第五話 亡命公女
「亡命王女」を「亡命公女」に変更しました。
パロス公国北居住区は、貴族様の住まう地である。
風光明媚な丘陵地帯に大きな屋敷が点在するその一角。
森の影に隠れたその場所に、ミッテンベルグ家のパロス屋敷はあった。
「ここですかあ……はあ~、立派なお屋敷ですねえ~」
「そうだねえ」
ほけーっと屋敷を見上げ、シャルがため息を吐く。
俺自身は昨日、本家のほうを見て来たばかりなのでそこまでの感慨はない。
確かにこの屋敷も豪奢ではあるけれども、スズ公国の本家の凄さには及ばない。
それよりも気になるのは……。
「そこの者! 止まれ! そこで止まれ!」
これだ。この物々しい警備だ。
完全装備の衛兵が、門の前に何と四人。
スズ公国の本家だってここまで厳重な警備を施してはいなかった。
門番の数だって、本家のほうは二人だったし。
いやまあ、屋敷の中に衛兵の詰め所とかがあるのかもしれないけど。
「怪しい者ではこざいません。手紙の配達に参りました」
「手紙……? 誰宛てにだ?」
「あ、えーっと……」
ほんとあの爺さんが名前を名乗らなかったせいで大迷惑だ。
あとでクレームのひとつも言ってやろう。
「眼帯の……執事、さん?」
「執事長のルーデル様か?」
「ああ、そうですそうです。その人です」
執事長だったのかあの爺さん。
いやまあタダものじゃねえとは思ってたけどさ。
「……少し待て。ルーデル様に確認してくる」
「あ、はい。【ヤマミズ郵便局】の者が参ったと、そうお伝えください」
別に手紙を受け取ってもらうだけでも……じゃなかった。
これはテストなんだっけな。
テストってことは、きっと今度が本番。
つまり最低でももう一回、【速達】の仕事がある筈。
ここは大人しく待ってましょうか、と。
たいして待つことなく、爺さんが玄関から現れる。
年を感じさせない颯爽とした歩み。
その顔は先日と同じく、穏やかな笑みを張り付けたままだ。
「これはこれは。ようこそいらっしゃいました」
「どうも」
「して、今日は何用ですかな?」
何用も何も。手紙を届けにきたに決まってるじゃないですか?
爺さん体は達者そうだけど、ちょっとボケ入っちゃってますか?
「いやいや。先日の三十万コル。あれを持って『ごめんなさい。【速達】の話は嘘でした』と。そう謝りに来たのか、それとも……?」
「……はい。どうぞ。本国からのお手紙ですよ。約束通り、きちんと配達して返信も受け取ってきました。ご確認ください」
いや、悪気はなさそうだと、それは分かっているんだけどね?
この爺さんの、孫をからかうような雰囲気、ちょっと苦手だなあ。
なんつーか、その。
全てを見透かされてるような、そんな気になってくる。
「おお! 【速達】の噂は誠でしたな!」
「嘘の手紙かも知れませんよ? 中身書いたのは実は俺かも?」
「ほう? わざわざ当家の家紋入りの封筒を用意してまでそんな嘘を?」
「……本物ですよ。それは」
この手のひらで転がされている感じ。
伊達に年を重ねてねえよなあ。爺さん。
「執事さんがお名前を教えてくれなかったから大変でしたよ」
「これは大変失礼致しました。では、改めて」
「ルーデル・コサインと申します。ミッテンベルグ家パロス屋敷にて、執事長を務めております。以後、お見知り置きを。ささ、立ち話もなんです。どうぞ中へ。当家自慢のお茶などをお召し上がりください」
× × ×
「どうぞ」
「あ、どうも。ありがとうございます」
お茶を出してくれたメイドさんが一礼して去っていく。
カップもソーサーも添えられたスプーンまでも、全てが高級品っぽい。
いやそもそも通されたこの応接間の全てが高級品で埋まっているのだろう。
成金っぽい感じはしない。むしろ落ち着いた雰囲気がある。
生まれも育ちも庶民の俺が、逆に落ち着きをなくすくらいの部屋だ。
「さて、早速お手紙を拝見……と、いきたいところですが」
メイドさんが退室するタイミングを見計らって、ルーデルさんが口を開く。
その視線は、何故か俺ではなくシャルに向けられていた。
「そちらの可愛らしいお嬢様は?」
「当局の局員です。シャルロット、ご挨拶を」
こくりと軽く頷き、シャルが立ちあがる。
ちなみに今日の彼女は、彼女愛用の仕事着、メイド服を着用していない。
膝丈のスカートの代わりに、落ち着いた色合いの踝までのロングスカート。
白いブラウスはよく見るとあちこちにレースで模様が描かれており。
そしてその襟元を飾るのは、赤い石がはめられた小さなブローチ。
これ、実は俺からの贈り物である。昨日買ったスズ土産だ。
昨晩、このブローチを受け取った時のシャルの様子といったら、それはもう本当に凄いものだったのが、話すと長くなるので省略する。だから一言だけ。歓喜の余り抱きついてきたシャルの体は、とっても柔らかかったよ……。うん。
「シャルロット・ロベールと申します。【ヤマミズ郵便局】で、受付の仕事をしています。本日は、局長のお伴として参りました」
よそいきの笑顔(営業スマイルともいう)でにこっと微笑み。
スカートを指でチョンと摘まんで静かに一礼し、着席。
さすがシャルロット嬢。礼儀作法も完璧である。
が、しかし。
ルーデルさんは、そんな彼女に向け、怪訝そうな視線を向ける。
挨拶を返すでもなく、ただ、じっと。そしておもむろに一言。
「……失礼ですが、貴女はアルフォンス家のご息女様ではございませんか?」
アルフォンス家というのは、シャルの実家である。貴族様だ。
十歳で家を出されたシャルには、その家名を名乗ることは出来ない。
ロベールというのは母方の姓である。
今の彼女は、一般庶民なのである。
とはいえ。とはいえ、だ。
彼女は少なくとも十年間は、アルフォンス家で育てられた筈だ。
妾の子とはいえ、アルフォンス家当主の実子として。
で、あれば。スズの貴族関係者であれば。
昔の彼女のことを知っている人物がいてもおかしくはない。
「……驚きました。ええ。そうです。わたしの父の名はシュミット・フォン・アルフォンス。スズ公国にて伯爵の称号を持つ貴族でございます」
「やはりそうでしたか。こうしてお会いするのは十年ぶりですかな? 幼いころの面影が残っておられる。いやいや。これはこれは。本当にお美しく成長されたものですなあ」
からからと、乾いた笑い声を上げる老紳士。
親戚の子の成長を見た爺さんのようだ。
「して、そのシャルロット様が、何ゆえこのような場所に?」
「ハルキ様とご縁がありまして。こうして雇って頂きました」
「なるほど。つまりハルキ殿はスズ公国貴族と繋がりがあると?」
ロベールさんの問いかけを吟味するように、一瞬黙るシャル。
再び開かれた口から出た言葉は、肯定ではなく微妙な保留だった。
「いえ。今のわたしは家を出ておりますので。ハルキ様とアルフォンス家に繋がりというほどのものはございません。が、しかし。父も母もハルキ様には深く感謝しておりましたので、個人的な恩義なら存在するといってもよろしいかと」
「ふむ……」
ルーデルさんは鬚を撫でる。
そしてにやりと笑い、俺に向け口を開く。
「いやあ。ハルキ殿もお人が悪い。アルフォンス家のご息女を雇っていると最初に言って頂ければ、こんな試すような真似は致しませんでしたのに」
「別にシャルはそういう意味で、貴族との繋がりを持つために採用している訳ではないですから。彼女は経営者としてとても優秀ですよ。俺なんかより」
そうだそうだ。シャルにそういう役割は求めてねえよ。
彼女はもともと押しかけメイド兼受付だぜ?
貴族様のご息女なんて意識してたら、そんな仕事させねえよ。
彼女を傍に置く理由は、有能で可愛いからだよ!
「ふむ……。あれですな。ハルキ殿は貴族がお嫌いで?」
「貴族様はそうでもありませんが、王族は大っ嫌いですね」
「大胆な発言ですな」
「こっちにもいろいろありまして」
そういうところ、突っ込まれると困るんですけどね。
言えないことがいっぱいある身としては。
「それよりも、仕事の話をしましょう」
「そうでしたな。こちら、拝見させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「どうぞどうぞ」
テーブルの上に乗せられたままだったそれ、手紙を手に取る爺さん。
ペーパーナイフで静かに封を切ったのち、斜めにして軽く振る。
手紙と一緒にコロンと転がり出てきたのは、金色の、コイン、か?
「……ほう。これでハルキ殿の【速達】は誠であると証明されましたな」
「……と、言いますと?」
「このコイン。これには当家の紋章が彫られております」
「へえ? 高価そうですね?」
ルーデルさんは笑って手を振る。
「いやいや。金銭的な価値は大したものではございません。ただし、これを所持しているのはミッテンベルグ家の本家と分家の一部のみでございます。このコインが同封されていたということは、この手紙はミッテンベルグ本家からのもので間違いないと、そういうことです」
なるほどね。証明書みたいな意味を持っているということか。
いろいろ面倒ですねえ。貴族様って。
ルーデルさんは俺たちに一言断ると、手紙を広げる。
一枚の便せん、それを上から目で追う。
しばしの無言の時間の後に。
「……さて。ハルキ殿。改めてお仕事を依頼したく思うのですが」
老人は俺にそう告げる。
その言葉は予想していた。
「またスズの、ミッテンベルグ家への配達ですか?」
「左様でございます。お引き受け頂けますか?」
「それは勿論。……ただ気になることが」
「何でございましょう?」
それは当り前の疑問。
抱いて当然の疑問。
それがないことが、却って疑わしい。
だからこちらから踏み込んでみる。
「【速達】について、その仕組みとか、訊こうとは思わないのですか?」
「お尋ねしたら教えてくれるのでしょうか?」
「……いえ」
「でしょう?」
爺さんは笑って答える。
その質問が来ることを予想していたかのように。
いや、予想していたんだろうなこれは。間違いない。
亀の甲より年の功だ。駆け引きではこの爺さんに敵いそうにもない。
「教えられないということは、秘密があるということ。それを下手に突っついて、ハルキ殿の機嫌を損ねることに私めは意味を見出せません。協力をお願いする立場のこちらとしては、ただただ、有り難く結果だけを頂戴するつもりです。ですから私めから何かを質問することはございません。……が、しかし」
爺さんが笑いを収める。
初めて見る、真剣な顔で続ける。
「御当主様。あの方はそうはしないでしょう。御当主様は賢い方でございます。そして好奇心もとてもお強い。ですからハルキ殿の【速達】に関しても、興味津々でお尋ねになるでしょう。間違いなく」
ちょっと待ってくれよ爺さん。
そんなこと言われたら配達する気がなくなるんですけど?
「ですが、ハルキ殿? これはハルキ殿にとっても悪くないお話だと思います。ハルキ殿は貴族や王家の方々をお嫌いなようですが、商売をしていくにあたって、権力者とのコネは必要不可欠でございます。私めといたしましては、ハルキ殿が我が御当主と繋がりを持ち、そして双方に利益をもたらすことを希望致します」
いや、まあ、うん。言ってることは分かるけどね。
でもなあ。うーん。貴族様、ねえ……。
「ハルキ殿? 余り心配なされますな。御当主様は賢い方だと申し上げました。ハルキ殿の秘密を無理に聞き出そうとして縁を切られるよりも、それを諦めてでも長くお付き合いをした方が、結果的には自分にとってプラスだということも理解しているでしょう。話す話さないの選択権は、ハルキ殿にあります」
無理やり言うことを聞かせるって可能性もあるんじゃないかなあ?
貴族様、というか身分の高い人って我儘そうだし。
「先程の発言、あれはあくまでも私めの希望でございます。あまり深く考え込まれないように願います。ただ、ひとつだけ言えるとすれば、我が御当主様は器の大きい人物でもあります。役に立つ人材だと判断すれば、身分に関係なく重くとりたてるでしょう。それはけして悪い話ではないと思いますよ? ……さて、では私めは返信をしたためて参ります。今しばらく、こちらでお待ちくださいませ」
× × ×
……シャルと二人きりになった応接室で。
俺はさっきの爺さんの発言を吟味してみる。
権力者との繋がり。それが必要かどうかを。
「ねえ? シャル? ちょっと聞いてもらえるかな?」
「何でしょう? ご主人様?」
あらご主人様に戻ってら。
なるほど。二人きりの時はあくまでもメイドとご主人様って訳か。
こだわりが感じられるね。シャルの。
いやまあ、それはともかく。
「スズのね、冒険者ギルドに寄ってみたんだよ」
「はい」
「手紙配達の仕事、その報酬がね、6000コルだった」
「それは……。まあ、この街でもつい先月までは5000コルでしたしね」
その相場を破壊した張本人が澄ました顔で言う。
君のせいだからね? この名経営者め!
「あの街は商売人の街だから、手紙のニーズは高いと思う」
「でしょうね。わたしもそう思います」
商売人は家人がいるから手紙の配達は自分たちで出来る。
実際、この街の商売人たちは皆そうしている。
だがしかし。リボンの街はもっと大きな市場だ。
商売人たちは猫の手も借りたいほどに忙しい、らしい。
手紙配達なんて仕事に、家人を使えない程に、だ。
それゆえに、手紙配達の相場がノアの街より高いのだ。
……【ヤマミズ郵便局】を進出させたい。
それはスズ滞在時から考えていたことである。
あの街には、巨大なマーケットが眠っている。
進出するなら、早い方がいい。いや早くしないと駄目だ。
利に聡いスズの商売人たちが、いつこの商売に目をつけるか分からない。
俺たちの【ヤマミズ郵便局】の成功を見て、他の街でやろうとする者。
そういった人物に先を越されるかもしれない。
こういう新しい商売は、何といっても先駆者が絶対的に有利なのだ。
それはこの街で俺たち自身が証明している。
今やこの街の内部配達は、うちの一手独占状態だ。
だがしかし。俺にはスズの街でのコネも繋がりもない。
強いてあげるとすれば、シャルのご両親との個人的な縁くらいだ。
これで商売を立ち上げるのは、さすがに苦しい。
だとしたら。だとしたら……。
――コン。コン。
俺の思考は、そのノックの音で中断される。
なんだ爺さん随分早いな。手紙、もう先に書いてあったのかな?
「し、失礼します……」
その声はジジイのしわがれた声とは全く違っていた。
爺さんの声が枯れた砂漠なら、その声は控えめに囁く湖の妖精のよう。
おずおずと自信なさげに。静かに部屋に入ってきた人物。
彼女はその声にふさわしい、可憐な容姿を持っていた。
十歳前後? かな? 多分、元の世界の小学校高学年くらいのお年頃。
白いシンプルな、されど高価そうなドレスを纏った彼女が口を開く。
「こ、こちらに、リボンまでお手紙を配達してくれる冒険者さんがいると聞きました。私の名前はカリン・フォン・スズです。少しだけ、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
はい?
えっと。お名前、なんと仰いました?
カリン・フォン・スズ。
ああ、素敵なお名前ですね。
……スズ?
え? あなたの姓ってスズなんですか?
お名前にスズがつくというと。その。あの。えっと……。
「こ、こここ公女様でらっしゃいますか!? 失礼しました!」
「あ、ああ。いいんですいいんです。どうぞそのままで」
慌てて跪こうとした俺たちの動きを手で止める少女。
口調といい態度といい。その困ったようなお顔といい。
公女という立場が持つ高慢ちきなイメージが一切感じられない少女である。
「あ、あの! 実はお願いがありまして……」
「な、なんでしょう?」
やべえさすがに緊張する。
だって相手は王族だ。
姫だよ。本物のお姫様だよ。
緊張するなって方が無理だろ?
え? 某国の第十三王女?
あれはもう、俺の中で「姫」のカテゴリーには入っていないからな。
除外だ除外。
「こ、これをっ!」
「……お手紙、ですか?」
「は、はいっ! それを伯父上様に!」
「伯父上、様?」
「あ! ミ、ミッテンベルグ伯爵様に、です!」
「ああ、なるほど。理解しました」
公女様のご実家がミッテンベルグ家って言ってたもんな。
この可憐な公女様からすると、ミッテンベルグ家の当主は叔父に当たるのか。
「畏まりました。公女様。お預かりします」
「よろしくお願いします!」
ピョコンと頭を下げる公女様。
なんか、こう。ね? いいね。うん。素直な女の子ってさ。
いやそれにしても。
この公女らしからぬ態度に関してはちょっと置いといて。
――目の上、そして顎の位置で切り揃えられた黒髪。
――黒真珠のような、漆黒の瞳。
――小振りな唇とお鼻。
なんだ? なんだろう? すごくドキドキする。
いや美少女だよ? それは間違いないよ?
多分十歳くらいだから、俺のストライクゾーンからは、ほんの少し。
ほんの少しだけ。ボール一個分くらいは外れているけど、でも、うん。
だからといってこの胸の高まりは何なんだ!?
美少女、そして美人は見慣れている筈だろう山水晴樹!?
あんなに普通可愛いメイドさんと暮していて。
お姉さん属性溢れるリリス様から親しくして頂いて。
見た目だけは清楚系かつグラマラスな聖女様の知り合いがいて。
まるで西洋人形のように整った容姿を持つ魔術師に師事しているのに。
なのに、なぜ。この子にはこんなに気持ちが……ああっ!
そうか。わかった! わかったぞ!
和の色を感じるんだこの子からは!
黒髪そして黒い瞳というだけなら師匠だってそうだ。
だがしかし、師匠のその大人びた顔はあくまでも西洋風だ。
この子は、違う。
何というか、涼しげで控えめなのだ。いろいろと。
ドールの可愛らしさではなく、日本人形の美しさなのだ。
うわあ……。やばいなこれ。
俺、この子のファンになりそう。
――ツン、ツン。
「……ご主人様? 公女様のこと見つめ過ぎではありませんか?」
「ふぇっ!? あ! これは失礼しました!」
脇腹をつつかれて正気に戻る。
目の前には、顔を赤く染めもじもじと恥ずかしそうに体を揺する公女様の姿。
うっわー。やばかった。
これ執事長様に見られたらきっと怒られただろうなあ……。
「と、とにかく! そのお手紙も! 執事長様のお手紙も! 間違いなく安全に迅速に! このハルキ・ヤマミズがお届け致します! お任せください!」
× × ×
「はぁ……。可愛かったなあ……」
「…………」
「ほんと、可憐だったなあ……」
「…………」
「この仕事引き受けて、本当によかったなあ……」
「…………」
執事長からの手紙も預かり、公女様の屋敷を辞しての帰り道。
俺は盲目に焼き付けた公女様の姿を反芻し、ため息をついた。
いやあ。いいものを見た。うん。眼福だった。
なんだろう? 報酬とかもうどうでもいいから、彼女に仕えたい。
まさかこの世界で、あんな純日本風美少女に出会えるとは思ってなかった。
――ポスン。
「うん?」
背中に軽く、何かが当たる感覚。
何かっていうか、具体的には、シャルの小さな拳が。
「どうかした? シャル?」
「……ご主人様は、年下がお好みですか?」
俯いたまま、そんなことを小声で呟く彼女。
その手が再び、俺の背中を叩く。ポスンと。
「いや別に? あんまり年齢とか気にしないけど?」
「……ではやはり、高貴な方がお好みですか?」
顔を上げずに、そんなことを小声で呟く彼女。
その手が三度、俺の背中を叩く。ポスンと。
「言ったでしょ? 貴族様も王族も苦手だって」
「……黒髪がお好きなのですか? 公女様やあの魔術師さんのような?」
沈んだ声で、そんなことを小声で呟く彼女。
その手がまた、俺の背中を叩く。ポスンと。
「嫌いじゃないけど。うん。それは確かに好き、かな?」
「……同い年の、庶民の、茶色い髪の女の子では、駄目ですか?」
「いやそんなことは全然……って!?」
その言葉と共に顔を上げたシャルの目が!
目が潤んでるんですけど彼女!? やばい! やばいよこれ!?
ええっ!? なにこれなにこれ!? どういうこと!?
エマージェンシーですよエマージェンシー!
俺、天下の往来で女の子を泣かせちゃってますよ!?
「ち、違うからね!? そういう意味で言ったんじゃないからね!? ほら! あの子の! 公女様の!? 目と髪の色! 俺と比べてみて俺と! 似てるでしょ! よく似てるでしょ!? 俺のいた世界ではみんなこの色なの! たまに染めている人とかもいるけど! だからね! ちょっと懐かしくなっちゃって! それだけなんだよそれだけ! 深い意味はないんだよさっきの言葉には!」
まずかった! 確かにさっきの発言はまずかった!
自分に好意を寄せている(かもしれない)子には聞かせちゃ駄目な話だった!
でも、そういう意味じゃないからね本当に!
外角低め。ボール一個分外れてるってば! あの公女様は! 年齢的に!
「……本当、ですか?」
「本当です本当です真実です。リリス様に誓えます」
「……茶色い髪も、可愛いって思ってくれますか?」
「思いますよ。常日頃から思ってますよ。さらさらで奇麗だなって」
「じゃあ、お家まで、腕を組んで貰っても、いいですか?」
「……勿論です。お嬢様。喜んで」
差し出された腕に、おずおずと自分の腕を絡める彼女。
その彼女の、うん、その、ね? 柔らかさを感じつつ。
俺は反省し、そして思うのだ。
――ああ。今夜もきっと悶々として、俺は寝れそうにないな、と。




