4. 秋声
駆け足の真夏の中で負けじと手足をばたつかせあっちへこっちへ右往左往。はたから見るればきっと悪足搔きのように映るであろう私の日常は専ら星幽神殿と研究所との往復であった。
それでも一つ一つ、得ては紐解いていく。
“時折波長が変動する。幽体が透けるのは問題ないのか”
「視覚通り。幽体は後方を透かすと同時に己の足跡を見つめている」
研究結果:本人に自覚は無くとも過去を省みる際に幽体が半透明化する。肉体に還ろうと本人が強く意思を持てばいつでも還れる状態である。
“損傷を負った肉体の回復は?”
「未来は存じ上げぬ。物質世界は天界から最も遠い世界」
研究結果:為す術無し。こちらは介入出来ない範囲ゆえに、ブランチが物質世界で確認した磐座冬樹の容体こそが手がかり。社会復帰は絶望的との覚悟が必要である。
一つ一つ。天界は伝達人を介して与えてくれた。せわしなく繰り出す足も今や棒のよう。紐解く繰り返しにもさすがに疲れ果てていた。
それでも最愛なる君の為。思わぬ形で再会し原型もなく焦がれる程の恋に落ちた、貴方の為。立ち止まってなどいられぬと寝る間も惜しんでいたある日。
――磐座冬樹を捨てたとしても――
君の確たる決意を聞いた。
時が駆け巡ること八月中旬。
思いのほか早く訪れた菫色の空。情熱を通り過ぎた静けさの中、研究所を目指すナツメの足取りはいつになく重い。
近頃、革命軍の反乱も落ち着いているがために連れ出した。おそらくは最後になるであろう神殿での賜りを終えた、今宵の帰路は一人ではない。
「皆に折り入って話したいことがある」
研究室に人を集めたところで口を開いた。一際怪訝に眉をひそめる方に大きくこうべを垂れて、叫ぶ。
「すまない! ……ブランチ。君には特に詫びねばならぬ」
え、と短く返ってきた呟きと呆気にとられた表情に軋む胸を押さえつつも、隣と彼と視線を合わせ、強く確かに頷いた。
そう、先日。私はこれまでとはまるで意図の異なる賜りを願ったのだ。
「彼は……春日雪之丞はこの世界に残る。肉体にはもう還らない」
な……っ!?
野太い叫びを皮切りにザワザワと広がっていく気配を全身で捉えたナツメは固く瞼を閉じる。軽蔑されたって仕方がない。そんな覚悟の元で。
「納得いかぬ者も少なからず居ると思う。もし皆の了承が得られぬなら……無理に彼を受け入れなくても構わない! そのときは私もここを出っ」
「いえ! 僕の願いはナツメの生きる世界に留まることだ。毎日じゃなくたって、遠くからだっていい。彼女が元気に生きていることが確かめられればそれで十分」
「……!? 話が違うじゃないか、ユキ! どうなろうとも君と私は共に」
「やっぱり駄目だよ! ナツメはここで寝る間も惜しんで頑張ってきたんでしょう? 君の足を引っ張るようなことは」
…………。
…………。
皆が皆、あんぐりと口を開けて見守る中で更に呆気に取られたのは私だ。ここに来るまで同じだと信じて疑わなかった気持ちに相違があったことに驚いて。
じんわりと滲んでくる感覚を止められず、ついには唇も喉も情けないくらいに震わせてしまう。
「水くさいぞ、ユキのバカぁ!!」
「君こそ!!」
こんな痴話喧嘩を披露するつもりではなかったのに。
……私は、いいですけど。
重苦しくなった空気を破ってみせたのは、気弱でちょっぴりマイペースなことで知られている部下の女性だ。覇気などとは程遠い緩い調子の声色なのに、一転させる力を秘めていたとは……と、驚いたくらい。
「お二人がそれでいいなら」
「ナツメさん、彼と居ると幸せそうだし!」
「星幽神殿から何か賜って来たんですよね? それでユキさんがどうにかなる訳じゃないんなら、むしろここで働いてほしいなぁ。凄く頼りになるし」
「みん……な」
じんわりと熱く、染みてくる奥を抑えるので精一杯。しかし嗚咽を漏らすのはまだ早いとナツメは一点を伺い見る。震える眼差しにはどうしたって怯えが混じってしまう。
きっと許さぬ者が居る。
見え透いた現実に腹を括るつもりでいたのだが。
「……わかった」
「ブランチ」
こうも踏みにじられてなお、何故見捨てないのだろう、この人は。
私が天界に回答を求めた。これまでとはまるで違う問いかけは、こうだ。
“肉体から離脱してこちらへ渡った幽体が、このまま留まったらどうなるか”
対して賜ったのは、こう。
「本人の強い意志で留まったなら、幽体の役割が肉体の役割を超える」
研究結果は……まだ導き出せていない。当然だ。今日受け取ったばかりのヒントなのだからな。
しかしなんとなく察しがついたのだろうか。賜りの間の冷たい床に膝を着いて、不安に眉を寄せる私の隣で優しく微笑んだユキが。
「ここで生きられるだけ生きてみるよ。君の傍で。僕にとっては生涯の長さよりずっとずっと大切なことなんだ」
そこで私も悟ったのだ。
賜って間もないというのに、ろくに分析も出来ていないというのに。波長の濃さを変えて緩やかに点滅するなんとも儚げな彼の微笑みを目にして、すんなりと、わかったような気がして。
「……っ、……ユキ……ッ……!」
つまりそういうことだ。
幽体の役割が肉体の役割を超える。すなわち幽体である君が残り、切り離された肉体である貴方が死を迎える。二人同時には救えない。
同じ魂とは、そういうことなのだ。
ごめんなさい、冬樹さん。
ごめんなさい。
実感が迫るととめどなく溢れてくる。ここに居るのも彼に他ならないのに、そんな“今更”を呟いては涙する私を彼はずっと抱き締めてくれていた。
数多の想いを巡らせていた私が現在に戻る頃。
「そうと決まれば〜?」
などと実に呑気な切り出しをしたマイペースな部下が何かを取り出して。
「ナツメさん、ユキさん! こっち向いて下さい」
カシャッ
「わぁ〜、理想のカップル撮れたぁ」
よりにもよって痴話喧嘩終結後などという、残したくもない我々の顔を写真に納めてくれたのだ。




