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真夏の雪に逢いに行こう  作者: 七瀬渚
番外/荻原圭吾の推理記録
60/180

Mission1. 桜色の恋と漆黒の君



挿絵(By みてみん)



 気持ち新たに踏み出した始まりの朝は、青々とした天にやんわりとした桜色が際立つ見事な快晴だった。


 交差点を渡りバスに乗ると、涼しい顔を決めたり足を組んだりなんかして。


(新入生かな? あの子)


 いつからだっただろう。人気ひとけのある場所に踏み出したなら、いつも表向きばかりのクールを気取ってる俺。


 今度は三月あたりに遅れて買った真新しい手帳を取り出したりして。中身はきっと働き盛りのリーマンにそれにだって劣らないくらいぎっしり詰まってるよ。


 まぁ、ほとんど飲み会、若しくは合コンなんだけどね。


 あっ、俺まだ十九歳だから。そりゃあ……ねぇ? ちゃんと節度は守ってますから! そういうことにしといて、ね?



 ぶっちゃけ手帳の中身だって大して見ちゃいない。割と好奇心旺盛なのかな。すました表情ながらも視線はせわしなく泳いじゃうのね。


(あっちは新社員フレッシャーズか)


 ふふっ。



 まるで面接会場に居るみたいにガチガチに強張っている。肩幅の合わないスーツ姿の面々を見て笑っていたのは内緒だよ。


 これって他人事ひとごとなんかじゃないんだよね。俺だっていつかはああなるって、もちろんわかってるさ。だけど。



 次は〜、


 南波ななみ大学キャンパス前〜


 南波大学キャンパス前〜



 それはまだ先の話。限りがあるからこそだよ。エンジョイしなくてどーすんの。


 俺は学生いまを楽しむぜ!



 足取り軽やかに向かう俺の元にはいつだって早々に訪れる。ピンクの欠片が舞い散る門を越える前から。


「オギちゃーん!」


「おはよ〜」


荻原おぎわら〜」


萩原はぎわら〜」


 って、ちょっと待て。



「せやからハギワラちゃう! オギワラや〜!!」



 突っ込みの手振り付きで返してやると、待ってましたと言わんばかりに悪戯いたずらな笑い声が湧き上がる。やっぱりわざとだったのね〜。


「け〜いちゃん!」


「わっ」


 腕を引っ張られるとちょっとだけ後ろに傾ぐ。鎖骨デコルテまでざっくりといた春服の胸を押し当てたりなんて、こんな大胆な子も居る……うん、悪くない。



 ここ国立南波大学にてまた新たな一年がスタートする。俺こと萩原圭吾は二度目の春を迎えるんだ!



 そう思って疑わなかった。


 まさかこんな普通の生物学科生徒が、新学期早々、探偵の真似事なんかをすることになろうとは……


 このときはまだ、思いもしなかったんだよ。



☆✴︎☆✴︎☆



 すげぇな、アイツ。


 あの柳沼やぎぬま教授が見せ場を持って行かれるなんて……


 今年から編入したんだろ? 確か帰国子女だって。



 講義の途中だった。高みから呆然と見下ろす中でいくつものざわめきを聞いた。


 彼女との出会いはまさに予測のつかない気まぐれな疾風。甘い香りの春一番。



 “秋瀬ナツメ”



(ナツメ、ちゃん)



 誰かが囁いたその名をすぐにインプットした。



 室内に居たって、涼風を纏い揺れているみたいに見えた。煌めく初夏の陽射しまで携えているみたいだった、綺麗な漆黒の長い髪。


「携帯写真機!」


 色香を後押しする大人っぽい銀縁の眼鏡。なのに、その奥は幼い女の子みたいに輝いているって気付いて。


「…………っ」


 思わず息が詰まっちゃった。


 ちょっとちょっと、何コレ、ギャップ萌えってやつ? こちらもまた……悪くないっ!





「また明日。圭吾くん」



 ちゃっかりおねだりした名で呼ばれると、ほんのり滲む熱と共に胸が高鳴った。


 俺って、結構チョロいのかなぁ。



 でさ。それから放課後、何度か声をかけてみたんだけど、彼女ときたらいつも決まって同じ場所へ向かうんだよね。


 合コンの誘いにも乗ってくれない。食事と言い換えても駄目。さすが並外れた才女とでも言うのか、う〜ん、こりゃあ手強いなぁ。



 そうして俺はいつしか捜査に熱を注いでいったんだよね。彼女のことならなんでも知りたくって。


――たいぎいねぇ……――


 彼女がいつか呟いた言葉が気になって。


「た・い・ぎ・い……っと」


 携帯でネット検索しちゃって。



【たいぎい】・・・広島弁で“面倒くさい”



「あぁぁあぁぁぁぁ!!」



 一人で落ち込んだりして。今までの振る舞いを思い出すと嫌な汗まで滲んできたの。



(そっかぁ〜、ナツメちゃん、合コンとかそんなに嫌だったんだ。しかも何? 帰国子女だって聞いてたけど、出身は広島? 本場西の人……ってことは、俺がおふざけで使ってたあのエセ関西弁も、もしかして……)



――うっぜぇ〜、エセ荻原マジうっぜぇ〜――



(とか思われてたりしてーー!?)



「あぁぁぁ〜……マジやっちまったよ、俺〜……」



 多分これまでに無いってくらい、ヘコんじゃって。柄じゃないよねって思う以上に、まだ間に合う、まだ間に合うって、呪文みたいに自分へ言い聞かせてたんだ。



 そしたらついに……辿り着いちゃった。




「ナツメちゃん……」



 俺はついに見つけたんだ。


 彼女がここまでぶれない理由を。



 ぶちまけられた書類を掻き集める最中さなかで、凛とした漆黒の瞳が形を変えた瞬間を。



「……ユキちゃん先生」



 恋する乙女へ移り変わる、瞬間を。



☆✴︎☆✴︎☆



 とは言え、きっとこんなのはよくあることじゃん? よく聞く話じゃん。年上好きの女の子って結構多いんだからさ。だからこそ新入生を狙ってる連中がこんなに居る訳じゃん? まぁ、俺もだったんだけど。


 短いタイトスカートのくせに足元に気を配りもしない。危うい角度になってるって気付いてもいないみたいなんだから、少なくとも彼女は男慣れしてないよ。


 生物学科の磐座准教授。あの人いくつだったっけ? 若そうって言ってもしっかり白髪混じってるし、多分一周りくらいかな? あんな年上の男を落とすなんて……


「ないない」


 つまりこれは片想い。


「そうに違いないっ!」



「荻原……さっきから何ブツブツ言ってんの?」



 訝しげな視線を送る友達になんでもない、と笑って答えといた。まだ間に合う。そんな可能性を見出した気がした、このときの俺にはまだ余裕があったんだ。



 あの物欲しそうな視線を目をする機会が減った。先生を見ないようにしているんだとわかった。ちょっと可哀想だったけど、俺はちゃっかりと。


(ユキちゃん先生、グッジョブ!!)


 机の下でガッツポーズを決めたりなんかした。



 酷い?


 いやいや、だってこれで正解でしょ。先生と生徒は恋なんかしちゃいけないんだよ。常識中の常識でしょ。


 ましてやナツメちゃんは恋愛慣れしてないウブな女の子なんだから、フッてあげるなら早い方がいいんだ。こうやって痛い思いをして覚えていく。可哀想だけど……それでいいと、俺は思うよ。



 越えてしまったら、もっと痛いんだからね。



 それは俺が正義と信じ続けてきた感覚だった。揺るぎないものだと思っていた。



 それがある日。



「ナツメちゃん!」



 覆された。




 倒れた彼女を救護室に運んだ後の俺は、本当は……立ち去ってなんかいなくって。



「ナツメ……!」



(ナツメ?)



「冬樹さん」



 ふ……っ



(冬樹さんんんん!?)




 耳をすませていたんだ。物陰で密かに、顎が外れたみたいにあんぐりとしながらね。


「え、あの人そんな名前だったっけ? え、ちょっ……」


 どんなに思考を巡らせても結局同じところに辿り着くもんだから、だんだん頭が痛くなってきて、ついには本気マジで頭抱えちゃってさ。



 “ユキちゃん先生”



 そのあだ名の由来って、実は名前じゃないんだ。雪みたいに真っ白な肌だからだって、俺は知っていた。


 こんな場所じゃなかったら。


 彼女が呼んだのだって別の誰かだと思えたかも知れない。だけど無理だった。簡単なことだ。どう考えたってあの扉の向こうには、二人しか居ない。




――冬樹さん……っ――



「――――っ」



 もう一度届くと、軋みを続けていた胸は、俺の心は、多分、折れたと、思う。


 こちらまで疼いてしまうくらい、切なくって妖しい声色。あの向こうで起こっていることを想像するだけで、原型も保てないくらい崩れてしまいそうだ。


「うっ……そ〜ん……」


 なのに、この後に及んでまだ何処かふざけてる。


 俺って、結構馬鹿なのかなぁ。



☆✴︎☆✴︎☆



 ぶっちゃけ、それなりの恋愛経験を積んできた俺の理想はそこまで高くないと思うんだ。好みくらいはあるけどさ、今年で二十歳ハタチになる訳だし。好きな女の子にとって俺が初めてでなくちゃ嫌、とか。少なくともそんな青臭い理想はとうに消え失せているはずなんだ。


 例外に出くわすなんて思いもしなかったんだよ、つい最近まで。



「ねぇ、何かあったでしょ? ……ユキちゃん先生と」


 ためらいながらも探りを入れた。その日の彼女はやけに女らしい香りがする気がした。


 装いも至って変わらないけれど、綺麗な黒髪も、艶やかな肌も、いつも通り整っているけれど。キスマークとかそういうの、見た訳じゃないけれど。



 記憶が紐づけられていく。今思えばあれだってそうじゃない。


 ユキちゃん先生と揃って登校してきた日だよ。君にそんな発想は無いのかも知れないけどね、服装チェックって話題作りに欠かせないんだよ。キャミソール以外は全部、前の日と同じだったでしょ?


 見てたんだよ、俺は。感じてたんだ。



 嫌な予感。こんな形で当たっちゃうなんて、ね。



(もう……遅いんだね)



 遅いよ。だって、その痛々しい表情がもう全て示しちゃってるから。苦しくて苦しくて、たまらなくって。



――冬樹さん……っ――



 机に顔を伏せてみたけれど、実際は瞬きも忘れて魅入っていたんだよ。


 あの甘ったるい声色で、あの人の名を繰り返して、全身から熱い涙を流して乱れていく。そこに梅の花みたいな痕が散って。


 息を飲む程、妖艶に彩られていく。そんな彼女の姿が俺の目には写っていたんだから。




 それから一方的に訊き出して一方的に締め括った俺は、最後にもう一つ、一方的に。



 “これ以上、俺の中でナツメちゃんの存在が大きくなったら……”



「なにそれ、最低じゃん」



 冷たい廊下で一人、ため息を落とす。彼女に救いの一つも与えられないどころか、そう、俺は彼女を脅したんだ。


(これは正義なんかじゃない)


 俺が知ったのは許されざる関係だけじゃなかったんだ、って。今更知ったとか、笑えるよね。



 だけど、ねぇ、ナツメちゃん。



 駆け出し恋愛探偵・荻原圭吾は、残像の彼女に向かって振り返る。


「君はやっぱりわかりやすいよ」


 ちょっぴり笑ってみたりしながら、今更な一文を思い付いたんだ。



 いつか占い好きの女友達が教えてくれた。天秤座のO型。社交的でおおらかなんだって。許容範囲広いよ? ちょっと優柔不断だけど、エセ関西弁だけど、割と板に付いてると思わない?



「俺にしなよ」



 本当はあの場で言いたかった。少なくとも俺は、君を独りで泣かせたりなんかしないんだから、って。



 俺って……



 結構、不器用なのかなぁ。





 ★おまけ漫画★



『エセ関西弁でも許してね?』


挿絵(By みてみん)



 ……きっと、笑わせるから。




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