11 召喚士は魔法使いでない Ⅴ
グレる若者
※一部セリフを変更しました
ふと上を見上げる空は、どこまでも晴れやかだ。雲は三角だし、街への道は平和で、風が心地良い。平坦でなだらかで、何もにもない街道、2日ぶりだと言うのに、相変わらず、俺が通った以外の足跡はなかった。
脇に見える木々の間には、時折小さな魔物が見えるが、この前のような大量のコカゲは居なかった...結局なんだったんだあれ、と考えている間に到着する。
身分証...あぁ、ステカで良いんだっけ、首にかかったままだったネックレスから、薄平べったいのを検問の衛兵に見せる。一瞬だけ驚いていたが、すぐに、ステカであることに気がついたようで、そのまま通してくれた。
街に入ると、入口付近の、掲示板に、デカデカと貼られたポスターヘ、目が自然と寄っていく。
”能力祭 強者求ム”
どうやら、来月辺りに開かれる、能力祭についての物のようだ。参加事項や注意書き、それに、賞金や副賞などもあるそうだ。
「えーっと...」
参加資格は、覚醒式を終えた者に限定し、年齢は問わないものとする。勝ち抜き戦で、5連勝で優勝、敗者復活等はなし...賞金は...金貨十枚!多いな...副賞は...って、コレは副賞というより、半ば強制みたいなもんだな。
そこに書かれていたのは、共和国テンケットが保有する、軍への入隊資格だった。
実際、メリットはかなりある。手厚い保証や、月給だって、普通の職種より比べ物にならないほど、支給される。ただ、入隊の条件がとんでもなく厳しい。毎年行われる試験は、合格者が10人行くか行かないかだそうだ。だからこそ、この能力祭に、夢見た人間が多く集まる。
──そうだな、ホウジョウにはお似合いじゃないか。逆に、この街で町長をしてるアイツの姿なんて、これっぽちも、想像出来ない。軍人として、ふんぞり返って、偉そうにしてる姿のほうが、よっぽどしっくり来る。きっとアイツなら、いつか軍の中でも上に登っちまうんだろうなぁ...。
そう考えると、また胸のあたりに引っかかりを覚える。
「.....」
────ない。
────もったいない。
ふっとそんな考えが頭をよぎった。
そうだ、もったいない。もったいないぜ、そんで、後悔する。
もうじき、ホウジョウは手に届かない所まで行っちまうんだ。今しかない、アイツのふざけたガリ勉メガネをぶっ壊せるのは、今だけだ! だからよ、こんなチャンスを逃すなんて、後悔しちまうぜ! 一生な!
「ちくしょう、食い物とかは後回しで、先に日用品を買いに行くか!」
何だかもどかしい。が、先にやることを済ませないとな。
掲示板から離れ、中央市へ走って向かう。ギルドに篭って一日中酒を煽ってる、いつもは見ない、ゴロツキみたいな連中と、すれ違った。
能力祭で、皆浮足立ってるな...。
中に進めば進むほど、人は増えていき。力比べをしている者や、武器の自慢をしている者、汗を飛び散らせながら、スクワットをしている荒っぽい奴らに、やはり目が行く。しかし、こんだけ人が多いと、買えないものとかも、結構あったりする。
「うへぇ...」
思わず気後れする。とりあえず、行きつけの出店で、香辛料を漁ることにしようか。えーっと...ここの肉屋から三つ隣のテントだったな。お、やってるやってる。
「こんちわ」
「お、坊主久しぶりじゃねぇか。生きてたか?」
「生きてる生きてる、それより今日はどんな感じなの?」
「もう、能力祭様様ヨぉ!しかもソレが、今回この、ど田舎の偏屈で偏狭なハシットだぜ!?」
おっさんは両手を広げて喜んでいた。
「遠方からも、商人連中が来るそうでな、ついこないだ大手の商賈から、ここの香辛料を卸売する話が決まったのよ!はっはっはっはっは!!」
そういって、おっさんは俺の肩をバシバシと叩く痛くはないが、うざいなぁ...ん、まてよ?
「まさか、卸売が決まったから、香辛料は売れないとかっていう話になってる?」
「いんやいんや、そんなことあるわけ無いだろぅ、大口も大事だが、いつも買いに来てくれる小口はもっと大事ざぁ!」
仰々しく、おっさんはそう言った、香辛料のもととなる、木の実やらを付けたネックレスのせいで、どうにも胡散臭く見える。
「"ざぁ"ってなんだよ...じゃあ、『カカ』と『シキ』...それから『クナ』も頂戴」
「はいよ、全部小瓶でいいか?」
そう言って、手際良く粉末状にして小瓶へと詰めていく。
「わざわざ大瓶でなんか買わないよ...」
「可愛くねぇやつだな、流れって言うもんがあるだろ、流れってもんが。それに、さすがの俺も大瓶なんて置いてねぇざぁ」
「じゃあ、何ならあるのさ...小瓶と中瓶ぐらいだろ?」
「ふっふっふ、良い質問だぁ。取引ついでに面白いもんも仕入れたのよぅ」
気持ち悪く笑いながら、何やら棚から取り出した。ソレは、小瓶ほどの大きさだが、太さが違った、加えて...。
「なんだ?コレ、ガラスじゃないんだな...一体何で...」
置かれたものを手に取りつつ、色んな角度から見てみるが、さっぱりわからない。
「あぁ、それな、最近都会で流行ってる、『ブラストテック』って言う素材で出来た小瓶らしいざぁ」
「なんだよそれ、物騒な名前だなぁ...爆発とかするんじゃないだろうな」
「しねぇって、それよりほら、そいつをぽーんと地面へ放ってみろ」
「は?」
「いいからいいから」
「なんだ、新手の押し売りか? やだよ、弁償とかしないよ」
「いいからいいから」
なんだ...? やけに押すなぁ...まぁ、良いや試してみるか。
俺はそのまま、ガラスでも土器でもない小瓶を放る、やっぱり変な仕掛けがしてあるんじゃ...。
”ころん”
落下してそのまま地面を転がった。
「割れないな...!」
「だるっぉぉおおお!?」
言うやいなや、転がったソレを拾い上げ頬ずりしながら続ける。
「すげぇのよ!コレすげえのざぁ!おまけにな...!みろ!これ!見ろって!ほら!」
そう言うと、おっさんは薄い蓋を開けて俺に向ける...なんだ、よく見ると蓋の下に更に穴の大きめなザルみたいな蓋がしてあった。
「コレのお陰で、ひっくり返しても、どさーっと量が出ないし小瓶だと、ほら、たまにやっちゃうだろ?」
「まぁ、たまにあるな、落として割ることもあるし、小瓶代もまぁまぁ、バカには出来ないよな」
確かに、ガラスの小瓶だと、案外口が大きくて偶にやってしまうが、ほんとに偶にだ...コレが、そんなにすごいとは思えないが、割れないっていうのはすごいな、あと軽いし。
「そんで、コレは何処の誰が作ったの?」
「あぁ、なんでも噂に名高い転生者で、こういった、色んなの商品を連発してるらしいざぁ」
おっさんは、風貌に似合わず、キラキラとした純粋な目でそう答えた。
「なるほど、じゃあ買わねぇや」
きっぱりと言う。
「おいおい、持ったいねぇぞ?この先、転生者が関わってるって理由で、ソレを全部避ける気か?」
物を棚へと戻しながらそう聞いてきた。
「出来る限りはそうするさ、便利でもなんでも、気に食わないから使わねぇ。それに、俺のもったいない枠は、もう埋まってんだよ。あと...さっきから、ツバが散ってるし、息が臭い」
「わかったわかったよぉ、お前がそこまで言うんなら仕方がない──ただ、息クセェってのは余計ざぁ!」
店を出て、俺は休憩がてら、近くの喫茶店にでも入ろうと思い立ち、中央から少し外れた街通りを歩いていた。...そうそう、さっきのおっさんの名前は、カジテのおっさん、通称:カジテのおっさんだ、ん?二つとも同じじゃないかって?気にするなそういうもんだ。
怪しいなりをしつつ香辛料を取り扱った小さな出店をやってる。
古い付き合いで、一応、気兼ねなく話せる相手でもあるな。さっきの『ざぁ』ってのは、何でも、今の自分の中での流行りだそうだ、"ぜ"を”ざ”に変えることに、渋さを感じているらしい...何だよソレ。しかも、最初は普通にぜって言ってたよな....。
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「....まじかよ。」
行きつけの店は、臨時休業らしく、適当な建物の壁に背を預けて落ち込んでいた。
せっかく、街に来たのに、どうにも間が悪い。
じっとしていると、今朝のカアさんとのやり取りを、思い出してしまう。せっかく、吹っ切れたのに、また逆戻りか。だいたい、カアさんも、カアさんだ、必要最低限なことしか言わなさすぎるんだよ。
もうちょっとさ、こう──気を使って欲しいというか、うーん...違うな、今までアレが普通だったし、今更────
「ぐーら君♪」
思考が遮られ、視界には見慣れた濃さの影がある。
「............ユシャ?」
ゆっくりと、上げる視線に西日は容赦なく刺さり、思わず目を細め、左手を顔の前にやってしまう。ユシャの顔がはっきりと見えるまで、少しばかり時間がかかった。
「そうだよぉ?どしたのグラ君?」
心配そうに、こちらを伺うユシャ。
「...今日は、暑いからな。ちょっと、休んでたんだ」
確かに、今日は暑い、今の時間帯でもコレなのだ、日中は相当だろう。
「そー...なんだ....?....くんくん」
ユシャは、俺に一歩近づくと何故か匂いを嗅いでいる
「いい匂いがする...『カカ』と『クナ』の匂いでしょ?」
「残念、おまけに『シキ』もあるぜ」
そう言って、革袋に視線をやる。
「いいなぁ〜、グラ君ちは、香辛料って高いから、院で出るご飯は、皆んな味が薄いんだよぉ?」
頰を膨らませながら、ユシャは拗ねたように視線をこちらに向ける。
「そりゃ悪かったな、でも、そんなこと言われたって、院の皆んなにやれる程、俺の小遣いもねぇぜ?」
「分かってるよぉ...言っただけでしょ」
そうは言いつつも、依然羨ましそうに地面に置いた皮袋を、しゃがんで、見つめている。
「....」
ふと、思いつき、俺もしゃがみながら、皮袋より『カカ』の入った小瓶を取り出す。
「い、いけないんだよぉ、グラ君、カカは陽に当てちゃ、直ぐ痛むんだから...」
ゆらゆら
「あぁ、そうだな」
ゆらゆら
小瓶を揺らしてやると、それに合わせて、ユシャの視線も同じように揺れる。
ゆらゆら
「実は...今思い出したんだが」
ゆらゆら
「な....なに?」
ゆらゆら
「実はな....家にまだ、同じのが半分くらいあるんだよ。再々、買いに来るのが面倒だから、ついでに買ったんだけどな」
ゆらゆら
「へ、へぇー、確かに、グラ君の家からだと、ここまで結構遠いもんね」
ゆらゆら
「まあな」
ゆらゆら
「もぉ...なんでさっきから揺らすのぉ?」
ゆらっゆら
「.....欲しい?」
ゆらゆら
「く、くれるの!?」
ぴたり
「その代わり院の皆には内緒...な?」
そう言って、俺はユシャに小瓶を手渡した。受け取ったユシャは、俺の隣に並ぶように建物の壁に背を預けて、小瓶を軽く眺めているが、自身のスキルである『収納』で光に包み収めてしまった。先にも言ったように、陽に当てすぎると『カカ』はすぐ傷んでだめになってしまう。
「ありがとね。」
ユシャは顔をこちらに向けると、そう、照れくさそうに言った。
昔からそうだ、ユシャは味の濃いものが好きなんだ、味が薄いと、どうしても食べた気にならないらしい。だから、香辛料はユシャにとっての...まぁ、なんというか、そういうものだ。
「いいよ、別に、日頃の何とかってやつさ」
適当にぼかしつつそう答えた。
「変なの...あれ?」
一瞬怪訝そうな、表情をこちらに向けたが、一転してソレはきょとんと変わり、興味深そうに俺に顔を近け、すんすんと俺の匂いを...嗅いでるのか...?
「んふふ...グラ君からも、すっごくいい匂いがする~...ずっと、カカとか持ってたからかなぁ?」
そう言うと、しきりに鼻をすんすんと鳴らす。
「あぁ、そうかもな...でも気をつけろよ?」
「なんで?」
「その匂いの中には、さっき、さんざん俺に向けて臭いツバを飛ばしてきた、カジテのおっさんの匂いも入ってるからな」
「.......」
俺がそういった直後、ユシャは眉をしかめて俺を見た後。
「グラ君クサイ、アッチイッテ」
嫌そうに、一歩距離を取った。
両者に微妙な空気が流れ、互いに無言となる。
「......」
「.....」
ザッ
俺が一歩近づく。
サッ
ユシャは一歩下がる。
ザッ
サッ
「じゃ...じゃあ、私は用があるから」
そう言って背を向けて足早に立ち去ろうとするが。
「そう遠慮するなって、たっぷり...嗅いでけやぁああ!!」
逃してなるものかと、俺はそのままユシャをとっ捕まえるために駆け出す。
ユシャも俺に合わせて駆け出した!
「いやぁあああああ!?!? こっちに来ないでよぉ!! ばかあああああ!!」
こうして、不毛な追いかけっこは、無念にもユシャが捕まった事で収束を迎えた。
「もう、謝るから...その手離してよぉ...」
「いいや、ダメだな。俺の尊厳は深く傷ついたんだ、コレくらいじゃダメだね」
少年の右手は、ユシャの左手首を強く掴んだまま、かれこれ10分が経過していた。
「あとついでに、カジテのおっさん汁に汚染されたものを、こうすることによって浄化する」
「うえぇ...絶対浄化されないよ...!むしろ悪化してるよぉ...」
尻すぼみになりながら、ユシャは、悪しき少年によって握られた、自身の手首を見つめる。
一つ息を付いた後に、少年の側へ視線を移すと、息を一つ吸うと共に微笑んだ。
「....ふふ」
「....なんだよ」
少年は不思議そうに、微笑んだユシャの方を向く...まさか、カジテのおっさんのスメルの虜に...などど茶化した事を考えたがソレは止めることにした。
「ううん、前もこんな事したなぁって....ちょっと、思い出してた」
微笑みの正体を知った少年だったが、いまいち実感がなかった。
「そうだっけ?」
「....うん」
ユシャの答えに、やはり心当たりはなく、ぼんやりと空に浮かぶ雲に聞くが、答えは得られぬままであった、形を見ると、夕暮れを表すうねり曲がった、波の初時の雲だった。
二人は、狭い狭い裏路地を挟んで、お互い座って建物に背を預けている。アレほど指していた西日はぼんやりとしていて、二人の輪郭を曖昧にさせる。
「.....」
二つの影はただ横にユックリ伸びていく。
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「...ねぇ、ユシャ」
「なに?グラ君」
少年はいい加減手を離しつつ、ユシャの方に少し体を寄せ、右掌を持っていく。
「....?」
差し出された手に、ユシャは困惑している様子だ。
「まぁ、見てろって」
そういうと、自身の中に再び灰を意識する。のろのろとした灰だ、そのままゆっくりと切り離すと、手のひらの上に、あの『鍵』がバチバチと浮かび上がる。
「おぉ...これ何?グラ君」
「ふふん、俗に言う...魔力ってやつさ」
少年は、ここぞとばかりに大げさに言ったが、手のひらの上には、小指にも満たないソレが浮いているだけだ。
「魔力...先生に教えてもらったの?」
「うん、昨日な」
「で、コレってどうやって使うの?」
「......いや、これだけ」
言葉に呼応したかのように、ぽしゅんっと音を立て、魔力は消える。そしてやはり、昨晩の使いすぎが原因か、昨日ほどではないが、右腕が麻痺している。
「コレしか出来ないんだよ、何回やっても........カアさん、どう思ったんだろうな...」
思わず漏らした言葉に、少年はハッとする。
「ごめん、何のことだか分かんないよな...」
左手で右肩を抑えながら、自身の言動について謝る、少しばかり、沈黙していたユシャであったが、やはりまた微笑むと。
「すごいよ」
と、そう言った。ユシャはそう言った。
「.....」
言葉を理解するのに少しばかり掛かってしまう、いや、理解はしているのだが...少年は困惑した。
「嘘、つくなよ」
嘘でなくとも、取り繕った言葉であるのなら、少年はほしいとは思わない...慰めも欲しくはない、しかし、少年の張り詰めていた表情は、いくらか和らいだのを、ユシャは知っている。
「嘘じゃないよ、グラ君」
首を横に振りながらそう応える、少年は尚も疑り深い視線を向けているが、ユシャは続ける。
「だって、ずっと昔からいってたよ?”カアさんに召喚術を教えてもらうんだ”って───だから、頑張ってるグラ君は...すごいよ。」
その言葉に、少年は顔をそらしつつ、少々小恥ずかしい気持ちになった。
「──だろ?」
困ったように、こう応えるのが、精々だった。
しばらく、互いに無言が続くが、それは、居心地が悪いものではなかった。
「よし...ユシャ、今から、ホウジョウんち行くけど...お前も来るだろ?」
気を取り直し、砂を払いながら、立ち上がる。
「行く!!」
そう言って、元気良く立ち上がるユシャに、少年はニヤリと笑った。