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【速達】のハルキ -俺は異世界で最速の配達人を目指す-  作者: 赤井どんべえ
配達されない手紙 ~アイラ・ハルラ~
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親愛なる我が弟子 ハルキ・ヤマミズへ

 親愛なる我が弟子 ハルキ・ヤマミズへ。



 まず最初に。これは遺書です。

 遺書のつもりで筆をとりました。


 そもそも私は、これを誰かに宛てて書くつもりはありませんでした。


 私が。アイラ・ハルラが。

 どのような思考を経て、反逆などという暴挙に及んだのか。

 その理由を、せめて明らかにしておきたかっただけなのです。


 しかし。筆を持った瞬間に気が付きました。


 この手紙を読めるのは、ハル。

 貴方しかいないということに。


 つまり私は。貴方に。貴方だけには。

 きちんと説明をしたかったのでしょう。

 誤解されたくはなかったのでしょう。

 真相を告げたかったのでしょう。


 きっと、それだけなのです。

 だからこれは、私から貴方宛ての手紙です。

 配達されることのない手紙、です。


 私は今でも、貴方のことを大事な弟子だと、そう思っていたようです。

 あれだけ嫌われる行為を繰り返したというのに。

 もう、貴方の師匠なんて名乗ることは出来ないのに。

 そう呼ばれる理由など、どこにも存在しないというのに。


 情けない師匠ですね。本当に。

 申し訳ない気持ちでいっぱいです。

  

  

 ……最初に『これは遺書』だと、そう書きました。



 私は別に、自殺願望に捉われた訳ではありません。

 死にたいと考えている訳ではありません。


 もっと正直に言えば、私はミスリル一国を相手にしても戦えます。

 勝てると断言は出来ませんが、少なくとも、戦いには、なる。

 正面からぶつかり合うとすれば、の、話ですが。


 その慢心が、今回の件に繋がったとも言えます。

 私は、負けない。そう思っていました。そう信じていました。



 ……愚かでした。私は。



 自分を過大評価しすぎていました。

 ハルも知っての通り、私は【戦術級】魔術師です。

 単身で一軍とも戦える、そういう存在です。


 ですが。ああ。ハル。

 私は貴方が羨ましい。

 弟子であった貴方に嫉妬すら憶えます。


 私の力は、大軍を前にして大魔法を放つこと。

 それが本分です。

 ですから逆に、小回りが利かないのです。

 貴方のように器用には戦えないのです。


 千の兵を一撃で滅ぼすことは出来ても。

 千の兵と千回の戦闘を繰り返すことは出来ないのです。


 今の私は、そういう戦いを強いられています。

 正直、勝てる気がしません。

 負けないままでいることは出来るでしょう。

 ですが、それでは駄目なのです。



 ……囚われの姫を、救い出すことは、出来ないのです。



 無力。

 私は今、久しぶりに、自分の無力を噛み締めています。


 焦り。

 時間がないことで、私はその感情に振り回されています。


 だから。私は。


 いけないことだと思いつつも。

 そんな可能性はないと知りつつも。

 それでもつい。ついつい願ってしまうのです。



 『ああ。隣にハルがいてくれれば』……と。



 こんなところで、姫と同じ感情を味わうことになるとは。

 あの日の。あの頃の姫の気持ちを、私はようやく知りました。



 本心。そしてそれを隠す言葉。

 口にすることが出来ない願い。


 否定しても否定しても。

 それが心の中から消えることはない。

 それを考えること自体が罪だと、自分で知っているのに。


 姫はこんな思いを隠し。こんな痛みを堪え。

 必死に必死に唇を噛みしめ、そして耐えていたのだと。

 今更のように私は知りました。


 私はハルの師匠失格というだけではなく。

 姫の師匠を名乗ることすらおこがましい。



 ……駄目な。本当に駄目な師匠でごめんなさい。



 だからせめてもの償いとして、ハルに。

 貴方に、全ての真相を明かそうと思います。

 






 (ここから数行、インクで塗り潰されており、解読不可)







 やっぱり、駄目ですね。

 これを私の口から明かすことは出来ません。


 私は既に一度、弟子に。ハル、貴方に。嘘をついています。

 この上で姫との約束を反故にするのは、やはり私は出来ません。


 それは私の最後のプライドであり。

 貴方たち二人の師であったという、私の唯一の誇りすら汚す行為だからです。


 そしてやはり。それを伝えるのは。貴方に話す権利があるのは。

 私でも、リリス様でもなく。姫にこそあると思いますから。


 でも、安心してください。ハル。

 貴方がこの手紙を発見する頃には。

 それが具体的にどれくらい後になるかは分かりませんが。

 私の屍が骨になり大地に消え去るくらいの時間が経っているのであれば。



 姫のもとを訪ねてください。

 姫はきっと、貴方を拒絶することはないでしょう。



 そしてその頃には、きっと姫も。

 カナリア公国の公妃という立場にいるでしょうから。


 きっと。きっと貴方に。

 全てを打ち明けてくれるのではないかと、そう思います。


 いや。そう願っています。

 幾らなんでも。それだけの時間が経てば……と。そう信じます。



 さて。思ったよりも長い手紙になってしまいました。

 私はまた、戦いの地に赴きます。

 姫を取り返す戦いに身を投じてきます。


 そろそろ、体が疲れてきました。

 そろそろ、心もすり減ってきました。


 今度こそ私は、命を落とすのかもしれません。

 今日でなくとも明日には。明後日には。五日後には。

 いつかは、きっと。その時が訪れます。

 この戦いを繰り返していれば、いつかは。



 だから、なのでしょうか?

 最近、ハルのことをよく思い出します。


 貴方はとてもいい生徒でした。

 貴方との旅は、本当に本当に楽しかった。

 貴方と開発した魔法は、無詠唱は、無属性は、私の誇りです。



 ハル。ああ、ハル。私の弟子。



 貴方はこんな私を、ずっと師匠と呼んでくれましたね。

 貴方はこんな私を、無表情で面白みのない女を、大切にしてくれましたね。


 一年ぶりに会った貴方は、もう子供ではなくなっていましたね。

 しっかりとした、自分の考えを持った、立派な男になっていましたね。


 その成長を嬉しく思うと同時に。

 その成長が私を戸惑わせたことを、貴方は気付いていたでしょうか?


 走る馬の上。

 私の首に回された腕の逞しさに。

 私が心を揺らしていたことなんて、気付いてないのでしょう。


 そういう鈍いところは、昔と変わっていませんでしたよね。

 もっとこう、女心というやつも教えておけばよかったですね。


 まあ、そもそも。感情のない私にそんなものがあったなんて。

 それこそが、誰よりも私自信が信じられないことなのですけど。



 ……ああ。そうか。そうなのか。



 こうして書き連ねていて、私はまた気付いてしまいました。



 ハルに会いたいのだ、と。

 隣にいてほしいのだ、と。

 ただただ、それだけのことなんだ、と。


 独りでいることが寂しいなんて。

 そんな当たり前のことを。

 実際に独りになってみて初めて。初めて。

 心から痛感しているんだと。


 貴方と、姫と、私の三人で。

 また、もう一度。騒がしい毎日を送りたい。

 ハルが笑って。姫が笑って。私は無表情のままで。

 それでも。でも。きっと幸せな、そんな毎日。



 ――それが私の、たったひとつの望みでした。



 そんな叶わぬ夢を。そんな淡い夢を。最後の言葉として。

 私は筆を置くことにします。


 ……ああ。いや。駄目だ。


 最後くらい。最後くらいは本心を。

 隠さずに。言葉を濁さずに。

 私の本心を。大事なハル。貴方に。貴方だけに。



 ――貴方に師と呼ばれること、それが私にとっての、最高の幸せでした。



 貴方に出会わせてくれたことを、女神リリス様に感謝致します。





                     アイラ・ハルラ

 

 

 

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