第六話 ミッテンベルグ家の思惑
スズ公国首都。リボンの街。
この街を訪れるのは今日で三回目。
そしてこの屋敷を訪れるのは三日ぶり二回目。
「すいませーん。手紙の配達に参りましたー」
「うん? おお、お前は先日の……」
「はい。その節はお世話になりました」
ミッテンベルグ家の門番さん。
いかつい顔をして門を守る彼は、幸か不幸か先日と同じ人物だった。
「御当主様から話は聞いている。さ、中へ」
「へ?」
何を聞いているというのだ?
こっちは何も聞いてないんですけど?
「いやな? 近日中にお前がまた訪れるから、その際には今度こそ面会を果たしたいと、な。お前が現れたらすぐに屋敷に通せとのご命令を受けている。……その、今日はまだ平気だろう? 時間のほうは? まだ昼前なのだし」
おっと退路を塞がれた感じがしますぜ?
有無を言わせず連行するのではなく、こっちの都合も確認する。
こういう対応をされると、うん、話くらいなら、って気にもなる。
この屋敷の御当主様は、それなりに出来た人物なのかもしれない。
ま、そうだな。
ルーデルさんは言っていた。
選択権は、あくまでも俺の方にある、と。
この対応を見ると、その言葉は嘘ではないのかもしれない。
……よし。
「平気です。案内、お願いできますか?」
俺の返答を受け、門番の彼はほっとしたように笑みを浮かべる。
うむ。いかついおっさんの割に笑顔は可愛いじゃねーか。
「おお。そうか。そう言って貰えると助かる。いや、この前は時間がないという理由でお前に帰られてしまっただろう? 御当主様はえらくがっかりされてなあ」
玄関に向けて歩きだすおっさん。
庭を横断しつつ、そんなことを話し出す。
「そうだったのですか。あれですか? 門番さん、怒られたりしました?」
「うん? いやそんなことはないぞ?」
「ならいいのですが」
「御当主様は賢明なお方だ。そんな理不尽な怒りなど見せはせぬよ」
うーん。部下からの信頼が厚いなー。御当主様。
ルーデルさんも同じようなこと言ってたしなー。
まあ、うん。でも、先入観は持たずに。
自然体で。俺の方は自然体で、ね。
× × ×
「セイル・フォン・ミッテンベルグだ」
通された応接室(また広くて豪華なんだこれが)でお茶をすすっていると。
三十歳前後くらいに見える茶髪の男が入ってきた。
あらびっくり。お若いんですね御当主様。
もっと年取ったおっさんを想像していたから驚きましたぜ。
そんな内心を隠すように、ソファーから立ちあがり貴族式の一礼。
「ハルキ・ヤマミズと申します。お会いできて光栄でございます」
深々と頭を下げた俺に向け、セイル様が軽く手を振る。
「ああ。堅苦しい挨拶は良い。こちらから招いておいて申し訳ないが、あまり時間がないのだ。午後から王宮に参内しなくてはいけないのでな。全く、宮仕えの辛いところだ。さあ、座ってくれ。ハルキ……君、だったかな?」
おう。椅子を勧められた。好感度ちょっとプラスだ。
あれだな。シャルの実家、アルフォンス家くらいの対応は期待してもいいかも?
それにしても、今日もお仕事なのか。無曜日なのに。
元の世界の日曜に当たる無曜日は、こちらの世界でも休日扱いである。
貴族様も案外大変なんだなあ。
いやまあ、そういう俺だって仕事をしている訳だけど。
「さて。早速だがまず、手紙を読ませて貰ってもよいか?」
「はい。どうぞ。ルーデル様からと、それからカリン様からも預かっています」
「おおっ! カリンからもか! あの子はどうしている? 元気そうだったか?」
「ええ。お会いしたのは僅かな時間でしたが、はい。元気そうでしたよ?」
そうかあ……。元気そうかあ……と。
嬉しそうに顔を綻ばせる貴族様。さらに好感度アップだ。
家族に優しい人間に悪いやつはあんまりいない。
アルバートみたいなやつは地獄に落ちればいいのだ。
セイル様はカリン様からの手紙を横に置き、ルーデルさんのものを手に取る。
あれかな? セイル様は美味しいものはあとで食べるタイプなのかな?
便箋数枚はある、その長い手紙。
それを、一枚一枚、じっくりと読んでいくセイル様。
邪魔をしてはいけない。お手紙を読む時間というのは大事なものだ。
配達業を営んでいる俺がそれに口を挟むことなどあってはならない。
俺は黙ってお茶をすすっていればいいのだ。
……しばしの、時間。俺のカップが空になるくらいの時間を経て。
「ハルキ君」
「はい。何でしょうか?」
その表情は真剣、そして視線はまっすぐ俺の目に。
カリンちゃんのお手紙を受け取った時の笑顔は、すっかり消え去って。
「この手紙の内容を聞いているか?」
「いえ。私の仕事は配達ですので。中身に関してまでは、何も」
「そうか。では説明しよう」
え? 説明?
ルーデルさんからのお手紙の内容とか興味無いんですけど?
と、いうか聞かされると何かに巻き込まれそうなんで嫌なんですけど?
聞かせてくれるならカリンちゃんから貰った方にしてくれませんかね?
そんな俺の内心に構わず、セイル様はゆっくり語り出した。
俺に言い聞かせるようにして。
「先月、当家のパロス屋敷に賊が侵入した」
「ああ。それは聞いています。災難でしたね。何か被害があったのですか?」
「盗られたものは特にない。賊は全て撃退したからな。ルーデルと衛兵が」
「はあ、それは何よりでし……ええっ! ルーデルさんが!?」
あの好々爺然としたルーデルさんが!?
戦闘なんかしたらぎっくり腰とか起こすんじゃないのあの爺さん!?
「何を驚くことがある? ルーデルは、今は引退したとはいえ元水剣流の達人だぞ? しかもかつては【戦術級】の称号持ちだった男だ。老いたとはいえ賊の十人や二十人、ルーデル一人で十分。お釣りが出るくらいだ。あれが付いているから、俺は安心してカリンを他国に預けられるのだ。……預けていたのだ」
うっわー。
いやタダモノじゃないとは思っていたけどさ。あの爺さん。
水剣流の達人で、しかも【戦術級】かよ……。
「それは賊も災難でしたね。泥棒に入ったら家に軍隊がいたようなものですし」
「……ただの泥棒なら、いいのだがな」
「……と、いいますと?」
うむ。だんだんキナ臭くなってきた。
ここからが話の本番なんだろう。
いやもうルーデルさんのことだけでも十分に驚いてはいるけど。
うん? そういえば「元」? 「元」って言ってたな?
今は水剣流じゃないってことなんだろうか?
「ルーデルの手紙にはこう書いてある。『あれはただの盗賊ではありません。きちんと戦闘訓練を受けた者の仕業でしょう』と。実際に剣を合わせたルーデルがそう言うのなら、きっとそれが真実なのだろう。……狙われたのだよ。あの屋敷は」
盗賊ではなく、戦闘訓練を受けた者の仕業。
だとしたらそれは、ただの犯罪ではない。
陰謀の匂いが、する。
「……その、賊の正体は?」
「わからん。捕らえた賊も、尋問の前に全て舌を噛んで果てたそうだ」
うわお。壮絶。
「……心当たり、は」
「ある」
あるのか。そうかあるのか。
聞きたいような聞きたくないよな。
「ハルキ君。君はスズ公国のことに詳しいか?」
「いえ。自分はパロスの住民なので」
「そうか。軽く説明するぞ」
……以下、セイルさんのお話。その概要。
現在、この国を治めるスズ公には、三人の子供がいる。
男子が二人。女子が一人だ。
その女子というのが、カリン様のことだな。
さて最近、そのスズ公の体調が思わしくない。
そもそも結構ご年配な方なのである。
そうなると出てくるのは後継ぎ問題である。
順当にいけば、長男である第一公子が後を継ぐのだろう。
が、しかし。それにはひとつ、問題がある。
母方の血筋というやつだ。
公子二人の母親の身分は、けして高いとは言えなかった。
両方とも、宮廷付きのメイドさんだったのだ。
勿論、スズ公には正式な奥方がいる。
それ以外にも貴族の娘やら親戚やらといった側室も存在する。
だしかしかし、スズ公はこうした高貴な方との子を授からなかった。
たった一人を除いて。
こればっかりは運とコウノトリさんのお仕事なので、どうしようもない。
キャベツ畑から適当に収穫してくるわけにもいかないのだ。
そもそも側室までいるのに生涯で出来た子供が三人というのもね。
スズ公の体質にも何らかの問題はあったのだろうと予想される。
いやまあ、それはともかく。
その唯一の例外というのが、カリン様。
正式にミッテンベルグ家の血を引く、彼女。
高貴な血筋という問題はクリアしている。
そしてスズ公国では、女王の存在を認めている。
……つまり、だ。
「この襲撃は、後継者争いの一環だ、と」
「ルーデルはそう言っている。私もそう思っている」
「犯人は、第一公子派でしょうか? それとも第二公子派?」
「それは正直、私にもわからんよ」
現在、スズ公国の貴族は三つの派閥に分かれて争っている。
第一公子派。その勢力、全貴族の約三割。
第二公子派。その勢力、全貴族の約二割
そしてカリン様を支持する貴族が、同じく二割といったところだそうだ。
三者が拮抗し、そしてそのどれもが過半数を占めてはいない。
いわゆる三竦みの状態である。
数字だけ見れば、第一公子派が有利のように見える。
だがしかし、第二公子派とカリン様の派閥が手を組めば過半数に迫る。
そしてそれは、第一公子派から見ても同じことである。
「正直に言うとだな。ハルキ君。我がミッテンベルグ家は、王位に興味はないのだよ。私に国父なんて務まるとも思えぬし、何よりカリンだ。あの優しい子が女王として国民の上に君臨できると思うか? 無理というものだろうそれは」
うーん。まだ一度しかお会いしてないので何とも言えませんけど。
確かにあの子が、カリン様が女王として辣腕を振るう姿は想像つきませんね。
「とはいえ、向こうはそう考えてはくれぬのだ。公子様お二方にも各々野心、野望はあるのだろう。だがしかし、本当の問題はその背後にいる大貴族だ。彼らは自分を基準に考えている。その手に国そのものを握る機会があるのに、ミッテンベルグ家が手を伸ばさぬはずはない、とな」
「我が派閥の、全貴族の二割という数字。これは亡き父上が苦心して築き上げたものだ。弱すぎれば消される。強すぎれば過剰な警戒を呼ぶ。カリンに、死んだ娘によく似た忘れ形見に、ただ平穏な日々を送ってもらいたいだけなのだと、父上はよくそう言っていた。私はその遺志を継いだのだ」
「私自身にとっても、カリンは実の妹の子、大事な家族だ。あの優しい子が宮廷の陰謀渦巻く空気の中で生きていける筈はない。だから無理に連れ出したのだ。信頼できるルーデルに任せ、スズ貴族の手が届かない、遠い異国にまで」
「スズ公の側室として王宮に上がった妹、カレンは、あれはあれで幸せだったのだと思う。公は妹を、カレンを大事にしてくれたからな。カリンを産み、出産の影響で体を壊したカレンは今際の際に言っていた。『この家の子に生まれてよかった』と。そして『カリンを頼みます』と。私は妹の願いを果たさねばならぬのだ」
……なるほど。『亡命公女』が誕生するには、そういう理由があったのか。
あれだな。話の深刻さはともかく。
これシャルに聞かせたら喜びそうだな。
あの子案外、ミーハーでゴシップ好きなところがあるからな。
そういう普通っぽいところが彼女の魅力の一つなんだろうけどね。
「……さて、話を戻そうか」
「え? あ、はい」
不要不急のことを考えていた俺は、その言葉で我に返る。
いかんいかん。今はあの普通可愛いメイドさんのことはいったん置いておいて。
「この手紙、ルーデルからの援軍要請なのだ。屋敷を守る衛兵の、な」
「援軍、ですか?」
「そう。今回は無事撃退した。しかし次回があるかも……と」
「なるほど」
俺の簡単な相槌を聞いて、セイル様が笑う。
あれ? 俺なんかおかしいこと言ったかな?
「なるほど……ではないぞ? 君に配達を依頼した理由がそこにある」
「と、申しますと? すぐに次の襲撃があるとか?」
セイル様は軽く首を振る。
否定の仕草を見せる。
「いや。隣国とはいえパロスは他国。多数の兵を忍び込ませることは無理だろう。賊は三十人はいたと書かれている。これがもし第一公子、もしくは第二公子の差し向けたものだとしても、短期間にそんなに、繰り返し何度も多数の兵を運用することは出来ない。スズ国内でならともかく、な。……今回の襲撃。あれでパロス公国内に潜む敵の大部分は討てたと思う」
うーん。だったら安全なんじゃないのパロスのお屋敷は。
そりゃ襲撃があったことは事実だし、その報告は迅速にしたいだろうけど。
わざわざ噂レベルだった【速達】を使わなくても、なあ……。
「わからないか? 援軍だよ援軍。守る側がその発想をしたんだ。つまり」
「ああっ! 賊のほうも援軍を呼ぼうとしていると!」
そうかそうかそりゃそうだ。
攻める側だって援軍を呼べるんだよ。本国に依頼すれば。
「正解だ。そして第一公子派はパロスの大貴族との付き合いもある」
「……つまり?」
「『早馬』だよ。向こうはそれが使えるんだ。こっちと違ってね」
早馬。早馬か。
パロス公国の第一公子派とカリン様派。
その双方が、本国に援軍を依頼するとしよう。
早馬が使える第一公子派の手紙が本国に届くのは、遅くても二ヶ月後。
通常便での配達依頼しか出来ないカリン様派のそれが届くのは五ヶ月後。
連絡を受けた本国、互いの派閥が、即座に兵を差し向けるとしても。
第一公子派の兵が到着するのは、二ヶ月+五ヶ月の七ヶ月後。
カリン様派の兵が到着するのは五ヶ月×2の十ヶ月後になる。
……この差、この三ヶ月の差が、致命傷となりかねない。
そうかだからか。
だからルーデルさんは、早馬よりも早いという俺に。
都市伝説のような【速達】に頼らざるを得なかったのか。
それこそ、溺れる者が藁を掴むように。
「理解、できたかな?」
「ええ。はい。理解はできました。ですが」
「ですが?」
パロス屋敷襲撃の裏側とか。ルーデルさんの思惑とか。
そういうのは理解できた。理解できたと思う。
だがしかし、それが。理解できたことが。新たな疑問を生み出す。
「随分と、いろいろ話してくれるのですね。セイル様は」
「そうだな。ルーデルの最後の言葉以外、全部話したしな」
「最後の言葉……? いやそれより、何故、私などにそんな話を?」
「それこそがルーデルの手紙の、その最後に書いてあったことだからだよ」
セイル様がにやりと笑う。悪童のように。
楽しくて仕方がないといった風に。
「ルーデルはこう言っている。ハルキ君、君を配下に加えるべきだと。その為には当家の秘密を打ち明けるとよいでしょう、と。彼はきっと、秘密を打ち明けられることや信頼されることに意義や恩を感じるタイプだ、と。……どうかな? ハルキ君? ルーデルの読みは当たっていたかな?」
…………。
あ、あの、あの、あのあのあのっ!
あんのくっそじじいーーーーっっ!!
なに!? なんなのあの爺さんは!?
御当主様にスカウトされるかも……なーんてことを匂わせておいて!
それを具申しているの自分じゃん! 自分の意見じゃん!
しかもご丁寧に俺の攻略法まで添付しやがって!
それがまた、しっかり的を射ているというね!
そうだよどうせ俺は情に流されやすい、ちょろい男だよ!
話を聞いてカリン様に同情しちゃったもん俺! 悪かったな単純で!
ホントなんなんだよあの人!
黒幕!? 黒幕なのルーデルさんは!
「はっはっは。ルーデルにはかなわないさ。あれはそういう男だ」
「……そうなんですか?」
「ああ。子供の頃から世話になっているというのもあるが、私も頭が上がらん」
「……そう、ですか……」
なんか打ちのめされた気分ですよこっちは。
九回裏に逆転満塁ホームラン打たれた投手って、こんな気持ちなのかな……?
「……さて。改めて君に質問だ」
「……はい」
「私の配下につく気はあるかね? 高待遇を約束しよう」
「……それには俺の秘密、【速達】のことを話せという意味もありますよね?」
先程とは打って変わった真剣な顔。
その表情が、これは冗談ではないと告げている。
「当然だな」
「お断りしたら?」
「【速達】の秘密を聞くことは諦める。だが君のことは諦めない」
「……秘密を聞くことを、諦める?」
それはどういう意味だろう?
ルーデルさんの言っていた通り、結果だけを受け取るという話だろうか?
「私は現実主義者でね。自分の見たものしか信じない」
「はあ」
「だから【速達】は信じる。目の前にこうして証拠があるからな」
「……はあ」
「そして私は、これでもスズ公国貴族、その一員だ。それなりの立場にもいる。王宮にいるとな、いろいろと知識も増える。世間一般で信じられていることが実は嘘だったなんてことも知るのだよ。……例えば、そう。昔からお伽話と言われていたある魔法、それが実在する、なんてことも、な」
――どくん、と。心臓が鳴った。その音が聞こえた。
この人は、知っている。転移魔法陣のことを。俺の秘密を。
「だからまあ、【速達】の秘密自体にはあまり興味はない。その性能を知ってみたいという知的好奇心は勿論あるがね。それを本人の口から言って貰えれば話は早いのだが、それが無理だというのなら別に構わない。私は知っている。【速達】という技術、それを行うにはあの魔法しかないということを。だから、私が欲しいのはね。ハルキ君。【速達】の結果だよ。そしてそれを行える君自身さ」
その上で言っているのだ。
話したくなければ無理には聞かないと。
聞かないが、無理に尋ねようとはしないが、配下には、なれ、と。
どうする? どう返事をすればいい?
秘密は既にばれている。
高待遇で迎えるという約束、それも信じられそうだ。
ルーデルさんもカレン様も門番さんも、この御当主様を慕っている。
下の者に慕われるには、慕われるだけの理由があるということだ。
だがしかし。
彼の配下につくというからには、彼の命令には従わねばならない。
俺の秘密、【速達】。それは一国の軍事バランスをも崩すものだ。
師匠はそう言っていたではないか。
だから、今まで隠していた。知られないようにしていた。
国家に目をつけられるのは、国家を敵に回すのは、やはり避けたかったから。
でも、今回は今までとは違う。
既に秘密は握られているのだ。
だったら。だったらそれは……。
「そんな顔をするなよ。ハルキ君」
「え? あ、はい」
考え込む俺に向け、メイル様は明るい声で笑いかけた。
彼はカリン様からの手紙を手に取り、続ける。
「今すぐ結論を出せとは言わない。よく考えてくれればいい。そうだな。カリンのこの手紙。これに返事を書きたいのだが、残念ながらもう時間がない。王宮に行かねばならないからな。だから一週間後、またここに来てくれるか? 勿論【速達】の代金は支払おう。返事はその時でいいさ。……ああ、そうそう。ルーデルへの伝言を頼もみたい。『了解した』とだけでいい。これはサービスしてくれるかな?」
× × ×
「……ふう」
スズ公国冒険者ギルド南居住区。その食堂にて。
おれは木製のスプーンを咥えながら考え込んでいた。
さっきの会見について、だ。
メイル様は信頼できそうな気はする。
まだ一度しか会っていないので、断定はできないけど。
でも、少なくとも部下から好かれる人ではある。
話してみた感じも、正直、印象は悪くない。
話に乗ってみるか?
いやでもしかし、俺は俺でやりたいことがある。
配達の仕事は俺のライフワークだ。
この世界の郵政を変えるのが俺の使命だと思っている。
メイル様の部下になって、それが可能だろうか?
例えばそう、彼の配下には付く。その命令は聞く。
だがこちらも条件を付けるのだ。
リボンの街に郵便局を作りたいと。
認めて貰えるか?
部下の副業を認めて貰えるか?
その辺はどうだろう?
あの人は器は大きそうだ。聞いて貰えるかもしれない。
そうすると【ヤマミズ郵便局】の支局が誕生する訳だ。
俺の仕事も、また少し大きくなる。夢が近付く。
ああ、でも、どうだろう?
人材はどうすればいい?
パロスの【ヤマミズ郵便局】、その運営には俺とシャル、二人が必須だ。
支局を作るとなれば、ノウハウを知っている俺たちどちらかが。
最低でも一人は派遣しなくてはならないだろう。
それを彼女は、シャルは望んでくれるだろうか?
なんというか、うん。
最近の彼女を見ていると、離れることを由とはしてくれなさそうだ。
泣かれるような気すらする。いや、泣くな。きっと。
彼女の好意は本物だと思う。そんな気がする。きっと。
それを無碍にしての業務拡張……ううむ。
……そういえば、昨日の彼女。
腕を組んだのなんて初めてだったけど、柔らかかったなあ……。
ああ。うん。可愛いよなあ。シャルは。
手は出せないけど。……手は出せないんだけど!
ああもう! 何て甘美な拷問なんだこれは!
たまる! たまるよこれじゃ!
欲求不満とか物理的なアレとかいろいろ! いろいろたまるさ!
「ああっ! もうっ!」
「わっ! びっくりした!」
思わず出した声。そしてそれに反応する声。
え? あれ? ああ、お前か。
「ハルキ君じゃん。どうしたの? 真剣な顔をして。何か悩みでも?」
――カル・ベルンが、不思議そうな顔で、俺の傍に立っていた。




