第六話 【戦術級】と【戦術級】
――スズ近郊の宿屋の一室にて。
「カル・ベルンと申します。高名な【戦術級】魔術師、【天才少女】アイラ・ハルラ殿にお会いできたことを光栄に思います。この度、ハルキ・ヤマミズとの友誼により戦列の一端に加えて頂くこととなりました。若輩者ではございますが、精一杯努めますので何卒宜しくお願い致します」
師匠との対面を果たしたカルは、その場で完璧な貴族式の一礼。
そして上記のような口上を淀みなく笑顔で述べる。
あらちょっとカル君どうしちゃったのかしら?
君、こういうキャラだっけ?
なんかこう、もっとフランクな奴じゃなかったっけ?
「アイラ・ハルラです。この度の御助力、誠に感謝致します。ですが、今の私はミスリルから追われる身。【戦術級】などと呼ばれる身分ではございませぬ。噂に聞く水剣流の達人、カル・ベルン殿に敬われるような身ではないのです。どうか頭を上げてくださいませ」
カルとの対面を果たした師匠は、その場で完全な淑女の礼。
そして上記のように淀みなく挨拶の言葉を語りきる。
あれちょっと師匠どうかしましたか?
最近の師匠は、もう少し駄目師匠だったような?
もっとこう、ポンコツ成分多めじゃありませんでしたっけ?
いやまあ、こういうクールビューティーな師匠が帰ってきてくれたこと。
それ自体はもう、心から大歓迎なんですけどね!
ポンコツ風味の師匠も悪くはないけど、やっぱり師匠はこうでないとね!
「自分のことは、どうぞカルとお呼びください」
「畏まりました。では私のことも、アイラ、と」
なんだかなあ。やっぱり堅苦しいなあ。
身分の高い人たちっていろいろ大変だよねえ。
庶民生まれの庶民育ち、生粋の庶民でよかった。
「ハル? カル殿にはどこまでお話ししてありますか?」
「一通りのことは。はい」
「そう、ですか」
俺の返事を受けて、改めて師匠がカルと正対する。
少しだけその雰囲気を固くし、口を開く。
「ひとつだけ、よろしいでしょうか? カル殿」
「何でしょうか?」
「今から私たちがしようとしていることは、ミスリルに弓引く行為です」
まあ、そうだな。反逆だもんな。
バレたら今日から俺も指名手配犯だぜいえーい。
「ハルは、こんな私を助けると言ってくれました。有り難いことです」
「いい弟子を持ちましたね。アイラ殿は」
やだ師匠。そんな照れちゃうわ。
この山水晴樹。師匠の為ならば例え火の中水の中ですよ!
「はい。とても光栄なことだと思っています。ですが」
「ですが?」
そこで一旦言葉を切った師匠が、じっとカルを見詰める。
真偽を。カルの本心を見透かそうとするかのように。
そしておもむろに。その一言で鋭く少年に迫る。
「……カル殿は。よろしいのですか? そんな愚行に付きあってしまって」
「愚行。愚行ですか。愚行大変結構ですね」
対するカル・ベルン。
その表情も雰囲気も、声質にさえも動揺の色は乗せず。見せず。
澄んだ川の流れのように、自然に、そして何ら気負うことなく。
「今回の一件。僕は『ハルキ君との友誼により』と言いました。ですがそれは、あくまでも理由のひとつ。私にはもうひとつ、この戦いで得たいものがあります。それは名声。ある少年魔術師に敗北し、僕の名は地に落ちました。勝負の内容には満足しています。が、それとこれとは別。僕は剣で生きる為に、僕自身で僕自身の名声を取り戻さなくてはいけない。失礼ながら、アイラ殿。僕はこの戦いを、その絶好の機会だと考えております。……故に、遠慮は無用です」
ああ。そうだ。そうだった。
これはカル自身にとっても、自分を取り戻す為の戦いなのだ。
名声。プライド。自信。そして剣士としての、未来。
やつは間違いなくお人好しではあるが、ただの「いいやつ」ではない。
なによりもまず、「剣士」なのだ。カル・ベルンという男は。
「……ミスリルにいられなくなりますよ?」
「剣で生きられるのなら、僕はその場所には拘りません」
「……死ぬかもしれませんよ?」
「剣で死ねるのなら、それこそが剣士の本望ですね」
水剣流は流れる水の如く。人と人との間を渡り歩いていく。
何物にも縛られず、ただ、契約と約束だけを重んじるその生き方。
ならば生きる国にも拘らないのかもしれない。
されど剣士という生き方を裏切ることは出来ないのかもしれない。
……づくづく。つくづく思う。こいつは骨の髄まで水剣流なのだ、と。
しばしの沈黙。若干の緊張感をもはらんだそれ。
それを破ったのは、師匠の冷静な声だった。
「……あなたを信じます。宜しく。カル・ベルン」
「こちらこそ。宜しくお願いします。アイラさん」
× × ×
「具体的な話をしましょう」
師匠はそう言うと、宿の調度品であるテーブルに二枚の地図を広げる。
あ。よく見たら違った。一枚は確かに地図だけど、もう一枚は見取り図だ。
これきっとシュターデン城の見取り図なんだろう。
「カルはともかく、ハルは知らないでしょうから説明しますね? シュターデン城はミズリー・ノア街道の北。ミズリーから徒歩で五日程度の場所にあります」
師匠の細い指が、ミスリル首都ミズリーからまっすぐ北につつ……と進む。そこに手書きで丸を付けられた箇所。それがシュターデン城なのだろう。
「ちなみに、今の拠点。ミスリルの遺跡がここです」
ミズリーから少しだけ離れた場所。徒歩で約半日。
そこにひっそりと存在するのがミスリルの遺跡。
転移魔法陣の隠されている場所だ。
「私たちは街道を迂回し、シュターデン城を目指します」
ミズリーから延びた線。ミスリルとパロスを結ぶ街道。ミズリー・ノア街道を大きく迂回して、師匠の指が曲線を描く。途中にいくつか手書きで書かれた円、これは村か何かなのだろうか?
「一直線に街道を北上する訳ではないのですね?」
「ハルキ君。さすがにそれは無理だよ」
俺の質問に答えてくれたのは、師匠ではなく、カル。
いつもの笑顔で、とん、とん、と。街道を指さしながら続ける。
「どうしてだ?」
「さすがに検問くらいあるでしょ? 街道には。襲撃に備えて」
ああ。そうか。これ、俺たちにとっては初戦だけど、師匠に、というか守備側のミスリル兵にとってはそうじゃない。既に何度か師匠が奇襲をかけていた筈。
「カルの言う通りですね。ほぼ一日おきに検問にぶつかることになります」
「なるほど」
師匠の言葉に頷く。
街道にいくつか設置された検問。
これをすべて力技で突破するのは、さすがに効率が悪い。
「まあ、このパーティーならそれも可能でしょうけど」
「【戦術級】が二人。しかも魔術師と剣士ですしね。バランスもいい」
そう言いつつ頷き合う師匠とカル。
なんだちょっと面白くないぞ?
俺だって戦えるんだからね!?
カルにだって勝てたんだからね!?
「ですが、今回は特に隠密行動が要求されますので、それは却下です」
隠密行動?
いや確かに軍事上の進路はバレないにこしたことはないけどさ。
隠密行動って、うーん。
結局城についたら暴れ回るんだし、あんまり意味はないような?
「……ハル?」
「え? あ、はい。師匠。何でしょうか?」
師匠は俺をじっと見つめる。
そして有無を言わさぬ口調で、こう続ける。
「今回の作戦。道中での戦闘は極力避けます。そしていざシュターデン城に襲撃をかける際には、私とカルが陽動として動きます。私たち二人が敵を引きつけている間に、ハル。君は単独で城内に侵入し、姫を助け出してください」
うん? 陽動?
それどういう意味だ?
いやまあ、戦闘経験豊富な師匠とカルが暴れ回るのは適任なんだろうけど。
俺だけそんな楽しちゃって、しかもおいしい仕事とっちゃっていいの?
「ああ。なるほど。いい作戦ですね。アイラさん」
「……カルには申し訳なく思いますが、私にお付き合いください」
「いいえ。構いません。むしろ望むところですよ」
む。また師匠とカルだけで通じ合っちゃって!
やめてよボクを仲間外れにしないで!
そんな不満が顔に出ていたのであろう。
カルが諭すように俺に言ってくる。
「これはね? ハルキ君。君の正体がばれない様にする為なんだよ」
「……なんだって? どういう意味だ? カル?」
「つまりね? 道中の戦闘を避け、陽動の任からも外れる。城内に忍び込む際には仮面をつければ尚いいかな? そうすれば城内の兵に君の正体はばれない。襲撃者として正体がばれ、名前が挙がるのは僕とアイラさん、二人だけだ。ハルキ君。アイラさんはね。君の師匠はね。そういう意味でこの作戦を立てている」
いやちょっと待てよカル。
ちょっと待ってくださいよ師匠。
それどういう意味です?
俺だけ味噌っかすってことですか?
そんなのないですよ師匠。
「……納得がいかないようですね。ハル」
「当たり前でしょ! 駄目ですそんなの! リスクは平等に分散しましょう!」
それじゃ俺だけ助かる確率が上がってしまう。
反逆者として名前が挙がるのがカルと師匠だけだなんて納得できねえ!
そういうえこ贔屓はやめて貰えませんかね!? 師匠!?
「別に贔屓している訳じゃありませんよ? ハル」
「じゃあどうして!?」
「簡単なことです。私はもう既に『反逆者』として手配済みです。姫の救出が成功したとしても、どのみち私はもうミスリルにはいられません。そして、カル。彼の場合はですね。そもそも名を売ることが目的のひとつな訳ですから、目立つ陽動の役目はうってつけなのです」
「あれだよハルキ君。さっきも言ったけど、僕は剣で生きられればどこに住んでも構わないって思っている。ミスリルにも、そしてスズ公国にも未練はない。ここで暴れた実績があれば、どこか受け入れてくれる国はあるさ。だから、これは別に贔屓でもなんでもなく、ただの適材適所の結果なんだよ」
…………。
いや。いやそうだとしてもさ。
言ってることは分かるけどさ。
師匠もカルもそれでいいんだろうけどさ。
じゃあそれで、って訳にはいかないでしょう俺だって。
仲間ってそういうものじゃないでしょう?
チームってもっとこう、平等にリスクを抱えるものでしょう?
俺だけ。俺だけさあ。
俺だけ安全な立場で、この国に残ってもさあ……。
「不満ですか? ハル?」
「…………正直に言えば」
「そうですか。では言いますね」
「…………?」
「君が反逆の罪に問われたら、ハル? 君の店はどうなりますか?」
……あ。
「確かもう、従業員も抱えているのですよね?」
「…………はい。います」
「その、君を慕う部下に対する責任はどうしますか?」
「…………」
「私はハルを贔屓している訳ではありません。そこも考えています」
「…………」
「それともハルは、もう配達の仕事はどうでもいいのですか?」
「…………」
「ハル? 君の助力は大変に有り難いことです。感謝しています」
「…………」
「ですが。それで自分の生活まで。夢まで。壊さないでください」
「…………」
「ハル? 君はもう、自分の店のことは諦めていたのかもしれません。でも」
「…………」
「助かる道はあるのです。ならばその道を選ぶことが私の意志です」
「…………」
「ですからこれは。この作戦における各々の役割は、これで決定です」
「…………」
「以上。何か言いたいことはありますか?」
「…………了解、しました」
きっと。多分。間違いなく。
師匠は最初からこの作戦を考えていたのだろう。
だからこんなにすらすらと、作戦を説明出来たのだろう。
カルの加入というプラス材料はあったとしても、だ。
自分が囮になり、俺に姫を助け出させる。
当日の危険も。その後のミスリルからの追及も。
全部。全部自分一人で引き受ける、そのつもりで。
ただただ。俺を。俺だけを。俺のことだけを考えて。
……甘えて、いいのだろうか? この言葉に?
「それにですね。ハル? 君に姫救出の任を授けた理由は他にもあります」
「……他にも、ですか? どんな理由が?」
師匠はそこで、少しだけ雰囲気を変える。
今までの諭すような口調から、ちょっとだけ。ちょっとだけ。
俺にしか分からない程度の違いで。少しだけ声に笑みを滲ませて。
「古今東西。囚われの姫を助ける役目、それは王子様にあるものですから。アイリス姫にとっての王子様といえば、ハル? 君しかいませんよね? これはですね、ハル。君の為だけではなく、姫の為でもあるのですよ。宜しくお願いしますね? 姫のナイト役、しっかり果たしてくるのですよ?」
……ああ。もう。ああもう。本当に。
――俺はこの人には、きっと。一生、敵わない。
× × ×
こうして基本的な方針を固め終えた俺たちは、その宿屋街で旅支度を整え。
転移魔法でミスリルに戻り、そのまま北上しシュターデン城を目指す。
お伽話と思われていた転移魔法にカルがちょっとびびったり。
水浴び中の師匠のお姿をラッキースケベ状態で見てしまったり。
道中それなりにいろいろなことはあったが、それはまあ割愛。
街道を避け、人目を避け。脇道や山道を歩き続けること十日間。
ようやく辿り着いた、目的地。
俺たちは、その美しい城を前にして頷きを交わす。
言葉はもう、いらない。あとはもう、実行あるのみ。
――アイリス・フォン・ミスリル奪還作戦、開始。




