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第四話 駄目(になってしまった)師匠

 ……師匠がおかしくなってしまわれた。



 いやいや。

 この言い方では失礼であるし、言葉足らずでもある。


 師匠は相変わらず聡明でお美しく。

 いつもの無表情も抑制のきいた声にもお変わりはなく。

 まさに俺の理想のクールビューティーそのものである。


 ……見た目は。


 おかしくなったのは内面……というか行動。

 言動ではない。行動である。

 師匠、あんまりしゃべらないからなあ、元々。


 好きなんだけどな。あの声。

 もっと聞かせてほしいし、出来れば罵って頂きたい。


 あの氷のような声で静かに「……屑が」とか吐き捨てられたら。

 その際は勿論、蔑むような冷たい眼差しも必須で。

 それだけで俺はもうきっと……。


 ああ。いやいや。話がそれた。

 俺の趣味嗜好に関しては、今は置いておこう。

 師匠の不審な行動について、だ。



 ――その兆候は、昨晩には既にその片鱗を見せ始めていた。



 滔々と、この二年間の話を語り終え。

 少しだけ。ほんの少しだけ。自身の内面まで語ってくれた師匠は。

 俺に二度目の弟子入りを許可したあたりで、ついに活動限界を迎えた。


 いやまあ、それも無理はない。

 魔力が枯渇して、半冬眠状態であったのを。

 俺の簡易ドレインタッチで魔力を流し込み、無理矢理覚醒させたのだ。


 如何に【戦術級】魔術師といえども、疲労には勝てない。

 人族である以上、どこかで必ず限界は訪れる。


 唐突に。本当にいきなり。何の前触れもなく、コテンと。

 電池の切れたおもちゃのように、師匠はその行動を停止し横になった。



「し、師匠っ!?」

「大丈夫。大丈夫です、ハル。ただちょっと、疲れが出ただけです」

「え? あ、そ、そうか。そうですか。無理されてしまってすいません」

「構いません。ただ、これ以上話を続けるのは無理のようです」



 おう。そうか。

 現状、姫はどこにいるのか、とか。

 何故、師匠が反逆罪なんていう不名誉な罪で追われているのか、とか。

 聞きたいことはまだまだあったが、まあ仕方がない。


 とりあえず、無事合流は出来たのだ。

 話の続きは、明日、師匠が目覚めてからでも遅くはないだろう。



「少しだけ、眠ります」

「了解しました、師匠。おやすみなさい」



 自分のマントの上に体を横たえ、既に目を閉じている師匠。

 こうして眠っている師匠は、本当に人形と見分けがつかない。

 無機質ゆえの美しさとでもいえばいいのか。


 いつまでも見続けていたい気持ちもあったけど、明日から戦いが始まる。

 俺もきちんと体を休めておかねばならない。



 ――優秀な戦士とは、きちんと自己管理が出来る戦士のことである。



 魔王討伐パーティーのリーダーはそう言っていた。

 至言だと思う。


 一人の大人としてはいろいろどうかと思う人ではあったが。

 殊、戦闘に関しての知識だけは、彼の言うことに間違いはなかった。

 いや本当にそれ以外は全く駄目駄目な最低な人でもあったけど。

 

 うっし。じゃあ俺も、遺跡を一回りして寝るか。


 一応。一応ね? ちょっと周囲の偵察くらいはしとかないとね。

 そんな気持ちで立ち上がりかけた俺……だったのだけど。



 ――くいっ。



「うん?」


 愛用の黒ローブが何かに引っ掛かる。

 防刃対魔法仕様の超高級品ローブである。

 どこかに引っ掛けてかぎ裂きでも作ったら一大事である。

 

 そう考え、引っ掛かりの元を探しあて……ちょっと困った。


 師匠が握りしめているのだ。

 そのちっこいおててで。しっかりと。俺のローブを。


 ああ。そうか。そう言えば。

 さっきの会話の最後。感動的な師弟の和解のシーン。

 その時にぎゅっと握りしめられ、そのまま眠りについてしまったらしい。


 なんだ嬉しくなっちゃうじゃありませんか師匠。

 やだなあ。そんなに強く握り締めなくても、もう離れたりしませんよ。


 何やら微笑ましい気持ちになって、ローブを脱ぐ。

 それを師匠の体にかけてあげ、さあ行くかと立ち上がり――。



 ――くいっ。



「……うん?」


 愛用の黒ズボンが何かに引っ掛かる。

 防刃でも対魔法仕様でもない、ただの安物のズボンである。

 どこかに引っ掛けて破けても俺がセクシー仕様になるだけである。


 いやそれはそれで一大事ではあるけれど。

 国家反逆罪で捕まるのならともかく、猥褻物陳列罪で捕まったら。

 きっとシャルがさめざめと泣いてしまう。それはよくない。

 いやまあ、それはともかく。


 そう考え、引っ掛かりの元を探しあて……とても困った。


 師匠が握りしめているのだ。

 そのちっこいおててで。しっかりと。俺のズボンの裾を。


 ……いやさすがにこれは、ねえ?



「師匠?」

「…………」

「起きてますよね? 師匠?」

「…………寝てます」


 いいえ師匠。

 寝ている人は「寝てます」なんて返事を返したりしません。


「あの、放して貰えますか? これ?」

「……どこにいくつもりですか?」

「どこって……。ちょっと周囲を偵察に」

「平気ですよ。偵察なんて必要ありません。ここには誰も入ってこれません」


 いやまあ。それはそうなんですけどね。

 でも、ほら。一応。念の為といいますか。


「それよりも、ハル?」

「はい。なんですか師匠」

「大変です。魔力欠乏の影響か、とても寒いです。私」

「へ? ええっ? 魔力の枯渇ってそんな悪影響を及ぼすのですか?」


 ちょっと聞いたことがない現象だ。

 魔力の枯渇は意識を失わせる。

 それは知識で知っているし、何度もこの目で見た。

 俺自身の魔力は無限みたいなものなので、体感したことはないけど。


「ああ。寒い。寒いのです。凍えてしまいそうです」

「うーん。じゃあちょっと火でも焚きましょうか? 魔法で」

「いえ。その必要はありません。それより、ですね」


 もぞもぞと、俺がかけてあげた黒ローブの中に潜り込む師匠。

 口までローブで隠し、視線だけは俺から外さずに。


「……ハルも、寒いですよね? 疲れてますものね?」

「いえ。俺は別に」


「寒いですよね?」

「いえ。俺は」


「寒い、ですよ、ね?」

「……えーっと」


「寒く、ないですか? ハルは? 私だけですか? 寒いのは?」

「……はい。寒いです。俺も寒いです」


 はいもう寒いとか寒くないとかそんなのどうでもいいです。

 ですから師匠。その上目づかいやめてください。お願いします。


 なんだか幼い子をいじめてるような気分になりますから。

 もう何でもいうこと聞いてしまいそうになりますから。


「そうですか。ハルも寒いですか。では仕方ありませんね」

「……はい」


「ここへどうぞ。暖かいですよ?」

「あ。えーっと、その。い、いいんですか?」


 ぽんぽんと。師匠が自分の横を軽く叩く。

 それはその、「ここに入れ」ということで。自分の傍で寝ろという意味で。

 それで間違いないのでしょうか?


「私はハルの師匠ですから。少しくらい甘えさせてあげるのも師の務めです」

「甘えさせてあげる……。ああ、はい。そうですね。はい」


 なんかこう、あれなんですけど?

 子供に「パパと一緒に寝てあげるね!」って言われてる気分なんですけど。

 いやそんな経験したことないけどさ。


 でも。でもですよ師匠?

 いいんですかそれ? いいんですかこれ?


 俺はれっきとした成人男子ですし。

 師匠は見た目はともかく、実年齢は俺よりも上ですし。


 そして師匠は粉うことなき絶世の美少女でありまして。

 そんな女の子と一緒に寝て、俺は自分を抑えきれる自信がない訳で。


 いやしかし。これはあれか? 旅の雑魚寝と同じ感覚なのか?

 そうかもしれない。実際、魔王討伐の旅では毎晩雑魚寝だった。


 だとしたら師匠のこの行為にも。さっきの言葉にも。

 深い意味はないのかもしれない。そうなのかもしれない。


 いやいやいや待て待て待て。

 さっきの師匠の言葉、よく思い出してみろ。


 ……「甘えさせてあげる」だぞ?


 おいお前山水晴樹。年上のお姉さんがこう言ってるんだぞ?

 そりゃ確かに師匠はお姉さんというにはイロイロ足りない部分はあるけど。

 胸とか。おっぱいとか。胸囲とか。その辺が物足りないけど。

 いやでも彼女は。師匠は。それでも俺の憧れのお姉さんなのだ。


 絶対に、我慢できなくなる自信がある。変な日本語だけど。


 駄目だ。それは駄目だ。

 無責任なことはしないと、あの日、リリス様に誓ったろう山水晴樹。

 だったらここは「ごめんなさい」一択だ。それ以外の答えはない。


 雰囲気に流され、ここで師匠に手を出したりしたら、俺は一生後悔する。


 意地を張って。我慢して。シャルにも今日まで手を出さなかったこと。

 それも全部パアになってしまう。意味を失ってしまう。

 だから。だからだ。鉄の意思で断るんだ。



「……せっかくのお誘いですが、師匠。さすがにそれは……」

 


 そんな風にイロイロと考えたり葛藤したりしている俺に向け、師匠は言う。

 寂しそうに。切なそうに。そして甘えるように。ぽつん、と。



「……ハルは、私と寝るのは、いやですか?」



 あっ。駄目だ。

  

 俺の理性、今、完全に崩壊した。瞬時に。

 いろいろな決意とか誓いとか、そんなものと一緒に。全部。



「いえ! とんでもありません! 失礼します!」



 俺は最高の笑顔でそう返事を返し、師匠の隣にそそくさと潜り込む。

 ああ……。師匠の甘い香りに包まれるぅ……。 


 しかたないよ!

 だってしかたないじゃん!


 師匠がここまで言っているのですもの!

 弟子の俺としてはもう、無条件でその言葉に従うしかないよ!


 大丈夫大丈夫!

 一緒に寝るだけだから! 何もしないから!


 たまに無意識に寝がえりをうって師匠のムニャムニャに触れちゃったり。

 寒さの余り師匠のほっそりした御足に自分の足を絡ませちゃったり。


 あとは寝惚けて。そう、あくまでも寝惚けて。ここ重要。とても重要。

 寝ぼけて硝子細工のように華奢な師匠の体を抱きしめちゃうだけだから!


 さて。それではまずは……。


「……ごめんなさい。ハル」

「いただき……え? あ、はい。何でしょうか?」


 師匠は小さな声で。本当に、囁くような小さな声で。

 そう呟きながら、俺に身を寄せる。胸元に入ってくる。


「我儘言って、ごめんなさい」

「我儘だなんて、そんな」


「寒いですか? 寒くなんてありませんよね? 私もです」

「……えーっと」


「でも。今日は。今晩だけは。こうしていてください」

「…………」


 ぎゅっと。小さな手で。でも精一杯の力で。

 俺の胸元を。シャツを。しっかりと握りしめつつ。



「……もう私を、独りには、しないでください……」



 …………。


 ああ。そうだよ。そうに決まってる。


 師匠、今日まで一人で戦ってきたんだぜ?

 師匠、今まで一人で国と戦ってきたんだぜ?


 誰からも助けては貰えず。

 誰かに助けを求めることもできず。


 きつかったに決まってるじゃん。

 寂しかったに決まってるじゃん。


 それでも姫の為に。自分の弟子の為に。

 我が身を顧みることなく。自分の身を心配してくれる相手もなく。

 泣きごとを漏らすことなく。泣きごとを零せる相手もなく。


 一人で。今日までたった一人で。


 それはどんなに孤独な戦いだったのだろう?

 それはどれほど過酷な戦いだったのだろう?


 師匠だって、大魔法使いである前に、一人の女の子なんだ。

 頑張って。一人で頑張って。でも疲れてしまって。挫けそうになって。

 甘えてしまう時だって。甘えたくなる時だって。きっと、ある。


 ああ。俺は糞ったれの最低男だ。

 そんな師匠の弱さに付け込んで、お前は何をしようとした? 今?

 恥を知れ。恥を知れ山水晴樹。


 償おう。今からでも。師匠に。

 俺なんかにでも出来ることを。

 今は俺にしか出来ないことを。


 誠実に。真っすぐに。心をこめて。



「……師匠?」

「……はい。なんですか? ハル?」



「大丈夫です。俺はここにいます。ずっと、側にいますから」

「……約束ですよ? ハル。約束、しましたからね?」



 俺のその言葉を聞いてようやく安心できたのか。

 師匠はゆっくりと目を閉じる。

 すぐに穏やかな吐息が聞こえてきた。


 多分、この数ヶ月間で初めての安眠、なんだろう。

 ずっと。ずっと気を張って生きてきたのだろう。



 ……守ろう。



 師匠の寝顔に。大人びているのに、幼子のようにも見えるその顔に。

 俺はシンプルな、だけど真剣な、その誓いの言葉を捧げたのである。



   ×   ×   ×



 ……と、いうのが昨晩の話である。



 まあね? あると思うんだよ。そういうことって。

 気の強い女性だって、たまには泣きたくなる夜だってあるらしいじゃない?


 だからね? これもね? 甘えんぼモードの師匠もね?

 あれはようやく助けが来たと。仲間に会えたと。

 そう油断した師匠の、一時に気の迷いだと、俺はそう思っていた訳だ。


 だとしたらさ。そこはね。忘れたふりをしてあげるのがマナーじゃん?

 そんなことはなかったように振る舞うのが大人ってやつじゃん?


 なのに。なのにですよ?

 翌日、師匠の取った行動というのがですね……。



 …………



「あ。おはようございます。師匠」

「…………」


「この辺の食材、勝手に使わせて貰いました。もうすぐ朝ご飯出来ますから」

「…………」


 火属性魔法で直接、干し肉を焙りながら師匠にそう告げる。

 師匠よりも早く目覚めた俺は今、慣れない調理中であった。


 これ。この食材はきっと、師匠がここに備蓄していたもの。

 長期戦、覚悟していたみたいだからな。師匠。

 万が一に備えて、ここに立てこもれるような準備はしていたのだろう。


 それなりに豊富な食材はあったが、いかんせんコックの腕が無かった。

 冒険者時代にはこうやって、干し肉を焙って食ったなと。

 そんなことを思い出しつつ、簡単な朝食の準備を進める最中である。



 そんな俺の姿を寝ぼけ眼で見詰めていた師匠。

 くしくしと幼い仕草で目をこすり、もう一度俺の方を見て。



「…………」

「うん? 師匠?」


 ちょこんと。そんな擬音がぴったりくる感じで。

 無言のまま俺のシャツの裾を、細い指先で摘まむ。


「……えーっと。師匠?」

「…………」


 別に動きに困る訳ではない。

 シャツを摘ままれただけである。調理にも問題はない。


 問題があるとすれば、それは俺の心の方で。

 なんつーか。その。その師匠の仕草がですね。

 俺の心の琴線をいたく刺激する訳ですよ。


 わかります? わかりますよね? 俺の気持ち。


 あの師匠が。あのクールビューティーの代名詞みたいな師匠が。

 ちょこんって。ちょこんってしてるんですよ。俺のシャツを。無言で。


 萌えますよ。これは萌えますよ。萌えない訳ないです。男なら誰だって。

 あなただってそう思うでしょう?



 でもまあ、これは。一時的なものだろうって。

 師匠、まだ寝惚けているんだろうなって。

 そう思ってました。思ってましたよ。ええ。



 ……この時は、まだ。



 その後、二人で出来上がった朝食を食べて。

 師匠は俺の水属性魔法で出した真水で顔を洗って。


 寝ぼけ眼の甘えんぼ少女から。

 いつものクール系美少女に表情が変わるまで。

 いや。変わっても。変わった後も。



 師匠の手は、俺のシャツを掴んだまま一瞬たりとも離れることはなかった。



 いやその徹底ぶりといったら凄かったよ?

 食事はいいよ。食べたのも干し肉を焙ったものだしね。

 片手で食べられるものだからね。


 でもね。洗顔。洗顔は普通そうはいかないでしょ?

 両手で水をすくってするものでしょ?


 それも片手でやりきりましたからねこの人。

 洗顔用のタオルを俺に持たせて。

 それだけでは飽き足らずに、俺に長い黒髪を押さえさせて。


 もう、あれですよ。その姿はまるでカルガモの子供のよう。

 とにかく俺の背中から一切離れようとしないの。師匠。一瞬たりとも。


 いやいいよ? 可愛いよ間違いなく。


 師匠といえば、アンバランスさがその魅力。

 大人びた顔と。幼い体型。


 そんな師匠がですよ。今まで冷静沈着さが売りだった師匠がですよ。

 今は子供みたいに。その体型そのままの幼い行動を取る訳ですよ。


 でも表情は大人っぽいままなんですよ。

 顔はいつもの無表情なんですよ。

 抑揚の聞いた声で、必要最低限の言葉しか話さない訳ですよ。

 そういうところは全く変わってないんですよ。



 ――見た目だけはクールなままで、中身だけ幼くなっちゃったんですよ。



 つくづく思いましたよ。そんな師匠の姿を見て。

 ああ。俺のクールビューティー師匠がおかしくなってしまわれた、と。


 そしてしみじみと思いましたよ。

 ああ。師匠が起きる前にトイレを済ませておいてよかった、と。



 ……ついてきたと思うよ? 多分。今のこの師匠だったら、さ。



   ×   ×   ×



「……昨日の続きです。ハル」

「はい。お願いします」



 師匠はそう言って、厳かに語り出した。

 ただしその手は……いや、もうそれはいいか。


 それはいいですけど。でも師匠? 

 俺のお隣に座ってらっしゃる師匠?

  

 幾分、距離が近いというか、距離が零な気がしますよ?

 いくらなんでもそんなにくっついたら話し難いのではないでしょうか?


 そう考えた俺がそっと、少しだけ師匠との距離を開ける。

 その瞬間、すすっとこちらへ寄ってくる師匠。


「…………」


 もう一度そっと、動いてみる。

 即座にその距離は埋められる。


「…………」


 もう一度繰り返してみる。

 結果はやはり同じである。


「……ハル? 遊ぶのはあとにしなさい」

「…………はい。師匠。すいませんでした」


 理不尽、だよなあ?

 これはさすがに師匠の方が悪いよなあ?



「コホン……。では改めて、ハル。今の姫の状況を説明します」



 そう前置きして、師匠は語り始める。

 今回の騒動、その発端を。


「姫は現在、シュターデン城に軟禁されています」


 シュターデン城。

 知らない名前だな。

 まあ、ミスリルにも城は多いし。

 俺も別に城マニアに合ってわけじゃないからな。


 ……って。いやちょっと待て。


 今、聞き捨てならないことを、師匠、言ってなかったか?

 軟禁? 軟禁とか言ってなかったか?


「そうです。軟禁です。姫は今、その城に囚われているのです」

「ちょっと待ってください。姫がですか? どんな理由で? 誰が?」


 師匠は唇を噛み締める。

 握り締めた拳が震える。


 それが。その師匠の仕草が。

 彼女の怒りを。その深さを。雄弁に語っていて。



「……拘束の理由は、アイリス姫が結婚を拒んだから、です」



 その理由。それは想像出来た。

 今、この時期。彼女を。姫を。

 軟禁なんてする理由は、結婚絡みしかないと。


 では。犯人は。

 姫を。王族を拘束することが出来る人物。

 そんなのは。そんな地位にいるのは。

 一人しか。あいつ一人しかいないではないか。



「……そうです。それを命じたのは。あの方」



 この国で一番偉い人間。

 俺をこの世界に縛った人間。



「ミスリル王、その人、です」





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