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エピローグ

 その後の顛末を、少しだけ。



 痛いだ眠いだ散々文句を垂れていたカルの野郎は、道中半ばにしてとうとう失血性の失神状態に陥り。一瞬あせりはしたがグースカグースカ聞こえる鼾にほっとするやら腹ただしいやら複雑な思いを抱え、それでもその辺の草むらあたりにポイ捨てすることなくスズ公国首都リボンの街まで連行。



 平和なパロスとは違い、東に東国各国との国境線を臨むリボンの街の城門は深夜しっかりと閉ざされており、そこを無理やり通して貰う為にミッテンベルグ家の名前を出した。権力って便利。その際、血塗れで気を失っているカルについて誰何されもしたのだが、道中で魔物に襲われたということにしておく。



 割高の、深夜便の馬車を捕まえてリボンの街を縦断。ようやくミッテンベルグ家の屋敷に到着した時には、空がうっすら明るくなり始めていた。不寝番の門番さんに事情を説明し、屋敷内の一室を拝借。疲れ切った体をベッドに横たえた瞬間に意識を失くし、泥のように眠ること数時間。ようやく目を覚ました俺は、事態を重く見て仕事を休んだメイル侯爵との面談を果たす。ちなみにカルの野郎は武装解除されて地下室に軟禁済みである。



「全く。朝、門番から報告を受けた時は何事かと思ったぞ?」

「申し訳ありません。侯爵様。しかもお名前をお借りしてしまいました」

「城門の件か? それは別に構わない。それより早急に詳しい事情を聞きたい」

「はい」



 俺は昨晩見たこと、聞いたことを一通り報告する。

 とはいっても、俺の知る事実なんて大したことはない。


 早馬で報告を受けたカルの雇い主が俺を殺そうとしたこと。

 その命を受けたカルに待ち伏せされ、街道で襲われたこと。

 これくらいだ。


 尤も、この少ない情報の中にも、いくつかの真理が隠されている。

 例えば、そう。カルの雇い主の正体とか、ね。

 早馬でパロスと情報をやり取りできるのは、第二公子派ではない。

 つまり。


「……黒幕は、第一公子派ということ、か」

「第一公子自身なのか、その背後にいる貴族なのかまでは分かりかねますが」

「おそらく貴族の方だろうな」

「ほう。そうなんですか?」


 まあ、直接指示したのがどっちかなんて大した問題ではないけど。

 どっちにしろ敵であることには変わりない訳だし。


「……第一公子派の大貴族の筆頭、これがオスカーという侯爵なのだが」

「へえ。侯爵様。メイル様と同格ですね」

「ああ。こいつが自慢癖のある嫌な奴でなあ」

「貴族様なんて大体みんな……。おっと失礼。勿論メイル様は例外ですよ?」


 思わず漏れた俺の本音を、苦笑で流してくれたメイル様。

 危ない危ない。これ、メイル様相手じゃなかったら首が飛んでる。

 発言には気をつけないとね。



「『我が家には【戦術級】の食客がいる』と、周りによく吹聴していたよ」

「……あー。【戦術級】ですか」



 まあ、うん。気持ちは分からなくもない。

 貴重な【戦術級】剣士だ。それが手持ちの駒にあれば。

 そりゃ自慢のひとつもしてやりたくなるだろうよ。


「……で? これからどうします? 黒幕の名前でも吐かせますか?」

「うーん。あの男は水剣流なのだろう?」

「本人はそう言っていました」

「ならば、たとえ拷問されても、あの男は口を割ることはないだろう」


 ふうん。そういうものなのか。

 水剣流ってだけでだけで、そんなことまで分かっちゃうんだ。


 あれだな。これを機に少し勉強しようかな?

 各流派の特徴くらいは憶えておいて損はない。

 カルにも散々バカにされたしな。


「その辺の事情を詳しく知りたければ、ルーデルに尋ねるといい」

「あ。そっか。あの方、元水剣流の達人ですものね」


 よし。パロスに戻ったら早速訊いてみよう。

 あの爺さんのことだから素直に教えてはくれなさそうだけど。

 その辺は覚悟しておこう。



「……しかし。ハルキ君? 改めて聞くが、あの男。カル・ベルンを殺さなくていいのか? あれは君の命を狙ったのだろう?」


「……出来れば、そうして頂けますと助かります。命を狙われたとは言っても、それはあくまでも命令でしたこと。私はそのように解釈しています」



 せっかく生かしたまま連れて帰ってきたんだ。

 ここで処刑されちゃうのは、その、うん。ちょっと、困るんです。


 ふむ……と顎を撫でるメイル侯爵。

 すいませんね。無理難題を押し付けてしまって。


「いや。構わん。実は『殺してくれ』と言われた方が困った」

「え? そうなんですか?」

「ああ。理由は二つある」

「お聞きしても?」


 軽く頷いたメイル様は、まずは率直にひとつめの理由を告げた。

 目に驚きの色を浮かべつつ。



「単純に、【戦術級】を殺せるような人物に心当たりがないからだよ。正直、今回の件で何が驚いたって、君が【戦術級】を撃退したことだ。普通は死ぬ。一軍に匹敵する戦闘力があるから【戦術級】と呼ばれるのだ。単身これを撃破するなんて、それこそ同じ【戦術級】でしか成し得ないことだぞ?」



 あらやだ。メイル閣下に褒められてしまいましたわ。

 いやん。ちょっと照れるぅ。

 ああでも。いやしかし。


「でも、今のカルは武装解除されてますよね? 処刑くらいなら誰でも……?」

「武装解除された程度で戦闘力を失うような奴を、【戦術級】とは呼ばない」

「……そういうものですか?」

「試みに問うが君ならどうだ? 両手を拘束されたって戦う術はあるだろう?」


 ふむ。そうだな。

 両手両足を拘束され、魔法詠唱防止の為に猿轡を噛まされたとしよう。

 じゃあこれで俺の戦闘力を完全に奪えるか?


 奪えませんね。無詠唱の魔法があるし。

 なんか、どうとでもなりそうな、そんな気がする。

 自信過剰じゃなくて、事実の分析として。


「そういうことだ。【戦術級】が屋敷にいるというだけで私は恐怖を感じる」

「なるほど。……では、ふたつめの理由とは?」

「政治的に難しいのだよ」

「政治的に、とは?」


 なになに? カルってば実は良家の坊ちゃんだったとか?

 あれで実は大貴族の子弟だったとか?



「【戦術級】は一軍に匹敵すると言ったな? つまり彼が我が国にいるというだけで千の兵を抱えているのと同じ状態だ。そして千の兵を雇用し鍛えあげる手間よりも【戦術級】剣士一人を育てる方が難しい。本人の素質という問題があるからな。多少の罪があったところで、おいそれと処刑出来るものじゃない」



 ……『襲われたのが貴族だったのなら、さすがに話は別だったろうがな』と。メイル様は最後にそう付け加えた。なるほどね。殺されかけたのが庶民である俺だったからから、俺が高貴な血を引いていないから。その程度で処刑はされないと、そういう訳ですか。うん。釈然としない。納得できませんぜ。全く。

  


「だから、殺さなくて済むというほうが、実は話は簡単だ」

「……では?」

「ああ。任せておけ。後はこっちでやっておくさ」

「宜しくお願いします」



 ……こうして俺は、後始末を全部メイル様に押しつけて屋敷を辞した。



   ×   ×   ×



 ――ちなみにその後、カルと、カルを取り巻く事態がどう動いたかというと。



 メイル侯爵は第一公子派の貴族に、正式に抗議文を送付する。

 以下内容。その要約。


 『自分の友人が先日、【戦術級】剣士に襲われた。

  実行犯は、貴殿の食客であると聞いている。

  これはどういうことなのか?

  場合によっては、王宮に裁定を願い出る覚悟である』



 ……等々。



 その抗議に対する、第一公子派最大の貴族、オスカー侯爵の返答。



『その者は先日当家を出奔し、現在は当家とは無関係である』



 うん。まあね。

 分かり切ったことだけどね。

 よくあることなんだろうけどね。

 カル? お前、雇い主様に見捨てられたらしいぞ?



「……分かってはいましたけど。これじゃカルも報われませんよねえ」

「末端の兵とはそういうものです。これも世の習いでございますよ。ハルキ様」



 ――ミッテンベルグ家パロス屋敷。



 あの夜から二週間が経過した今日。

 俺は定期便の配達ついでに、ルーデルさんからお茶などを頂いている。

 以前、うちでルーデルさんに出したものとは、文字通り桁が違う高級品を。


「諸々の問題が、これで一気に解決したのです。まずはそれを喜びましょう」

「諸々の問題、ですか?」


 左様でございます、と。そう頷いたルーデルさんは続ける。

 分かりやすい言葉で、状況を整理してくれる。



「まずは第一公子派の動きに関して、ですが。パロス公国内に潜んでいた実行犯グループは既に壊滅しており、生き残りの少数だけでの再襲撃は有り得ない。頼みの援軍も、本国でこんな騒動が起こってしまっては、如何にオスカー侯爵に強大な力があったとしても即座に兵を差し向けることは出来ない。当分の間、このパロス屋敷は平和になるとみて良いでしょう」



 なるほどね。

 自分の家がごたごたしていたら、さすがに迂闊な動きは出来ないか。


 下手に動けばメイル様に見つかる恐れがある。

 そんな冒険はしないだろう。

 最低でもしばらくは。ほとぼりが冷めるまでは。

  


「そもそも実行犯が第一公子派であったという事実。それを知ることが出来ただけでも大収穫でございますよ。敵が見えないというのは、戦うにあたって非常に厄介なことでありますからな。しかもその敵は、大事な切り札である【戦術級】剣士を自ら放棄しました。放棄せざるを得ない状況に追い込まれた訳です」



 自分でしっかり『当家とは無関係』と言いきっているからな。

 これでカルと第一公子派の契約も切れたとみていいだろう。

 つまり俺はもう、カルに狙われる心配はないって訳だ。


 カル以外の刺客に狙われることはあるかもしれないけど。

 でもまあ、それは別に構わない。

 カル相手じゃなきゃ、こっちも全力でぶちのめせるしね。

 容赦しないよ? 今度はね。


 ああ。そうだ。それで思い出した。

 ルーデルさんに聞きたいことがあったんだ。



「そういやカルは、というか水剣流は、やたら契約に拘りますね?」

「はい。水剣流とはそういうものなのです」

「もう少し詳しく教えて頂けますか? その辺を?」

「喜んで」


 さりげなく俺にお茶のお代わりを用意しつつ、ルーデルさんが口を開く。

 いつもの穏やかな声で。孫に接するように。



「四大流派は、各々戦い方にも特徴がありますが、教える教義……と、いいますか考え方にも違いがあるのです。例えば火のように熱い心を持つ火剣流は義に厚く、場合によっては主君にすら逆らうことがある。それとは逆に地剣流は、大地のように揺るがぬ心で生涯、たった一人の主君に忠誠を誓います。風剣流などは、そうですな。『風来坊の風剣流』などと揶揄されることでも分かりますように、何にも縛られず、自由気ままに動くのが特徴です」



 ほうほう。なるほどなるほど。

 流派ごとに考え方も違うのか。それは面白いな。


 そういや師匠の前で戦った、あの特級剣士崩れの盗賊。

 彼も風剣流を名乗っていた。


 その性質故に、彼には騎士団勤めなどには向かなかったのかも?

 それで自由な盗賊を職として選んだ。ありそうな話だ。



「そして水剣流は、契約、約束を何より重んじる。『リリス様の剣士』などと呼ばれる由縁はそこにあります。一度結んだ契約は絶対に果たす。そういう意味では信頼度は高い。ただし逆に、契約にしか囚われていないとも言えます。契約を果たせば依頼主との関係はそれまで。特定の主君を持たずに、流れる水の如く、人と人の間を渡り歩いていく。それが水剣流でございますよ」



 契約には忠実なれど、特定の誰かに忠誠を誓うことはない。

 つまりはそういうことなんだろう。


 ああ。だからルーデルさんは「元」水剣流なのか。

 この家に忠誠を誓っているから。安住の地を見つけたから。

 だからきっと、ルーデルさんは水剣流を捨てたのだ。

 隻眼は多分、その言い訳に使われたんじゃないかな?


 そう言われれば、何か納得もする。

 俺と対峙した際のカルも、確かにそんな雰囲気だった。


 斬りたくはないけど。殺したくはないけど。

 それが契約だから仕方ない、と。

 そんな風に自分を無理やり納得させているような、そんな感じがした。



「水剣流の心は、流水の心。誰かを強く恨むことも、何かを深く根に持つこともありませぬ。ですからハルキ様? 今回の件で、そのカル・ベルンがあなた様を逆恨みすることもないでしょう。その点はご安心を」



 命を助けて恨まれちゃ敵わない。

 しかもその相手がカルとなった日には、おちおち枕を高くして眠れない。

 それは確かに、うん。朗報ではある。


 ところでそのカルなんだが。

 結局最後まで何一つ情報を吐くことはなかったそうで。

 少し前に政治的理由ってやつで無罪放免めでたく釈放となったらしい。

 そこはちょっと。やっぱり。納得がいかない。


「我が御当主様が熱心に勧誘をされていたそうですが」

「メイル様が? へえ。でも、断られたんですか? 何でだろ?」

「『しばらくスズ貴族の顔は見たくない』のだそうで」

「……ああ。うん。やつの立場ならそう思うかもしれませんね」


 しっかり裏切られた訳だからな。今回。

 人間不信とかに陥ってないといいけど。

 やっぱり次に会った時は、俺が飯を奢ってやるか。


「……とにもかくにも。一件落着という訳です。ハルキ様」

「よかったですね。ルーデルさんもこれで一安心でしょう?」


 軽い気持ちで返した俺の言葉。

 それに対し、ルーデルさんは真剣な、見たことないほど真剣な顔で頷く。

 立ち上がり、深々と頭を下げた老人は、こう続ける。



「……あの日。ハルキ様を頼った自分は間違っておりませんでした。私めの予想以上の成果を上げてくださいました。このルーデル、改めてお礼申し上げます。今後のあなた様の人生において、この老骨が役に立ちそうな際にはぜひお声をかけてくだされ。棺桶に片足を突っ込んだ年寄りの助力など邪魔になるだけかも知れませぬが、このルーデル、粉骨砕身、尽させて頂きたいとお願い申し上げます」



 依頼人から頂いたこの感謝の言葉。

 これでこの一件は終わった。


 俺はスズ公国進出の足がかりを得て。

 ミッテンベルグ家は跡目争いにおける有力な武器を手に入れて。


 依頼人も俺も、満足できる結果だったと思う。

 だから俺は、とても幸せな気分になれた。

 この気持ちは当分続くと、そう思っていた。



 ……思って、いたんだ。



   ×   ×   ×



「あら? ハルキさんお久しぶりです」

「どうも。お姉さんも元気そうで」



 数日ぶりに立ち寄ったパロス公国冒険者ギルド南支部。

 赤毛巨乳の受付お姉さんは、今日も脅威の胸囲を誇っていた。


 本日の訪問。その目的は、情報収集とお姉さんへの贈り物。

 もうギルドから配達の仕事を回してもらう必要はないけれど。

 冒険者ギルド内部職員の情報は、いろんな意味で必須である。


 この繋がりは、商売がうまくいってるからと言って捨てることはない。

 故にこうして今日も俺は、彼女にせっせと貢ぐのだ。


 ま、半分くらいは、この素敵なおっぱいの鑑賞が目的である。

 これだけ貢いでいれば、いつかは揉ませてくれるかも、という願望もある。


「で? どうです? 最近面白い話はありますか?」

「うーん。ハルキさん好みの依頼は、どうでしょう?」

「別に依頼じゃなくてもいいですよ? 情報ならなんでも」

「そう言われましてもねえ……」


 スズ公国土産の指輪を嬉しそうに眺めつつ。

 お姉さんはため息を吐く。

 おお。すげえ。溜息吐いただけで揺れたぞ?

 何カップなんだろう? この豊かな実りは?



「実際、今は例のミスリル王国の話題でもちきりで。他の話は、特に」



「ミスリル王国の話題?」

「はい。あれ? ハルキさんもしかしてご存じでない?」

「最近、仕事が忙しくてここに立ち寄ることもなかったので」

「そう言えばそうでしたね。じゃあ、知らないのか」



「ミスリル王国第十三王女のお輿入れが、正式に決まったんですよ」



 ……お輿入れ?


 お輿入れってあれだよな? 要は結婚というか嫁入りのこと。

 へえ。それは話題になるよな。王族の結婚だし。

 きっと王都ではパレードとかだってしちゃうだろうし……。


 ……第十三、王女?


「……第十三王女。第十三王女って言えば……」

「そうです。アイリス・フォン・ミスリル様です。奇麗なお姫様ですよね」


 ああ。うん。知ってる。よく知ってますよその名前は。

 多分、ここにいる誰よりも、俺はその姫様のことをよく知っている。


「……お相手は?」

「それがすごいんですよ! カナリア公国の第一公子様ですって!」



 …………。



 へえ。そうなんだ。

 そうなんですか姫様。


 よかったですね。いい縁談じゃないですか。

 第一公子の奥様ともなれば、将来の国母様ですよ。

 玉の輿ですよ玉の輿。


 いや別にね? 言いたいことなんかありませんよ?

 あ、いや。むしろちゃんとおめでとうと伝えたいくらいですよ。


 でもさ。いやでもさ。

 ああ。うん。何でもねえよ。別に何でもねえ。

 俺は別に何とも思ってねえし。

 姫さまだってもう、何とも思ってないんでしょうよ?


 でも。せめて。せめてさあ……。


 こないだ会った時にさあ!?

 一言くらいあったっていいんじゃないかなあ!?

 そう思っちゃう俺は、器が小さいのかなあ!?

 あんな態度で接してきたくせにさあ!?

 


「それでですね。ハルキさん」

「…………」

「ハルキさん?」

「へ? ああ。すいません。何でしょうか?」


 怪訝そうなお姉さんの声で我に返る。

 いや。うん。切り替えよう。まだ話に続きがあるみたいだし。


「それで、各公国の王宮とギルドに連絡がきたんですよ」

「連絡? 式について、ですか?」

「まあ、ある意味? そういうことになりますね」

「……どういうことです?」


 俺の疑問に直接答えることはせず。

 お姉さんはごそごそと机を漁り、一枚の紙を取り出す。


「式が狙われそうだと、専らの噂でして」

「狙われる?」

「はい。実は姫の誘拐を企む、不逞な輩がいまして」

「……穏やかじゃないですね」


 式の妨害に飽き足らず、姫の誘拐かよ。

 どんだけ恨みを買ってるんだあの姫様はよ。


「そうなんです。それで、その犯人の首に賞金がかけられました」

「犯人? 犯人が判明しているのですか?」

「らしいです。でも逃亡中で、ミスリル王家も手を焼いているらしくて」

「それで、この手配書、ですか」


 はい。と頷くお姉さん。

 俺はその手配書に視線を落として……凍りつく。


 手配書に書かれたその似顔絵。

 全然似ていないそれ。


 あの人の顔はもっと奇麗だ。

 あの人の目はもっと澄んでいる。

 あの人の唇はもっと小さく薄い。

 あの人の……いや。もう、いい。


 絵に出来る美しさではないのだ、あれは。

 真冬の、凍りつく湖のような、冷たく神秘的な美しさ。

 それがあの人の本当の姿なのだ。


 だから、絵に関しては、もういい。

 だから、その名前と、横に書かれた罪状だけ見れば、いい。



 罪状:反逆罪

 詳細:元ミスリル王国所属【戦術級】魔術師



 氏名:アイラ・ハルラ



 ――それは、俺が敬愛してやまない、師匠の名前だった。




これにて第二章完結です。

お手紙を挟んで第三章『囚われの姫君』編開始です。

タイトルがベタ過ぎるところには突っ込まないで頂けると助かります。


ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

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