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第十話 聖女の魔法

作者注:

第六話のドレインタッチの部分、説明修正しました。

わざわざ戻って見るほどの変更ではありません。

「簡易ドレインタッチは、魔力を誰かに渡すことも可能」という一文の追記です。

 ……屋敷到着。



 幸せそうに眠りこけている姫に、魔力を注入し叩き起こす。

 オラオラ仕事だとっとと目を覚ましやがれこのポンコツ姫め。



 玄関で出迎えてくれた執事長のスベールさんに、『知り合いのプリーストを連れて来たのでシュミットさんの治療をさせてほしい』と頼んでみた。勿論、「知り合いのプリースト」である姫の身分は隠したままだ。ミスリル王家第十三王女が突然お忍びで屋敷に訪れたらパニックになるからな。アルフォンス家が。



 正直、断られるかもしれないとも危惧したが、こっちが拍子抜けするくらいにあっさりと屋敷の中へと招かれた。それだけ切羽詰まってるんだろう。親父さん、冗談抜きに明日をも知れぬ容体だもんなあ……。



 長いアルフォンス家の廊下を一列縦隊で進む。古い古いRPGみたい。


 先頭から、「しつじ」、「ゆうしゃ」、「まほうつかい」、「びっち」の順。

 最後尾についているこいつを「そうりょ」扱いはしたくない。


 もっとも、顔が見えないように黒フード着用している今の姫は、全く「僧侶」には見えないけどな。どちらかと言えば「闇魔導士」って感じだ。F○の。



 ……と、まあ。そんなくだらないことを考えていると。



「おいスベール。そいつらは?」

「おお、アルバート様。この方々はシャルロット様のお知り合いでございます」



 ――せいねんきぞくがあらわれた!



 某ドラ○エ風に言うとこんな感じで、廊下の向こうから、一目で作りのいいと分かる上等な服を着た男が声をかけてくる。


「ああ、こいつらがあの、シャルロットを連れてきたという……」

「左様でございます。しかも本日は、知り合いのプリースト様を伴って……」

「ほう……」


 ボソボソとスベールさんと小声でやり取りしていた謎の青年貴族は、おもむろにこちらへと向き直り、胸を反らし口を開く。



「……アルバート・フォン・アルフォンスだ」

「お目にかかれて光栄です。冒険者のハルキ・ヤマミズと申します」



 鷹揚にそう名乗った二十歳そこそこくらいの、なんか、妙に偉そうでいけすかない感じの青年貴族様に、こっちも一応、貴族式の礼を返す。この辺の礼儀作法は、簡単なものではあったが、昔、ミスリル王宮にいた頃に師匠から学んでいる。今まで使う機会はなかったけど。


「まずは、シャルロットを、妹をここまで連れてきてくれたことに感謝する」

「恐れ入ります」


 シャルットさんを妹と呼ぶからには、この人がシュミットさんちの長男で、シャルロットさんの腹違いの兄貴なんだろう。うん。似てない。シャルロットさんの溢れんばかりの可愛いらしさがこいつからは一切感じられない。


「治癒魔法を得意とするプリーストを連れてきたと聞いたが?」

「はい。こちらの方です」


 俺の紹介を受けて姫が軽く頭を下げる。


 ちなみに連れの二人は、さっきから一言も話していない。

 交渉役は俺に全て一任されたようである。


 相手が貴族だから帽子くらい取らせたほうがいいのかもしれない。

 でもなあ。そーすっと姫の「姫様オーラ」が出ちゃうしなあ。

 ま、いっか。このままで。兄ちゃんも突っ込んでこないし。


「……ふむ。上級プリーストか?」

「……ええ。まあ」


 本当は上級どころか【聖級】ですけどね。

 心の中でだけこっそり呟く。


「上級か。なら、まあ……。うむ。よし。やってみろ」

「かしこまりました」


 ほんっと偉そうだなこいつ。

 人に何かを頼む時はプリーズでしょプリーズ。

 しかもこっちの返事を待たずに歩きだしてるし。


 のっしのっしと大股で、もはや俺たちのことなど一切顧みずに歩きだしたアルバート氏は、何を思ったのか突然立ち止まり、もう一度口を開く。



「ハルキとやら。ひとつ尋ねるが」

「……はい。なんでしょう?」



 ……『ハルキとやら』ときたよ『ハルキとやら』と。

  

 名前憶えているのならちゃんと言えよ。『ハルキ』でいいじゃねえかよ。

 これだから貴族様は嫌いだ。王族はもっと大っ嫌いだ。



「シャルロットの帰りはどうするのだ? やはりお前が請け負うのか?」

「……へ? ああ。どうでしょう? 帰りの話は特にしてませんでしたね」



 そういやそうだったな。シャルロットさん、どうするつもりなんだろ?

 俺と同行するつもりなのかな? いやでも長期滞在するかもしれない。

 んー。親父さんの容態次第なんだろうな。いやまあ、それはともかく。



「依頼があれば帰りも送り届けますよ? そうしますか?」

「……いや、訊いてみただけだ。気にするな」



 そう言い捨てると、今度こそ振り返ることなく、アルバートは行ってしまった。



 ……何だったんだ? 今のは?



   ×   ×   ×



「シャルロットさん。凄腕のプリーストを連れてきましたよ!」

「……あ、ハルキ、さん……」



 恐らく落ち込んでいるであろうシャルロットさんを励ます為に、あえて元気に大声で入室した俺は、自分が空気を読めない大アホウだったと即座に気付いた。


 昨日までは。俺と旅をしていた最中までは薔薇色だった頬はこけ、うっすらと浮かぶ目の下の隈は痛々しく。


 その変わりようが、百万の言葉よりも重く、彼女の心労の深さを表わしていて。

 俺は素直に頭を下げるしかない。



「……すいません。大きな声を出してしまって」

「いえ……。あ、そうだ。昨日はお礼も言えずにすいませんでした」



 シャルロットさんが軽く頭を下げるのに合わせて、隣の女性も続く。

 この人も焦燥の色が濃かった。シャルロットさんの母親だろう。



「挨拶が遅れました。ベルベット・ロベールと申します。この子の母です。道中はハルキさんには大変お世話になったとか……」

「いえそんな。こちらこそ」



 あー、うん。これが常識人、だよなあ。

 出会ったら挨拶をする。何かをして貰ったらお礼をする。

 最近変な人とばっかりであったり再会したりしてたから、普通がとても嬉しい。


 再会の瞬間、往復ビンタ喰らわした上にベッドに押し倒してくるとか。

 女の子の手を握っていたのを見ただけで魔法で砲撃してくるとか。

 そういう常識のない人たちは、この礼儀正しい親子を少し見習ったほうがいい。



 ……いやまあ、それはともかく。



「……シャルロットさん。お役に立つかどうかは分かりませんが、俺の知り合いのプリーストを連れてきました。父上を診させてもらってもいいですか?」

「……プリースト、様、ですか? お気持ちは嬉しいのですが、実はもう、聖職者の方にも何度も診て貰ってまして……」



 まあそうだろうな。貴族様ですし。お金には困ってなさそうだし。

 医者だけではなく、当然、この国のプリーストにも診て貰っているのだろう。



 ……だけどね? シャルロットさん。



「……この人は、俺が知る限り、最高の腕を持つプリーストですから」



 なにしろ国に数人しか存在しない、希少な【聖級】プリースト様だからな。


 俺の言葉を聞いた、隣の黒フードがピクンと反応しやがった。

 フードの中でニマニマしてるかと思うとちょっと腹が立つな。



「……そう、ですか。ではぜひお願いします。プリースト様」



 よし。シャルロットさんの承諾も取り付けた。

 あとはこいつ次第。アイリス姫の腕次第だ。


 正直、これは姫でも無理かもしれないと、親父さんの顔を見てそう思う。

 ここまでくっきり死相が浮かんでいては、姫の治癒魔法でも無理だろうと。


 だがしかし。それはそれで仕方のないことなのだ。

 この世界は、元いた世界よりも死が日常に訪れる。


 この親父さんだって、元の世界の医者にかかれば全快するかもしれない。

 でもここには、レントゲンも呼吸器もICUも存在しない。


 あるもので何とかするしかないのだ。

 そして俺は、今この世界で最高の、いや最高レベルの、プリーストを呼んだ。



 ……あとはもう、彼女を信じて任せるしかない。



「では、ひ……じゃない。アイリス様。よろしくお願いします」

「お任せください」



 危うく「姫」と呼んでしまうところだった。

 アイリスは姫の実名だけど、そこそこ一般的な名前だし、まあいいだろ。

 姫の実物に会ったことある人なんて、俺たち以外ここにはいない訳だし。


 それにしても、姫、ここまでずいぶん大人しかったな。

 普段から無口な師匠はともかく、姫のほうはあれこれしゃべりそうなもんだが。

 

 もしかして、さっき師匠が言ってたことは事実なのか?

 姫は普段は行儀よく礼儀正しいってあれは。



 ……えー。



 俺がそんな不要不急かつ失礼なことを考えているうちに、姫は手際よく動く。

 脈を取るように手首を握り、熱を計るように額に手を当て。

 小声でぶつぶつ何かを呟いているのは、あれは魔法なんだろう。



 ――光系統 治癒魔法。



 この世界には、二系統四属性、合計六種類の魔法が存在する。

 六種類だと、そう“信じられている”。



 光系統。治癒魔法や回復魔法。解毒や解呪など、主に聖職者が使う魔法。

 闇系統。呪いや毒、催眠や洗脳など、主に魔族や魔導士が使う黒い魔法。


 地属性。地の力を用いる魔法。

 水属性。水の力を用いる魔法。

 風魔法。風の力を用いる魔法

 火属性。火の力を用いる魔法。



 ――アイリス姫は、その光系統魔法のエキスパート。



 その姫の動きが大きくなっていく。

 服を捲り上げ体中に手を触れ、たまにかすかに頷いたりしている。


 頼むぜ姫。

 お前で駄目なら、俺にはもう手がないんだからな。



「……なるほど。病状は理解しました」



 長い時間をかけ、丁寧に親父さんの触診を続けていた姫は、そう言うとようやく顔を上げる。一瞬ちらりと見えたフードの下の素顔には、薄く汗が浮かんでいる。真剣にやってくれた証拠だ。ここは素直に感謝しよう。


「ありがとうございます。アイリス様。……で、どうです?」

「ハルキ様。ちょっとこちらに……」


 手を引かれ部屋の隅まで連れられていく俺。なんだなんだ? 内緒話か? 

 ……って。それってもしかして……。

  


「ハルキ様。解析の結果ですが、残念ながらあの方はわたくしの【聖級】魔法では治せません。申し訳ございません」

「…………そ、っか」



 やっぱりな。そうじゃないかと思ったんだ。

 治せるんならこんな隅っこじゃなく、大きな声でそう言えるもんな。


「ですが、ハルキ様。ひとつだけ、治せるかもしれない手段があります」

「……まじですか? 本当ですか? どんな手です?」


 どこかに生えている薬草取ってこいつーなら走って行くぞ俺。

 シャルロット嬢の為なら。あの子の笑顔を取り戻せるなら。それくらい余裕だ。


「ハルキ様の力を貸してください」

「よしきた。どこに行けばいい? 何をとってくればいい?」


 興奮のあまり言葉が乱れてきたが、まあいいだろう。

 逆にアイリス姫はそのほうが奮起してくれそうだし。

 欲しいのは赤竜の卵か? それともキスカ山脈に生える伝説の花か?



 ……勢いづく俺を見て、彼女はくすりと微笑む。



「いえ。アイテムも薬草もいりません。ハルキ様の魔力を、少しくださいませ」

「……うん? どういう意味です?」



「わたくしは、【枢機卿級】の魔法、その呪文を知っております。勿論、わたくし自身では使えません。魔法総量が足りませんから。ですが、ハルキ様? ハルキ様の魔力をわたくしに分けて頂ければ、もしかしたら詠唱出来るかもしれません」



 ……うん? あっと、えっと、つまり?


 あれか。姫の【聖級】魔法では親父さんは治せない。

 だけど、【枢機卿級】の魔法ならそれは可能かもしれない。


 そして姫はその魔法の詠唱呪文を知っている。

 だから、俺から魔力を貰えれば、それが使えるかもしれない、と。



「……どうでしょうか? ハルキ様?」



 どうでしょうも何も、それで親父さんが治るなら喜んでやるけどさ。

 でも、姫? どうして【枢機卿級】魔法の呪文なんか覚えてるの?

 それって姫単体では使えないんでしょう?



「……わたくしだって、この一年、ただ遊んでいた訳では御座いませんわ。いつかハルキ様のお役にたてるように、と、いろいろ学びました。【枢機卿級】魔法の、呪文の習得はそのひとつです。わたくし一人では使えませんが、ハルキ様と一緒になら使える、いえ、それは言い過ぎですね。使える可能性がある。……だとしたら、学ばない理由はありませんよね?」



 …………。



 なんつーか。その。えっと。すいません。

 何て返していいか分かりませんよ、姫。


 だから今は、何にも言いません。

 一緒に親父さんを助けてやってください。



 深く頷いた俺と、影のように傍に寄り添う姫は、再びベッド前へと戻る。

 俺たちの様子から、最悪の言葉を想像してるであろう親子に向け、口を開く。



「……今から治癒魔法を試します。成功するかどうかはわかりません。でも、俺たちは全力でやります。見ていてください」



 俺の言葉と同時に、姫がそのフードを外す。

 その細く白い首筋に、俺がそっと右手を当てる。


 姫の美貌に一瞬だけ驚いたシャルロットさんは、目に決意の色を浮かべて頷く。

 それを開始の合図として、姫が詠唱を始めた。



 ……途端に感じる、強烈な吸収感。



 転移魔法陣を置いてある、あの遺跡のドアを作動させる為に必要な魔力に十分匹敵する――いや。これは確実にあれを超える――とんでもない消費魔力量。ぐいぐいと音を立てるように、俺の体内から魔力が吸い出されていく。



 ――平気かこれ? 俺の魔法総量すら上回るってことはないか?



 さすがにすぐ枯渇することはない。姫自身の魔力も使っているだろうし。だがしかし、これがどれだけ続くのか? 魔法は上級になるほど詠唱時間も延びる。無詠唱である俺を除けば、それは皆同じだ。いや俺だって、簡単な初級魔法ならともかく、【枢機卿級】クラスの上級魔法となれば詠唱が必要になるかもしれない。



 ――そして、姫。



 額に珠の汗を浮かべ、親父さんの手をとって祈る姫は無事か? それにそもそも【聖級】プリーストが、魔力の供給ありとはいえ、【枢機卿級】の魔法を使って体が耐えられるのか? 平気なのか? 異常を起こさないか?



 ――呪文が長い。長すぎる。



 こんな長い呪文を。自分一人では使えない呪文を。姫は覚えていたのだ。習得していたのだ。何の為に? 誰の為に? いや、いい。今は考えるな。今はただ、この力の限りに病人に尽くす、彼女に魔力を供給することだけを考えろ。



 ……その姫の体が、ふらっと揺れる。力尽きたようにベッドに伏せる。



「ひ、姫っ!?」

「……大丈夫。大丈夫。平気ですよ。ハルキ様」



 とても平気とは思えない、青い顔をした姫が、俺を安心させるように微笑む。

 そして、囁くような、小さな声で、一言。



「……成功、しましたわ」



 ……姫のその声と、ほとんど同時だっただろう。


 死人のように静かにベッドに横たわっていた親父さんの目がカッと開く。

 その手が口を抑える。激しい咳と共に吐き出される、どす黒い、血。


 シャルロットさんが慌てて差し出す洗面器に、次々と吐き出されるそれ。

 え? これ大丈夫? やばいんじゃないの? と。そう心配する俺。


 だがしかし、ある程度の量を吐きだし終えた親父さんは。

 さっきまでとは打って変わった穏やかな顔をして、静かに再び眠りにつく。



「……悪い“モノ”は全部、きれいに吐き出したようですね。もう大丈夫です。シャルロットさん。お母様。これからは安静にして、栄養のあるものをたっぷり食べさせてください。きっと、すぐ元気になりますよ」



 優しくそう告げる、姫の姿は。

 その美しさも手伝ってか、まるで女神のようにも見えて。

 だから。俺はつい、素直にこう言ってしまう。



「……お見事、でした。あなたに任せて正解でした。感謝しますよ」



「ハルキ様? お礼など仰らないでくださいな。わたくし一人の力ではありませんし、何より、ハルキ様のお役に立てたこと自体が、わたくしにとっては至上の喜びなのですから。……今のお言葉、それだけでわたくしは、十分満足でございます」



   ×   ×   ×



 その後は、姫からもう少し、メイド親子に看病のレクチャーがあり。

 執事長のスベールさんが、感涙しながら俺たちに感謝の言葉を述べたり。

 メイドさんがあのいけすかない兄貴への報告に走ったり。

 ちょっとドタバタした時間がすぎて。



「お客様。今、当家の者が馬車を手配しております。お客様方は、どうか応接室にて、ゆっくりとお寛ぎください。お茶をお出し致します」


 そう告げたメイドさんに連れられて、再び廊下を歩いている最中だ。


「……お茶よりも食事がいいですね。少し、おなかがすきました」


 ……師匠。久しぶりに発した言葉がそれですか……。


 あの姫ですら今日は大活躍だったというのに。がっかりですよ。



「いえ。お茶も食事もいりません。それより訊きたいことがあります」



 それは今日の主役、姫様の声だった。

 うん? なんだろ? 俺ちょっと疲れたし、お茶ほしいんだけど?



「はい? 何でしょうか?」

「個室はありますか? この近くに」

「個室、ですか? はあ。この部屋は空いてますけど?」

「そうですか。ではこの部屋をお借りしますね」



 ……姫様?



「それは構いませんが、応接室で休まれてはいかがでしょう?」

「部屋が広いと気が散りますので」

「はあ。そうですか……。気が散る? 何かするのですか?」

「はい。今からご褒美に、わたくしはハルキ様に抱いて貰いますので」



 おおおおおい姫このばかやろう何言いだしやがったこいつ!?

 せっかく! せっかく少しは見直したのに! 台無しだよもう!



「だ、抱く? は、え、はい? えええっ!」

「そういう訳でわたくしたち三人はこの部屋をお借りしますね」

「そういう訳で、って……。えっ!? さ、三人!? 複数っ!?」

「ハルキ様は絶倫ですので」



 そう言い捨てると同時に、メイドさんには目もくれず俺たちの手を取る姫君。

 ざけんなおい待て! あのメイドさんの目を見ろ! 俺絶対誤解されてる!


 しかし問答無用。俺たちに発言の隙も与えず部屋へと飛び込む姫。

 手を取られた俺たちはそれに引っ張られてやはり室内に。


 扉が閉ざされると同時に姫が、俺と触れ合うほど近くに身を寄せる。



「あああああっ! 姫! どうしてあんたはそうなんですか! せっかく今日は」

「しっ。お静かに願います。ハルキ様」



 目の前にあるアイリス姫の目に情欲の色はない。

 真剣な、そしてどこか差し迫った表情で、姫は続ける。


「……ここで出されるものに、一切、口をつけてはいけません」

「……どういう意味です? 姫?」


 なんだ? 姫はどうした? いつもの発作じゃないのか?

 またロイヤルビッチの血が騒ぎ出したんじゃないのか?



「さきほどの殿方、患者様は、毒に侵されていました」

「……なんだって?」



「あれは病気ではありません。毒です。しかも恐らく、魔術も併用しています。闇系統の魔法にはそういうものもあるのです。……あれはですね。長期に渡って少しずつ毒を盛り、体力を奪って死に至らせるという、そういう術でした。並の聖職者では、上級はおろか特級プリーストでも見抜くことは出来ないでしょう」



 ……え? だとすれば? え?

 ちょっと頭の整理が追い付かないんですけど?



「なるほど。闇系統魔法と毒、でしたか。私にはわかりませんでした。腕を上げましたね、姫。長期に渡る服毒、それによる体力の低下。……貴族社会の謀略でよく使われる手段です。それで亡くなると、死因の特定が困難になるとか」



 師匠が説明してくれる。

 やっぱり師匠は物知りだ。ちびっこ博士だ。腹ペコだけど。


 いやいやいや! そうじゃないそうじゃない!

 なに? 病気じゃなかったの? 犯罪なの? ってことは? 犯人がいるの?



「……ハルキ様? この屋敷は危険だとわたくしは判断します」

「そうですね。ハル。逃げ出したほうがいいかもしれません」

「わたくしたちは、患者様の治療に成功しました」

「その私たちは、犯人にとっては邪魔者でしょうからね」



 そ、そうだな。理由は分からないけど、そういうことだよな?

 犯人が近くにいるなら、とっとと逃げ出すべきだ。



 ……いや。待て? 犯人? 犯人がいるってことは犯罪が起こるということ。

 この屋敷に危機が迫っているということ。だとしたら。だとしたら!



「シャ、シャルロットも危ないじゃないか!」



 思わず叫んだ俺の声は、だがしかし。

 俺以外の誰かの、もっと大きな声よってかき消さる。


 その声は、正面玄関のほうから聞こえた。



「ぞ、賊だ! 賊が出たぞ! 衛兵たち! すぐこっちに来てくれ!」



 ――そんな、切羽詰まった、誰かの声が。



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