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パラレル料理道  作者: EDA
ACT.3 ルウ家の祝宴
8/11

①ルウの館とかまどの間

2015.8/12 更新分 1/1

 そして2日後の火曜日である。

 ルウ家のジバ婆さんなる人物の、傘寿をお祝いするパーティーの当日だ。

 俺とアイ=ファは学校の授業を終えた後、いったん家に戻ってから、あらためて学園のすぐそばにあるルウ家へと向かうことになった。


 アイ=ファは日曜日に購入したパーカーとTシャツとキャスケット、それに仕事用のデニムパンツといういでたちだ。

 このデニムパンツは非常にリーズナブルで、なおかつアイ=ファの脚線美を損なわないタイトなデザインであったにも拘わらず、ストレッチとやらの機能で伸縮性にとんでおり、本人もなかなかお気に召したご様子であった。


 俺のほうもワークシャツにカーゴパンツという無難な格好で、2人分のエプロンと、それに祝福の花束をご用意させていただいた。


 そうして緑の深い小路を歩いていくと、やがて目の前にででんと立派な門構えが出現する。

「ずいぶん大きな屋敷なのだな」と感情のない声でアイ=ファはつぶやいた。


 鬱蒼と茂った森を背景に、ちょっと古めかしい洋館のような屋敷がそびえたっている。それを取り囲むのも石塀ではなく背の高い生垣であったので、まるで奥深い山の中ででもあるかのようだ。


 また実際、ここは盛賀山の麓であり、視線を巡らせると東の方向に校舎の影がうっすらと見えた。

 学園の創設者たる3代前の理事長は、自宅のすぐそばにあの巨大な施設を建造させたわけである。


「まあ、10人以上も家族がいたらこれぐらいの大きさが必要になるんだろうさ」


 とはいえ、俺もルウ家に踏み込むのはこれが初めての体験であった。

 いくぶんの気後れを感じつつ、鉄門のかたわらに設えられた呼び鈴のスイッチを押す。


『ようこそ、アスタにアイ=ファ……いま開けるわねぇ……』


 どこからかヴィナ=ルウの色っぽい声が響き、ギギィ……と門が開き始める。


 蔦のからまる時代がかった屋敷であるのに、なかなか近代的な機能も備え持っているようだ。

 俺とアイ=ファが足を踏み込むと、また鉄門は同じ音をたてながらぴったりと閉ざされた。


 石敷きの参道めいた道を進んでいくが、なかなか玄関に辿り着かない。この前庭だけで《つるみ屋》と同じぐらいの坪面積がありそうだった。


「うーん、なんか妖怪でも出てきそうな雰囲気だなあ」


 こっそりと失礼な感想をこぼしつつ、ひたすらに突き進むと、ようやく巨大な玄関口が見えてきた。

 これまた古風な、両開きの扉である。


「いらっしゃい……お待ちしてたわよぉ……」


 俺たちがその前に立ったとたん、扉が開いてヴィナ=ルウが姿を現した。

 黒いミニのワンピースに黒のタイツという、普段以上に妖艶なお姿である。

 胸もとがざっくりと空いており、シルバーのネックレスが輝いている。そこまで華美に着飾っているわけでもないのだが、容貌が容貌だけに、むやみに艶かしい。


「えーと、本日はお招きにあずかりましてありがとうございます。あの、これは俺とアイ=ファからのお祝いです」


「あらぁ、素敵な花ねぇ……きっとジバ婆も喜ぶわぁ……」


 親父からのアドヴァイスで、俺たちは胡蝶蘭とかいう白い花の花束を準備したのだ。ヴィナ=ルウはなよやかな指先でそれを受け取ると、心地好さそうに目を細めた。


「とってもいい香り……さっそくテラスに飾らせていただくわねぇ……それじゃあ、こちらにどうぞぉ……」


 いよいよルウ家に突撃である。

 勇を鼓して足を踏み入れると、まずは広大なる玄関口が広がり、その奥には絨毯敷きの回廊が果てしなく伸びていた。


 これは外観から想像される以上の豪邸であるようである。

 しかし、いずれの調度もシックな色合いをしており、なおかつレトロなデザインであるためか、あまり嫌味な感じはしない。高級なクラシックホテルのようなたたずまいだ。


「お祝いの宴は7時に開始する予定だから、それまで晩餐の準備を手伝っていただけるかしらぁ……?」


「はい、何なりと。――だけどメニューはどうしましょうかね? おばあさまは80歳なのでしょう?」


「極端に固いものでなければ、何でも大丈夫よぉ……少し歯が弱いだけで、あとはとっても健康なんだからぁ……」


 ヴィナ=ルウの先導で回廊を進んでいく。

 十数名もの家族がいるはずなのに、屋敷が広すぎるためか、あるいは防音の設備が整っているのか、しんと静まりかえってしまっている。


「あぁ、父さんたちはまだ学園から戻ってないのよぉ……ルドとダルムは部活の稽古中だろうし、ジザ兄とドンダ父さんは……何か仕事でもしてるのでしょうねぇ……」


 しゃなりしゃなりと歩いていたヴィナ=ルウが、やがてひとつの扉の前で立ち止まる。


「さあ、ここが厨房よぉ……」


 その扉を開けたとたん、小さな人影が内側から飛び出してきた。


「ようこそ! 待ってたよ、アスタにアイ=ファ!」


 リミ=ルウである。

 今日も花柄のワンピースを纏った元気な8歳児は、小さな顔いっぱいに笑みをひろげながら、アイ=ファに抱きついてきた。


「うわあ、今日の格好は可愛いしかっこいいね! とってもよく似合ってるよ、アイ=ファ!」


「う、うむ」


 目を白黒とさせているアイ=ファを尻目に、俺は厨房を覗かせていただく。

 とたんに、俺も目を白黒とさせることになった。


 そこに広がっていたのは、一家庭のキッチンと呼んでしまうにはあまりに不相応な、それこそグランドホテルか大規模なレストラン級の厨房のたたずまいであったのである。


 学園の調理室にも負けない業務用の冷蔵庫に、銀色に輝くステンのコンロとシンクと作業テーブル。奥の壁には巨大なオーブンまで据えられており、鍋や調理器具の質量も半端ではない。


 そしてそこにはすでに膨大な量の料理が並べられており、なおかつ数名の女性たちが忙しそうに立ち働いていた。


「おや、いらっしゃい。あんたたちがアスタとアイ=ファだね。レイナたちから話は聞いてるよ」


 体格のいい、いかにもおっかさんという風貌の女性が、白い前掛けで手をぬぐいながら俺たちに笑いかけてくる。


「あたしはレイナやヴィナの母親でミーア・レイ=ルウってもんだ。今日は本当にありがとうね、アスタにアイ=ファ」


「いえ、こちらこそ、お招きくださってありがとうございます」


 まずは尋常に御礼を返すと、アイ=ファも腰のあたりにリミ=ルウをまとわりつかせたまま頭を下げた。


「ヴィナ、上着を預かっておあげ。レイナ、アスタたちが来てくれたよ」


「あ、ようこそ、アスタ! ……それに、アイ=ファも」


 つい1時間ほど前に別れたばかりのレイナ=ルウも、急ぎ足でやってきてくれる。

 アイ=ファに対しても笑顔だが、まだいくぶんのぎこちなさが残っているようだ。


 そしてその場に、他に見知った顔は見当たらないようだった。

 なかなかご高齢の女性と、年配の女性と、若い女性。

 その3名にレイナ=ルウとリミ=ルウとミーア・レイ=ルウが合わさり、合計6名で料理を作りあげていたらしい。


「最初に紹介しておくね。こっちはあたしの母親でティト・ミン=ルウだよ」


「よろしくね、アスタにアイ=ファ」


 品のいい、白髪まじりの頭をしたふくよかなご老人が柔らかく笑いかけてくる。

 ご老人といっても、義母のジバ婆さんが80歳で、娘のミーア・レイ=ルウが40前後に見えるので、きっと60かそこらなのだろう。みんな早めのご結婚だったのだなと、心中でこっそり思う。


「こっちはタリ=ルウと、娘のシーラ=ルウだよ。シン=ルウとは面識があるんだよね? タリ=ルウはそのシン=ルウの母親で、シーラ=ルウは姉ってわけさ」


「はじまして、アスタにアイ=ファ」


「どうぞよろしくお願いいたします」


 ミーア・レイ=ルウと同世代ぐらいに見える小柄な女性と、若くて少しはかなげな感じのする女性が頭を下げてくる。

 シン=ルウは、たしか理事長ドンダ=ルウの弟の息子さんであったはずだ。それじゃあこのほっそりとした女性もレイナ=ルウたちの従姉妹にあたるのだなと頭の中で相関図を作製する。


「シーラ=ルウも調理学科の生徒なんだよ。えーと、3年1組だったっけ?」


「あ、先輩だったのですね。今日はよろしくお願いします」


「こちらこそ……」と、シーラ=ルウは静かに微笑む。

 切れ長の目と物静かなたたずまいは、確かにシン=ルウと少し似ているかもしれない。


「それじゃあアスタも何か好きなものを作っておくれよ。レイナたちに話を聞いて、あたしはずっと楽しみにしていたんだよ?」


 そんなことを言いながら、ミーア・レイ=ルウがにこーっと笑いかけてくる。

 リミ=ルウやルド=ルウの無邪気なところはきっと母方の血筋なのだなと微笑ましい気分になる。


「メニューは何でもかまわないんですか? ……というか、すでに十分な量が完成しているように見えるのですけども」


「これじゃあまだまだ足りないよ! 何せ相手は30名様なんだから!」


「えっ! そんなに大勢集まられるのですか?」


「そりゃそうさ。何せジバ婆のお祝いだからね。平日じゃなけりゃあ、その倍ぐらいは集まってたと思うよ?」


 聞きしにまさるルウ家のすさまじさであった。


「あ、好きなものって言ったけど、とりあえず肉料理にしてもらえるかい? とにかくうちの男どもは肉、肉、肉、でさ! 牛でも豚でもかまわないから、よろしく頼むよ」


「肉料理ですか。了解しました」


 答えながら、俺は台の上に並べられた料理を検分させていただいた。


 いい色合いに焼けたローストビーフと、ガラスのクロッシュで保温された牛肉の串焼き、エビチリ、タンドリーチキン、ピーマンの肉詰め、生ハムとアボガドのサラダ、シーザーサラダ、サーモンとタマネギのマリネ、ミートソースやペペロンチーノのパスタ、山盛りのチキンピラフ、などなど――どうやらバイキング方式で提供されるらしく、どれもがびっくりするぐらいの大皿に盛りつけられている。


「もうちょい時間が近づいたら、そこにステーキも加わるからね。あとはレイナがテールスープを煮込んでるよ」


「なるほど。豚よりは牛のほうがお好みなのでしょうか?」


「いや、どっちも好きだねえ。そういえばちょいと豚肉の料理が足りてないかな」


 豚肉か。

 冷蔵庫の中身を確認させていただくと、骨を外していないあばら肉を筆頭に、とてつもない量の豚肉がみっしりと詰め込まれていた。


「そうそう、あばら肉に目のない旦那さんがいてねえ。そいつも焼きあげなきゃいけないんだった!」


「それじゃあ俺がそれを引き受けましょうか」


 かくいう俺もポークリブは大好物なのである。


「それともう一品ぐらいで、時間的にはぎりぎりかな。さて、豚肉料理、豚肉料理、と――」


 そこで、くいくいとシャツのすそを引っ張られた。

 リミ=ルウかレイナ=ルウあたりかと思ったら、何とそれはアイ=ファであった。


「……はんばーぐ」


「うん? ハンバーグがどうしたって?」


「……ぽーくひゃくぱーせんとのはんばーぐ」


 何やら訴えかけるような眼差しであった。

 アイ=ファと出会ってもうじき2週間になるが、このように愛くるしい目つきで見つめられたのは初めてのことだと思う。


「えーと、ミーア・レイ=ルウ、豚肉で作ったハンバーグなんてのはどうでしょう? この前の授業で作ったんですけど、自分的にはなかなかの出来映えだったのですよね」


「豚肉だけで作るハンバーグかい? 面白いね! それじゃあそいつをお願いするよ」


 ご快諾をいただけたので、アイ=ファの案を採用することにした。

 そのアイ=ファは、俺のすそを握ったまま、何やら口もとをごにょごにょさせてしまっている。


 角度的に、たぶんそのお顔が見えているのは俺だけであろうと思われるが――それは何だか、満面の笑みを浮かべてしまいそうになるのを必死に取りつくろっているような、そんな風な表情に見えた。


 笑うときは遠慮なく笑うアイ=ファであるのに、ここは抑制せねば沽券に関わる! とでも思っているのだろうか。

 何だか俺は、満面の笑みを浮かべられるのと同じぐらい胸中をかき乱されてしまった。


「……何かお手伝いは必要ですか?」と、レイナ=ルウが心配そうな面持ちで近づいてくる。

 たちまちアイ=ファは普段のクールな表情を復活させ、俺のシャツからも手を離した。


「ああ、こっちは大丈夫だよ。アイ=ファに手伝ってもらうから」


「……そうですか」


 レイナ=ルウは、何だかしょんぼりしてしまっていた。

 薄々カンづいてはいたことだが、どうもレイナ=ルウはアイ=ファがそばにいると調子が出ないらしい。本来は、リミ=ルウやルド=ルウに負けないぐらい無邪気で朗らかな女の子であるのだ。


 若干、後ろ髪を引かれる思いで、俺は調理に取り掛かることにした。

 時刻はすでに午後の5時を回っている。宴の始まりまで、もう2時間も残されてはいないのだ。


「よし、まずはハンバーグから始めよう。……必要な量は俺が作るから、アイ=ファは練習と思って試食分をこしらえてくれ」


 後半部分は小声で告げると、アイ=ファは「了承した」と小さくうなずき返してくる。

 レイナ=ルウにはああ言ったが、実のところ、アイ=ファの腕前はまだ人様への料理に着手できるほど上達はしていないのである。


 かくして、調理の始まりであった。


「まずは、香味野菜のタマネギを刻む」


「うむ」


「続いて、ニンニクも刻んでおく」


「うむ」


 指示を出しながら、俺もハイペースで自分の仕事をこなしていく。

 30人前となると、なかなかの分量だ。


「そうしたら、そいつはオリーブオイルで炒めるんだけど……あああ、えらいことになってるなあ」


 まな板の上で、アイ=ファの刻んだタマネギとニンニクは完全にペースト状になってしまっていた。

 いや、ペーストというか、もはや完全な液体だ。


「アイ=ファ、みじん切りはそこまでこまかく刻まなくてもいいって、何度も説明したよなあ?」


「うむ。……しかし何故だか、刀をふるっていると夢中になってしまい、気づくとこのような状態になり果ててしまうのだ」


 きりりと引き締まった表情で、アイ=ファは厳かに頭を垂れた。


「不出来な生徒で本当に申し訳ないと思っている。どのように罵倒されてもかまわないので、どうか見捨てずに指南を願いたい」


「罵倒も見捨てもしないけどさ……その習性は何なんだろうな? スポーツだったらあんなに的確な動きができるのに、料理だとどうしてそんなぶきっちょになっちまうんだろう?」


「わからぬ。運動も料理も等しく力を振り絞っているだけであるのだが」


 もしかしたら、アイ=ファにはそのパワーを制御するリミッターというものが備わっていないのかもしれない。

 あと、これはここ数日の朝食の手ほどきで感じた印象であるが、人の手本を真似る、というのが苦手なようでもある。勉強やスポーツにおいては、お手本など無用なままに抜群の成績を叩き出せてしまうアイ=ファなのである。


「まあ、しかたがない。このオニオン&ガーリックのエキスはソースのほうで使わせてもらおう。それじゃあ、香味野菜を炒めるぞ。こっちの取り分けた分はソース用だからな」


「うむ。私も修練を積んでよいのであろうか?」


「あ、いや、人様のキッチンでは自粛しておこうか」


 アイ=ファにフライパンをもたせると、こちらが一から十までコントロールをほどこさない限り、まず確実に食材を焦がしてしまうのである。

 刻むときは徹底的に刻み、燃やすときは徹底的に燃やす。そういうメーターの振り切り方も尋常でないアイ=ファであった。


 ということで、大量のタマネギと少量のニンニクを何回かに分けて火を通し、赤ワインで風味をつけてから、皿に広げて粗熱を取っておく。


 その間に、今度はミンチの作製だ。


「そういえば、肉を挽くのは初めてだったな。こいつもこまかく刻みすぎないように気をつけてくれ。できることなら途中途中で手を止めて、俺の判断を仰いでくれよな?」


「うむ」


 そのような助言もなかなか実を結ぶことはない。

 よって今度は俺が横目でアイ=ファの手並みを監視し続け、頃合いのところでストップをかけることになった。


「はい、そこまで! それだけ刻めば十分だよ」


「うむ……このていどでよいのだろうか」


 アイ=ファは釈然としない様子である。

 この豚肉も液状になるまで破壊し尽くさないと満足できないのであろうか。


 とりあえず、下ごしらえは完了したので、パテの作製だ。

 粗熱の取れたタマネギおよびニンニクと、豚の挽き肉、それにつなぎのパン粉と、塩と、胡椒。それらをすべて混ぜ合わせて、手早く小判型に成形していく。


 半ば覚悟はしていたが、この工程でもアイ=ファは本領を発揮しまくっていた。

 すなわち、力加減がわからずに握り潰してしまい、どうしても普通の形に作ることがかなわないのである。


「はんばーぐというのは、とても難易度の高い料理であるのだな」


 挽き肉まみれの手の平を見つめながら、アイ=ファは静かにつぶやいた。

 これだけ上手くいかなくても、鋼のごときアイ=ファの心が折れることはない。その青い瞳は、闘志に燃えまくっていた。


「だからこそ、あれほどに美味であるのだろう。この高き壁を乗り越えられるように、私も修練に励みたいと思う」


「うん、めげずに頑張っていこうな」


 自分自身に言いきかせつつ、俺はハンバーグを焼きあげた。

 さしあたっては、小ぶりのサイズのパテを参加人数プラス10個で、40個である。余ってしまったら、明日にでも食していただきたい。


 味付けは、授業と同じくトマト煮込みをチョイスした。

 これならば保温もしやすいので、バイキング形式でも熱々を召し上がっていただくことも可能であろう、という考えだ。


 トマトはホール缶が大量にあったので、まずはそいつを大鍋で煮立てる。

 その間に、パテを焼いた際に出た脂と肉汁でタマネギとニンニクのみじん切りを炒めて、赤ワインを投入したのち、トマトとあわせる。

 さらに彩りとして、黄色のパプリカも細切りにしてつけ加えてみた。


 そうしてくつくつと煮立ってきたら、塩とブラックペッパーとバジルで味を整え、表面だけを焼いたパテを投じれば、火が通るのを待って、完成だ。


「うわ、時間がけっこう迫ってきたな。アイ=ファ、この後は見て学ぶのに徹してくれ」


「うむ」


 俺はギアを一段入れ替えて、スペアリブの調理に取り掛かった。

 先日の実習でアマ=ミンが作製していたスペアリブがたいそう美味そうであったので、俺も煮込むのではなく焼き料理にチャレンジする。


 あばら肉を切り分けたら、塩と胡椒をすりこんで下味をつけておく。

 漬けダレは、しょう油と、オイスターソースと、調理酒と、砂糖と、蜂蜜と、ニンニクで作製した。

 時間がなかったので、漬けおく時間は20分ていど。調理用のビニール袋に入れて、入念にもみこんでおく。


 あとはオーブンでの焼き上げだが、漬ける時間が短かったので、途中で2回ほどタレを上塗りさせていただいた。


「さすがは本職だね! すごい手際じゃないか」


 ミーア・レイ母さんはそのように言ってくれたが、こちらはもう汗だくである。

 それでも宴の開始の10分前には、何とかかんとかすべてを焼き上げることができた。


「これは美味しそうですね……きっとダン=ルティムもお喜びでしょう」


 シーラ=ルウのつぶやきに、俺は「え?」と振り返る。


「すみません。今、ダン=ルティムと仰いましたか?」


「え? はい……ダン=ルティムは、豚のあばら肉を1番の好物とされているのです」


「それじゃあもしかして、ダン=ルティムもルウ家のご身内であったんですか?」


「ああ、ご存知なかったのですか? ダン=ルティムは、ジバ=ルウの末娘のご子息なのです。ドンダ=ルウやわたしの父リャダ=ルウとは従兄弟の関係にあたるわけですね」


 いよいよ相関図がややこしくなってきた。

 つまり、ダン=ルティムに子供でもいれば、シーラ=ルウやレイナ=ルウにとっての「はとこ」に当たるわけか。


「ダン=ルティムのご子息も、森ノ辺学園に席を置いておりますよ。現在は大学院で考古学を学んでおられるはずです」


「そうだったんですねえ。いや、貴重な情報をありがとうございます」


 シーラ=ルウは穏やかに微笑み、俺たちの前から立ち去っていった。

 月の下でひそやかに咲く小さな花のような、俺の知るルウ家の女性陣とは別種の魅力を持つ女性であるようだった。


「すごいなあ。ルウ家ってのは、本当に親族が多いんだな」


 俺がこっそり呼びかけると、アイ=ファは「うむ」とうなずいた。


「家には10名以上の家族があり、祝いの席では30名もの親族が集まる。私などには想像もつかない環境だ」


「そうだな。俺の家も親族の縁は薄いんで同じ気持ちだよ」


「……しかし、家族の数が幸福の大きさに直接つながるというわけでもない。私には大事な父がいるし、この地でもアスタたちに出会えたのだから、べつだんルウ家の人々を羨む気持ちにはならずに済むようだ」


 静かにつぶやくアイ=ファの顔を見返しながら、俺も小声で「そうだな」と同じ言葉を繰り返した。


「その点についても、同じ気持ちだよ。……それじゃあ、みんなのこしらえた料理を堪能させていただこうかね」


「うむ」と再びうなずくアイ=ファの顔に表情らしい表情は浮かんでいなかったが、しかし、その青い瞳にはとても明るくて満ち足りた光が浮かんでいるように感じられた。

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