↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/180

7 . 虹色



 きっかけは“君”だったし、動かしたのは“カナタ”だった。


 途方もなく広い世界でただ一つの存在を求めるのは、浜辺の砂に紛れた砂金の一欠片(ひとかけ)を探し当てるも同じ。気の遠くなる作業。孤独な日々。


 更には性が転じたことによる生きづらさ。ちょっと目立てば女のくせにと見下され、このやるせなさを原型もなくなるくらいすり潰してやろうとばかりに、歯ぎしりなんかをして耐えた。私かて気に入ってはいない、と。



 それでもやがては見出したのだ。




 バタバタと忙しなく迫る足音。顔面を蒼白させた職員の男の、大変だぁ! という緊迫した声に皆が揃って振り返る。



 革命軍が東の地区に!


 馬鹿な! そこは親衛隊が巡回していたばかりだぞ!?


 きっとスパイだ。町人の中にテロリストが紛れ込んでいたんだよ!


 くそっ……始末におけねぇ奴らだ。



 ざわめきと緊張感が占める中で、はっと思い出したナツメも立ち上がって。


「今日は子どもたちが課外研修に行っている日だろう! 児童教育班は? 連絡はとれているのかっ!?」


 詰め寄られた男は慌てふためきながらも答える。担当者の先導の元、今まさにこちらへ引き返しているところであると。


 もう何年と続いている。ゆえに、皆が皆、次にすべきことをおのずと理解していく。


「研究班はシェルターの解錠! 管理班は館内の巡回を!」


「警備班は教育班と合流せよ!」


「生物保護班っ! 操縦士(パイロット)たちは親衛隊軍の応援! 急げっ!!」



 昼食後の団欒も早々に切り上げ、食堂から廊下へ、外へ、地下室へと散り散りになる。その最中(さなか)でナツメは再び気付いて足を止める。


「ブランチ!!」


 片足を引きずり、指示通りではない方へ向かおうとしている彼の背中へ。



「君はこっちだろう。無茶をするな」


「ばーか。操縦暦何年だと思ってんだよ。そこらの連中よりずっと手慣れてんだぞ、俺は」


「だけどもう引退しただろう。その足では……!」



 やかましくヒールを鳴らし、足取りの早い彼をようやく掴んだ。煮え滾る目だったか、泣き縋る目だったか、自分がどんな風(ふう)にしていたかはわからない。ただ薄く笑んだ彼の大きな手に頭をまさぐられたのがわかったくらいで。



「心配すんな。死にはしねぇよ。ナツメ、子どもらをしっかり守ってくれ」


「……ブランチ……っ」


「できるな?」



 ポンポンと強く押し付けられたのを最後に彼の姿は呆気なく遠のいてしまう。



 ナツメ……


 足元から小さく呼びかける声で何とか我を取り戻す。滲む視界も確かになっていく。



「行くぞ、ヤナギ」


「うん」



 そう、これ程までに容赦の無い状況だからこそ、私は決して判断を見誤らないのだ。




 王室が導入した最先端技術によるシェルターの内部には、音一つどころか振動さえ伝わっては来ない。この外で行われている事態など想像もできないくらい静かな刻(とき)だ。


 課外研修から戻ってきた子どもたちは無邪気にかけっこなんかしていたりする。そこそこ年長者である者にもそれ程の緊張感は見られない。覚えていないからだ。戦火によって居場所を失った過去を持つ者も居る。しかし、あまりに幼すぎて。


 それでも……



「ナツメ……怖い……」



 今もこうして胸に縋っている。いつもは年齢以上の落ち着きを保っているヤナギが、このときばかりはどうしようもなく震えているのだ。



 私にはわかる。


「大丈夫、大丈夫だよ。ヤナギ」


 きっと、覚えているからだ。




 ここには未だ戦争がある。



 いや、あっちの世界でもそうなのだがな。何せこっちの世界には国境なるものが存在しない。ゆえに、我々にとってはいつなんどき我が身に降りかかるかもわからない身近なものだ。



 ヤナギは知っている。あの時代、あの世界で、ナツコだった頃。彼女はただ一人でこれに耐えたのだ。


 対して私が知っているのは情報だけだ。あの時代、あの世界。勿忘草を携えてあの春の海へ赴いたカナタは、結局後(のち)に幕を開けた戦乱の世を見ることさえ無かった。


 知ったのはこの姿になってからだ。今となっては満天の星屑のように思える、輝く日々を過ごしたあの町も何度となく戦火に包まれた。


 カナタの生まれ故郷に至ってはほんの一瞬ばかりで焼け野原にされたというではないか。


 父母、それから兄はすでに引っ越した身。だけどそれだってわからない。広島に帰る機会が無かった訳ではない。少なくとも秋瀬の家系はほぼ途絶えてしまったのではなかろうか。



 炎天下の真夏。虹色に輝く巨大な雲の下で多くが死に絶えた。私がナツメとなってから味わった絶望の一つだ。




――大丈夫。



 大丈夫……




 胸元への繰り返しはまるで己に言い聞かせているみたい。


 あれ程失って、焼き尽くされて、更に記憶を有してなお、我々はまだ武器を取る。実感に涙が滲む。まだ変わりはしないのか、と。



 それぞれが貫きたい信念(もの)。


 異なるがゆえの、摩擦。



 置き去りにした私を今でも慕ってくれる、この小さな彼女との再会を機に宿った。


 異なる考え方、異なる種族、異なる性。


 絶滅危惧種の保護、研究。いつか異なる全てが互いに認め合って生きていける世を、その架け橋を、作ってみせると。





 ★補足★


 ナツメの世界の“戦争”。これについて詳しく書かれているのが同シリーズ作品【ASTRAL LEGEND】でございます。


 本作品はあくまでも二つの時代の主人公『ナツメ』と『夏南汰』の恋愛模様が主体である為、この戦争についてはあまり掘り下げない方向でございます。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。