七月七日、買い物前
今日は七夕なんだって。
一年のうちで一日だけ、織姫と彦星が会える日なんだって。
「私は思うんですよ」
「急にどうした」
大型ショッピングセンターの一角、短冊がたくさん吊るされた笹を横目に、私は口を開いた。
「いやね、彼らは年に一度しか会えんわけですよ」
「そうですね」
「よくよく考えてもみなさいよ、一年ぶりの再会だよ? 彼らからしてみれば『そっとしとけよ』だよ」
そうは思いませんか。
一年に一度の再会なのですよ。
そんな時に地上から願い事の数々が届いてみなさいよ。
目を通すだけで一日終わるわ。
「絶対ゆっくりしたいと思う。少なくとも私だったらそう思う。どうですか」
「どうですかと問われましても」
私の向かいで、その男はガシガシと頭を掻く。
それから言葉を選ぶように、口を開いた。
「七夕の起源っていうのはいろいろありまして」
「ほう」
「まず一つ目が、盆の前の禊の行事。その名前が本棚の『棚』に機織りの『機』で『たなばた』」
「たなばた」
「二つ目に、中国発祥の織姫と彦星の話。ベガとアルタイルが一番明るくなる日ってことで、七月七日」
「七月七日」
「三つ目は、同じく中国で、織姫にあやかって機織りの技術の上達を願った。そこから派生して、いろんなことを願うようになったわけで」
「願い事」
「全部混ざった結果、織姫と彦星が年に一回会えてテンションが上がってみんなの願い事を叶えてくれるよ!みたいな行事になったわけです」
「ははあ……」
この男は意外と物知りだ。
成績はそんなによくないくせに。
「だから元々、七夕に願うべきは学業ないしは仕事・芸事に関することなんです」
「そうなんですか」
「そうなんです。決して恋人がほしいとかそういうことを願う日じゃないんです」
「……そうなんですか」
「ましてや『そろそろ結婚できますように』とか、そういうことじゃないんです」
とんとん、私がいそいそと書いた短冊を指で叩いてから、その男は言った。
「こういうことは俺に直接言いなさい」
「私が言ったら逆プロポーズじゃないですか。嫌だよ、私はプロポーズされたいんだもの」
「……分かった、分かりました。もうしばらく待ってください」
呆れたようにため息をついてから、その男はいそいそと短冊に何か書き込んだ。
「これが叶ったら、いいセリフを考えますので」
「……うわあ」
「失礼なリアクションしない」
その男がきゅっと笹にくくりつけた短冊の隣に、私もさっきの短冊をくくりつけた。
『そろそろ結婚できますように』
『昇給。貯金したい。』
何とも言えない短冊が二つ並んだのを見て、思わず笑った。
隣で、その男も何やら楽しそうに笑った。
「買い物しましょうか」
「そうしましょう」
「晩ごはんのリクエストは?」
「俺は肉が食いたいです」
短冊と同じように隣同士。
隣の男が買い物かごを持ち上げるのを見ながら、顔が緩んだ。
お空の上では、そろそろ織姫と彦星も、仲良くデートなんかしているんだろうか。