にか、地面に降りていた、こちらに向って歩いてくる。
「エキシビジョンだ。祭りの前座には丁度いいだろう」
「そんな事できんのかよ?」
「オレを誰だと思っている。演目を一つ増やすくらい造作もない」
俺の目の前まで来ると、立ち止まり、尚見下ろすようにして、当然と言わんばかりに答える。
「そりゃ頼もしいな」
俺がそう言うと、再び鼻で笑う。
「ふん...一つ、参考がてらに教えておいてやろう。オレが覚醒式にて、覚醒したスキルは──」
残像も残すこと無く赤色はまた消える。
「『瞬時移動』」
声は再びあの大穴から聞こえた。
「そして、ハンデだ。オレはこの能力のみでお前に挑もう...さて、貴様にオレが捉えられるか?グライス」
「はっ! 望むところだぜ!」
ホウジョウは踵を返し、一度だけ俺を一瞥すると、そのまま屋敷の奥に消えていった──。
ーーーーーーーーーーー
革袋を抱き、ユシャは、長い廊下を走っていた。おそらく自身の人生においてコレほど必死に走るのは、初めてであろう。
元々が、おっとりとした性格なのだ、並大抵なことでは取り乱しはしない。
「はぁ...はぁ...はぁ...!」
死んだ──。
アレは確実に死んでしまったに違いない、必死で頭の中でその考えに蓋をするが、涙と一緒に、どこからともなく溢れ出てきてしまう。
北条の家へ行こうと、少年から誘われた時、やっぱりと思った。何だかんだで、少年も、寂しいのだと思った。
はやる気持ちを抑え、ユシャは頭の中で、別れの言葉は何が良いだろうかと、うんうんと頭を捻りながら考えていた。
ソレがまさかこんな事になるとは。
きれいな侍女に部屋へと案内され、いつもと変わらぬ北条と少年の姿に、少しホッとしたのも束の間、いきなり、北条に対し少年は宣戦布告をした。
何かの冗談だとおもったが、少年の顔が本気だと悟った。しかし、北条はまるで相手にしていないどころか、少年の琴線に、あえて触れるように捲し立てていた。
ユシャは、止めなければと思った。だが、体はソレに反して動かなかった、それは何故か、問いただすまでもない。
”きっと何とかなるだろう”という心の緩みがあったからだ。いつもの雰囲気とはまるで違っていたのに、その”いつも”を期待していたからだ。
そうして、少年は言ってしまった。禁句を。
呆然とするユシャが、次の瞬間目にしたのは、轟音とともに、本棚もろとも吹き飛んで行く、少年の姿だった。
「一体、何事ですか!?」
廊下の角を2度曲がる頃、先程の侍女と出くわす。
本来であれば、ここで事情を説明するべきであるのだが、パンクしているユシャに、それは不可能。
「おじゃましましたああぁぁぁぁ...!!」
礼儀正しい子なのだ、挨拶は欠かさない。そして、目的地に達するまで、足を止めることは出来ない。
「え!? っちょっと? えぇぇぇ....」
呆然とする侍女の視線を、背中に目一杯浴びながらも、そのまま走り抜けていく。
どのくらい走ったのかは、覚えてはいないが、ふと見覚えのある剥製とすれ違っていく。もうじき、玄関へとたどり着く。徐々に視界が広がっていく、あの分厚く大きな扉が見えてくる。
「はぁ...はぁ...」
先程から足元がふらついて仕方がない。止まればきっと倒れてしまうと思ったユシャは、勢いのまま扉に体当たりをして押し開ける。飛び出ると少し段差があり、躓きそうになる。
視界には、一面に淡い暮れた赤が再び広がった。それと同時に、花畑の中で、本棚と少年を見つける。
視線が合うと、少年はバツが悪そうに笑う。
感情がまた涙となって、こらえ出た。
抱えた革袋は、ドサリと手元から落ち、少年に向って、ユシャは駆け出した。
「よ...かった...よかった.....グラ君....死んだかとおもったよぉぉぉぉ....!」
ユシャは少年の腹に、顔を埋めるようにして抱きついた。自身の顔を何度も擦りつけ、少年の体温を感じる。
「いつつ、痛いってユシャ...ほんとに死んじまう」
そう言われ、力は緩めたが、離れようとはしない。今更ではあるが、泣いた顔を見られたくはなかった。
「何だよ...泣いてんのか...相変わらずだな...」
「ないて...ないよぉぉ......」
「分かった、分かった...」
少年はそう言うと、ユシャの頭を軽く撫でる。
「.......」
いつ以来だろうか、こうして撫でられたのは、随分久しい気がした
そんな感覚に浸っていると、少年が口を開く。
「ごめんけど、体中ガタガタで動けねぇんだ...ユシャ、俺の革袋持ってきてくれてたろ? ありがとな、あの中に、ポーションが一つはいってるからさ、持ってきてくれないか?」
顔を埋めたまま、少年の頼みに頷く。立ち上がる時に、なるだけ顔を隠しながら、背を向けて、ぐしぐしと目を擦った。
先程放り出した革袋を、のっしりと持ち上げると、そのまま少年のところまで運ぶ。
「サンキュー」
そう言うと少年は、革袋に一つだけ付いたポケットの内から、薄緑色のポーション瓶を取り出すと、栓を開けて、一気に飲み干した。
「.....ほのかな甘味と、薬草っぽい苦味があとから来るな」
味の感想を何故か述べた少年だったが、腫れていた頬はやや収まり、よく見ると痛い方向に曲がっていた足も、元に戻っていた。
「すげぇな...カアさんのポーション。体はすげぇだるいけど、それ以外は全然痛くなくなった。」
そう言って、自分の四肢を動かし確認している。
ユシャはソレを観ると、安心して、腰が抜けたように、ぺたりと地面に座る。ソレを見た少年が、ユシャを起こそうと手を差し伸べる。
「大丈夫か?ほら」
「.........」
しかし、その手を取らなかった。
「どした?」
「.......おんぶ」
「いや、何言って──」
「おんぶ...おんぶぅ!!」
ポカポカと少年を叩く。
コレにはさすがの少年も参った。
「はぁ...今回だけだぜ?」
そう言って、照れくさそうに視線を外しながら頭を掻く。
革袋の紐を右手にグルグルにして巻きつけて持ち、膝を曲げて体制を取る。
「ほらよ...」
「...うん」
ユシャはそのままおぶさり、少年は歩き始める。
思えば昔はよく、こうして少年に背負られたものだ、懐かしい。
──小さい頃、初めてグラ君に会った時の事を私は今でも憶えてる。
女みたいだからって理由で、いつも、仲間外れにされてた私の手を、初めて引いたのはグラ君だった。
昔は、今よりもすごくドジで、ちょっとコケただけで、泣いちゃうくらい泣き虫。でもそんな時、グラ君は何も言わずに、私をおんぶする。”どうして?”って聞いたら、”赤ちゃんみたいだから、こうしたら泣き止むと思ってな”そんな、返答に大泣きしたのを憶えてる。恥ずかしかった。
でも実際、グラ君の背におぶられると、すぐに涙が引いていく、悲しいって気持ちを、暖かいって気持ちが、私を包んでくれるんだ。
初めてホウジョウ君とあった時の事を憶えてる。
グラ君の居ない時、私がいじめられてた時に、たまたま通りかかって、いじめっ子たちに”ぐだらん”ってすごい怖い声で言ってた。いじめっ子たちは逃げって行って、私が”ありがとう”って言ったら、”構わん”って言って。飴をくれたのを憶えてる。案外優しい。
それから、いじめもすっかり無くなって、グラ君にホウジョウ君の事を言ったら、微妙な顔してた。
お互いに嫌いみたい、二人は、顔を合わせる度に、いつも変な言い合いをしてた。
でも、仲の悪い兄弟みたいで私は好き。だから謝らないといけない。
「ごめんねグラ君、あの時...私が止められなくて」
「なんで、お前が謝るんだよ.....こっちこそ、ごめんなユシャ。変なことに付き合わせちまって、ホントはもっとこう...上手く行くと思ってたんだけどなぁ...」
いつの間にか、中央の辺りまで戻ってきてた。
「ほんと、ビックリしたよ...ホントに、ホウジョウ君と戦うの?」
「あぁ、俺に二言はないからな」
「えぇ~...そう言っていつも嘘つくよぉ、グラ君は」
「今回に限ってソレはないぜ」
「ホントかなぁ?」
「信用ないなぁ~...」
「...んふふ、嘘だよ、ちゃんと分かってるから」
「....ならばよし」
だんだんと教会の方に近づいていく、空を見上げて見たら、雲は丸の中時だった。
吹いてる風は少し冷たいけど、やっぱり、グラ君の背中はあったかい。
もう少しだけ、もうちょっとだけ、この背中は、私だけのゆりかご────。
大きな背中。
大好きな背中。
そっと頬を首筋に乗せる。
子供に戻っても、今日くらいは、許されるはずだ──。
一方、侍女は、この惨状をしり半日ほど茫然自失だったという。