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真夏の雪に逢いに行こう  作者: 七瀬渚
番外/真夏の笑顔に届くまで〜Winter〜
173/180

1st NUMBER『見捨てたくはないから』


 読者様、引き続きお読み下さり誠にありがとうございます。新しい章「Winter」をスタートするまでにだいぶ期間が空いてしまったので「Autumn」最終話のあらすじを記載させて頂きます(あまり詳細に解説するとネタバレになってしまうのでこの形をとらせて頂きました)


《真夏の笑顔に届くまで〜Autumn〜最終話のあらすじ》

 冬の公演を装った決戦の日まであと二日。アストラル王室親衛隊長のクー・シーは部下のミモザの協力もあって、雪那に脅迫状を送り付けたと見られる犯人の手がかりを掴んだ。そこで浮上したは『SNOWスノー』という名のロボットの存在。更にその生みの親は雪那が前世でお世話になった人物で……

 ナツメの為に造られたというSNOW。それは一体どういう意味なのか。ワダツミの子孫の生まれ変わりも登場人物の中にいる様子? 新しい章「Winter」ではまだ残っている謎も解き明かして参ります。





挿絵(By みてみん)



 十二月二十三日。


 祈りの間にて一人、天井から壁面へと見渡していく雪那ぼくは、今となっては懐かしい平穏な日々を思い出す。


 そういえばここ最近、聖歌隊の子どもたちの歌声を聴いていない。ステンドグラスがもたらす七色の光と相俟って、地上にも天使が居ると実感するほどそれはそれは美しい時間を織り成していた。でもこんな状況じゃ仕方ないよね。子どもたちにまで危険が及んだら大変だもの。


 去年は僕と一緒に冬の公演のステージに立ちたいと泣いた子がいた。それくらい僕に懐いてくれている子だった。可能ならば叶えてあげたかったのだけど、同じ会場に居ることすら出来ないと知った今年はやはりそれ以上に悲しんだのだろうか。


 今度は外へと歩き出してみた。潜入捜査中の親衛隊員の方がそこかしこに居て僕の目には物々しく映るけど、そんなことなど何も知らない小鳥たちが僕の側を飛び回る。


 ジュリ、ジュリリ、と僕の肩で鳴く。


「あはは、くすぐったいよ」


 フィジカルにも居たな。こんな白っぽくて小さくて丸っこい鳥。エナガと言ったっけ。この神殿にて神に仕える立場となってからも度々僕を慕って寄ってきてくれていた。戯れているうちに目尻がじわりと熱くなった。微笑みは携えたまま。


 頑張るけれど、これが最後になってしまうかも知れないから。



――まだだ。



 そんなとき。


 何処かから声がしたような気がした。内側へ直接届くような感覚に僕の身体の芯がドクリと音を立てる。


 なんとなくこちらと思った方を見上げると、枝の上にカラスのような大きな鳥が居る。だけど全身真っ白で目は赤い。やけにじっと、僕の瞳の奥まで見つめているように思えるんだけど……


「君が……言ったの?」


 届く距離ではないとわかるはずなのに僕はおのずと手を伸ばした。指先がその鳥の胸のあたりを示したとき、バサッと音を立てて僕の前から飛び去った。


 しばらくは現実味が湧かない気分で、ぼうっと白い後ろ姿を見送っていた。



 クー・シーさんが言うには調査にあたっている親衛隊の方々にも犯人の真の目的が未だにわからないそうだ。復讐、本当にそれだけなのか。魔力の調整まで出来るという人工知能は、僕に近付いて一番に何をする気なんだろう。冷静に話なんて出来ないであろうことは想像つくけどね。


 明日、公演を装った決戦の日。ワダツミ様もついていてくれるらしい。ただでさえ何世紀も生きている人があんな子どもの姿になっているんだ。力を使う度に年齢を遡ると聞いている。危険じゃないんだろうか。遡り過ぎてワダツミ様が消滅してしまうなんてことにならないのか。僕の不安はどうしても膨れ上がってしまう。


(SNOWが今日捕まってくれればそれに越したことはないけど、いっそ早く明日になってほしい。早く決着をつけて皆を安心させたい)


 そして正直、僕も安心したい。そんなふうに願う一日を過ごした。




 そして迎えた当日。


 ぐっすり眠ることなんてとても出来なくて、僕は約束の時間より二時間も前に目覚めた。朝日もまだ登っていない頃。


 再び祈りの間に足を運んで御神体の前でひざまずいた。僕ならもう覚悟している。だから僕以外の犠牲者は絶対に出さないでほしいと。


――やはりもう起きておったか。


 背後から声がして振り向いた。白装束に身を包んだワダツミ様が立っていた。ふとフィジカルのときの記憶が蘇って、目の前の姿に見惚れつつも怖くなる。だってこんな格好、あちらの世界では死者が……


「ワダツミ様……!」


 見慣れているはずなのに気持ちが抑えられなくなった。抱き締めようと伸ばした手が寸前で震えた。そこを見つめていたワダツミ様が小さく呟いた。かわまぬよ。そう一言。


「お許し下さい」


 僕は壊れ物を扱うようにそっと小さな身体を引き寄せる。ワダツミ様も意思をしっかりと保っているのか、今回は共鳴の現象が起こらない。それどころか大きく包まれていくような感覚。僕の方が小さい子になったような気分だ。


「まだ……あなたのお側に居たい。無理はしてほしくない。迷える数多の魂をこれからも導いていってほしいです。何が起こってもどうか力を使い過ぎませぬよう」


「ふふ、心配をせずとも私は自分の役割を投げ出すようなことはしない。だけど雪那、私は少し安心しておるよ。其方そなたも前よりは我儘を言うようになったのじゃな」


「……! す、すみません。僕は……っ」


「何を謝る。望みは明確に持っていた方がいいのじゃ。自分を大切に出来なければ誰かを守ることも出来ぬのじゃからな」


 ワダツミ様と僕の身体が離れた。しゃがんでいる僕に対して立っているその人は、この両肩をしっかり掴んで微笑む。



「確かに此度こたびの作戦は皆が力を合わせねばならぬものじゃ。なれど雪那、其方そなたにはもうわかっているはずじゃよ。これから最も心を一つにしていくべき存在を」


「心を一つに……?」


「そうじゃ。若き親衛隊長はその存在について何処まで触れていいかわからぬのじゃろう。其方そなたの心を守ることも重要な任務ゆえにな。しかし其方そなたはもう、己の芯に強く括りつけられた糸を……繋がっているその先を手繰り寄せるだけの力を持っていると私は見ておるよ」



 だから必ず上手くいく。そう締め括られた。鼻を一回啜った僕は強く頷いてから一礼、祈りの間を後にした。



 僕が力を合わせていくべき存在。今、僕の中でキラキラ光ってその存在感を示してる。色褪せることなんて無い。この人で間違いないだろうかと考えた。


 そうなると今まで僕が見てきた光景も幻覚などではなく……?



「あっ、おはよう雪那くん。やっぱりあまり眠れなかったのかな? 体調は大丈夫?」


 向かいの廊下からクー・シーさんの声がして僕は顔を上げた。後ろにはミモザさん。他にも見るからに逞しい親衛隊員の姿が数人続いてる。


「もう一回休んでおいでと言っても難しいかな。僕らはこれから最後の作戦会議をするところだ。終わったら一緒に練習しようね」


「はい。宜しくお願いします」


 きっと僕の緊張を和らげようとしてくれている、でもきっと自分も緊張しているから結果的に苦笑のような表情になっているクー・シーさん。ミモザさんも不安げに眉を寄せているように見えた。


 でも確かにクー・シーさんの言う通りだ。休もうと思ってもなかなか休めそうにないよ。だからこの後は食堂でジンジャーティーを飲もうかな。身体をしっかりあっためて出来るだけ自分を落ち着かせるんだ。


 コチ、コチ、と秒針の音が聞こえてくるようだった。親衛隊員の皆と別れた後、僕は食堂へ向かう前に胸のロザリオを強く握り締めた。


 うっすらと明るんでいく気配を感じながら、遠い冬空に願う。



――僕の中へ来て。



「巻き込んでごめん。だけどあれは僕の断片から生まれた。見捨てたくはないんだ。我儘だとは思うけど一緒に救ってほしい……!」



 彼方に思いを馳せ腕をいっぱいに伸ばすと、無防備な手のひらに温かい感触が訪れた。握り返してもらえたような気がした。



 やっとわかってきた。作戦。確かにそういう言い方になるんだろうけど、僕にとってこれは戦いではない。


 報われる機会を失った過去の僕を救う為の計画なんだ。





 砕け散った僕の欠片

 懐中時計の部品みたいに

 それでも回り続けた歯車よ

 己を許さなかった秒針よ


 いじらしくも哀しくて

 啜り泣く音色が響いてる

 戻れはしない

 進めもしない

 ならば何処へ向かえば良いのかと


 満たされなかった心

 生まれた恨み

 何処へ矛先を向けようとも

 がむしゃらに噛み付こうとも

 報われやしないとわかっているだろう


 もう回らなくていいよ

 刻まなくていいよ

 そうやって許してやれるのはきっと

 愚かなる僕と

 心熱き君くらいだ



 今に迎える神聖なる夜

 僕が奏でる瞬間だけでいい

 この身体の中へ降りて 重なって

 哀しみの連鎖を終わらせよう


 今でも思い出す

 夏と冬が混じり合ったとき

 愛欲だけではなかった

 未知なる可能性を感じたんだから



挿絵(By みてみん)



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