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第四話 カル・ベルン

 スズ公国首都リボンの街。



 ……『ミスリルの一王家三公国』、その東の要。


 北に位置するパロス公国ノアの街の別名が、『冒険者の街』。

 西を守るカナリア公国スルガの街の別名は、『戦士の街』。


 そしてここ、スズ公国リボンの街の別名は、『商人の街』である。

 その名の通り、三公国で一番商売の盛んな街なのだ。


 理由はその立地条件にある。


 北大陸の中原を占める人族の都市国家群。

 その中で最大の勢力なのは、勿論『ミスリルの一王家三公国』なのだが。

 それ以外の小国家も、当然ながらこの大陸には無数に存在する。


 そんな小国の商人達が商売目的で訪れるのが、スズ公国首都リボンの街。

 ここに卸された異国の物品は、旅商人によりミスリル各地へと運ばれていく。


 つまりミスリルの玄関口としての役割があるのだ。リボンの街には。

 故に、この国の市場はミスリルでも最大の規模を誇る。



 ……が、しかし。今日はその市場は素通りである。俺には目的があるのだ。



 ……老紳士の訪問から三日後の今日。風曜日。時刻はお昼前。


 俺は依頼を果たすべく、いつもの道のりでリボンに到着した。

 今日の目的地は、北居住区の奥にあるミッテンベルグ家。


 そこの主人に持参した手紙を渡し、返信を預かること。

 そしてその返信を無事持ち帰り、依頼人に手渡すこと。


 うん。簡単なミッションだ。さっさと済ませてしまおう。

 と、いう訳で。



「すいませーん。ちょっとよろしいでしょうか?」

「うん? そこで止まれ。何者だ? 当家に何の用だ?」



 ようやく辿り着いたミッテンベルグ家の屋敷はアホみたいに大きかった。

 シャルの実家も相当なものだったけど、それと比較してもレベルが違う。


 そりゃそうだよな。

 何しろこの家は、ただの大貴族というだけではなく王家に繋がっている。

 名目だけではなく、血、という切りがたい縁によって。


 屋敷も豪華なら、セキュリティーもしっかりしている。

 現にこうして、しっかりと門番に誰何されているし。


 おー。金属鎧のフル武装だよ。この門番さん。

 話の通じる人だといいけどなあ。


「冒険者のハルキと申します。お手紙の配達に参りました」

「手紙……? そうか。それはご苦労だったな。誰からだ?」


 あっ! そういえば爺さん名前!?

 名前、聞いてないよどうしてくれるんだよあのダンディは!?


「……パロス公国、ノアの街から、です」

「なに!? パロスから!? まさか王女様からか!?」

「わ、私の口からは、何とも……」


 事情、聞かされてねーもん。

 わかんねーよそんなこと訊かれても。


「よしわかった。すぐに御当主様にお渡ししよう」

「あ、ちょっと待ってください。門番さん」


 踵を返して屋敷に向かおうとした門番さんを慌てて呼び止める。


「なんだ? まだ何かあるのか?」

「返信を預かるように、依頼人様から言われております。急ぎで」

「返信……。そうか。では三時間後にまたここに来てもらえるか?」

「かしこまりました」


 さすがに「中で待て」とまでは言われなかった。ま、当然だろう。

 見ず知らずの冒険者を、無条件で屋敷内に入れるなんてことは普通しない。


 シャルさんちの場合は例外だ。

 俺、一応、彼女を助けた恩人という立場で行ったから。嘘だったけど。


 だからまあ、この対応は想定内。

 特別怒りが湧くこともないし、途方に暮れることもない。


 ……でも、三時間、か。うーん。どうしよう?


 あ、ちょうどいいや。なら、あそこに行ってみるか。

 いい時間潰しにもなりそうだしね。



 俺はスキップ気味の足取りで、南居住区を目指した。



   ×   ×   ×



 ガツガツガツガツガツガツガツガツ……ごくん。


「おかわり!」

「はいよ」


 ガツガツガツガツガツガツガツガツ……ごくん。


「おかわり!」

「……はいよ」


 ガツガツガツガツガツガツガツガツ……ごくん。


「ゲフ……おかわり!」

「……はいよ。しかしよく食うねえ……」



 ――リボンの街冒険者ギルド南居住区支部。



 空き時間が出来た俺の向かった先はそこだった。

 元冒険者の血が騒いで依頼を受けにきたのではない。

 目的地は食堂である。


「おばちゃんの料理が美味しいので!」

「お世辞はいらないってーの」

「いや本当に美味しいですよ?」

「そうかい? こんな安食堂の安いメニューがそんなに美味いかねえ……?」


 食堂のおばちゃんが、料理を載せた皿を手渡しつつそういう。

 瞳に若干、同情の色を浮かべて。


 違いますよ? 違いますからね?

 貧乏で普段、まともに飯が食えない欠食児童って訳じゃないですからね?

 毎日ちゃんとした食事を、シャルの愛情たっぷりのご飯食べてますからね?


 そうじゃない。

 そうじゃないんですよ食堂のおばちゃん。


 俺がこんな風になってしまった理由。

 まるで我が師匠のように何度も何度もお代わりを要求する理由。

 それはこの食材にあるのです。



 ……米、である。



 正確には「米のような何か」である。

 日本の白米とはちょっと違う。

 どちらかといえば東南アジアの米とか、タイ米に似ている。

 スズよりも東の国々で収穫される作物なんだそうだ。輸入品だ。


 この米モドキの存在を知ったのは先月のこと。

 シャル家での夕食のことである。


 ピラフのように炒められたその料理を見て俺は歓喜した。

 いやもうあれは狂喜と呼んでいいレベルだったかもしれない。


 そりゃ慎み深い俺だって、お代わりを要求する訳である。

 ただまあ、一応。シャルの実家であることを考慮もした。

 二杯で止めておいたのだ。鉄の忍耐心を発揮して。


 まあいいかと。今度でいいかと。

 そう考え我慢したのだ。あの日には。

 これが、この米モドキが。この国にあることが分かったのだ。

 今度この国に来た時に、その辺の飯屋で、腹が破けるまで食ってやろうと。



 ……その機会が、今日、こうして訪れたのだ。



 いや別にね? 普段の食事に不満がある訳じゃないんだよ?

 シャルは毎日、新鮮な食材で多彩な料理を並べてくれる。

 それには感謝しているし、実際、味だって素晴らしいものだと思う。


 でもやっぱりね?

 日本人にとって「米」というものは特別なんだと思うのですよ。

 こればかりはどうしようもないんですよ。

 だから、ごめんね。シャル。今日だけだからさ!



「……すごいなあ。四杯目かあ……」



 その声はカウンターの横の席から聞こえた。

 聞かせるつもりの声だった訳ではないようだ。

 思わず漏れてしまった、そんな感じの言葉と声だった。


「……悪い?」

「あ。ごめん。変な意味じゃないんだ。本当にすごいなーって思ってさ」


 慌てたように手を振る、俺と同い年くらいの少年。

 くすんだ銀色の、さらさらの髪がその動きに合わせて揺れる。

 穏やかな表情。どこか中性的なその顔。細身の体。


 ……まあ、何て言うの? 悪くない顔なんじゃねーの? うん。


 あれだね。あれだよね。

 顔のいい男は敵だよね? 俺よりモテそうな男は全て敵だよね?

 その法則に基づくと、こいつも敵認定すべき人物なんじゃなかろうか?


 そんな不穏なことを考える俺に向け、少年はすっと手を差し出してきた。


「ごめんごめん。僕はカル。カル・ベルン。よろしく」

「……ハルキ・ヤマミズだ」


 まあ、うん。そうだな。俺は大人だ。大人ハルキなのだ。

 握手を求められたら応じるくらいの広い心は持ち合わせている。


 ただ、握ってみて少し驚いた。

 この見るからに優男って雰囲気の少年、手が異常に硬い。

 まるで何度も何度も繰り返し繰り返し。

 痛みをこらえ豆を潰し作り上げたような、戦う者の手をしている。

  


 ……剣士か? 少なくとも魔術師ではなさそうだ。



「ごめんね。じっくり見ちゃったりして」

「ああ。いいよもう。気にしなくて」

「でも、君。すっごい目立ってたよ? 見てるの僕だけじゃなかったし」

「え? そうなん? なんで?」


 少年、カルと名乗った少年は明るく笑う。

 どうやら悪いやつではなさそうだ。



「だってさ。冒険者ギルドに見慣れない若者が入ってきて、それが仕事の依頼書を見るでもなく受付に寄るでもなく、まっすぐ食堂のカウンターに向かっていって、あげくには一番安いメニューの具なしピラフをガツガツ無言でかきこんで四杯目に突入だよ? 僕じゃなくたって『なんだあいつ?』って思うよ。そりゃ」



 ……Oh。


 言われてみればなかなかの奇行だったな我ながら。

 そりゃ見るなっつーのが無理な話だわ。確かに。


「で? ハルキ君の正体は何者? 見たところ、剣士じゃなさそうだけど?」

「正解。魔術師のほうだよ。俺は」

「そっか。やっぱりね。そういう手だったよ」

「そっちは? 剣士か?」


 カルは直接返事はせず、はらりとマントの前を空けてみせる。

 腰に収めてある剣は、どちらかといえば細身のタイプだった。

 通常の長さのものが一本と、その半分くらいの短いものが一本。

 合計二本だ。二刀流、なんだろうか?


「冒険者、だよね? ハルキ君も?」

「一応」


 まだライセンスは返却していないしな。

 あれは人族、そして亜人族の街なら共通で使えるものだ。

 その気になれば俺は、この街の依頼を受けることも出来る。


「そっか。今日は依頼は受けないの?」

「そっちはどうなんだ? 暇そうだけど」

「やー。よさそうな仕事がなくてねー。手紙の配達とかしか残ってないよ」

「てめえ手紙の配達なめんなぶっ殺すぞ?」

「え? あ、ご、ごめん?」


 いかんいかん。つい熱くなってしまった。

 でも今のはコイツが悪い。お手紙バカにすんなよ?

 いやまあ、それはともかく。


「内容選ばなきゃ、仕事は結構あるんじゃないの?」

「うーん。あるにはあるけどね。イマイチ気分が乗らないというか……」


 おいおい。ダメだぞ仕事を選り好みしちゃ。

 若いうちは何でもやってみないと。

 なーんて、S級冒険者の余裕を見せて言ってやろうかしら?

 ま、やめとこうか。ここでこれ以上、変に目立ちたくないしね。


「それよりも、ハルキ君。君と話しているほうが楽しそうだ」

「面白いことなんか言えないぞ俺?」


 芸人みたいなことを期待されたら困るぜ?


「いいんだよ別に。ほら、僕たち年が若いでしょ? なかなか年が近い人と、ここで、冒険者ギルドで話す機会なんてないからさ。友達いないんだよ。僕」


「あー。なるほどね。確かにそりゃそうだ。俺もさー。実は冒険者に登録して一年くらいなんだけど、なかなか友達できなくて困ったよ」


 この国では十五歳から成人扱いとなる。

 故に冒険者ギルドの登録も十五歳から可能ではある。


 だがしかし、冒険者とは即ち技術者だ。


 剣を持ち、戦士としての道を進む者。

 魔法を修め、後衛に、または回復役となる者。

 トレジャーハンターとして罠や毒に詳しくなる者。


 道はそれぞれだが、どれもこれも習得に時間がかかるものばかりだ。

 必然、冒険者という職に、成人直後から就く者は少なくなる。

 どこかである程度、修行をしてから……と、いうのが普通なのだ。


 中には十五歳までに、ある程度まで修行を終えている者もいるにはいるが。

 それはやはり少数派だ。体格、体力の問題もあるしね。


 言われてみれば確かに、俺にも同い年の冒険者仲間はいない。

 いや別にボッチという訳ではない。断じて違う。友人知人はいる。


 ただ、やはりその知人たちは圧倒的に年上の方が多い。

 特にA級に上がって以降は、その傾向がますます強まった。

 A級以上の冒険者で十代というのは、俺は俺自身くらいしか知らない。


「そういう訳でさ、今後も仲良くしてもらえると嬉しいんだけどな」

「OK。わかった。ごめんな無意味に突っかかったりして」


 そういうことなら、むしろこっちから喜んで。

 考えてみればこの世界に来て、同い年の女子の知り合いは増えたけど。

 同い年の男子の友人というものには恵まれなかった。


 女の子がいればそれでOKという話もあるけどね。

 でもやっぱり男同士の熱い友情ってやつも、たまにはいいと思うのよ。

 

「やー。いいよいいよ。……それより、どう? これから軽く迷宮探索でも」

「これから? 良さそうな依頼、あるの?」

「僕一人ではちょっと面倒だなー……っていうのが、ね。これとかどう?」

「うん? ああ、大甲虫か。確かに剣士一人だとちょっときついなこれは」


 大甲虫とは、簡単に言うと巨大なカブトムシのことである。

 あの角が格好よくて子供たちに大人気の昆虫だ。あれの人サイズのものだ。


 特徴はとんでもないパワーとやたら硬い外骨格。

 これがもう本当に硬くて、下手な剣では傷ひとつつけられない。


 魔法で焼けばあっさり死ぬんだけどね。あいつら。

 ちなみにその外骨格が素材として高く売れるのだ。


 ちょっと面白そうだな。行ってみようかな? 

 あ、ダメだ。ダメじゃん。俺、行けないじゃん。


「悪い。カル。俺この後、約束があるんだった」

「え? そうなの? 仕事?」

「ああ。いや悪いな本当に。俺もちょっと行きたかったんだけどなあ……」

「そっかー……。残念だけど先約があるなら仕方ないかー」


 そんなに残念そうな顔をしないで欲しい。罪悪感がすごいから。

 いや俺だって予定がなかったら行きたかったんだよ? 本当だよ?


「じゃあさ、ハルキ君。また今度。今度は付き合ってもらうよ?」

「そうだな。またここで会ったら誘ってくれよ」

「僕、仕事がないときは大抵ここにいるから」

「おう。わかった」


 次があるかどうか分からないけどね。

 俺、実はリボンの住人じゃなくパロスの人だから。


 でも、あれだ。せっかく仲良くなれたんだ。

 今度この街に来る機会があったら、その時はまた顔を出してみよう。

 こいつ、結構イイヤツっぽいしな。



「じゃ、俺はもう行くわ」

「うん。またねハルキ君。今日は楽しかったよ」



   ×   ×   ×



「どうもー。お手紙を預かりにきましたー」

「うん? おお! 待っていたぞ!」



 冒険者ギルドを出て再びミッテンベルグ家へ。

 先程と同じ門番さんが立っていたので声をかける。


「御当主様からの手紙はこれだ」

「はい。確かにお預かりしました。受領書です。どうぞ」

「ああ。……ところでお前、時間はあるか?」

「はい? 時間ですか? どれくらい?」


 手紙と引き換えに受領書を受け取った門番。

 彼がこちらの顔色を伺うようにして問いかけてくる。


「いや、実はな? ぜひお前と話がしたいと御当主様が、な」

「そうですか。うーん。今からですか? ちょっと時間が……」


 まあ、聞きたいことがあるのは分かる。心当たりもある。

 この手紙の、というか【速達】の詳細について、だろう。


 説明すると長くなる……というか、そもそも説明できないしなあ。

 転移魔法陣の話を、他国の大貴族様に漏らしたくはないし。

 できればこのまま、何か理由をつけて帰ってしまいたいところだ。



「そうか、あまり時間はないのか……。御当主様はその手紙を書き上げた後、公務で王宮に出てしまわれたのだ。お帰りは何時になるか分からぬ。お前さえよければ屋敷で待ってもらえと言われていたのだが……。無理だろうか?」


「あー。長い時間待たされるのはちょっと困りますね。帰りのこともありますし。申し訳ありませんけど、そういう事情なら今日はこの辺で」



 失礼にならないように。この門番の機嫌を損ねないように。

 しかし言うべきことはしっかり言って。自分の意思はきちんと伝えて。


「む……。そうか。では仕方ないな」

「申し訳ございません」

「いや、いい。手紙のこと、よろしく頼んだぞ?」

「それはもう、お任せください。本職ですから」



 ……「本職?」と首を傾げる門番を置いて、街道に戻る。



 さて、あとはこれを持って帰るだけだ。

 ああ、そうだ。帰りに市場に寄って、シャルへのお土産を買おう。


 ついでにあの米モドキも少し買い込んでいこう。

 そうすれば自宅であれが味わえるからな。



 ――こうして俺の、二度目のスズ滞在の日は終わりを告げた。

 

 

 

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