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七. 自立自存



 ユキに対して打ち明けるには特に勇気が必要だった。ある程度の覚悟が決まったなら独り立ちをすることくらい・・・は話すつもりだった。いずれにしたって隠しきれることではないからだ。


 なぁに慌てることはない、なんのことはない。


 特に臆することも無い“理由”だってちゃんとあるのだ。


 仕切り直しの一呼吸を置いてから至って涼しげな顔を決めて言ってみる。



「私は人に喜ばれる生き方をしようとしていた。だけど些か疲れてしまった。自分の為に生きてみたい。今や女性たちの方がよほど勇敢な生き方をしているよ。私も籠から飛び立ってみたかった」


「秋瀬……」


「異なる地へ移って心機一転! なにもかも自分の力でやってみるのだ。実に気楽で面白そうだとは思わぬか? この度の独り立ちはきっと私を大きくしてくれる。ユキも応援して……」



「…………」


「応援して、は、くれぬか?」



 晴れやかな門出として見送ってはくれぬか? そう問いかけようとしたのに実際は声にもならなかった。


 ユキの真っ直ぐに見つめる澄んだ瞳に捉えられてしまったからだ。


 全てを見透かされてしまいそうな眼差しから思わず目をそらしたちょうどその瞬間。




――じゃあなんで逃げたの?




 不穏な予感が的中してしまった。



 油切れした機械みたいに恐る恐る視線を戻すと、そこに居るのは困ったような笑みを浮かべたユキだ。普段と至って変わらない見慣れた顔だ。


 だけど届いた声は確かに冷ややかだった。



「何を言う。私はただこの本を返そうと」


「ううん、逃げたよ。だって走る必要なんて無かったでしょう」


「ただ急いで……」


「急ぐ必要なんて無い。休み時間はまだ十分に残ってる。ねぇ、秋瀬。君は何を隠してるの?」



 変わらず単調な声色に反してぐいとこちらへ迫るユキ。顔の横に手を着かれ、鼻先同士がくっつきそうなくらいにまでなると、もはや作り笑いなど通じぬと察して夏南汰は身を硬くした。



「綱島も高泉も知ってたのに、僕には話してくれなかったんだね」


「ちが……っ、ユキ……」



 哀しそうな声で問いかけるユキにこれ以上近付かせまいと必死に身体を逸らしているのに、不思議と吸い寄せられそうになってしまう。顔中に訳もわからない熱が込み上げる。


 なのにユキは……



「どうして?」



 容赦もなく今度は耳元で囁くのだ。思いのほか温かい吐息に撫でられた夏南汰はぎゅっと固く目をつぶって。



「ユキは……っ、私を可愛いと言ったじゃろ……!」



「えっ」


「そういう私の方がいいんじゃろ?」




 ついに口にしてしまった、ずっと秘めていた想い。



 傷付いていたと知れば、ユキの方が傷付くだろう。


 だけど、一度零れ出してしまったならもう止まることも戻ることも難しいものだ。



 観念せざるを得ない……と肩を落とした夏南汰が打ち明ける。



「なぁ、ユキ。あれは嘘なんかじゃないんだ」


「嘘?」


 落ち着きなく黒髪の前をつまむ夏南汰は戸惑っている様子のユキにまず一つを教えてやる。



「キッスだよ」



 言葉そのものはもぎたての果実のように甘酸っぱいけれど、私にとってはそればかりでもない。むしろ苦いとも思える一言から語り始めることにした。



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