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三. 英姿颯爽



 それはまた後日、少しばかりぐずつきそうな鼠色ねずみいろの空の昼下がりのことだ。


 買い物を終えて今まさに自宅の門を潜ろうとしている夏南汰の元に涼風の如く爽やかでほんのり甘い音色が届く。



「お帰りなさい、カナちゃん」



 ふわり漂う花菖蒲はなしょうぶの香り……これは自宅庭からのものであるが、ちょうどここへ流れ込んできたそれは、音色の主を一層華やかに飾ってくれるかのようだ。



「それはやめてくれないか、いつきさん」


「まぁ……ごめんなさい、夏南汰くん」



 ふふ、と控えめに微笑みながらも何処か悪戯いたずらな流し目。かと思えばもう曇り空を仰いで、黒子ほくろの寄り添うぷっくりした唇から吐息をこぼしている。


 見つめられれば恐らく誰もが囚われの身となる。凛とした佇まいは花菖蒲のよう。妖艶な色香は“移り気”な……



「あら、紫陽花あじさい



 あれこれ例えてみている真っ最中のこちらにはお構いなしに、門の内側を覗き込む彼女。豊満な胸がこの童顔へ、今にも覆い被さりそうになっていることによもや気づかないと言うのか?



 ふと真上から見下ろしてくる。そんな風に微笑んで。




 ちゅっ。



「!」




 蜜を味見する蝶のように。そんなことをして。




 花と蜜をうっとり眺めてようやく満足したのだろうか、膝までのスカートを翻した彼女は鼻歌などを唄いながら去っていく。また初めて目にする、広いつばの帽子の後ろからは外巻きの黒髪が軽やかに揺れていた。




 疾風になす術もなく乱れる漆黒。持って行かれそうな学生帽をおっと、と呟いて捕まえる。通学にあたってもそうだが、私にとってはこの※バンカラをきりりと引き締めてくれる大事な装飾品だ。




 秋……瀬……?




 初夏とは気まぐれだ。穏やかな顔をして何故にこうも、不意に、吹き荒れる。


 あまりに強かった為にほら、気付くのが遅れた。忘れていた訳ではない。この買い物だってその為だ。


 ただ……近頃やたらとこんな色をしている。青白いと思っていたこいつの顔色は赤、だったのか?



「やぁ、ユキ」


「やぁ、じゃないよ!」



 棒のように細い両足はもはや立っているのもかなわないといった具合にガクガク震えていた。それからせきを切ったように。



「やっぱりしてるじゃないか……っ!!」



 部屋に招いたらまず何をしようか。その洒落たセーラーパンツを褒めてやろうか。それとも我が家自慢の紅茶を振舞おうか。



 いや。



 やはりそうだな、弁解といくか。



 ※バンカラ・・・立襟の洋シャツに着物に袴などを組み合わせた大正ロマンを象徴するファッション(冬はマントを纏う)現代で言うところのやや不良めいたコーディネートだったとのこと。


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