14. 新月
今更とも言えるかも知れぬが、生きている限り後悔は何度だって訪れるようだ。
“あのときこうしていれば”
“こちらを選んでいれば”
大正時代の肉体から現代の幽体まで、繰り返したその数のなんと多いことか。
一つ“あのとき”
修道女の静子を連れて帰らなければ?
彼女が夏呼になることもなかった。孤独な日々が続いたやも知れぬが、私に振り回されるよりかは穏やかな人生だったのではあるまいか?
いや、これではナナコが産まれぬ。問題なのはここじゃない。ならば……
二つ“あのとき”
ユキの忠告を聞いていたら?
そうだ、きっとここだ。要は私が旅になど出なければ、夏呼と娘を置き去りにすることもなかったのだ。
ユキも私の後を追わずに済んだ。私は妻と子を養う責任を担うから君の気持ちには応えられぬことになるが、あんな風に死なれてしまうよりかはよほど……
……いや!?
そうしたら今度は冬樹さんが産まれぬではないか。二人無事に幽体世界へ転生して平和な今世を……それも良いかも知れぬが、ナツメにとっちゃそうはいかぬ。貴方はやはり貴方でなくてはならなかった……!
それではせめて。
三つ“あのとき”
もっと早く物質世界を訪れていれば?
先日知ったあの事実にもっと早く気付くことが出来たなら、私はナナコを探したに違いない。どんなに年老いていたって私の娘に変わりはないのだ。逢いたいと願ったはずだ。可愛い我が子に一目で良いから逢いたいと。
しかし間に合わなかった。ナナコが亡くなったのは2011年。あと……少しの差だったというのに。
しかし、のう……。
こうやって幾ら思い浮かべてみても、過ぎた時間は決して戻らぬのだ。流れはただ前へ向かって、止まることの出来ぬ川のように。
ユキも冬樹さんも失った世界で、やっと一筋の希望を見出すことが出来た。何日ぶりかの安らかな眠りに落ちていく、夜。
――まず一つ提案がある――
夢現の狭間にて。
――唯一無二の存在。片割れ同士の魂――
――双子の光と見定めた其方たちだからこそ……――
――悪い話ではないと思うがのう?――
潮風にたなびく白銀の髪。彼方まで続く海の上空には月があったはずだ。
姿形が見えぬだけの静かなる夜の象徴。始まりを司る新月が、確かに。
――目覚めたなら、新月の宵に――
静寂と情熱の二色で見据えるワダツミの声はもう断片的にしか残ってはいない。ここ数日で紐解かれていった真実は彼女の言葉を裏付けるものだっただけに、単なる夢とも思い難い。
正直なところ意地悪だと思っていた。天界もワダツミも、いつだってはっきりと答えを告げてはくれぬのだ。もっと人に適した言葉を用いてはくれぬものかと、おかげで最愛なる存在を失ったではないかと、恨み煮え滾ったことさえあるのだ。
得た言葉さえ明確には残らない。肝心の提案とやらが聞こえない。なんだか操られているみたいで面白くないとさえ感じていたのだが……
――光と星幽の中間に立つ――
もしあれが本当ならば無駄な誘導をすることも無いと信じていいのか?
――ワダツミよ。
愛と海を司るシャーマンの先祖よ。
新月はこの先幾度も巡るよ。
私はいつ、目覚めれば良い……?




