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第一話 【ヤマミズ郵便局】大躍進 ~そしてメイドさんのいる日常~

 ――パロス公国首都ノアの街。



 その北門を抜け、貴族様方がお住まいになる北居住区、警備物々しい中央の王宮周辺をトボトボと歩き、やっと辿り着いた南居住区にあるその小さな店。



 ――【ヤマミズ郵便局】。



 ほんの少し前までは、零細どころか大赤字だったこの店。

 ほんの少し前までは、近所の住民ですら存在を知らなかったこの店。


 局長兼受付兼唯一の配達員である店主が出かけると閉店してしまうこの店。

 故に一日の大半は、週の半分以上は無人となってしまっていたこの店。


 今までは、店を出る時に言ったことがなかった「いってきます」の言葉。

 最近では、仕事から帰ってきた時には「ただいま」という言葉が必須。



 ……そんな、俺の店舗兼住居である古い建物の扉を開ける。挨拶と共に。



「ただいま帰りました。シャルロットさん!」

「ふーん、ふふーん、ふふふふーん……」


 俺の唯一の部下であり同居人である女の子が、元気に清掃中だった。

 実に楽しそうな顔で。きゅっきゅと来客用のテーブルを磨いている。

 だがしかし、彼女は店内に入ってきた俺には気づかない。


「ただいまかえりましたよー? シャルロットさん?」

「ららー、ららららー、らららーん……」


 着任早々、万年赤字であった【ヤマミズ郵便局】の抜本的構造改革に取り込み。

 数々の問題を綺麗に一掃し、利益率を一気に跳ね上げた俺の恩人でもある彼女。

 だがしかし、彼女は今度は椅子の足を磨くのに夢中で、俺には気づかない。


「き、聞こえていますかー? シャルロットさーん? ハルキですよー?」

「るるー、るるるるー、るるるーん……」


 賞賛されて然るべき実績を上げたのにも拘らず、本職はメイドと言い張る彼女。

 その自らの言葉を証明するかの如く、我が家の家事を一手に引き受ける彼女。

 だがしかし、彼女は次は窓枠の埃を取る仕事へと移り、俺には気づかない。



 そんな彼女の姿を背後から見つめるのは、実に楽しいし眼福ではあった。

 きゅっきゅと雑巾を左右に動かすたびに、小振りなおしりが左右に動く。


 残念ながらぱんつは見えない。彼女のスカートは膝丈である。

 ミニスカメイドではないのだ。故にそういうシャッターチャンスは訪れない。


 だがしかし。諸君。これこそが本当の「萌え」というものではなかろうか?


 見えそう。見えるかも。あっ! 今ちらっと? いや気のせいか……。


 こうして女性の些細な動きで一喜一憂すること。

 これこそがパンチラの。ぱんつちらりの魅力とは言えないだろうか?

 ばっちりくっきり見えてしまったらそれはもう「萌え」ではない。

 エロなのだ。「エロス」なのである。それは断じて「萌え」ではないのだ!



 ……って。力説する程のことじゃないんだけどさ。俺アホか? アホだな。



 いやまあ、それはともかく。これはどうしたことだろう?

 さすがにアホの俺でも、ここまで露骨な態度を取られれば分かる。


 シカト。シカトである。

 このメイドさん。ご主人様たる俺のことを完全にシカトしてらっしゃる。


 いけない。これはいけない。罰が必要かもそれない。

 具体的には、こう、その、し、縛ったり、とか? いやんえっち!


 ……違う違う。そうじゃないそうじゃない。


 この忠誠度MAXである可愛いメイドさんが俺に逆らう訳がないのである。

 それはこの一ヶ月。一緒に暮らしていてよく分かった。彼女は従順だ。


 と、いうことはあれだ。俺のほうに何か重大な落ち度があるのだ。

 何だろう? ベッドの下に隠してあるあの秘密の絵画集でも発見されたか?


 ……あ。


 唐突に。彼女が機嫌を損ねた理由に思い当たる。

 あー、あれか。そっか。彼女にとっては結構重要なことなんだなあれは。

 慣れてないもので、一日家を空けただけですっかり忘れてしまった。

 いやまあ、そんなことが彼女の望みなら。喜びに繋がるのなら。



「……ただいま。“シャル”」



「おかえりなさいませっ! ご主人様っ! お仕事お疲れ様でしたっ!」



 ……女性を花に例えることはよくあることだけど。


 彼女の笑顔は、まるで真夏の向日葵のよう。

 まっすぐで。明るくて。元気で。眩しくて。


 ――そんな零れんばかりの笑顔で、彼女は、シャルは、俺を出迎えてくれた。



   ×   ×   ×



 この一ヶ月の話をしよう。

 それは即ち、【ヤマミズ郵便局】大躍進の自慢話になるが、まあ聞いてくれ。



 突然押し掛けて局員となったシャルは、最初の三日は大人しかった。

 メイドとして家事を受け持ちながら、俺の配達中の店番などをしていた。


 それだけでも大変ありがたかったのだが、彼女はそれに満足しなかった。

 俺の働きぶりをじっと見て、帳簿を見て、数少ないお客様を見ていた。


 ……動きがあったのは、三日目の夜のこと。


「ご主人様。お話があります」


 真剣な顔でそう告げてきた彼女は、ふたつの提案をしてきた。



 1.手紙の配達を、ノアの街限定で一律1000コルに値下げすること。

 2.週のうち二日、定休日を設けること。



 ……正直、それはどうかと思った。特に1のほうは。


 1000コルといえば、現在のこの街の平均的な手紙配達料の約1/5である。

 冒険者ギルドに手紙の配達を依頼すると、普通5000コルはかかるのだ。


 尤も、「手紙の配達」という仕事に定価がある訳ではない。

 相場通り5000コルで依頼をかける人もいれば、3000コルの人もいる。

 中にはシルフィ嬢のように、なけなしの1000コルって場合もある。

 要は、依頼人と配達人の間で金額の合意があればいい。


 だから、配達料を1000コルにしても問題はない。

 ダンピング紛いの金額だが、そもそも競争相手がいないのだ。

 大幅値下げで困るのは、配達する側のこっちだけである。



 無理だと判断した。その金額では商売は成り立たないと。だが彼女は言う。



「一ヶ月。一ヶ月だけでいいですから。一ヶ月たっても赤字が続くようならわたしも諦めますし、それにその間に発生した損害は、わたしの給料から天引きしてくれて構いません。だからお願いします。一ヶ月だけ。四週の間だけ、このわたしを信じてはもらえませんか?」



 シャルの必死な言葉と表情に、俺は負けた。

 一ヶ月間という約束で、その無謀とも言える提案を飲んだ。


 まあ、まだ冒険者時代に作った貯金は残ってるし。

 俺の為にいろいろ考えてくれたのであろう、シャルの顔を立てて。

 少しくらいの損害は出してもいっか、くらいの考えでいたのだ。

 その時は。まだ。



 その後の一週間で、うちの郵便局は過去最低の売り上げを叩き出した。

 一週間で配達した手紙が約十通。これは今までの週平均と変わらない数だ。


 変わったのは単価のほう。

 つまり労働時間は一緒なのに、収入が1/5になったのだ。

 まあこうなるだろうなと予想はしていたが、それでもショックだった。

 これが一ヶ月続くのかーと、暗澹たる気持ちに陥ったものだ。



 ……シャルは平然としていた。



 二週目から、少しお客様の流れが変わってきた。

 明らかに配達する手紙の量が増えてきた。


 これもまあ、ある意味想定内ではあった。

 単価下げたんだもん。そりゃ依頼は増えるよ、と。

 でもその数を最低でも五倍にしないと、赤字のままだぜ?

 そんな気持ちを隠し、ちらちらシャルを見てみた。



 ……シャルは相変わらず平然としていた。



 三週目。客層が明らかに変わった。

 再来店、再依頼がとんでもない数で増えたのだ。


 新規のお客様の数を大きく上回って、常連さんがどんどん増えていく。

 いわゆるリターンカスタマーというやつだ。

 お届けした先が、今週二回目、三回目なんてことまであった。

 どんな魔法を使ったんだ? このメイドさんは?



 ……シャルさんはうんうんと静かに頷いていた。



 四週目。一日平均五十通の手紙を毎日配達した。

 今までの月収分の収入を、この一週間だけで稼いだ。


 俺は朝からお預かりしたお手紙を抱え、元気に街を走り回った。

 前日受付した分を、翌日配達するシステムが確立していた。

 一日働いて浴びる、熱いお風呂の気持ちいいこと気持ちいいこと。

 一日働いて食べる、シャルの手料理の美味しいこと美味しいこと。



 ……シャル様はそんな俺を、心から嬉しそうに眺めていた。

 


「……魔法なんて使っていませんよ。要は需要と供給。そしてメインターゲットをしっかり分析する。何よりもまずは一度、体験してもらう。そこまで行けば、ご主人様のお店は絶対に繁盛すると、わたしはそう信じていましたから」



 ……説明を求めた俺に向け、シャルはそう語り始めた。ちょっと長いよ?



「まずはターゲットの設定ですね。大前提としてわたしはこの街の識字率から考えていきました。貴族様は勿論、読み書きは出来ますよね。市場や商店街のある西居住区に住む人たちも識字率は高い筈です。読み書き算盤が出来なければ、商売なんて出来ませんものね。東側、貧民街やスラム街で構成されたあちらは駄目です。文字を読める人が限られていますから。……そしてこの南居住区。ここは、ある程度、読み書きができる人が多い場所です。これが大前提」



「貴族様から考えてみましょう。あの方々は多くの使用人を抱えています。ということは、手紙の配達を外部委託する必要がない。自分たちで配達できますから。ですから貴族様は【ヤマミズ郵便局】の顧客にはならない。……国外への【速達】は別ですけどね。同様の理由で、西居住区の半分もターゲットから外します。個人経営の小さなお店ならともかく、大きな店はやはり、貴族様同様、多数の従業員を雇っていますから。だから彼らも自分で配達が出来る」



「と、なると。わたしたち【ヤマミズ郵便局】のメインターゲットは南居住区に住む人々ということになります。そこで、単価の設定です。一般庶民の多いこの居住区。手紙の配達ひとつに5000コルはさすがに高い。3000でも駄目でしょう。ですが、これが1000コルなら? 食事一回分なら? ちょっと試してみようという気になれる、ギリギリの値段ではないでしょうか?」



「そして手紙というものは、気持ちのやり取りです。貰ってうれしいものです。書いて楽しいものです。届けられた手紙には、返事を書きたくなる。自分が受け取った『うれしい』という気持ちを、相手にも伝えたくなる。……最初の一回、そのハードルさえ乗り越えられば、あとはこちらが宣伝しなくとも、お客様同士でついつい何度も何度も繰り返し利用してしまう、そういう素敵なシステムなんですよ。お手紙というのは」



「『俺は手紙を運んでいるんじゃない。書いた人の気持ちを運んでいるんだ!』、でしたっけ? ご主人様の父君のお言葉は。全くその通りですよね。そうして誰かの気持ちを届けられたお客様は、きっとそのことを周囲の人たちに話すでしょう。その嬉しさを自慢するでしょう。十人の人に話したとして、そのうちの一人でも『じゃあ私もお手紙書いてみようかな』って思ってもらえれば、わたしたちの顧客は二倍になります。それが二人なら。四人に増えたら。……ね?」



 ……もう、なんていうか、さ。


 俺、この郵便局の経営権、彼女に渡したほうがいいかもしれない。

 そのほうがきっと、【ヤマミズ郵便局】は大きくなるわ。間違いない。



 ――ちなみに。



 そんな偉大な業績を上げた彼女に対し、俺は経営者として臨時ボーナスを提案したのだが、それを受けた彼女の要求が、あれ。『シャルロットさんなんて他人行儀な呼び方はやめて、今日から“シャル”と呼んでください! あ、あとついでに! 敬語も禁止です! ハルキ様はご主人様なんですから!』とのことだった。



 ……なんつーか。こう。欲のない子だよな。本当にさ。



   ×   ×   ×



「それで? それでどうしてジンさんのお手紙は届かなかったのですか?」



 入浴を済ませ。

 食事も済ませ。

 今は寝る前の憩いの一時。

 キッチンでお茶を楽しみながらの、シャルとの会話の時間である。


 話題は今回の俺の出張の件。

 ジンさんとリリーさんの素敵な(?)恋の物語、だ。


「それがもうさ、分かってしまえば単純な話で、王宮騎士団受付の怠慢が原因だったんだよ。ジンさんからのプロポーズの言葉を記したあの大事な手紙、それを紛失しやがったらしくてね」


 ちなみに俺も彼女も、既に寝間着姿。

 シンプルな長袖長ズボンの俺。

 白く清潔そうなパジャマ姿の彼女。

 ちょっと、その、たまに、視線を向ける方向に困る俺である。


「酷い話ですね! そんな大事な手紙を失くすなんて!」

「だよなあ。職務怠慢にも程がある」


 こらこら。シャルちゃん? 身を乗り出しちゃいけませんよ?

 あなたの二つの程よく育った実りが、テーブルに乗せられちゃいますよ?



「でも、リリーさんもちょっと変ですよね? 定期的にやり取りしていたお手紙が届かなかったのに、催促のお手紙を出そうとは思わなかったのでしょうか?」


「やー、それが女心の微妙なところって言うかさ。リリーさんもさ『結婚したい』アピールをしちゃったじゃん? それを聞いたジンさんが、リリーさんとの結婚を迷っているから手紙を出せなくなったのだと、そう思い込んじゃったそうで」



 旅の老人に見せたリリーさんの「結婚したいアピール」。あれは遠まわしなジンさんへのプロポーズの催促だったらしいのだ。次の手紙では何らかの答えが返ってくるだろう。そう考えたリリーさん。だがしかし。待てど暮らせど返信は来ない。


「……ってことは、二人とも相手が結婚を望んでないと思い込んでしまった?」

「そうなんだよ。それでお互い動きが取れなくなった」


 ジンさんも。リリーさんも。

 互いが互いに、自分との結婚を望んでいないと勘違いした。

 そしてそれを責めることも、理由を追求することも出来なかった。

 三ヶ月にも渡る停滞の時間が発生したのだ。


「王宮受付の部屋の清掃中に、例の手紙が偶然発見されてね。慌てて届けにいった受付職員を、リリーさんは往復パンチしたらしいよ。ビンタじゃなく」

「それくらいはしても当然です! そんな大事な手紙を失くすほうが悪いんです! わたしはリリーさんの味方です!」


 プンプン! そんな擬音が似合いそうにほほを膨らます彼女。超可愛い。

 いやまあ、でも。まあ、俺でも怒るよそれは。


 受付の人は重症らしいけど、それは黙っていよう。

 剣で斬られなかっただけましだよな。



「手紙を読んでリリーさんは有頂天。でも日付は三ヶ月前。ねえ。シャル? プロポーズして三ヶ月放置された人の気持ちって、考えたことある?」

「……想像を絶しますよね。断られるのならまだいいです。放置はダメです。生殺しにもほどがあるじゃないですか。それ」



 リリーさんも当然、そう思った。

 ノアの街からジンさんの村までは普通に歩いて片道一日って所だ。


 もう全てを捨てて馬を飛ばして駆けつけようとした訳だ。

 ところが彼女は王宮騎士団。そう簡単に帰省の望みは叶わない。


「で、挙動不審になったリリーさんを上司である小隊長さんが見咎めて」

「その人、あの人ですよね? お得意様の、シルフィちゃんのお父さん」

「そっそ。事情を聞いたアレクさんは、たまたま配達に来ていた俺を捕まえて」

「今回の依頼につながった、と。さすがご主人様、いいお仕事しましたね!」


 パチパチと。笑顔で小さく拍手をしてくれるシャル。

 なんか、いいね。こういうの。

 自分の仕事を認めてくれる人の存在って、さ。



「でも、ご主人様もちょっと意地悪ですよね?」

「えー? 何で?」

「ジンさんの山登り。ご主人様ならいろいろ手段あったでしょうに」

「ああ。そのことか。それはそうなんだけどね」


 まあ、あれに関してはさ、俺の希望じゃないんだよ。

 確かに俺だったら、ジンさん背負ってでも余裕で山を登れた。

 身体強化の魔法があるからな。


 そうじゃなくても、簡易ドレインタッチ。

 あれで俺の体力を少し分けてやることも出来た。

 でもね。



「アレクさんに頼まれちゃったんだよ。『プロポーズをしたまではいい。だが、その返信が三ヶ月も来ないというのに何も行動を起こさないような軟弱な男に、私の大事な部下は任せられん! ハルキ君。悪いがちょっとその男を心身共に鍛えなおしてやってくれ!』……だってさ」



 俺の発言を聞いて、シャルがくすくす笑い出す。

 あれかな? アレクさんの物まねが受けたのかな?


「アレクさん、娘を嫁にやるお父さんみたいになってますね!」

「あの人は多分、すっごい部下思いの優しい人なんだよ」

「そんな気がします。だからシルフィちゃんも懐いているんでしょうね」

「もしかしたらシルフィちゃんの嫁入りの、予行練習だったのかも?」


 自分で言って納得だ。あれは予行練習なのだろう。

 アレクさん、シルフィちゃんのこと溺愛しているからなあ。


 今月だけで、あの二人の手紙、何回往復させたことやら……。

 しかも支払いは全部アレクさん持ちだ。


 最近、シルフィちゃんは依頼の際に「ツケでね!」と言うようになった。

 まあ、一回1000コルで愛娘からの手紙を受け取れるんだから安いものだろ。



 ……それにしても。



「改めて、ありがとう。シャル」

「え? なんですかいきなり? ご主人様?」


 きょとんとした表情の彼女。俺の恩人。

 こういうのんびりした時間を過ごせるようになったのは、彼女のおかげだ。


 彼女のアイデアで、店がうまく回るようになった。

 仕事自体は忙しいけど、それはいいのだ。

 お手紙配達のお仕事は楽しいからな。

 誰も来ない店で、一人、依頼を待っていた頃と比べたら雲泥の差だ。


 こうして仕事が充実していて。

 プライベートでも俺の生活を支えてくれて。

 彼女には本当に頭が上がらない。


「いろいろとアイデア出してくれたり、さ」

「ああ。いいんですよそんなの。だってわたしだって局員なんですから!」

「そういってもらえれば助かるんだけど……。ああ、そう言えば、さ」

「はい? なんですか?」


 ふと思い出したことがあった。彼女のアイデアの件で。

 定休日の指定。週の真ん中と終わりに一回ずつ。

 あれにはどういう意味があったのだろう。


 ちなみにこの世界の曜日というのが。

 月、火、水、木、金、土、日。元の世界のこの七日と同様に。

 闇、地、水、風、火、光、無。こんな風に七つあるのだ。


 魔法の二系統四属性が当てはめられている。

 面白いのが日曜にあたる「無」だ。

 これだけ二系統四属性以外の文字は当てはめられている。


 昔の人はこれを根拠に「無属性」という魔法があると思っていたらしい。

 実際にあったわけだけど。無属性魔法。俺専用だけどね。


 いやまあ、これは閑話休題。

 話を元に戻そう。定休日を指定した理由、だ。



「ああ。あれのことですか。簡単なことです。あれは予備日ですよ。ご主人様の、ご主人様にしか出来ない【速達】。あれは大事なものです。あれでなければ助けられない人が、この先もまたきっと現れます。わたしと同様に。だけどあれは、一日では完了しませんよね? 遺跡まで半日かかりますから。一日がかりの仕事になります。だから、予備日が必要なんです。今後【速達】の依頼があった場合は、通常業務のないその日に実施すればいいかな、と」



 ……開いた口がふさがらないとは、まさにこういうこと。


 この子はそんなことまで考えていたのだ。

 郵便局を繁盛させるだけではなく、【速達】。そっちまで気をかけていたのだ。


 すごいなこの子は本当に。

 どうしてこんなに頑張って、次々にアイデアを出してくれたのだろう?



「だって。わたし、掃除と料理くらいしか取り柄ありませんから。ご主人様のお連れの魔術師さんやお姫様みたいな、奇跡みたいな魔法は使えませんから。だからせめて、頭だけでも使わないと、あの二人に負けちゃいますから」



 いやちょっとまってねシャルちゃん?

 あの二人に負けるって、どういうこと?


 そういうの、気にする必要、これっぽっちもないんだぜ?

 そりゃ前回の件ではあの二人に助けられた。それは認める。

 でも、そこに勝ち負けなんて存在しませんからね?



「……それに、ですね? 定休日にはもうひとつ、理由があるんです」

「はい? 理由? どんな?」

「……これは、あまり売上にはつながらない理由、なんですけど……」

「へえ。まあいいや。聞かせて?」



「……一週間のうちに、二回も休みがあったら、その、少しはわたしもご主人様にかまって貰えるかな~……なんて。その、はい、ごめんなさい。ずうずうしかったですよね? でも、その、それがわたしの、本心です、よ?」



 真っ赤な顔をして。

 ちらちらと上目遣いで俺を見てきて。

 両手の指をくっつけたりはなしたりとモジモジしている彼女を見て。



 ――ついに俺は我慢の限界を悟った!



 か、かわえええええっっっ!!



 耐えた! 耐えたよ俺は今日まで必死で耐えたよ!

 こんな可愛い子と一つ屋根の下で。一ヶ月も! 手を出さずに!


 よく頑張ったよ俺! よく耐えたよ俺! だけどもういいよ!

 リリス様との約束? ああ知らん知らんもう知らん知らないんだもん!!


 確かに彼女はメイドさんだ! 部下だ! それに手を出したらセクハラだ!

 しかも彼女は俺への恩返しという気持ちで働いている節がある。

 それを。その気持ちを裏切るのは俺もどうかと思うよ!?

 でももうダメだろうこれは! 彼女の可愛らしさはたった今限界突破した!



 ……よし決めた! 今夜! 今夜決めよう! 男になるんだ俺は!



 固い決意を胸に、椅子から立ち上がった俺。

 今夜の俺は誰にも止められないぜ!



 ――ごん、ごん。



「あら? ご主人様? お客様みたいですよ?」

「……はぁはぁはぁ。……え? なに? なんだって?」

「ですから。お客様。扉を叩いています」

「こんな真夜中に家を訪ねてくるような礼儀知らずは客じゃねえ!」

「いえいえ。そういう訳にはいかないでしょう。客商売なんですし」

「~~~~っ!! よし! 俺が出て文句言ってきてやる!!」

「あっ! ちょ、ちょっと! ご主人様!?」



 ――どばん!!



「てんめぇこのやろ! こんな真夜中に一体何の……御用、で、しょう、か?」

「こんばんは。晴樹さん。夜分遅くに申し訳ありません」



 透明感のある微笑と、優しい声。

 黒フードに隠しきれない水色の髪。

 闇夜でもはっきりわかる、澄んだ湖を思い出させる水色の瞳。


 何よりも、その存在自体から滲み出す、神聖さと素敵なお姉さんパワー。

 つまりこの人は。この人のお名前は。この素敵な方の正体は。



「リ、リリス、様?」

「はい。ちょっとだけお時間よろしいですか?」



 ――「契約と約束を司る女神 リリス様」、その人であった――。




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