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第三話 お姉さん属性の女神様と普通可愛いメイドさん

「……どうしました? 晴樹さん?」



 リリス様の声で、ふと我に帰る。

 どうやら激動のここ数年の我が身を振り返り、ぼーっとしてしまったらしい。


「いえ。ちょっと昔を思い出していました」

「昔、ですか?」

「はい。リリス様と知り合って、もう二年も経つんだなーと」


 召喚され、魔王討伐の準備期間が数ヶ月。

 魔王城に潜入し、その首を獲り、凱旋するまでに二ヶ月。

 ミスリル王宮を脱出し、逃亡の旅が三ヶ月。

 冒険者として生きてきたのが一年とちょっと。



 ――長いようで、短い二年間だった。



「……すいません。晴樹さん。私が不甲斐無いばかりに二年もの長い間……」

「ああ、よしてくださいリリス様。リリス様のせいじゃありませんから!」

「そう言って頂けると、少しは気が楽になります」

「本心ですから。本当に本心ですから。……ところで、今日は一体何用で?」


 リリス様はお優しいんだけど、ちょっとネガティブなところがある。

 これで怒ると鬼より怖いんだから、女性って分からないものである。



「召喚魔法陣に関する定期報告ですよ」

「あ、そうですか。なら一緒に食事でもしながら……」



 わーいリリス様とお食事ーと。

 俺が喜び勇んでテーブル上のメニューを手に取ったその時。

 出入り口のスイングドアが揺らし、一人の少女がギルド内に入ってきた。



 小さな靴は黒。くるぶしを覆う靴下は白。

 膝上丈のスカートは黒。清潔感のある、シンプルな長袖ブラウスは白。


 ワンポイントのように襟もとで結ばれた細いリボンは黒。

 頭の上で揺れる小さめのカチェーシャは、やっぱり白。


 肩まで伸ばされた、さらさらセミロングの髪の色は薄めた紅茶色。

 同じ色彩で構成された瞳は、ぱっちりと大きいアーモンド形。



 どこからどうみてもメイドさん。


 元の世界にいた頃、秋葉原あたりでよく見かけた装飾過剰のミニスカゴスロリなんちゃってメイドさんとはちょっと違う、正真正銘の本物メイドさんだ。機能美のみを追求したメイドファッションがよく似合っている。


 冒険者ギルドには、たまにああいう使用人さんとか執事さんが現れる。当然、仕事を受ける側ではなく、依頼する側だ。故に大抵は依頼書が張り付けられた掲示板を素通りし、直接、受付窓口へと向かう。それはこの、十代半ば、つまり俺と同じくらいの年頃の、この少女も同じだった。


 荒々しい冒険者ギルドの雰囲気に圧倒されているのだろう、顔を固く強張らせたメイド少女はカチコチになったまま、それでも何とか窓口へとたどり着き、緊張の余りか裏返り、声量の制御にも失敗した大声で赤毛巨乳受付嬢にこう告げた。



「す、すいません! こちらに【速達】のハルキさんはいらっしゃいますか!?」



   ×   ×   ×



「え、えっと、わたしの名はシャルロット。シャルロット・ロベールです」

「ご丁寧にどうも。俺はハルキ・ヤマミズ。【ヤマミズ郵便局】の局長です」


 ペコペコと。互いに頭を下げ合う俺たち。


 ……赤毛お姉さんに連れられて俺たち付くテーブルへと案内されたシャルロットさんは、何と言うかこう……そう。実に正統派の美少女だった。


 薄く染めた頬、小さめの唇。細い手足と、ブラウスを軽く盛り上げる、自然な大きさの胸。足はすらりと細く長く、足首はきゅっと引き締まって。


 実はこの世界に召喚されてからこっち、俺はリリス様をはじめとする数名の美人美少女たちとお知り合いになったのだが、この人たちは何と言うか、さすがは異世界の方ですねって感じで、どこかが、何かがぶっ飛んでいる人ばかりだったので、こうして「普通に可愛い」と思える女性との出会いは新鮮だった。眼福である。



「あの……そちらの方は……?」

「え? あ、ああ。この人ですか? この人は、あの、そうですね。俺の保護者みたいな人なので、どうかお気になさらずに」



 怪訝そうな目で、シャルロットさんがリリス様に視線を送る。声を出さず、少しだけ頭を下げるリリス様は、「晴樹さんの仕事ぶりを見てみたいので」という理由でテーブルに同席したままだ。見て面白いものだとは思えないんだけどなあ……。



「……【速達】のハルキさんは、世界中のどこへでも、信じられないような速さで手紙や小包を届けてくれるという噂を聞きました」



 ためらいがちに口を開いたシャルロットさん。リリス様のことはひとまず置いておくことに決めたようである。


 耳元に口を寄せたリリス様が、そっと呟く。『仕事ぶりが噂になるとは、晴樹さんが真面目に誠実に働いている証拠ですね。見なおしました』……と。そうでしょうそうでしょう。真面目に頑張ってるんです。


 ただですね、その噂は俺が自分自身で広げた、言わば自作自演のようなものなのですが、それを正直にリリス様に打ち明ける必要はないですよね。うんうん。



 いやまあ、それはともかく。



「……スズ公国の首都、リボンまでなら、何日で配達できますか?」

「リボンですか? リボンなら、そうですね。三日もあれば」



 ここノアの街からリボンまでは、ノアからミズリーよりも離れている。

 単純に二倍近くの距離があり、普通に旅すれば約五ヶ月はかかると言われる。


 そんな俺の返事に、シャルロットさんはすごい勢いで食いついてきた。



「み、三日!? 本当ですかそれは!?」

「ええ、まあ。もっとも、あまり重いものとか、かさばる物は駄目ですけどね」

「重く……は、ないと思います。多分。きっと。……はい……」

「……? ま、なら平気です。お届けするのはお手紙? それとも小包ですか?」



「……届けてもらいたいのは、私、です」



「お願いします! 私を、どうかリボンまで届けてください! 大至急!」



   ×   ×   ×



 ……ここからは、シャルロットさんのお話。ちょっと長いよ。



 スズ公国首都リボンの街に、ある貴族の男性が住んでいた。

 彼は爵位をもつ、それなりに有力な人物でもあった。


 そんな彼は、二十代半ばで結婚する。

 恋愛結婚ではない。貴族同士の、完全なる政略結婚である。

 貴族社会においてそれは当り前のことで、珍しくも何ともない話だ。



 両者にとって不幸だったのは、互いの相性が良くなかったこと。

 夫婦とも悪い人物ではなかったが、こればかりはどうしようもなかった。


 一応、することはして出来るものは出来た。

 妻は子供を授かり、めでたく長男を出産する。

 しかし、冷え切った夫婦の中が改善することはなかった。



 ……ある意味当然の結果として、結婚後数年を経て、夫たる男は浮気をする。



 屋敷で働くメイドに手を付けたのだ。

 うらやまけしからん話ではあるが、これもまたよくあること。


 それにそもそも、この世界では一夫多妻が正式に認められている。

 故に妻も、その行為自体を責めることはなかった。


 しかし。子供が出来たのは問題だった。

 貴族たる夫の血を引くというのは、無視するには大きすぎる問題なのだ。

 夫と妻は相談し、以下のような措置を取る。



 まず、件のメイドは、正式に妾として取り立てること。

 娘ともども、今後とも屋敷に住まわせること。

 その生活はきちんと保障すること。


 ただし、貴族である夫の家の一員として迎え入れることはしない。


 また、娘は相続上の諸々の問題の発生を未然に防ぐために、十歳の誕生日を目途として、母親であるメイドの実家へ帰すこと……等々。



 この約束は数年後、妻が流行病で亡くなった後もしっかりと守られる。

 メイド親子は妾とその娘として、つつましくも幸せに暮らし。

 そして約束通り、娘のみが、十の誕生日の翌日、母方の実家へと送られた。



 ……優しい両親から引き離され、母方の実家に送り出された娘。



 住み慣れたリボンを離れ、遠いノアの街に一人。


 受け入れ先の祖父も祖母も優しい人ではあったが、当時は泣いてばかりだったそうだ。ま、そりゃそうだろう。十の子供が親元から離されたのだ。悲しみの余り枕を濡らす日も、少なくはなかっただろう。


 だがしかし。人とは慣れるもの。


 涙をぬぐい、健気にも立ちあがった娘は。

 親切な祖母の元、家事や礼儀作法を積極的に学ぶようになる。

 いつか母親のような立派なメイドになる日のことを夢見て。



 ――そして五年後。



 その娘、成長したシャルロット嬢の元に、一通の手紙が届く……。



   ×   ×   ×



「父様が……病に倒れたと……。もう、長くはないかもしれないと……」


「……………っ」

「……………っ」


「手紙の日付は、五ヶ月前のものでした。ですから、父様は、もうこの世にはいないかも知れません……。逝ってしまったかもしれません。でも。もし、もし間に合うのなら、せめて、せめて一目だけでも、会いたい……っ! 会いたいのです!」


「~~~~~っ」

「~~~~~っ」


 ぽろぽろと、真珠のような涙を零しつつ、そう語るシャルロットさん。

 ズビズバと、耐えきれず洟をすすりあげる俺。

 しぱしぱと、水色の瞳を赤く潤ませ、涙をこらえるリリス様。



 アカン。これはアカン。


 元々俺は涙もろい性質だった。お涙頂戴モノのドラマとか見ると、そのワンパターンぶりに突っ込みを入れつつも滂沱の涙を流す人間だった。前に一度「蛍の○」という名作アニメを見た時なんて実に酷かった。開始五分で流れだした涙は、エンディングを迎えるまで、いや観終わった後も翌日まで枯れることはなかった。


 特に今は、家族モノは駄目だ。もう本当に駄目だ。自分自身が異世界転移を果たし、長いこと両親に会っていない今、こんな話を聞かされたらOUTである。ああ、父ちゃん母ちゃん元気かなあ……。



 ……ふいにグッと、襟首が掴まれる。リリス様がお顔を寄せてくる。目で強烈に訴えかけてくる。『この少女を助けてあげなさい!』。俺は親指を立てつつ、こちらも視線で答える。『任せてください! 絶対確実に、この子をリボンの街まで届けて見せますよ!』……と。



「話はよく分かりました。引き受けましょう」

「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」

「任せてください。出発は明日からでいいですか?」

「はい! ……それであの、料金、なんですが……」



 不安そうに切り出したシャルロットさんの顔を見て思い出した。


 ああ、そう言えば、「国外への【速達】には高い金額が必要だ」なんて噂を流してたっけな。自分で。確か100万コルだとか吹いてたはず。


 それ、実はプラフである。あんまり安い金額にすると信憑性がないし、その上、悪戯で依頼をかけられる恐れがある。100万コルという金額は、本当に【速達】が必要な、真剣な依頼人を選別する為のデマ情報だ。



「100万コルなんて大金は用意できないので、代わりにこれを……」



 そっと差し出されたのは古いブローチ。大事にされていたのであろうことは、何となく雰囲気でわかるけど、これが100万コルの価値があるかと問われれば答えられない。少なくとも見た目的には、それほど高価なものとは思えない。


 ちなみに1コルはだいたい1円の価値がある。普通の食事なら500コルから1000コルくらいでそこそこの物が食えると思えば間違いない。



「これ、家を出る時、母が持たせてくれたものなんです。『シャル? あなたのこの先の人生で、何か困ったことがあったらこれを売りなさい。それまでは、これを私だと思って大事に持っていてください』って……」



 …………。


 貰えねえ。貰えねえっすよ。シャルロットさん。

 そんな重いもの、気易く受け取れませんよ。無理ですってば。


 そもそもこんな事情聞かされて、リリス様にも行けと言われている状態です。

 いいっすよ。お金がないなら実費のみで。それも出世払いで全然構いません。



「あー、えー、あのー……」

「た、足りませんか!? そうですよね……。さすがに足りませんよね……」

「あ、いやそういう訳ではなくてですね。えーっと、あのですね」



 言いよどむ俺の言葉をどう解釈したのか、シャルロットさんは、何か悲壮な覚悟を決めた顔で立ち上がり、震える手を自分の胸に当て、絞る出すように言う。



「た、足りない分は、わたしの体で払います! 道中、何をされても文句は言いませんし、それでも払いきれないのなら、そのあとだって何だって言うことを聞きます。だから、お願い、お願い、します……」



 …………。



 え?

 今、このコなんて仰いましたか?

 えーっと、『わたしの体で払います』?

 それから『何をされても文句は言いません』?

 そしてその上、『そのあとだって何だって言うことを聞きます』?



 …………。



「シャルロットさん」

「は、はい!?」



「失礼ですが、そういった経験がおありでえええええいでぇいでぇえええ!!」



 思いっきり足を踏んずけられた。そして力任せに耳を引っ張られる。痛い痛い痛いですリリス様切れる俺の耳が切れちゃう引きちぎられちゃう!!


「……晴樹さん」

「は、はい!」


 耳元で囁かれる声がすげー怖い。


「あなたがこの世界から帰れなくなった責任の一端は、間違いなく私にあります。ですから、あなたがこの世界で何をしようと私にそれを止める権利はないと、そう思ってはいます。……でも、ですね? 仮に、仮にですが。仮にあなたがこの少女の弱みに付け込んで、口では言えないような酷いことをするというのなら、私はあなたのことを心から軽蔑しますよ? 嫌いになりますよ?」



 する訳ないでしょうそんなこと。

 あの反応。シャルロットさんの、あの真っ赤なお顔を見てくださいよ?

 あれ間違いなく経験無いですよ?

 そんな純なコに、無理矢理アンナコトやコンナコトする訳ないでしょうに。



 ……でも。



「リリス様?」

「なんですか?」

「口では言えないような酷いこと、って具体的にどんなことです?」

「~~~~~っ!! ひ、酷いことは酷いこと! です!」



 やっべ。リリス様もお顔真っ赤ですよ超可愛いやっべ。

 この女神様は、俺と俺の「ぱおーん」との初対面の時も反応が初々しかった。

 こういうシモの話には弱いんだろうなあきっと。

 そこがまた素敵に萌えます。大好きです。リリス様。



 ……いやまあ、それはともかく。



「報酬の話は、無事依頼を果たしてからにしましょう。大丈夫。悪いようにはしませんから。詳しいお話は明日、【ヤマミズ郵便局】のほうでしましょう。旅の用意を済ませて、昼過ぎくらいに来てください。待ってます」



   ×   ×   ×



 最後にギュッと、涙目のまま強い力で俺の手を握り締めたシャルロットさんを、ギルドの外まで見送る。


 テーブルに戻ってきた俺のことを、リリス様がじとっとした目で睨んできた。年上奇麗系お姉さんに睨まれるのって、結構ゾクゾクするよね!


「……信じてますからね? 晴樹さん?」

「心配しないでくださいってば。リリス様の信頼を裏切るようなことしませんよ」

「そうですか? ならいいのですが……」

「それより、さっきのお話の続きを」


 さっきのお話、とは、もちろん『口では言えない酷いこと』の具体的内容の件ではない。その前の、召喚魔法陣の話である。


「そうですね。実は……」



 リリス様が口を開いたその瞬間。



 ――どぉん!!



 腹に響く轟音と共に、ギルドの壁、大通りに面したその一角が、まるで砲撃にあったかのように崩れ落ちる。ぱらぱらと、天上から石の欠片が降り注ぐ。血相を変えたギルドの連中が『誰だコノヤロウ!』と叫びながら外に飛び出していく。



 ……狙ったように、無人の窓際の石壁だけを崩した、精密なその一撃を見て。



「……アレ、ですかね? リリス様?」

「……アレ、のようですね。晴樹さん」



 ……俺とリリス様は。



「なら、急いで姿を晦まさないといけませんので、俺はこれで」

「はい。私も姿を消します。お話の続きはまた今度。帰ってきてから、ですね」



 ……喧騒に紛れるようにして、その場から、素早く立ち去った。




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