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第七話 シュターデン城突入

 ――月の光に照らされ、青白く輝く石造りの城。シュターデン城。



 出発の前、カルから聞いた話は本当だった。


 魔族のカロラン将軍が立てこもったノルン要塞。

 あの無骨な雰囲気は、この城からは感じられない。

 どちらかといえば、絵本の中に登場する「お城」に近い。


 とはいえ、今この城には五百のミスリル兵が配備されているのだ。

 見た目、雰囲気だけで油断してかかると、きっと痛い目を見る。


 まあ、とはいっても。実際にここを攻略するのは俺の仕事ではないのだが。



「さて。ハル。戦いの前に少しだけお話があります」

「何でしょう? 師匠?」



 愛用の杖を天に向け、魔力を集中していた師匠がぽつりと言う。

 魔法の詠唱はまだこれから。目標は城を守る、樫で出来た厚い城門。


 あれはさすがに、俺の【岩弾砲】でも容易にはぶち抜けそうにもない。

 こういう時こそ、異常なまでの威力を誇る師匠の上級魔法の出番である。


「最近、私は思うのです。魔術師の強さ、その判断基準とは何か、と」

「……単純に、使える魔法が強いかどうか、ではないでしょうか?」


 ああ。MAX MP。魔法総量の大きさもその基準のひとつになるかな?

 でも魔法総量が多い俺が師匠より強いかと問われれば、それは否だと思う。


「昔は私もそう思っていました。ですが、君と出会ってその考えを改めました」

「と、いいますと?」

「魔術師の強さ、それは応用力なのではないか、と」

「応用力、ですか」


 苦手なんだよなあ。応用問題。

 いやまあ暗記も証明も文法も、計算問題も苦手だけどさ。


「例えば、ですが。今から私はあの城門を【雷光】という魔法で破壊します」


 おお。名前からしてカッコいい!

 電撃系の魔法ってちょっと見たことないぞ?

 そもそも初級、中級には存在しないんじゃないかな?


「これは読んで字の如く、対象に雷を落とす水属性上級魔法ですが」

「ほうほう」


 なるほどなあ。電撃系の魔法は水属性なのか。

 電撃系はその上級魔法なのか。

 俺もいつか使えるようになりたいものだ。上級魔法。


「ですが、ハル? 君ならきっと他の方法でもあれを破壊できるでしょう」

「……そうでしょうか?」


 俺が憶えているのは中級までの四属性魔法ですよ?

 あとは初級の光系統治癒魔法と、身体強化魔法くらいです。


 そりゃ魔力任せにひたすら【岩弾砲】を使えばいつかは壊れるでしょうけど。

 でもそういう答えでいいのかしら? いまいちエレガントじゃないような?


「そんなことありません。要は結果ですよ。ハル」

「結果、ですか」



「水属性の上級魔法、その最上位にあるのは【永久凍土】。対象の周囲一帯、一面を凍りつかせる強力な魔法です。ですが、当然のことながら上級魔法ということもあり、長い長い詠唱と莫大な魔力を必要とします。……が。例えば、そうですね。水属性中級魔法の【豪雨】で敵の体を濡らし、その上から風属性中級魔法【豪風】を重ねがけすれば、敵は凍えるような寒さに意識を失い次々と倒れていきます」



 ふむ。【永久凍土】には興味があるが、今はそれは置いといて。

 水で濡らして風に曝し体温を奪う……ああ。そうか。それはつまり。


「なるほど。気化熱を利用する訳ですね」


 夏前や晩秋に、登山者がよく経験するというあれだ。

 濡れた衣類を着用し風に吹かれると、みるみる体温を奪われるという。

 これによる低体温症で死亡したという痛ましい事故も結構あった筈。


「それですよ。ハル」

「……どれです?」


 気化熱に関してのことだろうか?

 俺のいた世界では、確か義務教育の過程で習うことなんですけど?


「私は気化熱という言葉を知りませんでした。私をはじめとするこの世界の魔術師は、それが『何故』発生するのか説明が出来ません。やってみたらそういう効果が出た。だから使う、と。そういうものなのです。ですが、ハル。君はその理由を説明できる。理解している。魔法を使うための第一歩はそれを信じること。理屈が、理論が分かっていれば信じることは容易い。だとしたら、ハルはこの世界の魔法をもっともっと進化させられる可能性があると、私はそう考えています」


 そうかなあ?

 買い被り過ぎだと思いますけどねえ? 師匠?


「ハル。あなたは中級魔法までを無詠唱で使いこなせます。そして元の世界で得た知識がある。Aという現象にBという現象を重ねればどんな効果が表れるのかを知っている。……それが『応用力』というもの。そしてそれこそが、魔術師の本当の強さなのではないかと、最近の私はそう思うのですよ」


 うーん。言ってることの意味は分かりますけどね。

 実際、俺と師匠とどっちの方が強いかってことになったら。

 その答えは満場一致で師匠なんじゃないでしょうかねえ?


「実際、今でもハルは魔法を器用に使いこなして、しっかりと戦える魔術師です。試みに問いましょう。カル・ベルン? 貴方なら、ハルと私。一対一で戦うのならどちらの方が“嫌な”相手だと感じますか?」


 突然話を振られたカルは、それでも驚いたりはせずに。

 少しだけ首を傾げ悩んでいたが、やがてはっきりとこう告げる。


「偉大なる大魔術師にこんなことを言うのは失礼になるのでしょうが、アイラさんに限らず、それが誰であっても例外なく、剣士にとって魔術師というのは『近づけば斬れる』ものです。率直に言えば、例えアイラ様を相手にしたとしても、20m以内にまで近づければ、勝機は僕にあると思いますね。……ところが、その大前提がハルキ君には通じない。言うまでもなく、“嫌な”のはハルキ君の方ですね」

 

 そりゃお前が俺に負けたからだろ? ただの苦手意識だろそれ?

 あとカルお前俺の師匠ディスってんじゃねーぞコラ?


 20mどころか、1m以内に近づかれたって師匠は負けたりしねーよ。

 具体的にはウィンク一発で男なら誰だってダウンだよ。

 お前あの可愛らしい師匠のウィンク受けて無事で済むと思ってんの?


「……まあ。この話の続きはまた今度、で」


 師匠はそう言って話を打ち切ると、杖を高々と掲げる。

 青白い月に向けて。満天の空に向けて。そして。


「では。いきます。二人とも準備はいいですね?」


 師匠のその言葉にカルは剣を抜き。

 俺はスズの宿街で購入した安物の仮面を被る。



 ――師匠の呼び落とした一閃の雷光が、厚い城門を粉々に打ち砕いた。



   ×   ×   ×



「行きますよ? ハル」

「…………」


「さすが【戦術級】魔術師。お見事です。……ハルキ君? どうしたの?」

「…………」


 どうしたもこうしたもねーですよ。師匠、カル。


 なんだよ? なんだよあの威力?

 あんなの見せられたら普通は開いた口が塞がらねーですよ。


 あの巨大な、高さ数メートルはある厚い城門が一撃で砕けたんだぜ?

 壊れたんじゃねーぞ? 木っ端微塵に“砕け散った”んだぞ?


 何であなた方はそんなに冷静なんですかね?

 あれですか? 【戦術級】だからですか?


 だったらやっぱりさっきの話は嘘ですよ。

 俺は師匠の足元にも及ばない。

 勝てる訳ねーっすよこんな凄まじいお人に。

  


「ハル? 呆けている場合ではありませんよ?」

「ですね。早速のお出迎えだ。ハルキ君? しっかりして」



 未だ口を開けたままの俺に目に入ってきた、鈍色の塊。

 鉄の鎧に身を包んだミスリル兵が十名近く、城門跡地から飛び出してくる。


 よし。よし切り替えろ山水晴樹。

 ここから先は戦いだ。戦闘だ。戦争だ。

 戦場で呆けていては命が幾つあっても足りない。


 師匠がまっすぐ前に向けて杖をかざす。

 俺が右手を伸ばす。


 だがしかし。俺たち師弟コンビが魔法を放つよりも早く。

 銀髪の少年は抜き身の剣を片手にその群れへと突っ込んでいく。



 ――その動き、渓流を流れる木の葉の如く。



 目に見えないほど早い動き……という訳ではない。

 だが一瞬たりとも停滞しない。止まらない。


 川面に浮かぶ木の葉が、点在する岩を避けるかのように。

 するり、するりと滑らかにしなやかに兵の間をすり抜けていく。

 その度に一閃する剣筋だけは、激流のように素早く目で追えず。



 ――気付けば衛兵、その全ては地に叩き伏せられており。



「……お見事。【戦術級】の腕前、しかと拝見させて頂きました」

「いえいえ。アイラさんの魔法ほどインパクトはありませんよ」



 こっちはこっちで、なんつーか、別ベクトルで化け物だよな。

 だってこいつら。この十人弱の兵。こいつら全員。

 そのうちの一人たりも、カルと剣を交わすことすら出来なかったんだぜ?

 

 瞬時に詰め寄られて、一方的に剣の平で一撃。そして気絶。

 十人でカルたった一人を取り囲もうとして、だぜ?

 これもう戦闘にすらなってねえよなあ。



「斬れればもっと楽なんだけどねえ」



 その上で空恐ろしいことを仰ってらっしゃる。

 やっぱコイツはコイツで異常だよ。強すぎるし早すぎる。


「……相変わらず早いなあ……」

「だから水剣流はそんなに早くはないんだってば」


 カルお前、前もそんなこと言ってたけどさ、それ本当なの?

 風剣流の剣士ならもっと早いってことなの? お前以上に?



「上級、特級剣士と【戦術級】剣士。その力量の違いがあるから、相対的に僕のほうが早いように見えるけどさ。例えばこれが、相手が風剣流の【戦術級】なら、早さでは絶対に勝てないだろうね。あいつらはスピードが命だから。移動に風属性の魔法を使っているしね」



 何それ詳しく。

 移動を早くする魔法とか存在するの? 身体強化以外に?

 もしあるのなら是非とも習得したいんですけど?



「要はさ、移動の方向に合せて風を発生させているんだよ、風剣流剣士は。例えば突撃の際には背中から風を受ける。後ろに下がる時は正面から風を受ける。他にも高く飛び上がる場合は、自分の跳躍に合せて上昇する風を発生させたりもするそうだよ? あんまり詳しくは知らないけどね」



 ほーう。なんか便利そうだなそれは。

 しかし。なるほど。そんな手段を使っているのなら。

 確かに同じ技量なら、風剣流の方が絶対早い訳だ。


「ま、この話も今度にしよう。追加がぞろぞろ来てる」

「……っと。うわ。本当だ」


 襲撃だというのに、逸ることなく。焦ることなく。

 悠々として歩を進める師匠とカルの前。

 破壊された城門の向こう。中庭を突き抜けた奥。


 その正面玄関が大きく解放される。

 城内に控えていた衛兵たちが飛び出してくる。


『あいつらかっ!?』『おのれ! 侵入者だ!』『襲撃だ!』

『小隊ごとにまとまれ! 小隊長点呼!』『敵は三人だ! 囲め!』……。


 口ぐちにそんなことを叫びつつ、殺到してくる兵士たち。

 それを冷静な目で見詰めつつ、師匠が再び杖をかざす。



「『地の理。地竜よ。その爪で世界に穴を穿て。【大地崩落】』



 轟音と共に中庭が、玄関前を中心として広範囲に崩れ落ちる。

 突然現れたすり鉢状の巨大な穴に、多数の兵が飲み込まれる。


「し、師匠!?」

「平気です。穴に落としただけです。死にはしないでしょう。それより」


 くいっと。師匠が首を動かし俺に合図を送る。


「ハルキ君! ここは任せて。あとで、また」


 嬉々として剣を抜き放ち、師匠を守るようにして立つカルが親指を立てる。

 よし。任せた。俺の大事な師匠の命、お前に任せたからな。


 絶対に。絶対に守りぬいてくれよな?

 ついでにお前自身も死ぬなよな。ついでに。あくまでもついでに!



 混乱する中庭、それを横切り、俺は城の側面部分に回った。

 守備側は正面玄関に兵を集中させたようで、この辺は割と静かだ。


 その代わり、正面玄関の方は悲鳴やら轟音やらでとんでもない騒ぎだ。

 師匠もカルも死なない程度に手加減してくれている筈だけど。

 それを俺たちに強いた師匠自身が、真っ先に破りそうだな。その約束。



 ――そんなことを考えつつ、俺は視線を上げる。



 最初から、そこではないかと予想はしていた。

 師匠とカルと、図面を見ながらそう話していた。


 古今東西、囚われの姫君の幽閉場所といえば、そこだ。


 城内に唯一建てられた、五階建てビルくらいの高さの塔。

 姫が閉じ込められているとしたら、その最上階ではないかと。



 ……いた。



 姫なのかどうなのか、その顔まではっきり見えた訳ではない。

 だがしかし。あの塔。その最上階の部屋の窓に。

 白い衣装を着た女性の姿が見えたのは事実だ。


 ここは今。このシュターデンの城は今。この城の衛兵は今。

 アイリス姫の身柄の確保と、同時にその身を守る任務を帯びている。

 襲撃者から。即ちアイラ・ハルラから。


 故に、ここは戦場となりえる場所であり。

 そんな場所に無暗に高貴な人物を滞在させる筈もなく。


 だから彼女は。あの影は。あの白い女性は。

 俺たち三人のターゲット、アイリス姫である可能性が非常に高い。



 ……うっし。



 あの塔、もともと幽閉目的で作られたもののようで。

 実は塔の一階には出入り口が存在しない。

 城の本館、その二階から渡り廊下を経由しないと中には入れない。


 だから俺も城内に侵入する必要がある。

 幸い、この先に小さな勝手口が存在することを俺は知っている。

 師匠の手に入れた図面は、しっかり頭の中に入っている。


 しばらく壁沿いに歩いた先に、それはあった。

 施錠されていたそれ。木製の扉。

 そのドアノブの部分を魔法で破壊する。


 侵入を果たした部屋。この城の厨房。

 幸いなことにここは無人だった。

 料理人は自室に戻っているのか、あるいは既に逃げ出しているのかもしれない。


 ささやかな幸運に感謝しつつ、そっと部屋を出る。

 物陰に隠れ様子を窺う。

 城内は大混乱の真っ最中であった。



『なんだ!? なんだやつらは!? 一体何者なのだ!?』

『アイラ・ハルラだろ! 【戦術級】魔術師の!』

『そんなことは分かっている! あのもう一人の男は誰だ!?』

『水剣流のカル・ベルンと名乗っていたぞ!?』



 おー。派手に暴れ回っているみたいだなあ。あの二人。

 ついでにカル? お前、名乗っちゃってるの?


 あれか。『やあやあ我こそはカル・ベルン……』とかやっちゃったのか?

 それはちょっと見たかったなあ……。



『とにかく! あいつらは正面玄関前から動かない。増援だ増援!』

『しかしいいのか!? 勝手に持ち場を離れて!?』

『それどころじゃない! 正面玄関はもう決壊寸前だ!』

『……いくしかないな。それでは』



 槍を抱えた衛兵たちが、ぞろぞろと列を成して移動していく。

 相変わらず轟音悲鳴で騒がしいことこの上ない中庭の方へ。


 そいつらが完全に去っていったのを確認し、そっと廊下に出る。

 物陰に隠れつつ、階段を探す。発見したそれを静かに上る。


 気分は某潜入ゲームの主人公である。

 思わず『こちらスネーク。潜入に成功した』とか呟きたくなる。

 あとは身を隠す段ボールがあれば完璧だ。


 だがしかし。この世界に段ボールはなく。

 スネーク愛用のベレッタも存在せず。



「おい! 貴様! 何者だ!」



 塔へと続く渡り廊下の前。

 さすがにそこの見張りは持ち場を離れてはいなかった。


 完全武装の四人の衛兵。

 彼らに発見された俺は、一瞬の迷いも躊躇いもなく、【岩弾砲】を発射する。



「……【岩弾砲】!」



 わざとらしいその詠唱。


 結構普段から魔法を使う時は魔法名を叫ぶくせに、いざそれを強要されると、なんというか、すごい違和感を感じる。


 勿論これは俺の身元を隠す為である。師匠に絶対守れと言われたことである。今回、俺の自慢の無詠唱は封印されているのだ。


 一発目が俺を誰何した衛兵の頭部に当たる。続けて放った二発目が、その小さな岩の塊が。二人目の兵の意識を瞬時にして奪う。


 それを見た残りの二人の判断と動きは早かった。即座に盾を掲げ、完全防備の姿勢を固める。あれは。あれだけ厳重に守りを固められると、さすがの俺でも一発で仕留めるという訳にはいかない。



 悩んでいる時間はない。既にさっきの兵の叫びを受け、後方から多数の足音が聞こえ始めている。ここに兵が殺到してくるのも時間の問題だ。



 ――ならば。



 試してみようじゃないか。カルの言葉を。風剣流の秘密を。

 イメージは飛行機。それもプロペラ機ではなくジェット戦闘機。

 推進力を後方に。そのエンジンに依存するタイプの飛行機。


 師匠は言っていた。

 魔法は想像力だと。そして応用力だと。


 ならばその言葉を信じよう。

 後方から吹く風が。俺自身が生み出したその風が。風属性の初級魔法が。

 俺の体を、数倍に加速してくれることを。



 ――視界が“ぶれた”。



 意識を集中するまでもない。

 風属性魔法、その初級だ。

 大して魔力を消耗することもない。


 だから逆に。加減が出来なかった。

 暴風に煽られる看板のように、俺の体は吹っ飛んだ。


 ただ、幸運なことにその狙いは外れなかった。

 その進路が狂うことはなかった。

 盾を構え、俺を迎え撃とうとしていた二人の衛兵。



 ――その間。僅かな隙間。そこを俺は一陣の風となり駆け抜ける。



 あっけにとられた二人。やつらが動く前に。自失から立ち直る前に。

 振りかえった俺は右手を大地に叩きつける。その魔法名を叫ぶ。



「……【土障壁】!」



 ガコン! そんな音を立てて石の床から土の壁が持ち上がる。

 そんな物理的にあり得ない現象こそ、これが魔法である何よりの証拠。


 視界いっぱいに広がったそれは、壁、そして天井まで一気に届く。

 それが俺と、ミスリル兵の間を遮る壁になる。


 二枚目。三枚目。四枚目とそれを。土の壁を休まず作り続ける。

 隙間なく埋めたそれで、渡り廊下全体を完全に封鎖する。



 ……これで大丈夫。



 当分、追手は塔の中には入ってこれない。

 あれを物理的に破壊するのは、さすがに時間がかかる筈。


 そして入り込んだ塔の中は無人だった。


 これで塔の中にも兵がいたら、俺は完全に袋の鼠だな、なんて。

 各階に四天王みたいなのがいて階段を守っていて。

 雄々しく笑いながら『ここを通りたくば俺を倒して行け!』なんて。

 そんな展開にならないといいなと祈りつつ上り詰めた先。



 ――塔の最上階の部屋。その扉を開けて、一言。



「アイリス姫。御助けに上がりました」



 多少、多少ね? 演技めいた俺のその発言に。

 大仰に。わざとらしいくらい丁寧に。貴族式の一礼を披露した俺に。


 ミスリル王国第十三王女、アイリス・フォン・ミスリル姫は。

 百合のように豪奢で。美しく。それでいて清楚な彼女は。



「……ハルキ、様……」



 一滴の涙と共に、その言葉を、俺の名前を、唇から、そっと零した。




 

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