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第七話 頭のおかしい聖女様

作者注:

今回、多少性的な表現があります。

苦手な方はご注意ください。

 ――ミスリル王国第十三王女、アイリス・フォン・ミスリル。



 ミスリル王家が誇る、【聖級】プリースト。

 弱冠十六歳。俺と同じ年で、その称号を持つ凄腕聖女様。


 初級、中級、上級、特級、聖級、枢機卿級、法王級。

 七つある聖職者のランクで、上から三番目に位置する【聖級】。

  

 序列第三位と侮ることなかれ。


 初級から特級まで。ここまでは実力があれば誰にでもなれる。

 聖職者協会が定める試験に合格すればいい。

 魔法の実技の伴った資格試験のようなものである。


 だかしかし。これが聖級以上となると話は全く違う。

 これを任命する権限は、協会ではなく国家にあるのだ。


 国が認めた人物に与える、故に【聖級】以上のランクは称号と呼ばれる。

 その権限は貴族同等。その実力は折り紙つき。稀少かつ名誉な存在。



 ――そんな高貴な人物が、庶民代表である俺を、ベッドの上に押し倒している。



 上質の、絹糸のように細く長い艶やかな金髪を、奇麗に一本に編み込み。

 澄んだ泉のような碧眼は、今は情熱を帯び潤んで揺れて。

 上品な唇からは、熱く湿り気のある吐息を悩ましく漏らし。

 シルクの肌触りのする、白いドレスから伸ばした足を俺に絡ませ。



「会いたかった……会いたかった……ずっとお慕い申し上げておりました……」



 胸に唇を寄せ、囁くような小声で俺への思いを繰り返す。

 今時、下手なフランス映画でもなかなか見られない情熱的な開幕ラブシーン。


 ドアを開けて二秒でベッドインである。

 AVだってもう少し間を持たせる。

 女優さんへのインタビューとかで時間を使うだろう。

 あ、いやいや! 健全な十六歳の俺はAVのことなんか知らないけどね!



 ……まあ、それはともかく。



 いつの間にか、頬に触れていた筈の白魚のように細い指先が、俺のシャツをそっと捲り上げようとしているのに気づきさすがに声を上げる。ちなみにもう片方の手は忍び寄るように俺の下半身へと伸びていた。どこ触る気だ、おい。



「お久し振りです。姫」

「あ……。ご健勝なようで何よりです。ハルキ様」

「……で、なにしてるんですか?」

「……何、と申されても、ナニをしようとしていたのですが……」


 相変わらずぶっ飛んでるな姫。

 AVより展開早く濡れ場突入っておかしいだろ。

 ああいうDVDを見習ってだな、もっとこう、雰囲気というか、ですね……。

 いやいや! だから! 見てませんからそんなもの! 未成年だし!


「やめてください」

「何故ですか?」

「言わなくてもわかるでしょう? 理由なんて」

「理由……。あ、そうですね。脱がされるより脱がすほうが好きなのですね?」


 ちげーよ。

 大きく間違ってますよ姫。

 俺は脱がされるのも脱がすのもどっちも大好きで……。

 じゃなく!


「もうほんと! 何を考えてるんですか!」

「ずっと、ハルキ様のものになることだけを考えておりました……」

「重いです。いやです。やだです。離れて。離れてください」

「そんな冷たいことを言わずに……!」


 全力で――艶めかしい足まで使って――俺にしがみ付く姫を強引に引き離そうとする。ところがコイツ、すっぽんのように食いついてきて離れやしねえ!


「は、な、れ、て~~~っ!」

「い、や、で、す~~~っ!」

「離れて。離れてくださいっ!……は、離れろ。離れろつってんだろうが姫!」

「あぁん!」


 つい勢いあまって、突き飛ばすような形になってしまう。言動はぶっ飛んでいるが体力は十六歳人並のお姫様、コロコロとベッドから転がり落ちる。


 あ、ヤベ。今のはさすがにやりすぎた。いろいろと思うところはあるけれど、それでもこのコも女の子。暴力をふるっていい筈もない。全面的に俺が悪い。



「ひ、姫!? 失礼しました! 大丈夫ですか!?」

「平気です。わたくし、こう見えても頑丈ですのよ」

「そうは言っても……」

「そ、それよりも、ですね!」


 ところがどっこい。姫様は俺の想像を上回る奇怪な生き物だった。

 ベッドから叩き落とされたというのに、その目はますます艶の色を帯びる。


「いい。いいです! 懐かしいこのぞんざいな扱い。ハルキさんの冷たい態度!」

「……うわぁ……」

「も、もっと! もっと痛くしても、いいんです、よ……?」

「しません。しませんよ。しませんからね」



 可愛らしく上目づかいで、そんな酷い言葉を吐かないでください。

 俺だってまだ十六歳なんです。女子に甘い夢を抱いていたい年頃なんです。

 その幻想をまずぶち壊すのはやめてください。そげぷ反対です。ほんとやめて。



 何やらしょぼーんとしつつ、『おかしいですわね……? ベッドに押し倒してしまえばあとは勢いで何とかいける、というお話でしたのに……』とかなんとか、不穏な独り言をぶつぶつ呟いているこの少女は。まあ、その。ここまでの流れで分かりとは思うが。えーっと、その、なんだ?



「……アイリス姫」

「やっぱりまず両手を拘束してからのほうが……あ、はい。なんでしょう?」

「今の発言に関してはあとで詳しく説明するように。……あの、今でも、俺を?」

「はい? ああ。当たり前ではありませんか」



 少女は立ち上がる。

 凛としたその顔は、頭上にティアラがないのが不思議なほどに高貴で。


 すらりとした足。その片方をそっと後ろに下げ爪先を立て。

 会わない間にますます豊かに育った、白い胸元をくっと反らし一瞬静止し。


 しなやかな指先でスカートの裾を少しだけ摘み。

 ゆっくりと上品に、その蜂蜜色の髪を揺らして頭を下げた彼女は。



「アイリス・フォン・ミスリルは、今までも、今でも、これからも、永遠にずっとハルキ様唯一人を、心から愛しております」



 ……どういう訳か、この俺に、心底、惚れてしまっているのだ。



   ×   ×   ×



 まあ、その、なんだ?

 言い訳に聞こえるかもしれんが、聞いてくれ。


 この見た目だけは完璧なお姫様がこうなってしまったのには、理由がある。



 まず姫は、男子禁制の修道院育ちだ。

 王宮を出されたことには、何やらよんどころない事情があったらしい。


 十歳の時、魔法の才能を認められ王宮に復帰。

 王の指示で、女官のみが務める王宮の奥深くで暮らすことになる。


 その後、ミスリル戦争が勃発。

 聖級プリーストであった彼女は、討伐パーティーに抜擢される。


 この時点で、アイリス姫。十四歳。

 父王以外の男性というものに一切、接触することなく、この年まで育つのだ。



 ……そして彼女は出会う。異世界から召喚された勇者という立場の俺と。



 彼女の人生で、初めて接触する同じ年頃の男子。

 そりゃ気になるよ。男女逆にして、俺も同じ立場になったら気になるもん。


 姫は何だかんだと理由をつけ、俺と行動を共にするようになる。

 俺のほうも、奇麗な女の子に親しくされて嫌な気分になる筈はない。


 姫の喜びそうな話題、元の世界の話とかを、おもしろおかしく披露する。

 それに喜ぶ姫の顔が見たくて、もっともっと仲良くなろうとする。


 その過程で、俺たちの間に遠慮がどんどんなくなっていく。

 姫は俺のタメ口や軽い突っ込みをいたく気に入り、もっととせがむようになる。



 今思えば、軽くでも叩かれることを自ら求めるなんて、おかしな片鱗はこの頃からあったんだよなあ。その異常性にもっと早く気付いておけば……。



 正直に言おう。俺も当時は姫のことが好きになっていたと思う。

 そして姫も、俺の自惚れではなく、俺にそういう感情を抱いていた。


 鈍感系主人公ではないからな。俺は。

 あれだけあからさまにスキスキビーム出されたら誰でも気がつくって。


 旅の途中、夜中、彼女の部屋に行こうとしたことさえ、ある。

 思いを伝えて。出来ればチュウなんてしちゃって。あわよくばその先も……。


 そんな期待を抱いた俺の行動は、メンバーの一人に止められ未遂に終わる。

 それが未遂に終わったことで、姫の行動がますますエスカレートしていく。


 具体的には、年相応というには大きすぎる胸元をチラチラさせてきたり。

 必要以上にべったりと体を預けてきたりと、まあ、いろいろだ。

 誰か余計な入れ知恵をしたやつがいたのだろう。心当たりもある。



 ……ある種の拷問だったよ。あれは。いろいろ持て余したさ。当時は……。



 さて。そんな二人の甘酸っぱい関係は、ある日突然終わりを告げる。



 物理的な距離も、心の距離も、遠く遠く離れたと、俺はそう思っていた。

 だがしかし、今日のこの。さっきのアレを見る限り。

 姫のほうはそうではなかったらしい。諦めなかったらしい。


 俺を想い、寝れぬ夜を過ごし。

 俺を想い、男の悦びそうなことを学び。

 俺を想い、それを実践することに一切の躊躇いを覚えない彼女。



 つまり、彼女は進化したのだ。この二年の間に。



 清純そうなルックスはそのままに。

 王家の一員として、ますます高貴さも身につけ。

 誰も触れたことがない、綺麗な体のまま。

 だがしかし、男を狂わす魔性の技を身につけ。

 しかも、冷たく扱われると悦ぶという、隠れた性癖を悪化させた彼女。



 ――清純派ロイヤル処女おとめビッチ・ド・エームの誕生である。



 属性盛り過ぎにも程がある。

 俺はとんでもない魔物を、この世に生み出してしまったのかもしれん……。



   ×   ×   ×



「で? アイリス姫? どうしてここに?」

「ハルキ様に会いに、ですわ」

「ウソはいいですから」

「はい。嘘を吐きました。正直に言います。ハルキ様に会って抱かれる為ですわ」


 そういう意味じゃねえ……。

 そんな赤裸々な告白、聞きたくねえ。聞きたくねえよ……。

 いやまあ、それはともかく。


「……本当に? 本当にそれだけの理由で? このリボンの街にまで?」

「わたくしの人生の行動理由の全ては、ハルキ様にありますから」


 わあ。重い発言。10トンくらいあるよねこれ?

 人が生きる理由なんて、他にもっといくらでもあるでしょうに。

 もっと自分を大切にしてくださいよ、姫。



 あ、いやまて。それはともかく。

 ここはリボンだぞ? ノアの街じゃないぞ?



 風の噂でも、子飼いのスパイ集団に探らせたでもなんでもいいが、俺がノアの街で冒険者をしているって情報くらいなら、この人たちだって得ることができる。隠していた訳でもないし。無詠唱を使う魔術師でその名前がハルキ。一発ツモで上がりだろう。


 だがしかし。俺が今いるのはリボンの街だ。ノアから徒歩で五ヶ月はかかる場所にある街だ。そして俺がここに行こうと決めたのは二日前だ。計算が合わない。



「姫?」

「はい。脱ぎますか?」

「いいよ脱ぐんじゃねえよ何でそんなに脱ぎたがるんだよちゃんと服着てろよ」

「…………っ!」

「姫? 俺の口調が乱れただけでうっとり頬染めるのもやめてくださいね?」

「…………」

「悲しそうな顔しないでください。……誰と、ここまで来ました?」

「…………内緒、です」



 ……いるな。あの人も。間違いなく。



 方法は分からないが、姫をこの街に連れてくる、そんな真似が出来るのは、そんなことが出来るのはあの人しかいない。それはまずい。いや別に会いたくない訳ではないんだけど、むしろ会いたいんだけど、あの人、完全に姫の味方だからな。姫の護衛というかむしろ裏で操っているのがあの人なんだろう。



 よし。決めた。逃げ出そう。このちょろインだけなら捲くのは簡単だ。



「アイリス姫?」

「抱いてくれますか?」

「はい。えっちなことしましょう」

「駄目ですかそうですか。でも、そういう冷たい態度もまた……ええっ!?」



 心底驚いたような声を上げるアイリス姫。

 両手で頬を抑え「信じられない」といったポーズで固まっている。



「あ、お嫌でしたら、俺は別に……」

「いえいえいえいえいえいえいえっ! しましょう! ここで! はい!」

「……本当にいいんですか? その、訊きにくいのですが、初めてですよね?」

「ハルキ様に捧げると、ずっと前から決めていましたから」



 ……あー、うー、罪悪感、ハンパねえ……。



「後ろを向いて貰えますか?」

「え? あ、はい。でも、何故、でしょう?」

「姫様のドレス、俺が脱がしたいからです」


 途端にボッと。火がついたように顔を真っ赤にするアイリス姫。

 え? なに? 何かおかしいこと言った俺? する時は脱がすよな? 普通。


「は、裸を見られるのが、恥ずかしくて……」

「あ、そ、そう、ですか……」


 わかんねえ。わかんねえよ。このビッチ姫の羞恥ポイント……。

 さっきまでの発言がOKで、裸を見られるのが恥ずかしいって……。


 ま、いいや。今の発言のショックで俺の罪悪感も消えたわ。

 さっさと済ましてしまおう。


 白い肌を首筋まで真っ赤に染め、姫が無防備な背中を預けてくる。

 その奇麗なうなじに、“右手で”、そっと触れる。さて。



 ……ごめんね姫様。俺、あんたのこと、まだ完全には許せないから。



「……ああ、やっと、やっとハルキ様と結ばれる……」

「すいません。結ばれません姫様。……【吸収】」

「はい? ……ああああっあああ、ああっ、あああああっっっ!?!?」



 くっ! さすが伊達に聖女様と呼ばれる訳じゃねえな!

 なんだこの魔力総量!? 吸収しきれるか? どうだ? いけるか?



 ――カクンと。首を傾け、魔力を吸いつくされたお姫様は、意識を失った。



「……おっと」



 力をなくし、倒れこむ寸前の姫の体を支える。

 うわあ……。軽いし柔らかいし。ほんと、女の子の体なんだなあ……。


 そのまま床に寝せる訳にもいかないので、ベッドへと横たえる。

 魔力の吸収に痛みは発生しない。でも、やっぱりちょっと罪悪感が……。



「……ん?」



 いけないいけない。ベッドに寝かせた時、スカートが乱れてしまった。

 直してあげないとな。俺は紳士だ。その辺はしっかりしてるのさ。



 ……その作業中に、太ももに指先が触れた。



 うおう! なんだ今のしっとりとした感覚は!?

 これが女体!? 女体の神秘なのか!?



「……ごくり」



 ちょっとだけ。ちょっとだけと、そう自分に言い訳をして。

 ほんの少しだけ。指先だけで。そのたわわな胸に触れてみる。



 ……ふよん。



 うおおおおおおおおおおおおっっ!

 なんだなんだなんだ今の感触は!? 柔らかいってレベルじゃねーぞ!?


 いけない。これはいけない。この肉体は悪魔だ。俺を惑わせる。狂わせる。

 もう駄目だ。それにこれ以上は姫に対して失礼だ。さっさと逃げ出そう。


 あ、でも最後に。もうひとつだけ。一目だけでいいから……。

 俺はスカートの裾に手をかける。そしてその奥を。神秘の布を一目……。



「……そこまでするのでしたら、もういっそ、抱いてしまえばいいのでは?」



「きゃあああああああああああっっ!!」



 俺は乙女のような悲鳴を上げて飛びのいた。いる!? 誰かいる!? 

 違うんです今のは出来心でそれに合意なんです訴えないで通報はやめて!



「あ……」



 ――いつのまにか、気配を感じさせず部屋に入っていた、その少女。



 黒い靴。黒いレギンス。

 黒い膝丈長袖ワンピース。黒い古ぼけたぼろマント。黒いとんがり帽子。

 そして涼しげな黒い瞳と、腰まで届く長い黒髪。



 卵型の顔の、その肌の色以外を全て黒で統一したその少女。



 相変わらずの無表情。相変わらずの抑揚のない声。

 変わらない。二年前に初めて会った時から。一年前に別れた時から。

 何もかもが全く変っていない、懐かしいその人物は。



「……お久しぶりです。師匠」

「……久しぶりですね。ハル。君は相変わらず元気なようで何よりです」



 ミスリル王国所属、戦術級魔術師にして俺の魔法の師匠。



 ――【天才少女】、アイラ・ハルラ、その人であった。




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