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第二話 月と女神様

2015年8月26日

後半部分一部改稿

「お久しぶりです。晴樹さん。お元気でしたか? ちょっとやせました? いや、やせたというより引き締まった感じでしょうか? お仕事、うまくいっている証拠ですね。私はとても嬉しく思いますよ。でも、健康には気をつけてくださいね? 配達のお仕事は体が資本なのでしょうから」



 相変わらずの穏やかな笑顔。

 ナチュラルに発揮されるお姉さん属性。

 声がまた素敵なんだリリス様は。包み込まれるような、甘い大人ボイス。

 聞いているだけでHPとか回復しそう。MAXまで一瞬で。


 世間では「契約と約束を司る女神様」なんて呼ばれているリリス様だけれど。

 俺に言わせればリリス様は「癒しと安らぎをもたらす女神様」だ。


 もう全てを投げ捨てて膝枕で甘えたくなる。

 それを強行しても許してくれちゃいそうな雰囲気もある。



『もう。仕方ないですねえ晴樹さんは。……今日だけですから、ね?』



 ちょっと困ったような顔をして。少しだけ頬を赤く染めて。

 それでも拒絶することなく、太ももの上に乗った俺の頭を優しく撫でてくれる。


 リリス様なら、きっとそんな感じで流されてくれちゃう。

 そう心から信じられるような、母性と包容感溢れる姉系女神様なのだ。



 ……だがしかし。ちょっと待ってほしい。



 リリス様は何故、この日この時間このタイミングで我が家を訪ねた?

 一時間早くでも、一時間遅くでもない。

 俺がシャルを相手に、よからぬ欲望を抱いたその瞬間。

 まさにそれを狙い澄ましたかのような、リリス様の家庭訪問。

 

 これは、つまり、あれか。

 俺の心の変化を読み取ってのことなのではないか?


 そうだ。リリス様は仰っていたではないか。

 真剣な顔で、『彼女に酷いことをしたら許しませんよ』、と。


 だとしたら。だとしたら。今日の家庭訪問の意味。それは。

 リリス様との約束を破ろうとした、俺への罰を与える為なのではなかろうか?

  


「実は、晴樹さんとの、先日の約束を果たしに……」



 ほらやっぱりそうだ! 約束って言った! リリス様はお怒りなんだ!

 でもちょっと待って! 待ってくださいリリス様! 言い訳を聞いて!


「……ちゃ……」

「……ちゃ?」



「ちゃうんですちゃうんですリリス様! 聞いてください! リリス様との約束を破るつもりはこれっぽっちもなかったのです! 実際まだ手は出していません! 未遂です未遂なんです! 情緒酌量の余地はあると思います! それに俺は一ヶ月もの長い間、この甘美な拷問に耐えてきました! そこも考慮してください! 何よりまだ実際に手を出した訳ではありません! ちょっと、ほんのちょっと、ムラムラ……ってなっちゃっただけなんです出来心なんです! それともそう思うだけでも罪になるのでしょうか!? それは酷いと思いますリリス様! でもごめんなさい許してください超反省しています!」



 土下座。土下座である。超クールな土下座である。

 ああ。地面って冷たいなあ……。



「……約束というのは、召喚魔法陣に関しての報告のこと、だったのですが」

「……はえ?」

「ですが。たった今。他に訊きたいことができました。……晴樹さん?」

「は、はいっ!」


 ぐいっと。力任せに引っ張り上げられる。

 じとーっとした目で、静かに見詰められる。


「……何があったのですか? 何を隠しているのですか?」

「……え? いえいえ。な、何も?」

「では晴樹さん。あなたは何も疾しいところがないのに、私に土下座をしたと?」

「し、信仰するリリス様の前で膝をつくのは、ああ、当たり前じゃないですか!」


 バレてない! とりあえずバレてはいない!

 よし押し切れ! このまま押し切るんだ山水晴樹!


 お前は超クールな魔術師。お前なら出来る。

 このままシャルさんのことはごまかし通すんだ! 絶対に!



「……ご主人様ー。お客様ですかー? お茶のご用意をしましょうかー?」



 その時ひょいと。我が家の玄関から顔だけを出して。

 パジャマ姿の可憐なメイドさんが、のんきにそんな声をかけてきた。


 あー! もう! ほんと気が利くなあこのメイドさんは!

 そうだよね! お客様がいらっしゃったらまずお茶を出すのは基本ですものね!

 さっすがシャルは最高のメイドだなあ! おもてなしの心も完璧だあ!


「……晴樹さんが、ご主人、様?」

「ちゃ、ちゃうんですよリリス様……」

「あの子、あの子ですよね? 先日の依頼の……。か、体で代金を支払うと……」

「誤解です。そこには大きな誤解があります。誤解なんです落ち着いてください」


 リリス様の震える手が、俺の肩をがっちりと掴む。

 あ。これ駄目だ。逃げられない。俺終わったわ。


「……晴樹さんに、だいっっっじな! 話がありますっ!」

「……ああ。はい。そうですよね。召喚魔法陣の話は大事ですよね」

「そんなのは今はどうでもいいです! 街の外に出ます! 話をしましょう!」

「……へい。リリス様の仰せのままに……」


 とほほ。強制連行だ。

 しかも行き先は街の外だ。

 きっと悲鳴を上げても誰も助けに来てはくれないのだ。くすん。

 俺は、全てを、諦めた。



「あ、あの? ご主人様?」

「ごめん。ちょっと出てくる。シャル、俺のマント持ってきてもらえるかな?」



   ×   ×   ×



「信じていたのに……」

 ――ぽすん。


「晴樹さんならって、そう信じていたのに……」

 ――ぽすんぽすん。


「がっかりです。がっかりですよ晴樹さんには。悲しくなりました。私は」

 ――ぽすんぽすんぽすん。


「もうこんな世界。いっそ滅ぼしてしまいましょうか……」

 ――ぽすんぽすんぽすんぽすん。



 ……リリス様の独り言が心に刺さる。


 特に最後のがヤバイ。やろうと思えば出来ちゃうからなこの女神様は。

 この「ぽすんぽすん」という小さな音は、リリス様が俺の背中を叩く音だ。

 別に痛くはないが、うん。なんだろ? 背中じゃなく心が痛む。



 ――俺たち二人が歩いているのは、ノアの街の南門を抜けた街道である。



 ちなみにノアの街の城門は、二十四時間、いつでも解放されている。

 南にミスリル、西にカナリア、東にスズと周囲を同盟国で囲まれているからだ。


 この街にいきなり他国の兵が押し寄せてくることはない。

 それこそ、転移魔法陣で軍そのものを配達でもしない限りは。

 西に亜人族との国境がある、カナリア公国スルガの街とは危険度が違うのだ。


 ついでに言えば、冒険者が多いということも、その理由の一つである。

 夜にしか現れない魔物もいるからな。

 それを狙って狩りに出る冒険者たちも、数多くいる。

 その出入りをいちいち監視していたら、人手が幾らあっても足りないのだ。



 ――さて、と。



「この辺でいいでしょう。リリス様。街からずいぶん離れましたし」

「全くもう全くもう全く全くもう! ……あ、はい。そうですね」


 相変わらずご立腹なご様子のリリス様。

 参ったなあ……。ほんとごめんなさい。


「えっと、どちらから話します? シャルのことと、召喚魔法陣のことと」

「……あの女の子のことで」


 やっぱそっちからだよな。うん。

 仕方ない。全てを包み隠さず話そう。


 やっぱり駄目だ。

 俺はこの女神様に、嘘はつけない。


 

 ――俺は先月の事件、その顛末を話した。そしてその後の日々のことも。



 自分がどう思ったのかも。自分がどう感じたのかも。気持ちの変化も。

 その全てを。包み隠さず。赤裸々に。全部、全部話してみた。


 黙ってそれを聞いていたリリス様は、俺が話し終えると。

 目深に被っていたフードをとり、深々と頭を下げた。



「すいませんでした。晴樹さん。私、晴樹さんのことを誤解していました」



「えっ!? ちょ、やめて、やめてくださいリリス様! 頭を上げて!」

「背中、叩いてしまいました。平気ですか? 痛くはありませんでしたか?」

「いやそれは本当に全然……。いやいやそれより、えっと、あれ?」


 混乱した。

 怒られると思っていたのに、逆に謝られた。しかも神様に。リリス様に。


「晴樹さんが、借金のカタとか言って、あの子を無理やり働かせているのかと勘違いしてしまいました。それから、その、あの、ひ、酷いこともしているんじゃないかと、そんな風に考えてしまいました。それで勝手に怒ってしまいました。ごめんなさい。許してもらえますか? 晴樹さん?」



 うわあ……。

 お姉さんの涙目困り顔上目づかい、破壊力とんでもねえ……。


 許すよ? 許すに決まってんじゃんそんなの。

 リリス様のことなら騙されて全財産を貢がされたって許してしまうよ。


 いやでも、あれ?

 悪いのはむしろ俺のほうだよね?


 リリス様も酷い方向に勘違いはしていたんだから罪はあるかもしれないけど。

 手を出さないって約束を破りかけた俺だって、説教されてしかるべきだよね?


「あの、リリス様? 俺だって悪いんですから、気にしないでください」

「晴樹さんが、ですか? 今のお話で晴樹さんが悪い所なんてありましたか?」

「へ? いやだって。俺、リリス様との約束破って、彼女に手を出そうと……」

「私、そんなことは言ってませんよ? 『弱みに付け込むな』とは言いましたが」


 そう、だったろうか?

 無条件で、手を出すことを禁じられた訳ではなかったのか?


 うーむ……と悩む俺に向け、リリス様は優しい目で言葉を続ける。

 姉のように。先輩のように。優しく。諭すように。



「晴樹さん。あなたが私の言葉を真剣に聞いてくれたことがよく分かりました。そしてそれを、その約束を、きちんと守ろうとしてくれたことも。守ってくれたことも。ですが、ほんの少し誤解があったようですね。あなたとあの子。シャルロットさん、ですか? 二人が、互いに相手のことを好いているのであれば、私はお二人の関係がどうなろうと、どう進もうと文句を言うことはありませんよ? むしろ祝福の言葉を送りたいくらいです」



 おいおいおいおい、おい。いいのかいこれ。神様のお墨付き頂いちゃったぜ?

 俺はもう我慢しなくてもいいのか? 

 アンナコトやコンナコトを、あの子にしてしまっていいってことかい?

 ちょっともう今すぐお話を終えて自宅に飛んで帰りたい気持ちなんですけど!


「むしろ今までよく、その、が、我慢、しましたね。晴樹さん」

「ええまあ! 当たり前ですよ! 何しろリリス様との約束ですから!」

「そうですか……? 本当に何もしてないのですか? や、やらしいことは?」


 えっと。うん。そうだな。


 干されているシャルのパンツをじっくり観察したり。

 パジャマ姿の彼女の胸元をこっそり覗こうとしたり。

 掃除中のシャルのおしりを後ろからじっと眺めていたことはあったかな? 


 うん。よし。やらしいことは何もしていない。

 俺がしたのは、せいぜい、「えっちなこと」くらいのレベルだろう。

 この差は大きい。大きい筈だ。だから胸を張って言おう。俺の女神様に。


「いえ全然。そういうことは一切しませんでした。神に誓えます」

「そうですか。さすがは晴樹さんですね。ええ、信じていましたよ。私は」


 いやちょっと待ってくださいリリス様さすがにそこは突っ込みますよ?

 疑ってましたよね? 思いっきり疑ってましたよね? 俺のことを。



「だ、だって! こんな時間に自宅を訪ねて行ったら、パジャマ姿の可愛い女の子と一緒にいたのですよ? 疑いますよ私だって! 誤解しますよ神だって! しかもその子がとっても可愛い子だったらなおさらですよ! や、やらしいことだってとっくにしちゃってるって、そう思っちゃいますよ!」



 うん。まあ、言われてみればそっか。

 あの場面。あの登場人物。誤解しても不思議ではない。

 でも、疑われたんだし、ちょっとくらい復讐してもいいよね?


「リリス様?」

「は、はい! なんですか晴樹さん!」

「『やらしいこと』って、具体的にはどんなことですか?」

「~~~~~っ! またそうやって! 晴樹さんは私をからかって!」


 ああ。この顔。この完熟トマトのような真っ赤なお顔。

 これが見たかったんですよリリス様。

 ありがとうございますありがとうございます。

 天丼と言わないでください。これはお約束というものなのです。



 ……いやまあ、それはともかく。



「じゃあ、その、いいんですね? 俺とシャルが、その……」

「……えっと。その話は一度中断して、召喚魔法陣の話、いいですか?」



 うん?

 そりゃそっちも大事な話だからいいですけど。

 この話を中断する意味、あるのかな?



「……結論から言います。パロスでは、召喚魔法陣は見つかりませんでした」

「そう、ですか……」



 そうなのだ。

 リリス様はこの国で、召喚魔法陣を探して旅をしてくれているのだ。


 ミスリルのものは完全に壊れてしまった。あれはもう使用できない。

 だからそれ以外のものを、それ以外の国で探してくれているのだ。



「この数ヶ月、パロス公国での心当たりは全て訪ねてみました。噂話にすぎないようなレベルのものでも、念の為、この目で確認してきました。……でも、発見には至りませんでした。晴樹さん。申し訳ありません。次は他の国を探してみます」


「何度も言いましたし。これからも何度でも言いますけど。悪いのはリリス様じゃないんですからね? だからそんなに謝らないでください。俺の為に、世界中を旅して探してくれている、そのお気持ちだけでも十分ですから」



 この気持ちに嘘はない。

 悪いのはリリス様ではない。召喚魔法陣を破壊したあいつが悪いのだ。


 リリス様はそれでも責任を感じて、こうして俺の為に動いてくれている。

 それに対し、悪し様に罵るような真似を俺はしたくはないし、しない。



「……しかし、これではいつ約束が果たせるか……」

「気長に待ちますよ。リリス様。いつか帰れれば、それでいいんです」

「……やっぱり、帰りたいものですか? 元の世界に」

「……正直に言えば、それは、はい。そうですね」



 自分でも意外だったのが、この気持ちである。

 俺は帰りたいらしいのだ。あの世界に。


 前ほど。召喚魔法陣が破壊された直後ほど、強い気持ちではない。

 少しは、多少は。その気持ちは薄まっていると、そう感じる時もある。

 最近では特にそうだ。この一ヶ月はその傾向が特に顕著だ。

 仕事がうまくいって、毎日が楽しくて、元の世界を思い出さない日もある。


 でも、やっぱり、会いたいな、と。そう思うのだ。

 両親に会いたいな、と。顔を見たいな、と。


 シルフィちゃんとアレクさん親子の仲睦ましいところを見て。

 シャルと親父さんの、固い絆を見て。

 やっぱり、どうしようもなく。そう思ってしまう自分がいる。


 俺は、自分自身が思っていたよりもよほど。

 家族のことが、大好きだった、らしい。



 ――そんなことを考える俺に向け、リリス様は仰った。



「……さっきの話に、戻っていいですか? 晴樹さん」

「え? あ、はい。どうぞ?」



 静かに。いつもの優しい声で。表情で。

 俺の気持ちを探るように。俺の本心を確かめるように。

 リリス様は言葉を選んで、俺にそれを告げる。



「さっき見かけたあの子。可愛らしいあの子。あの子はきっと、晴樹さんに好意を抱いていると思います。そういう目でしたし、そういう態度でした。これはもう、女の勘というやつです。きっと間違ってないと思います」


 ……そう、なのだろうか? 


「ですから、晴樹さんが望めば、彼女はあなたに全てを許すでしょう。二人はきっとうまくいきそうな、そんな予感もします。素敵なことです」


 ……そう、だといいな。


「……ですが、その後、召喚魔法陣が発見されたら? 元の世界に戻れる方法が見つかったら? 晴樹さんはどうするのですか? 彼女を置いて帰りますか? 彼女を選んでこの世界に残りますか? どちらを選択しますか?」



 ……ああ。そうだ。そうなのだ。


 俺は、本来、この世界の人間ではないのだ。

 元の世界に帰りたいという意思があるのだ。


 忘れていた訳ではない。そのことを失念していた訳でもない。

 いつのまにか、考えなくなっていたのだ。そのことを。


 いや、違うな。

 考えないようにしていたのだ。そのことを。


 召喚され早二年、自分でも不思議なくらいこの世界に馴染み。

 そして、女神リリス様でも見つけることができない、帰る為の手段。


 もしかしたら俺は、もう心のどこかでは諦めているのかもしれない。

 元の世界に戻ることを。元の生活に戻ることを。


 だから。そんな心境だから。この世界で生きるつもりだから。

 自分がいつかはいなくなる身だと、そんな大事なことも忘れて。


 無責任に。深く考えることもなく。

 彼女の、シャルの気持ちに応えようなんてことを思ってしまったのだろうか?

 


「たったひとつの、恋。まだまだ未熟な若者の、拙い恋。それに対し、そこまで重い責任を押し付けるつもりはありません。どちらを選んでも、私はあなたを責めることはないでしょう。ですが、その時になって迷うのは。苦しむのは。彼女と、そして晴樹さん。あなた自身です。あなたは優しいですからね。だから、恋をするなら、この世界で誰かを選ぶなら、そのことだけは忘れないようにしてください。その上で、精一杯、誰かを好きになってください」



 ……そう、ですか。


 そう言ってくれるのですかリリス様は。

 ありがたい話です。ついつい、その言葉に甘えてしまいそうになります。


 でも、それではいけないと、俺自身が思っています。

 少なくとも、シャル。あの子を泣かすようなことは、俺はしたくありません。


 思えば。きっと。多分。

 二年前、姫の部屋を訪れようとした俺への、師匠の言葉。

 あの日の師匠もきっと、俺に同じことが伝えたかったのではないでしょうか?


 好きという気持ちを伝えて。それ以上のことを求めて。

 そして勝手に消えてしまうのは、あまりにも無責任ですよね。


 そんなことをされて。そんな立場に追い詰められて。

 おかしくなってしまった女の子を、俺は知っています。


 器の小さい俺は、まだ彼女を完全に許す気にはなれませんが。

 でも。彼女のような女の子を増やすのは、やめようと思います。



「私としては、あなたがこの世界への永住を望んでくれたら、こんなに嬉しいことはありません。こう見えても私、晴樹さんのこと、結構気に入っているのですよ? 年の離れた、ちょっと手がかかる、悪戯好きの、でもとても素直で優しい弟のように思っています。だから、あなたがこの世界に残るというのは大歓迎です」



 それは、光栄です。素直に嬉しく思います。

 俺もあなたのことを、とても素敵なお姉さんだと、そう思ってますよ?


 優しくって。甘くって。時に厳しくて。でもやっぱり優しくて。

 女神様にこんなことを言うのは大変失礼なことだとは思いますが。

 本当に、俺の理想のお姉さんそのままですよ。大好きです。

 


「勿論、あなたがどう考えようと、何を選ぼうと、私は召喚魔法陣の捜索は続けます。約束ですからね。これは私の命に代えても、必ず成し遂げます。……だから晴樹さん? あなたは思いっきり悩んでください。恋をしてください。この世界だけの、いつか終わってしまう恋だっていいじゃないですか。その気持ちに嘘がなければ。だから、私の願いは、ただひとつだけ。晴樹さんが元の世界に帰るその日に、思い残すことが何もないように。逆にこの世界を選ぶというなら、自分のその選択を一生後悔しないように、と。それだけです」



 まだ、元の世界に戻ることを諦めた訳じゃありません。

 少なくとも、リリス様が諦めるまでは、俺も諦めません。


 だから、今は、まだ。

 誰かを本気で好きになるのは、やめようと思います。


 でも。もし、誰かへの想いが抑えられなくなったその時には。

 リリス様? あなたにもう一度、相談させてくださいね。



 ……長い長い話を終え、リリス様は小さく息をついた。



 何となく、沈黙が続く。

 二人して、揃って空を見上げる。

 月が奇麗だった。

 星が静かに瞬いていた。



「……リリス様?」

「はい。なんですか? 晴樹さん?」

「……俺も大好きですよ。リリス様のこと」

「そうですか? 少し照れますね。慣れない説教をした甲斐がありました」


 にこりと。いつものお姉さんスマイル。

 水色の瞳が月光を反射してとても奇麗。


「考えます。考えてみます。自分のことも。これからのことも。いろいろ」

「そうですね。私はこう見えても神ですから、いつでも相談には乗りますよ?」

「その節はよろしくお願いします」

「はい。任せてください。かわいい弟分のお願いですからね」



 ――月と女神様。その組み合わせは最高に奇麗だなと、そう思った。




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