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第十話 魔術師と剣士

「斬る前にひとつ、訊きたいことがあるんだ」



 真っ二つにされた土壁。

 長い足でそれを乗り越えながら、カルは言う。


 よし何でも聞いてくれ。

 時間稼ぎになるのなら、どんな質問にも答えてやる。


「斬られる気はないけど、なんだよ?」

「結局、パロスのハルキ君と、今ここにいる君は同一人物なの?」

「あん?」

「パロスとスズ。両方の首都に同時に存在するって、あり得ないでしょ?」


 おっとこいつは僥倖。

 カルは【転移魔法陣】のことを知らないようだ。


 なら、どうする?

 それを餌にしてもう少し時間を稼ぐか?


 いやいっそ。秘密の一端をバラして。

 それを交渉の材料として差し出すことも考えるか?


「興味、あるか?」

「勿論。僕自身にもあるけど、雇い主の方もね。……でも」

「でも?」


 話しながら、ぽん、ぽんとバックステップ。

 さりげなく「魔術師の距離」を取ろうとする俺。

 それが見えない訳はなかろうに、敢えて追おうとはしないカル。


 それは慢心ゆえの行動か。

 それともこの距離でも斬れるという自信の表れか。


「実はね、僕の雇い主はハルキ君の秘密、それの心当たりがあるみたいでね」

「……ああ。うん。なるほど、ね」


 ああそうか。そりゃそうか。

 第一公子派、第二公子派、どちらも王宮の住人、即ち王族だ。

 王族ではないメイル様が知っていたくらいなのだ。

 王族である両者が、【転移魔法陣】のことを知らない筈がない。


「その力は強大にして凶悪。誰かの手に落ちるくらいならいっそ……と」

「先に、術者ごと斬ってしまえってか? 酷い話だなそれも」


 誰かに取られるくらいなら壊してしまえ。

 自分のものにならないなら殺してしまえ。


 ああやだやだ。

 これだから王族は、貴族様は大っ嫌いなんだ。


 あいつらには情も理も存在しない。

 ただただ己の欲望の身を追求する醜悪な怪物。

 それが「高貴なる者」ってやつなんだろうな。



「……だから、うん。ハルキ君の返答がどうであれ、僕は君を斬る」



 じわり……と。

 空気が少し、重くなった。


「命乞いをしても、無駄か?」

「僕は斬れとしか命じられてないしね。それにさ」

「それに?」

「素直に斬られたほうが楽だよきっと? 捕まったら、ほら。拷問とか」


 下手に捕まったりしたら、拷問の上全てを吐かされるって訳か。

 それくらいならいっそ。自分の手で楽にしてやると。

 優しいんだか冷たいんだか分かんねえよカル。お前のことがさ。


「……じゃあ今度は、こっちから質問、いいか?」

「なに? ハルキ君? 命乞いじゃないよね?」


 俺の方も、これだけは聞いておきたいって質問があるんだ。

 その返答次第では、俺はお前を軽蔑する。



「……冒険者ギルドで俺の近づいたのも、あれも演技なのか?」

「……違うよ。それは違う。それだけは信じてほしい」


「『契約と約束の女神 リリス様に誓えるか?』」

「『リリス様の蒼い瞳と髪にかけて』」



 演技か、どうか。

 見極めようとして、その目を見る。


 真剣なその眼差しに、嘘の色はない。

 こいつはきっと、どこまでも剣士であって、策士ではないのだろう。


「剣客なんて商売は、平和な時は暇なものでね。いつもブラブラしてたんだ」

「……俺に出会ったのは、全くの偶然だった、と」

「僕の仕事は斬ることだからね。諜報には携わっていなかったんだよ」

「つまり、早馬が来るまで、俺のことを一切疑ってはいなかった、と?」


 軽く頷くカル。

 その顔に浮かぶ蔭の理由は、後悔か。それとも絶望か。


「ハルキ君を騙すつもりもなかった。ただ、結果としてそうなっただけなんだ」

「信じるよ。少なくとも昨日までのお前は、本当に面白くていいやつだった」

「生まれて初めて、本心から気の合う友達が出来たと思ったんだ」

「そりゃありがとよ。……でも、斬るんだろ?」



「そうだね。……ごめん。行くよ?」

「――っ!?」



 謝罪の言葉と共に、一気に踏み込んできた剣士。

 その速さたるや、まるで一陣の風のよう。


 後ろにも飛べない。横に転がることも出来ない。

 逃げられないと判断した俺は、光る白刃に向け左手を上げる。



 ――ガキィンッ!!



 カルの刀が俺の盾に喰い込む。

 魔法のように。いや。言葉の通り魔法「で」現われた、土色の楯に。


「……やっかいだねえ。その無詠唱は」

「お前こそ何なんだよ。その斬撃の鋭さ。速さは」


 地属性魔法【地亀の甲羅】。

 何のことはない。土で盾を作るだけの単純な魔法。

 強度も大きさも、術者の魔力次第。

 そして俺は、それを無詠唱で作り出すことが出来る。


 とはいえ。俺の圧倒的不利には変わりない。

 こんな小手先の技、カルの技量を前にしては何度も通じる筈がない。

 何よりも、この速さが厄介だ。

 いかに無詠唱とはいえ、そう何度も避けられる斬撃ではない。



「早いな。本当に早い。……風剣流か? カル?」

「風剣流? 冗談はよしてくれ。風剣流だったらこんなに悩まない」



 うん? どういう意味だ?

 風剣流だったら悩まない?

 剣の流派とカルの悩みに何の関係がある?


「ああ。そういえばハルキ君。君は意外にものを知らない人だったね」

「うるせえ大きなお世話だ。……なんだよ? どういう意味だ?」


 ふむ……と。剣を下げるカル。

 その姿に。その構えに。余裕はあっても油断はない。


「僕は水剣流の剣士だよ」

「水剣流? おいちょっと待てよ? じゃあさっきの速さ、あれはなんだ?」


 先日ぶちのめした風剣流の特級剣士より何倍も早かったぞ?

 水剣流は流水の動きが売りの、カウンターが主体の剣じゃなかったか?


「これでも【戦術級】だ。あれくらいの動きは出来る」

「……【戦術級】……って。お前それマジか?」

「称号を貰ったのはつい最近だけどね。今さら嘘をついても仕方ない」

「…………」


 あー、ってことは何か?

 お前は。カルは。この目の前の剣士は。


 流れるような動きが得意の水剣流なのに。

 その動き自体が風剣流の特級剣士をも上回るってことなのか?


 そんなのに勝てる訳ねーじゃねーか。

 なんだよその反則性能。それこそチートじゃねえか。



「僕の動きを褒めてくれるのは嬉しいけど、それは今はどうでもいい。あのね、ハルキ君? 水剣流にとって契約は神聖にして絶対なものなんだ。一度結んだ契約は命に代えても果たさなきゃいけない。それが水剣流の教え。これがね? 風剣流だったらね? あいつら気紛れだし気分次第で動くからね? 契約の最中にだって平気で裏切るから。……裏切ることが、出来るから」



 自分は水剣流だから、契約を反故にすることは出来ない。

 カルは悔しそうに続ける。唇を噛みしめながら。


「……僕は今日ほど、自分が水剣流だったことを怨んだ日はないよ。僕が風剣流だったら、こんな命令、無視してやれたのに。いっそのこと君と手を組んで、雇い主のほうに刃を向けたってよかったのに。……僕は君を、友達を斬りたくはない」



 カルの手が。握られた剣が。再びゆっくりと上がっていく。

 天を指すように。夜空を斬るように。高く、高く。


「今から風剣流に鞍替えするって訳には、いかない、か」

「僕はこれでも剣士だ。この生き方しか知らない。水剣流は捨てられない」


「そうか」

「そうだよ」


「じゃあ仕方無いな」

「仕方ないね」



 ――踏み込んでくるカルの足。

 ――打ち出される俺の【岩弾砲】。


 魔法より早いカルの突撃。彼は迷わず直進する。

 迫りくる魔法の弾を、彼は斬らない。斬ることすらしない。

 半身にした体。角度をつけた刃。

 それが俺の魔法を。土の弾丸を。その軌道を、逸らす。


 気がつけば、カルの顔は。手は。剣は。最早俺の目の前で。

 慌てて展開した防御魔法、【地亀の甲羅】に魔力を注ぐ時間すら無く。


 一撃の下に破壊された土の楯。

 その衝撃で、俺の体は交通事故のように吹き飛ぶ。


 地面に叩きつけられ。土を舐めながら。

 止めとばかりに突っ込んでくるカルの姿を視認した俺は。

 もうこれしかないと、気合いを入れて右手を上げる。



 ――闇夜を貫いた魔法の弾丸は、カルの肩に着弾しその体勢を崩した。



「……つっ!? な、なんだい? 今のは? ハルキ君?」

「俺の奥の手だ。【見えない弾丸】だよ」



 ……二系統四属性以外の、第七の魔法。無属性魔法。



 ただの魔力の塊であるそれは、人の目には見えない。

 故に、【見えない弾丸】。


 だからこれは。これだけは。

 如何に魔法を斬れる剣士なれど。

 如何に魔法をいなせる水剣流なれど。

 その対象が見えないとあれば、避けることも斬ることも出来ない筈。



「うっわあ……。とんでもないもの、隠し持ってたなあ……」

「剣を捨てろ。捨ててくれカル。次は本気で当てる」



 頼むよカル。お前が俺を斬りたくなかったように。

 俺だってお前を撃ち抜きたくはないんだ。


 ここで終りにしようじゃないか。

 俺の勝ちじゃなくていい。引き分けでいい。

 それが最高の、落とし所ってやつだろう?


「なるほど。見えない。だから避けられない、か……」

「勘で動いても無駄だぞ? あれは連発出来る。いつかは当たる」

「そっか。それじゃこうするしかないなあ」


 だらりと。赤い血が垂れるカルの右腕。

 だがしかし。骨までは砕けなかったようで。

 腱を断つことは出来なかったようで。

 その手から剣が取り落とされることはなく。


 無傷の左手。

 それが動き、腰に収められたもう一本の剣を抜く。

 短いそれと、長い右手の剣を、交差するように構えて。



「『水の理。清き流れよ。我が身を守る盾となれ。水障壁』」



 カルが呟いた言葉。それは水属性魔法の詠唱。

 それに合せて、俺のカルの中間地点に水の壁が浮かび上がる。

 雨に濡れるガラス窓のようなそれは、半透明の魔法の壁。


 地属性魔法の【土障壁】は、物理耐久の高さが特徴。

 水属性魔法の【水障壁】は、魔法耐久の高さが特徴。


 火属性魔法や、風属性魔法の威力を軽減するのには最適な魔法だ。

 だがしかし。そんなもので俺の無属性魔法【見えない弾丸】は防げない。

 しかも、だ。


「……薄いな。薄いよカル。その壁の厚さじゃ何の役にも立たない」

「そうだねえ。確かにこれじゃ、君の魔法は防げないだろうねえ」


 それが分かっているのなら。

 それを理解しているのなら。


 ここで引いてくれと願う俺の祈りは届かず。

 少年剣士は再び、剣を高く構える。


「……でも、この壁で魔法を防ぐことはできなくても、君を斬れるよ?」

「……そうかい。やれるもんならやってみな?」



 ――その言葉を引き金とし、カルは三度目の突撃に移る。



 迫る剣士の足。その機動力に元に。

 俺は狙いをつけて魔法の弾丸を撃ち出す。


 見えないそれが、まるで薄い紙を貫くようにして、水の壁を突き抜ける。

 少年の体が。正確にはその腕が。その瞬間に“ぶれた”。


 アニメのコマ送り。それを何枚か一気に飛ばしたような動きで。

 カルの左手が。握られた短い剣が。瞬きする間もなく閃く。


 次に届いたのはキィン……という金属製の音。

 魔法の弾丸は剣士の体を貫くこと叶わず。

 剣士の振るう短刀に跳ね返される。



 ……一瞬の、自失。


 それを見逃さない剣士。

 それを見逃すようでは【戦術級】は名乗れない。


 大地を抉るようにして踏み込んできた少年の剣。

 魔法の壁も、魔法の盾も。呼び出す時間がなかった。


 ただただ。反射神経のみで。

 身体強化の魔法により高められた動きに頼り。

 思いっきり、後先考えず後方へ飛ぼうとする俺。

 それを逃がさぬと振るわれる細い剣。



 ……びしゃあ、という血をぶちまける音は、痛みよりも早く耳に届いた。



「……おお。さすがだね。ハルキ君。今の一撃も届かないか」

「……どうして。どうやって?」



 切り裂かれたのは、左腕。

 派手な出血の割には、骨も腱も無事なようではある。

 痛みはそれほどでもない……訳はない。痛いよ! すげー痛いよ!

 普通の俺なら、悶絶して七転八倒しているところだよ!


 ただ、痛みよりも大きな疑問が。

 無敵を引っ繰り返された悔しさが。

 無敗を止められた恐怖が。


 痛みを圧倒する疑問が、俺の頭の中を満たす。



「うーん。『どうして?』って顔だね。ハルキ君」

「そりゃそうだろ? 見えたのか? あの弾丸が見えたのか?」

「見えなかった。見えてたら跳ね返すのではなく、避けたよ。水剣流だからね」

「なら、どうして、跳ね返せた?」



 剣士はもう一度、水属性魔法の呪文を唱える。

 半透明な壁を前にして、彼は語る。


「魔法自体は見えなかったけど、何かがこの水壁を貫くのは、見えた」

「……で?」

「君の右手と、水壁を貫いた弾の着弾地点、その延長線上に剣を構えた」

「……あ」


 そうか、と。

 見えていた訳ではないんだ、と。


 俺の位置と、水壁を貫く弾丸の角度。それを計算して。

 弾道を。見えない弾丸の行き先を。俺の狙いを。

 こいつは計算してのけたのだ。一瞬のうちに。



 ……これが。これこそが。【戦術級】剣士の実力か。



「タネの割れた手品じゃ、僕は倒せない」

「……そうか」


 詠唱を繰り返す、水剣流の剣士。

 俺の周囲に、何枚も何枚も水壁が浮かび上がる。

 俺を包囲するようにして。


「これで、詰み、だ」

「…………」


 もう、【見えない弾丸】は通じない。

 カルは、水壁の後ろからしか突撃してこないだろう。

 撃っても、避けられる。跳ね返される。弾道予想されて。


 それは即ち、俺に攻撃の手段がないということ。

 彼に有効打を与えることが出来ないということ。



 ――「死」を、これほど身近に感じた瞬間はなかった。



 斬られるのか。俺はここで。

 夢を果たすこともできず。

 元の世界に帰ることもできず。


 嫌だ。そんなのは嫌だ。

 なら考えろ。頭が沸騰するまで考えろ。


 ああ。だがしかし。時間がない。

 カルがゆっくりと、その剣を。その切っ先を。俺に向けている。


 こういう時は基本だ。基本に立ち返れ。

 師匠の言葉を思い出せ。

 師匠の授業を思い出せ。


 そうだ。師匠は。あの偉大なる大魔術師は言っていたではないか。

 俺に魔法を教え始めた日。初日に。

 一番大事なことを教えてくれたではないか。



『ハルキ・ヤマミズ君。いや、今日から君は、私の弟子でしたね。では、ハル。魔法とは即ち想像力です。手から火が出るということ。手から水を生み出すということ。風を操れること。土を操れること。この奇跡を。信じ難い現象を。有るがままに受け入れて、それが「有る」「出来る」ことを信じる。これが魔法を学ぶ者の最初の心得であり、最大の難関でもあります。信じられない人に、魔法を扱うことは出来ません。……何よりもまず、信じること。それが重要です』



 信じれば、出来る。

 魔法とは即ち、想像力である。


 ならば。信じよう。

 ならば。想像しよう。


 この魔法が。俺の無属性魔法が。

 師匠と二人で開発したこの魔法が。



 ――もう一段階、上に進むことを。進めることを。



「……終わりだ。ハルキ君」



 最早勝利を確信しているのだろう。

 静かに。逸ることなく。しっかりとした足取りで。

 それでも油断なく、俺との間に水壁を挟みながら。


 カルが。水剣流【戦術級】剣士のカル・ベルンが。

 一歩。また一歩と近づいてくる。


 それを視界に収めながら。俺は魔力を右手に注ぐ。

 魔力をそのまま弾丸にする無属性魔法は、莫大な魔力を消費する。

 一発一発が、巨大なエネルギーの塊だ。

 だから俺は、そこに、ありったけの魔力を注ぎ込む。


「……威力を上げても、無駄だと思うよ? ハルキ君?」

「そうかな? やってみなきゃ分からねえだろ?」


 そんな俺の様子を観察し、カルは呟く。

 そんなカルを挑発するように、俺は嘯く。


「じゃあ。試してみるよ。賭けるのは互いの命で」

「賭けごとは嫌いなんだ。……こいよ」


 俺とカルの間に存在するのは、もうたった一枚の水壁のみ。

 この距離で【見えない弾丸】を放っても、きっと奴はそれを避ける。


 そして奴の踏み込み。その速さは。

 俺に魔法を放つ時間を与えることはないだろう。



 ――だから。先に動くのは俺だ。



 右手を伸ばす。

 カルが短剣を構える。水壁を見つめる。

 俺の魔法の。【見えない弾丸】の軌道を予想する為に。

 だけど。悪いな。これが成功すれば、その行為自体が無駄になるんだ。



「……【ショットガン】!」

「――っ!?」



 手の中にため込んだ、無数の弾丸。

 魔力を注ぎこんでいたのは威力を上げるためではない。

 数を作るためだ。

 一個一個の殺傷力は、単発の【見えない弾丸】には劣る。


 だがしかし。だがしかし。

 これは範囲攻撃。散弾銃のように、複数の角度を持って放たれる魔法の弾。


 その軌道全てを予想できるか、【戦術級】剣士。

 その全てを撃ち落とすことが出来るか、水剣流の達人。


 カルの呼び出した水壁、その表面が、豪雨にさらされた湖のように揺れる。

 そこから角度を。魔法の着弾位置を。その全てを見切るのは、不可能。



 ――だから。



 亀のように体を丸め、両手に剣を構えた少年剣士は。

 全身を見えない魔法で斬り裂かれ、貫かれ、血に塗れながら空を舞った。



   ×   ×   ×



「……なんだよあれは。反則だよ。あんなの」

「……お前に言われたくねえよ。隠れ【戦術級】が」



 仰向けで、夜空を見上げながら。ぴくりとも動かずそう呟くカル。

 自分の腕に治癒魔法をかけながら、たったままそれを見下ろす俺。


「隠してたの? あの魔法は? 奥の手バージョン2?」

「いや。お前に殺されそうになって、必死に今、作り上げた魔法だよ」

「……おいおい。戦闘中に強くならないでよ。参ったなあ……」

「死にたくなかったからな。俺だって。そら必死になるわ」


 そっか、と。薄く笑うカル。

 そうだよ、と。笑えず呟く俺。


「いい勝負だった。悔いはないよ」

「そんなもんか? 剣士ってやつは?」

「どうだろうね? 少なくとも僕は満足してるよ?」

「へえ?」



「友達を殺すよりは、殺されたほうが少しはましかな、ってね」



 あー、おい。カル。そんな返事の出来ねえこと言うなよ。

 俺、どうやって返せばいいんだよ。困るよ。そんなの。



「あー、いい勝負だった」

「ああ」


「楽しかった」

「……ああ」


「月が奇麗だ」

「…………ああ」


「もういいよ、満足だ。……とどめを」

「…………」



 カルが目を瞑る。穏やかな表情で。全てを受け入れるように。

 俺は目を閉じる……ことが出来ない。カルの顔から目が離せない。


 コイツは、敵だ。

 明確に俺の命を狙ってきた、刺客だ。


 だから殺さねばならない。

 それは権利ではなく、むしろ義務だ。


 師匠も言っていたではないか。

 敵に対して容赦をするな、と。


 だから。

 だけど。


「おい。カル?」

「うん? なんだい? 言い残すことならもうないよ?」


「お前、この傷を塞いだら即座に俺に襲いかかってくる?」

「え? いやこれだけ血を流したらからねえ。立つことも出来ないと思うよ」

「そっか。ならいい」

「……あー。いやちょっと待ってよハルキ君。それは駄目だよ」


 まずは胸の傷から。そして腹の傷も。

 手足の傷は後回しでいいだろう。

 致命傷に成りかねないところから、手早く。


「もう。何してんのさ。僕は君の命を狙ったんだぜ?」

「うるせえ。格付けは済んだんだ。黙って治療を受けろこの敗者が」

「うっわ。ひっどい言い草だなあ」

「無駄口を叩く暇があるなら考えろ。俺の代わりに」


 すいません師匠。俺、こいつ殺せません。

 お説教は今度。お会いした時に。いくらでも。

 不肖の弟子で、ほんと情けない限りです。


 でも多分。今、こいつを殺したりしたら。

 俺は一生悔やむような気がするし。

 明日から美味しくご飯を食べられません。


 だって、こいつ。友達なんですよ。

 友達を殺すよりは、友達に殺されたほうがましって。

 そんなことを言っちゃうような、甘ちゃんなんですもの。



 ……俺と同じで。



「……考えるって、何を?」

「どうしたらお前を殺さずに済むか、だよ」

「えー。誰かさんのせいで血、失くしすぎて頭回らないよ」

「死ぬ気で考えろ。人間、死ぬ気になれば何でも出来る」


 死地にあって、土壇場で新しい魔法生み出すとかね。

 要はやる気だよやる気。だからやる気出せ。カル・ベルン。


「……このまま僕を、君の雇い主のところへ連れて行けばいい、かな?」

「それで何とかなるのか?」

「正直、五分五分。君の雇い主さんが賢ければ、あるいは?」

「なら平気だ。ミッテンベルグの御当主様は賢い方であらせられる」


 ルーデルさんも門番さんもそう言ってたしな。

 上司からの査定じゃなく部下の印象だ。

 信憑性は高いだろ。


「……よし。目ぼしい傷は塞いだ。さあ立て。肩だけは貸してやる」

「えー。立てないよ。もうそこまでするならいっそ背負ってよ」

「やだよ。俺の背中は女の子専門なんだよ。男子禁制なんだよ」

「でも実際、僕もう動けないし」


 しゃーねーなーこいつは。

 仕方ない。ドレインタッチで少しだけでも体力を……。



 ――ドレインタッチ? ……【吸収】?



「なあ、カル? ひとつ聞きたいことがある」

「なんだい?」

「俺の魔法。【見えない弾丸】。あれ、水壁抜きで防ぐ方法、ある?」


 どうだろう……と。少し考え込むカル。

 大した時間を待つことなく、やつは口を開く。


「うーん。考えればありそうだけど、すぐには思いつかない、かな?」

「……ってことはさ、水壁がなければ俺の圧勝だった?」

「多分ね。あの最後の魔法を食らうまでもなく、負けたんじゃないかな?」

「ああ。そう。そうか……」


 水壁。水属性魔法。

 アレがなければ、俺はこんなに苦労することはなかった。

 そして俺は、あれの、あの魔法の展開を防ぐ術があった。


 既に発生してしまった現象は、崩すことが出来ない。

 物理的に破壊するしか方法はない。


 でも。魔法には詠唱が必須。

 そして詠唱中に【吸収】を唱えれば、魔法は魔力を失い発生しない。



 ……【吸収】で詠唱妨害すればよかったんだ……。



「……俺は、アホだ」

「うん? どうしたのハルキ君? 死にそうな顔してるよ?」

「うっせーばーかばーか! この負け犬め! 静かにしてろよ!」

「何なのさその暴言は! 僕、君の機嫌損ねるようなこと、何かした!?」



 いやでもまあ、良しとしよう。

 あのピンチのおかげで、俺には新しい武器が手に入った訳だし。

 無詠唱魔法の範囲攻撃。【ショットガン】が、ね。


 ただ、この事実はカルには一生秘密にしておこう。

 きっと馬鹿にするだろうからな。

 立場が逆だったら、俺だってそうするだろうし。



「……なあ。カル?」

「なんだい? ハルキ君?」


「また今度、メシ食いに行こうぜ?」

「次は君の奢り、だからね」


「……ねえ? ハルキ君?」

「なんだよ?」



「……君と友達になれて、よかったよ」



 それがこの夜の。

 無詠唱で魔法を使う魔術師と。水剣流【戦術級】剣士の。

 二人が繰り広げた、死闘の。



 ……幕引きの言葉となった。




次回、第二章エピローグ

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