10 召喚士は魔法使いでない Ⅳ
──これで、何十回目だろうか、少年はもう一度、魔力で染めようと試みる。
「......」
目を閉じ、自身の闇に浮かぶ灰を再び切り離そうとするが、もはやソレすらも困難となり、灰は霞のように四散してしまう。何度も魔力の通り道となった右腕は、ほとんど感覚がなく、ついに花を床へと落としてしまう、加えて、痺れが少年の右腕を覆う、明らかに、魔力を行使し過ぎた事による、過負荷が原因だ。
「....っ!!」
力の入らない右腕を、左手で手繰り寄せようとすると、とたんに、背筋をむしられる感覚に襲われる。
「う...うぅうううあうううう...ぐ、、ぐううぅううぅうう...」
正座を何十時間かした後に、足の痺れが徐々に治っていく、あの感覚を思い浮かべてみて欲しい、今、少年が味わっているのはそれに近く、また、それよりもかなりくどい物だ。
「はぁぁ、ば、ばかじゃあねえの...なんだよ、コレェェ...」
懲りずに再度、左手で触れる。
「ぐぅぐいおおおうう...く、くそがぁあ...」
少年は察する。コレはしばらく右腕は愚か、移動すらその振動で困難であることに。幸い、と言えるのは、三十回目を超えた当たりから、ベッドへと移っていたことであろうか。しかし、腰を掛けている体勢のままだ...。
「はぁ...」
大きなため息をまた一つと零す。
「...ふぁぁあ」
こんどは、大きなあくびを一つ、これに伴い、まぶたが徐々に重く感じられていく、それもそうだ、夕暮れであった空は、とうの昔に夜へと変わり、それどころか明けようとしている気配さえ感じる。
雲はとっくに"線の変わり時"だ。
「....」
ちらりと、未だ痺れる右腕に目をやる。あぁ、いっその事千切れてしまいたい。少年は、そんな嘆きが右腕から聞こえた気がしたが、こちらとしては、やることは一つなのである。躊躇なく、そして、迅速にかつ、大胆に成し遂げざる終えない。
「.....」
ごくり、つばを飲み込む、まさか、ベッドに横になる動作ごときに、ここまでの覚悟を問われるとは少年は思っても見なかった...そして...。
「ぜい! きい...くくぅうがあっ...がが..ぐぅ..ぅうるう..ば..か...や..ろう」
勢い良く倒れた少年は、食いしばりながら、背筋を襲う感覚に耐える...そして、少年にとっての長い時は過ぎ、ようやく、感覚の波は去る...しかし、依然腕は痺れたままだ。
「はぁ、はぁ...アホが」
「はぁ、はぁ...バカが」
「はぁ、はぁ...クソがぁぁ...」
付けるだけの悪態を付く、しかし誰に対してなのであろうか、虚空へと向けられた言葉に、責を負うものなどおらず、必然的に己へと帰ってくる。そのことに気がついてしまう少年は、如何ともしがたい心情ではあったが、それを覆い隠すように瞼が先に閉じた。
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朝である。
きっと、寝返りすら打てなかったのだろう、体勢は固まったままであった。
「あーだるい...ったく、魔力の使い過ぎ...が、原因かぁ?」
ベットから起き上がりつつ、右腕の状態を確認する、軽く痺れは残っているが大したものではない...が、今日は、魔力を使わないほうが良さそうだ...と少年は思う。
「.....」
床には、未だ純白の花があった、何処をどう見ても純白であり、結果として、現状、少年は蟻ミミズ以下となっているわけだ。
「どーすりゃ、いいんだ...」
しかし、ない頭では答えなど出るはずがない、にも関わらず、じっと足者に転がる花を見ているのは、考えたフリをするためだ。何のために?それは、少年にも分からなかった。
「やめだやめ...とりあえずご飯食べて、カアさんに聞こう」
ブーツは干してしまっているので、代りに部屋靴を履きながら、階段を下る。
朝はまだ若干早いようで、階段を降りた先の玄関から差し込む光は、青く見える、カアさんはと言うと、机に突っ伏した状態で寝ており、気持ちよさそうだ...よく見ると少量のヨダレが垂れている...さて、ご教授頂く前に、飯でも作りますかな。
「えーつと...材料は何があったかしら...」
タマリは畑のがあるし、白マキデの肉は熟成させてからじゃないと美味しくないしなぁ...うーんと、あぁ、『エマメ』があったかな。
エマメっていうのは弧状になってる野菜で、生じゃ粘っこくて食えないけど、沸騰したお湯で3分ほど煮てやると、粘り気がなくなって、コリコリとした食感になるんだ。でも今回は、この段階では終わりじゃなく、皮を剥かずにコレを更に蒸してやって...しばらく放置だな。
「さて、タマリを取ってくるついでに、先輩に挨拶しとくか」
先輩は今日も変わらずイカしてたな...タマリを4つほどもいで来た。そのまま並べていると、蒸している鍋から、”ぺりぺり”や”ぱりっぱりっ”といった音が聞こえる。
「お、そろそろだな...」
俺はそのまま、鍋の蓋を掴んで開ける。
「熱つつ...」
立ち上る蒸気は熱く、うっかりしてしまうと、やけどしそうであった。
蓋を脇に置きつつ、本命のエマメを確認する。
「よし、いい感じだな」
エマメは煮た後に蒸すと、皮が自然に剥がれ尚且つ、コリコリとした食感から、ホクホクとした食感に変わる。しかも、弧状の中にその実が、20程は在り、ここいらでは、定番のおかずとして振る舞われている。後はこいつを、タマリと一緒にカカで味を付けながら、甘辛く煮込んでいく。
鍋から立ち上る、蒸気は香辛料の香ばしい香りと、タマリの爽やかな甘さの混じった物になり、食欲をそそる。
「よし、こんなもんだろ」
我ながら、今日はなかなかうまく行ったな、昨日の料理に関してはノーカンで頼みたいぜ...。
残ったタマリでジュースを作ってると、カアさんが匂いにつられたのか起きてきた。
「おはよ」
背を向けたまま、声をかける。
「おは...よ」
カアさん、まだ若干寝ぼけてるな。
「とりあえず、そのへんにあるもんで適当に作ったから。あぁ、そうだ、肉とか調味料とか色々足りなかったからさ、午後から、街に買い出しに行ってくるよ」
「....うん」
よろよろと、食卓の椅子に座りながら、そう返事をするカアさん、きっと、今言ったこと忘れるだろうから、後でまた言わなきゃな...少しばかり億劫に思いながらも、器に出来上がったものを注ぎ、並べる。
ふと、窓から見える雲を見てみると、もう既に"丸の中時"であった。コレ食べた後急いででないと、遅くなるな...。
「いただきます...」
お腹をすかせたカアさんは、我慢できなかったのか、先にそう言って、パクパクと食べ始める。
「いただきます」
──すこし、甘すぎたかな? まぁ、こんなもんだろう、そうだろう。
街に行ったらまず何を買いに行こうかと、あれこれ考えていると。
「昨日のアレはうまく行った?」
もう既に食べ終えていたカアさんは、そんなことを聞いてきた...この食いしん坊目、もうちょっとゆっくり食べれば良いものを...
「昨日は...アレだよ、ちょっと、頭使いすぎたからさ...」
「そうだな...」
言い訳がましくそう答えた俺に、カアさんは特に何も言わなかった。
正直言うと、ちょっと期待してた、慰めや、励ましそんな言葉に、期待してた。
「....もう、出ないと遅くなるからさ」
俺は席を立つ、食事もまだ半分ほどだと言うのに、席を立つ。
食器もそのままに静かに二階へ上がる。干していたブーツに手をかけて履く、靴紐がまだ少し麻痺の残るせいで結びづらい。程なくして結べたが、いつもよりもかなりきつくした。
大きめの革袋を背負って下に降りる。
「どこに──」
「街、買い出し」
案の定忘れていたようだが、全ては聞かず途中で遮るように早口で言った。
そのまま扉を開いて家を出る、後ろは向けなかった。